07-06-04:エレノアの覚悟

 ハイエルフは外面ばかり繕う蛮族である。幼少の砌を市井で過ごしたエレノアの認識ではこの種族をそう捉えている。故にこの光景は正しく彼女の評価を裏付けするものであり、彼女の顔面を蒼白にさせるのに十分であった。


 それは1つの騒ぎである。


 鎧を着た護衛騎士が何かに群がっていた。何かを足蹴にして甚振っているように見える。侵入者? いやそれにしては余りに騒ぎが小さすぎる。一体何なのか……合間に見えた青色の髪と衣装に彼女は目を見開いた。


(な、なんで……?!)


 リンチに遭っているのは先程気軽に挨拶したシオンに他ならない。何故そんな事になっているのだろう。彼はパラシオと話をしていたはず……であるのにこれは一体どういうことなのか。冷や汗を流す彼女は周囲にステラの姿を探すが、しかし彼女は会場に居ない。


 それはこの場において私刑を止めるべき存在が居ないことを指す。


 結果的に発生する状況がであり、クスクスと笑い合うハイエルフ達は観客として愉しんでいた。吐き気を催す邪悪の巣窟だと、エレノアは胸糞が悪くなる。なんと邪悪な人種なのであろうか、その純血が己にも流れていると考えだけで背筋に寒気が走る。


(兎に角止めないと!)


 でなければ彼の命が危ない。如何に魔銀級ミスリルの探索者といえど、あのように無防備に嬲られてはただですむまい。エレノアが一歩踏み出そうとすると彼女の前に1人の青年が立ちふさがった。


「パラシオ様……?」

「エレノア様、ごきげんよう」


 そう挨拶する彼はとてもにこやかであり、しかしその目は爛々と輝いてエレノアを見据える。狂気じみたパラシオに不穏なものを感じ、エレノアは足を止めてしまう。


「申し訳ございません、シオンは私達の恩人です。それに報いるためにも助けに――」

「不要でございます」


 断じる彼はそれはそれは嬉しそうに語りかける。


「御照覧くださいまし。シオン様は星の加護のある者です。フフフ、彼の前にはありとあらゆる艱難辛苦が待ち受けてございます」


 そういって腕を広げる彼はとても楽しげであった。


「嗚呼彼は愛されている。恵まれている。それ故です、それゆえに彼は生き残るでしょう。生き残ってしまうでしょう。故にこれはよ」

「些事……? 人が暴虐にさらされることを些事というのですか?!」

「いいえ、彼は人にあって人にあらざる宿命を持っている。全ては試練なのですよ、エレノア様」

「ッ……!」


 エレノアはパラシオの言うことが一辺たりと理解できなかった。だが周囲でニヤつく下衆とはまた違うベクトルで話が通じない。上辺だけではない、何か深淵を知った上で言葉にする筋が言葉に感じ取れる。


(ふざけてる……みんな狂っているわ!)


 頭がおかしくなりそうな状況の中、ただ1つだけわかること。それは今この場において手を差し伸べることが出来るのは、エレノアだけだということ。


 エレノアは賢い娘であるが、敏い娘ではない。


 およそ『生きる』ということに関して、彼女が持ちうる常識はハイエルフのそれとは大いに異なる。自分本位の狂った思考を持つような育ちをしていない。世界は自分を中心に回っていないことぐらい、当たり前のように理解している。


 だがそれではこの世界では上手く生きてはいけない。ここで手を出せば、ハイエルフにしては温厚な義父に迷惑がかかるだろう。それでも彼女は許すことが出来ない。このような悪趣味なイベントに対して欠片ほども協賛することはない。


 ましてや『試練』だなどとおためごかして論点をずらすなどありえないことだ。


(くっそぉ、ふざけてるわこの世界。製作者ぶん殴ってやろうかしら!)


 なにより彼女はシオンに恩義を感じている。あの向こう見ずの王子バカどもの依頼を嫌な顔ひとつせず手伝って、なおかつ命を救ってくれているのだ。しかも無様な勝ち方であったにもかかわらず、結果を貶める事はしなかった。むしろ次はこうするといいよと確りアドバイスもくれたのだ。


 すべては彼の良心である。それを無辜に出来るほどエレノアは恥知らずではないし外道でもない。だからエレノアは「失礼します」と断り、護衛騎士の集団へと足を向けた。パラシオはそれを止めるでもなく、ケラケラと笑顔のまま見送っている。


「貴方達、何をしているのですか!」

「おや、お嬢さん。何をとは何のことでしょう。見たままのショーですが」

「その方は私達の恩人です。無碍に扱うことは許されません」

「貴方は……かの男爵の御令嬢ですね? であればお受け致しかねます。私共は公爵家……カストゥロ様の命により動いておりますので」


 あの寡黙な何考えているのかわからない騎士の指図、つまり公爵家として騎士たちに命じているのだ。その言葉にエレノアはまたしても目を剥く。彼とてシオンに命を救われた1人だ。だというのに外面ばかり良くして、内面はこんなにも残忍だというのか。彼女が知る限りのカストゥロはここまで愚かではなかったはずだ。


 これはまるで人が変わったようではないか。


 だが今はこの場を切り抜けなければならない。疑問を一旦隅においてエレノアは一歩前に出る。


「……騎士様、その命は王より重いものですか」

「なんですと……?」

「私は今『私達』と申し上げました。彼は第二王子スローン様の恩人でもある。それを蔑ろにするならば、然るべき処罰があると心得なさい」

「!」


 ざわ、と騎士たちがおののくのが分かる。虎の威を借る狐であるし、なるべくなら取りたくない手段ではあるが効いた。流石に王の威光というものは公爵家に仕える騎士でも怖いらしい。内心ホッとするエレノアは散るように指示し、騎士たちは渋々とその命令に従った。


 周囲も『余計なことを』等とヒソヒソ囁いているか知ったことか。恩人を見捨てる屑に成り下がるなど御免こうむる次第である。


 散ったあとに残されたシオンは晴れ着がボロ雑巾のようになっており、見るも無残と言った有様だ。エレノアはサッと青ざめ、シオンを揺さぶり小声で呼びかける。


「シオンさん、大丈夫ですか……?」

「おや、エレノアさんじゃないですか。どうしました?」

「へ?」


 思いの外元気な声でエレノアは驚く。しかし痛む体を支えるように身を起こす彼はため息を付いた。


「起きて大丈夫なのですか?」

「打点を制御してダメージを最小限にしました。つまりなわけですが……それだと外面として面倒になるのですこし演義に協力いただけませんか?」

「……わかりました」


 エレノアはシオンの提案を飲み、無事な彼を介助するように会場を後にした。

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