くくり

相良あざみ

 静かに置かれたハードカバーの、そのつるりとした表紙を指でなぞる。

 持ち上げたそれの小口は薄汚れ、よく見れば角もわずかにほつれて、繊維が毛羽立っていることに気が付いた。


 果たして、これまでに何度その本を開いたのか――ああ、それは、数え切れないほどに多く。


 なにせ冒頭の数ページなら、完璧にそらで読み上げることが出来るのだ。

 一言一句間違えずにという制約がなければ、全体の内容を詳細に語ることだって出来る。


 それほどまでに、この本は愛されている――愛されて、いた。


 せっかくだし綺麗にしてやろうと、必要なものを頭の中でピックアップしていく。

 小口は紙やすりで軽く削ってやれば良いと、誰かに聞いた覚えがある。

 解れを直してやれるほどの技量はないから、そこは諦めるしかないとしても、表紙の汚れは消しゴムで取れると、これも誰かに聞いた覚えがあった。


 ――焦らなくていい、じっくりと検討するべきだ。


 なにせ、時間はたっぷりとある。

 逸る心へ何度も言い聞かせてみても、無意識を操るのはやはり難しいことらしかった。

 普段は意識しない鼓動がいまはいやに騒がしく、熱でもあるのじゃないかと思うくらいに、全身が火照っている。


 ――焦らなくていい。


 もう一度心の中でそっとつぶやいて、目蓋を閉じた。

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