scene:06 12.7mmでは貫けない

「オレがなりたいのは、ただのメイドじゃねえ。――武装戦闘メイド、だ」


 マリナという名の魂魄人形ゴーレムはそう言って、不敵に笑った。

 エリザには『ブソウセントウメイド』なるものが、いかなる存在なのか見当もつかない。けれど、この異世界の少女が言うのであれば、きっとそれは絶望を打開するに値する存在なのだろう。そう素直に信じられた。


 だって、その不敵な笑みを見ただけで、

 背中の焼けるような痛みを、一瞬だけ忘れてしまったのだから。

 

「わかった……主従契約テスタメントを結び、ましょう」

「ああ頼む。それで? オレはどうすればいい、

「エリザ――?」


 エリザは思わず聞き返す。

 今の今まで、この少女は決してわたしを名前で呼ぼうとしなかった。「あんた」だの「お嬢様」だのと、どこか他人行儀。それが急に名前を口にしたものだから驚いたのだ。

 だが、当の本人はそのことに気づいていないのか、げんそうに眉をひそめる。


「あ? どうした、何か気になるのか」

「……いえ、なんでもないの」


 今はそれどころではない。エリザはマリナに「服を脱いで、胸を見せて」と指示。自身もどうにかベッドから体を起こして、マリナへと向き合う。

 白木の身体をあらわにしたマリナの胸に、エリザは個魔力オドを通す。途端、魂魄人形ゴーレムの胸殻が開いて中の蓄魔石があらわとなった。それはマリナという少女の魂を世界に縫い止めるくさびである。


 エリザは自身の背中に手をやって、傷口を拭い、自身の血液を指先につける。


「少し、しびれるかもしれないけど、我慢してね」

「気にするな、やってくれ」


 うなずくマリナを確認し、エリザは蓄魔石に自身の血液を塗りつけた。

 途端、「ぐ、」とマリナがうめく。それは自身の肉体の一部を与えることで、他者を自身のけんぞくへと変えるいにしえの魔導式。魂魄人形ゴーレムの魔力と自身の個魔力オドとを同一の循環経路で結び、いつこんどうはくと成す。


 これで魔力経路パスつながった。

 あとは、主従契約テスタメント式言マジックスペルと共に、こちらの個魔力オドを通すだけ。魔導書に記されていたソレは、何度も読み返して覚えている。

 エリザは意を決して口を開いた。


『――我は誓う』


 途端、蓄魔石から魔導干渉光があふれ始める。

 エリザの個魔力オドと、マリナの魂魄が持つ魔力が干渉し合っているのだ。

 やがてソレは混ざり合い、一つの魔力として練り上げられ、ある魔導式を発動させる。


『我はなんじに願いを託す者なり。

    ――なんじの願いこそ我が宿願。

 なんじは我に真理を授ける者なり。

    ――我が知恵によってなんじは真理を得る』


 動き出すのは、冥界と現世をつなぐ大魔導式。

 死者の魂を召喚する対価として召喚者が果たさねばならぬ誓約。これをにする矛盾を世界は許さない。故に、エリザの個魔力オドを吸い上げて、マリナという死者の『願い』を成就させようとする。機械的に動作する魔導式に重傷を負ったエリザへの配慮はない。肉体そのものを雑巾のように絞り上げられるような感覚に耐えながら、エリザは式言マジックスペルを紡ぎ続ける。


『偉大に偉大で偉大なる盟約に従い、

    我はなんじと運命を共にする。

 故に我らが辿たどりつくは、

    満ち足りた絶望なりて――――――!』


 誓約は、成された。

 あふす魔導干渉光はマリナという名の魂魄人形ゴーレムを包み込み、その肉体すらをも『願い』に応じたものへと変貌させていく。マリナの個魔力オドを物質へと変換、形成しているのだ。


