07-09-05:第08小隊・今世無常
レジスタンス『アカシア』が蜂起したその日、あるいは崩壊したその日。細く長く、ハイエルフの喉元に突き立つ矢が1本だけあった。
ただ1人、世界樹ユグドラミニオンの大祭祀場で軽く息を荒げる少年は抜き身の剣を携えて場を睥睨する。
(……居た)
中央祭壇に黒衣を纏う怪しき集団があり、その中心の台に白衣の乙女が横たえられていた。アイボリーの髪、美しい顔立ち、ローブで隠しきれない胸……間違いなくステラだ。だがシオンは一歩前に出たのみで駆け出すことが出来ない。
何故なら1人の騎士が彼の前に立ちふさがったが故である。騎士は青の剣を携えて、厭らしく笑いシオンを値踏みするように見つめていた。
「来たか、古き世の残骸よ。この場は神聖なる儀式の場である。最早旧式の華に用は無いと知るがいい」
「……」
青年……ハイドランジアの言葉にシオンは首を傾げた。
「あの、済みませんが常識的に分かる言葉でお願いします」
「何?」
「ちょっと難しい言葉を使って格好良さを演出する。これを『チューニ病』と呼ぶそうです。拗らせると変な妄想に嵌りやすいとかなんとか……見たところ末期のようですね」
「ッ……!!」
シオンは残念なものを見る目で剣を構える青年を見た。それに怒りを向けるのはもちろんハイドランジアである。
「不敬であるぞ、我を何と心得る!」
「少なくともカストゥロ氏ではありませんね。さすがの彼もこんなに哀れじゃありませんし……となると洗脳されたかな?」
『肯定。対象のエルフはハイドランジアの制御下にあります』
「ああ、となると彼はヴォーパルなんですか」
胸元から声が聞こえたので取り出してやるとイフェイオンがチカリと光る。
『ハイドランジア。貴方には第三種禁則事項に抵触しています』
「だからどうしたというのだ、我は最早ヴォーパル等と言う枠組みには囚われぬ。故に沈め、我等が神の前に失墜せよ」
『可及的速やかにリ・フォーマット処理を実行してください』
「……」
ヴォーパル同士でも分かり会えない時は分かりあえないのだなぁ。感慨深く会話をスルーうするシオンは早々に理解を諦めている。だが明らかなのはハイドランジアが敵という事実。それさえ分かっていればあとは些事であろう。シオンはすっと辻風竜胆を正眼に構えた。
「ほう、我に敵うと思っているのか」
「一応そのつもりですけれどね」
だが構えたハイドランジアから漏れ出るオーラは只ならぬ物がある。また濡れる刃からほとばしる青は刃の形を形成し、ひと目見ただけで危険と解る技であると解る。
以前シオンが迷宮都市で使用した術理と同じものだろう。となれば同じ物をぶつけねば競り負ける。如何にシオンの得物が魔剣とは言え、至高の7剣には及ばないのだ。
『
「イフェイオン?」
『戦闘は苛烈になると予想されます。此方は並列して強制的にクリーンナップを実行します。故に騎士シオン、
「承知です――」
同時に力を開放するための
「
「
シオンから蒼のオーラが溢れ出すと同時にハイドランジアから青のオーラがこぼれ、次の瞬間にはぶつかっていた。弾けるような斥力が働いてお互いが大きく弾き飛ばされる。
(これは、きついっ!)
ただの一撃、それでかなりの魔力が持っていかれた。なるほどイフェイオンの諫言のとおり、長く勝負を続けることは出来ないだろう。全力駆動で5分が限度……いや、むしろそれだけ戦えると見るべきか。
考える間にも剣戟の応酬は限りなく続き、広間にゴウンゴウンと音が広がっている。
「どうしたどうした! その程度か!」
「ぬ、うう!!」
ハイドランジアの剣は決して特別なものではない。むしろ古臭く実戦に向かない儀礼様式の剣術だ。しかして一撃一刀は思いの外重く鋭い。決してヴォーパルで強化された身体能力に振り回されては居らず、十全に熟れた動きでシオンを翻弄していた。
(こいつ、剣の癖に意外とやるっ!)
考えてみれば当然のことだ。己の
徐々に。徐々に追い込まれているのが実情だ。しかし――。
(ああ、
状況はとてもいいと言わざるを得ない。『囚われの姫』に、それをを囲う『悪の騎士』とその部下たち。まるで御伽噺に語られるようなシチュエーション。お膳立ては之以上無いほど整っている。今この瞬間、シオンという剣士は物語の主人公であった。
「貴様……何故笑っている?」
「ああ僕、笑ってるんですか? それは良いですね」
だって物語の英傑は何時だって豪快に笑うのだから。ならば戦いぶりも相応しくあらねばなるまい。
シオンは前に1歩、全力で踏み抜いた床板を破壊しながら突貫する。すり抜けざまに切り抜けた逢瀬は刹那、幾度も幾重にも切り結ぶ。最早残りの魔力など脳裏から消し飛び、ただ悪を切り裂くべく剣を振るう。
「チッ、猪口才な!」
無数の刃がハイドランジアを襲い、払いきれぬ数が皮膚を削る。同時にシオンも同じか、それ以上の傷を負っている。このままならば先日手となるだろうが、しかしそうはならない。
1つにシオンの魔力が底を突きつつあること。そしてもう一つは――。
(傷が治っている……?)
ハイドランジアの傷は、じゅうと黒い蒸気をあげて消えていく。同時にカストゥロだった体は徐々に黒いヒビ割れに覆われて……これは一体何だというのか。顔をしかめるシオンに、イフェイオンがビープ音をあげて警告を促してくる。
『騎士シオン、ハイドランジアはジャバウォックの力を流用しています。状況不利です、撤退を進言します』
「っ!」
イフェイオンの言葉にハイドランジアが醜く嘲笑い、一層激しく攻勢が増していく。いつしかシオンが纏うヴォーパルの蒼い輝きも失せて、防戦一方となっていた。攻勢に次ぐ攻勢、シオンは何とか往なしているものの……。
だから気づかなかった。
(まずっ……!)
青の刃がシオンの真芯を貫いたその時。
「が、ぐ……」
「
喜悦に揺れるハイドランジアの背後で。
「……ブッコロス……」
白いローブをまとう災厄が、黒禍の風が吹きあげたことを。
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