 やがて魔導干渉光がおさまり、目の前に『願い』をかなえた少女の姿が現れる。

 だが、


「……え、」


 その姿を見て、エリザは困惑の声を漏らす。

 魔導干渉光が収まってエリザの目の前に現れたのは――――何の変哲もないメイドであったのだ。

 よくよく見れば変化が無いわけではない。破れていたメイド服は修復され、頭に乗っていたメイドキャップはカチューシャへと変わり、そして鼻には丸メガネ。靴が編み上げブーツに変わっている所が、不思議と言えば不思議だ。

 けれども、どこまでも普通のメイドでしかなかった。 


「……それが、ブソウセントウメイド?」

「あー…………、」


 恥ずかしそうにマリナは頭をポリポリといた。


「うん、まあ、その……。これは、オレが好きなメイドの格好だな、うん。『武装戦闘メイド』の姿には間違いない」

「それで? どうやって戦うの?」

「どうやって……?」

「うん」

「…………?」

「…………」


 沈黙が流れた。


「え、ちょ、――うそでしょ? あんなに自信満々だったじゃない! なにかすごい力を持った存在じゃないの、ブソウセントウメイドって!?」

「ウソじゃねえよッ! 『武装戦闘メイド』はとんでもなくツエえんだよ、ホントだって」

「じゃあ、どうやって戦うのよ? 武器は? 持ってないの?」

「当たり前だ! 『武装戦闘メイド』が抜き身で武器なんか持ってるわけねえだろ! メイドだぞ!?」

「じゃあどこに持ってるのよ!」

「んなもん決まって、」


 ゴトリ、と。

 抗議しようと立ち上がったマリナの、何かが落ちた。


 黒い棒状のソレは鉄と、木でも布でもない不思議な素材で出来ており、一見して鈍器のようにも見える。だがそれにしては持ち手となる部分と、打突部の区別がつかない。


 そして何より不思議なのは――1メルト近い長さのソレが、メイドスカートのどこに隠れていたのかということだ。


 エリザはとつに自身の個魔力オドの流れを探る。

 個魔力オドはマリナの蓄魔石へと吸収されたのち、彼女の全身と分配されているようだった。

 そしてメイド服には、特に魔力の消費が激しい箇所が一点。

 明らかに召喚系の魔導式を使用した後とおぼしき反応が返ってくる箇所がある。


 マリナのスカートの中だ。


 つまり順当に考えるなら、

 この鉄の棒は、マリナが何処どこからか召喚した物ということになる――


「それ、は――?」


 エリザは鉄塊を見つめたまま黙りこくるマリナに問いかける。


「スパスだ……」当のマリナも訳が分からないとでも言うようにぼうぜんつぶやく「フランキ・スパス12」

「一体何の道具なの?」

「これは――」


 エリザが問うとマリナは鉄の棒散弾銃を拾い上げ、手慣れた様子で構える。


「――オレの世界の、異世界の武器だ」 



    ◆ ◆ ◆ ◆



『どこに行きやがった、あの小娘』


 夜のとばりが降りた森に、男の毒づく声が響く。

 男は座禅を組み、何かを念じるかのように瞳を閉じていた。男が腰を下ろした地面には鶏の血で描かれた魔導陣があり、男の個魔力オドと周囲の大魔マナを練り合わせて、淡く青い光を放っている。

 見る者が見れば、それは『感覚共有』と『思考制御』の魔導式を二重展開していると気付くだろう。そしてその魔導陣が、男がからじゆう刺青いれずみにして刻み込んだ魔導式とつながっているとなれば、男の正体はかなり絞られる。そして小脇に置かれた羊飼いのつえが決定的証拠。


 男は魔獣使いビーストテイマーだった。

 今は、魔導式によって使役する魔獣と感覚を共有、魔獣の思考をも制御して遠隔から操っている最中である。

 ――エリザベート・ドラクリア・バラスタインという名の少女を暗殺するためだ。


 男は〔感覚共有式〕よって送られて来る魔獣の視界に、公女の姿を探す。

 メイドをおびき寄せ、公女のもとまで案内させたのは良かったが、その公女自身にしてやられてしまった。あの古城に1年間通い詰めていた役人の話では、古城の防衛機構は魔力の消費を抑えるために切られているというから安心して忍び込んだのに、肝心なところで役に立たない男だ。生きていれば殺してやりたいが、やつは既に魔獣の腹の中である。


『これで俺まで殺されたらどうしてくれるんだ……』


 自身が仕える騎士のやり口を思い出した魔獣使いビーストテイマーは思わず身を震わせる。公女を殺せと命じた騎士様は、伯爵家の次男坊。一度にらまれれば、もうこの国に居場所はない。


 と、そこで魔獣の嗅覚がある匂いを捉える。

 公女様の血の匂いだ。


 二階の廊下を進んだ先。城の中央部分にある部屋から漂ってくる。

 魔獣使いビーストテイマーがニヤリと笑うと、感覚共有されている魔獣の口もニタリと牙をのぞかせた。

 公女の背中の傷はそれなりに重かったのだろう。騎士としての訓練を受けた貴族ならいざ知らず、公女として大切に育てられたお嬢様が、個魔力オドを応用した治癒式を扱えるはずもない。恐らくメイドともども身動きが取れず、あの部屋に隠れたのだ。


 魔獣使いビーストテイマーは、〔思考制御式〕を通して自身の個魔力オドを魔獣へと伝達する。それは新たな魔導式を発動させるためのもの。今や男と一心同体である魔獣も簡単な魔導式なら扱えるのだ。

 魔獣使いビーストテイマーは〔音響制御式〕を利用して魔獣の足音を消し、部屋へと忍び寄る。


 やはり中に人の気配。

 息を殺しているようだが、匂いまでは消すことができない。公女様が魔導神経を持つ貴族だったのなら、話は別だったろう。しかし、そうでない以上ここまでだ。


 魔獣使いビーストテイマーは、一気に魔獣を突入させた。

 部屋の扉を体当たりで破り、飛び込んだ部屋には人影がひとつ。

 だがそれは、


『メイド、だと……』


 そこに居たのは、先ほどまで公女様と一緒にいた赤髪のメイドだった。

 しかし、最初に見た時とは少し外見が変わっていた。逃げる際に汚れたはずのメイド服は新品のものに、頭に乗せたメイドキャップはカチューシャへと変わっている。加えてその顔には丸メガネがのっていた。


 だが何より不可解なのは、メイドが床に座り込んでいること。

 そして、メイドの前に置かれた巨大な棒状の鉄塊だった。

 背の低い三脚に乗せられたソレは一見すると戦棍メイスのようだ。だが、それならなぜ柄の方をこちらへ向けているのか。しかもメイドはそれを両手でつかみ、編み上げブーツをしっかりと床に踏ん張らせ、を魔獣へと指向させている。

 メイドが、ニタリと笑った。


『――まさか、魔導具ッ!?』


 そう直感した魔獣使いビーストテイマーの対応は特筆すべきものだった。一瞬で魔獣のかつちゆうが形成する魔導干渉域の出力を限界まで引き上げ、かつちゆうの隙間を隠すため、魔獣に防御姿勢を取らせたのだから。


 そして爆音と共に鉄塊の先端から何かが、連続して放たれる。

 途端、魔獣の魔導干渉域に絶対の自信を持っていた魔獣使いビーストテイマーきようがくした。放たれた何か――矢のやじりにも似たソレは、魔導干渉域を難なくすり抜けて魔獣のかつちゆうへと殺到したからだ。


 ――魔獣使いビーストテイマーは知る由もないことだが。

 それは直径12.7mm、タングステン弾芯を内包した徹甲AP弾。放った鉄塊の名を『ブローニングM2重機関銃』。魔導式の加護など必要とせずに、厚さ15mm以上の鋼板をも貫徹する異世界の兵器である。


 徹甲弾は魔獣のかつちゆうへと殺到し、発射時の爆音と、城内に金属がたたかれるけたたましい音を響かせた。


 ――そう、金属がたたかれる音だった。

 よろい


 数秒後。鉄塊がやじりを放つのを止めた。

 そして魔獣使いビーストテイマーは、魔獣がまとかつちゆうにひとつの傷も無いことを確かめると、ニタリと牙をく。


おどしかぁッ!!』



    ◆ ◆ ◆ ◆



「ウソだろッ!?」


 一番驚いたのはマリナの方だった。

 50口径の重機関銃の掃射が直撃して無傷など考えられないことだからだ。装甲車のような20mm以上ある圧延鋼板ならいざ知らず、せいぜい2mmのスプリング鋼にしか見えないかつちゆうが機銃掃射に耐えるなどアリ得ない。


 だが、あり得たのだから仕方がない。

 マリナは気持ちを切り替え、背後へと跳躍する。襲い掛かってきた魔獣のあぎとから逃れ、そのまま背後のガラス窓から外へ飛び出した。置き土産にと、メイドスカートの中から数個のしゆりゆうだんを取り出し、部屋の中へ放る。

 背後の爆音を感じながら、マリナは中庭へと着地。そのまま一階の窓から城の中へと飛び込んだ。そのまま魔獣から距離を取ろうと廊下を駆け抜ける。


『マリナさん、無事!?』


 その爆音を聞いたのだろう。先に別の部屋へ隠れていたエリザから念話が届く。主従契約テスタメントを結んだことで、そうした事も出来るようになっていた。つくづく魔導式というやつは便利だとマリナは思う。

 

 魂魄人形ゴーレム主従契約テスタメント

 それは確かにマリナを『武装戦闘メイド』へと変貌させた。

 エリザによれば『願い』は、マリナのイメージが反映されたのだという。だからマリナの姿は、マリナが敬愛する『婦長さま』の姿へと近づいたのだ。

 ヴィクトリアンのメイド服はそのままで、メイドキャップはカチューシャに。そして鼻の上には『婦長さま』と同じ、丸いレンズの伊達だてメガネ。『婦長さま』と全く同じではないのは、幾つかのイメージが重なり合った結果らしい。


 そして、マリナがイメージしていた『武装戦闘メイド』たちは、普段は何の変哲もないメイドとして働き、いざというときには武器を持ち戦う者だった。


 そして彼女らは大抵、のだ。


 故にマリナは『スカートの中からあらゆる武器を取り出せる』という能力を得た――らしい。いまだに信じきれないが、魔導式というものはそういうモノなのだろう。ついでに魂魄人形ゴーレムの身体能力が格段に向上している。重機関銃の反動を簡単に抑えつけられるのだから大したものだ。


 だが、それでもあの魔獣は倒せなかった。

 ヒグマに襲われた時を思い出し、50口径の徹甲弾を連射可能なM2を選んだというのに、結果はこのザマだ。


「オレは大丈夫だ。――それよりもアレが着てるよろいは一体何なんだ? 重機関銃が効かねえかつちゆうとか反則だろうがっ!」

『え、なに? ジュウキカンジュウ?』

「そこはどうでもいい! とにかく、あの魔獣とやらが着てるかつちゆうについて教えろ、何でもいいから!」


 念話の向こうで、エリザが慌てて記憶を探るような感覚が返ってくる。そう時間を置かず、マリナからの答えが返ってきた。


騎士甲冑サークは、身につけた者の個魔力オドを消費して、幾つかの魔導式を発動させてるの。一つは〔魔導干渉域〕。装着者の周囲で発動するあらゆる魔導式を無効化する空間を展開してるわ。――マリナさんの武器は魔導式によるものなの?』

「オレの世界に魔導式なんてもん無えよっ」

『じゃあ多分もう一つの方ね。――〔結合強化式〕だと思う』

「んだそれ?」

『物が壊れないように魔力で強化する式よ。個魔力オドの量に応じて、薄い金属板でも数十から数百倍の強度を持たせられるの』

「……なるほど。デタラメだな、魔導式ってやつは」


 だが、それなら納得だ。

 たとえアルミ板でも厚みが増せば徹甲弾を止めることが出来る。

 つまりあの魔獣が着ているかつちゆうは見た目に反して、装甲車か下手すりゃ戦車並みの装甲だということだ。

 逆に言えば、対それ用の兵器であれば貫けるということ。

 つまり対戦車兵器ならば何とかなるかもしれない。

 しかし――、


『? どうしたの、マリナさん。やっぱりでもして……』


 マリナのしゆんじゆんを察して、念話からエリザの心配そうな声が届く。

 それに対して「いや、違えよ」と否定し、マリナは説明する。


「アレを倒せそうな武器を思いついた。……が、当たらなかったらマズイと思ってよ」


 対戦車兵器といえば、真っ先に思いつくのはRPG-7などのロケットランチャーだ。そしてそれらは屋外で使うことを想定している。屋内では使用者に爆煙が降りかかりおおけどを負うことなるからだ。

 だが、俊敏に動き回る魔獣に屋外で弾頭を当てることが出来るだろうか。マリナはそれが不安だった。ただでさえ高速で移動する標的に当てるのは困難なのに、魔獣の動きは直線的ではない。


「ま、何とかするさ。とりあえず魔獣を外におびせて――」

『いえ、待って。わたしがおびします』

「あ? なに言って、」

『いずれ魔獣はわたしの匂いを嗅ぎつけます。さっきはマリナさんがわたしが脱いだ服を持っていたからせたのでしょうけど、もうバレたでしょうし。だったらわたしがおびせた方が、魔獣も警戒しないでしょう』

「……それはそうだろうけどよ。エリザはしてるだろうが」

『エリザ、……』


 なぜか少しうれしそうにエリザはつぶやき、そして念話から意を決したような雰囲気が返ってくる。


『大丈夫。

 ――だってわたしが殺される前に、マリナさんが倒してくれるんでしょ?』

「……ああ、」


 念話から感じるのは、確かな信頼だった。

 魔導式というのはつくづく厄介な代物だと、マリナは思う。

 異世界に死んだ魂を召喚したり、50口径の徹甲弾を止めたり、――果てには感情をダイレクトに伝えてくる。


 こんな信頼を寄せられて、裏切れるわけがない。

 チクショウ。


「よし、やつを仕留める場所を決めよう。ある程度の広さがあって、それでいてやつの動きを一瞬でも良いから止められる場所。……思いつくか?」


 マリナが提示した条件に、エリザは得意げな念話を返す。


『ひとつ、あるわ』



    ◆ ◆ ◆ ◆



 ざかしいをしやがって。

 魔獣使いビーストテイマーがそう毒づくと、感覚共有によって感情を伝たちされた魔獣もうなごえをあげた。まさにしてくれているとはこの事。男は帝国が開発したこの魔獣に愛着を持ちつつあった。


 城の廊下を進みながら、魔獣は鼻をひくつかせる。

 先ほどは、魂魄人形ゴーレムのメイドが持っていた公女の服の匂いにつられてしまったが、もう間違えはしない。メイドがまとう鉄と油の臭いを魔獣がおぼえたからだ。

 それにしても先ほどの魔導具は一体何だったのだろうか。そう魔獣使いビーストテイマーは首をひねる。やけに自信満々に突きつけてきたから何かヤバい魔導式でも発動されるかと警戒したが、結果は無傷。しかし、だからと言って無視して良いものだろうか。


 と、

 魔獣が公女の匂いを嗅ぎつけた。

 魔獣使いビーストテイマーは思考を中断し、匂いに集中する。

 公女が放つ血の匂いはまっすぐこちらへと向かってきていた。角の向こう、二階から一階へと続く階段からだ。


 ――馬鹿な娘だ、手間が省ける。


 魔獣使いビーストテイマーは再び〔音響制御式〕を発動させ、魔獣の気配を消すと、公女が目の前に現れるのを待つ。

 そして、飛び出してきたドレスへ魔獣は飛びかかった。

 しかし、


『服だけ、だと?』


 いたドレスには中身が無い。

 途端、横から階段を駆ける音が響く。見れば、キャミソールにドロワーズだけの公女が二階へと逃げていくところだった。


『またか! ざかしいガキがっ』


 魔獣を走らせ、男は公女を追いかける。

 公女は一目散に二階の廊下を駆け抜けていた。貴族の娘のくせに足が速い。食うに困って農作業ばかりしていたというから、足腰が鍛えられているのだろう。いちいち腹の立つ娘だ。


 しかし、魔獣の足から逃れられるほどではない。 


 公女は二階を駆け抜けると、その先にあるもう一つの階段を転がるように駆け下りていく。魔獣使いビーストテイマーはその走りに違和感を覚えた。公女の動きには迷いがなさ過ぎたのだ。


 何かある。

 魔獣使いビーストテイマーは思考を巡らせ、階段の先にある場所を思い出し、ほくそ笑んだ。


 ――なるほど、そういう狙いか。

 あの階段の先にあるのは、正面エントランス。

 そこには確か、大きな魔導灯シャンデリアがあったはずだ。

 

 そして思った通り、公女は正面エントランスへと飛び出した。

 正面エントランスは一階から二階までの吹き抜け構造。二階から一階へと降りる幅の広い階段がある。公女はそこを一目散に駆け降りていった。


 魔獣使いビーストテイマーもそれを追いかけ――階段を下り切る手前で


 ――瞬間、魔獣の眼前に巨大な魔導灯シャンデリアが落ちる。

 もちろん、魔獣にはかすりもしていない。


「――な、」


 魔導灯の向こう側で、公女が目を見開いている。それに対して魔獣使いビーストテイマーはニタリと牙をいてみせた。

 バレていないとでも思ったか。二度も同じ手を使いやがって。

 魔導灯があると思い出した時点で、この手は読めていた。


 魔獣の笑みを前にして、公女はぼうぜんとしていた。これが最後の策だったのだろう。まあ、つい去年まで温室育ちだった公女様にしてはよくやった方だが、何度も同じ手が通じると思っているのなら傲慢というものだ。


 ふと、あることを思いつき魔獣使いビーストテイマー個魔力オドを魔獣へと送り込んだ。

 音響制御の魔導式を発動させるためである。


『――万策尽きたかね?』


 魔獣の口からあふれたのは、魔獣使いビーストテイマーの声。〔音響制御式〕は音を消すだけでなく発することも可能。だが制御の難しいそれを遠隔で扱えるのは、魔獣使いビーストテイマーの自慢のひとつだった。

 公女は驚いたようだったが、貴族としてのなのだろう、すぐにぜんとした態度で応じる。

 

「何者ですか? なぜ今、帝国がわたしを狙うのです?」

『帝国? ああ……』


 公女の勘違いも理解できる。この魔獣『ティーゲル』は帝国が開発し、先の戦争で大量に投入されたものだ。この個体にしても、その内の一つをかくして使役している。今もガルバディア山脈を越えた向こうでは、帝国軍国境駐留部隊が魔獣を従えて王国をにらんでいるわけだから、帝国軍が公女暗殺のために送り込んだのだと考えても不思議ではない。

 だが、


『違いますよ。むしろ帝国があなたを殺してくれれば、俺は貴女あなたを殺さずに済んだ』

「――なんですって?」

『不思議に思わなかったのですか? いくら政争に負けたからと言って、ただの公女が、国境警備の名目で、こんな辺境の城にほうじられるなど。おかしいでしょう?』

「……、」

貴女あなたがここにほうじられたのは帝国への餌なんですよ。さあ、ここに貴族の娘がいますよ? 殺してください、ってね』

「なぜ、そんな、」

『決まっている。――戦争を再開するためですよ』


 公女が息をみ、やがてその顔が苦々しくゆがんでいく。

 それはそうだろう。この間までの戦争を止めたのは彼女の父なのだ。文字通り命と引き換えに勝ち取った停戦協定。それを無為にしようというのだから。

 魔獣使いビーストテイマーは、自身の言葉が公女の心を揺さぶっているという優越感に酔いしれる。何度もこいつは虚仮にしてくれたのだ。これくらいはしてやらないと気が収まらない。

 さて、もう一押しだ。


『しかし困ったことに、帝国は一向に貴女あなたを殺さない。――だから俺が来た。貴女あなたを殺すために。戦争を再開するために』

「誰です! 誰が一体そんな事を考えて!?」

『ふはは、……教えてあげません』


 ガシャリ、と魔獣が床に転がる魔導灯を踏みつけ、公女へと歩み寄る。公女は一歩でも魔獣から離れようと後ずさった。しかし彼女の背後にあるのは壁。外へと続く扉へ逃げるには、魔獣の目の前を横切らねばならない。だがそれは自殺行為。

 公女はもう、籠の鳥だ。


『さあ、死んでください。戦争のために。戦争を欲する者のために、貴女あなたは死ぬのです』


 魔獣使いビーストテイマーはニタリと笑い、魔獣が牙をいた。

 

 そして、


 公女もニヤリと笑ってみせた。

 服は血まみれのキャミソールとドロワーズだけ。転がるように逃げ回ったせいであちこちかすり傷だらけ。れいだった銀髪も乱れに乱れて艶のかけもない。『くわ振り公女』どころか『ボロ切れ公女』と言った方がさわしい。

 なのに。

 それなのに。

 その笑みだけはまるで、


「いいえ、わたしは死にません。守るべき民がいる限り、わたしは死ねないのですから」

『はっ――――――ほざけぇ!!』


 魔獣使いビーストテイマーの感情に呼応するように、魔獣は公女へ跳びかかる。



 ――その瞬間、正面エントランスの扉が開いた。


 

 魔獣の視界に映ったのは、丸メガネをしたメイド。

 そいつは肩に黒い筒のようなものを担いでいた。

 間髪入れず、黒い筒の先端が〔爆裂式〕のような音を立ててしよう。魔獣へと一直線に襲いかかってきた。


 ――またおかしな魔導具か!

 魔獣使いビーストテイマーは、またもメイドにおびき出された事を察してみした。だがすぐに心を落ち着かせる。魔獣がまと騎士甲冑サークは王国騎士のソレと同等。あらゆる魔導式を無効化し、どんな剣も通さない鉄壁のよろい。先ほどのやじりの豪雨だって防いでみせたのだから。


 しようしてくるソレを避けきれなくとも、このかつちゆうがある限り―― 


 その魔獣使いビーストテイマーの考えは、直撃した黒い何かによって


『んな、』


 直撃したソレは、爆裂式のようなものを発生させて魔獣を吹き飛ばす。ゴロゴロと大理石の床を転がって、魔獣の体は壁にたたきつけられた。


『ぐああああああああああぁぁああああっ!!』


 感覚共有によって伝たちされた痛みに魔獣使いビーストテイマーは叫び声を上げる。それは魔獣が感じている痛みであり、魔獣が致命的な傷を負ったということでもあった。


『痛い、痛い痛い痛い痛い痛いいいいいなんだ! 何だソレは!? 魔導干渉域が、かつちゆうがぁ、鉄壁なのにぃ、』


 魔獣使いビーストテイマーの叫び声を無視して、メイドは正面エントランスへ足を踏み入れる。カツカツ、と編み上げブーツが大理石をたたく音が響き、やがて公女のそばで止まった。


「エリザ、耳を塞いで口を開け。俺の後ろに回るなよ、横でしゃがんでろ」


 言って、メイドはスカートをバサリとめくると、その中から再び黒い筒を取り出した。

 それを肩に担ぎ、先端を魔獣へと指向させる。


『だから……だからぁ! 何なのだソレは!?』


 痛みで考えがまとまらない。魔獣使いビーストテイマーの脳内は『何故なぜ』という言葉で埋め尽くされていた。

 なんだそれは。

 その黒い筒は一体何なんだ。

 どうして騎士甲冑サークの装甲を貫通し、あまつさえ魔獣のバカ太い足をも吹き飛ばせるのだ。


 対してメイドは、仕方がないとでも言いたげに、ボソリと答える。

 

「パンツァーファウスト3――――異世界製の武器メイド・イン・ファンタジアだよ」


 放たれた黒い弾頭に視界を埋め尽くされたのを最後に、

 ――――魔獣使いビーストテイマーの意識は途絶えた。



 

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