07-03-05:キノコ料理

 蜘蛛切流星ドライエスを進呈して――押し付けたとも言うが――程なくイオリの両親が使用人とともに帰ってきた。


「やあシオン。元気そうで何よりだ」

「大きくなったわねぇ~シオン君」

「お世話になっております伯父様、伯母様」


 うやうやしく礼をするシオンに2人は苦笑いだ。緑髪のメガネを掛けた優男がナリダウラ、濃く青い髪を持った長身美人がハオリだろう。ハオリに関しては流石姉というだけあり、カスミの面影を強く感じさせた。

 とはいえ儚げだったカスミと違って彼女は溌剌とした健康美を備えている。


「かしこまる必要はないよ。ここはキミの実家と思ってくれていい」

「そうよ~いつだって来てくれて構わないんだから♪ それでそちらの方は――」

「あ、わたしはステラ! 今はシオンくんの相棒バディやっているよ!」

「そう、貴女がシオン君の……」


 ぐっと親指を立てるステラに、ハオリの容赦ない視線が刺さる。なんとなく居心地が悪いステラがしおしおと親指を下げる。


「ふむふむ、なるほどねぇ~……」

「あの、何か……?」


 舐めるような視線もすぐなくなり歓迎の意へと変わる。トタタタと駆け寄ったハオリはステラの手をとってうなずいた。


「うんうん、いいじゃないの~! シオン君は迷惑かけてないかしら」

「いえ、わたしの方が助けられてばかりだが……」

「そうじゃなくて。彼ってば堅苦しいから逆に心配だったの。そこに貴女みたいなほわほわぽえーんな人が来てくれて助かるわ~♪」

「ほわほわぽえーん」


 たしかにチャランポランかもしれないがそう表現されるのは初めてだ。どうやらハオリはカスミとは違った意味でふわふわした性格のエルフのようだった。


「お、お母さん! シオンちゃんは私のだからね!!」

「あらそうだったかしら。それよりごちそうを準備しなくっちゃ! イオリ手伝って。母さん接客をお願いね。ハシントちゃんも食べていったら?」

「ではご相伴に預かりましょう」

「まったくハオリときたらマイペースだねぇ」


 ため息をつくヒメラギは眉間にしわを寄せ肩をすくめた。



◇◇◇



 さて、ごちそうである。今度こそ贅を尽くした……と言わないまでも、エルフ由来の名物に舌鼓を打つときが来た。円卓に座ったステラはワクワクが止まらない。


「今度こそエルフ伝統料理が食べられるという訳だね」

「そうなりますね!」

「テンション高いな……まぁ故郷の料理は久々だものな」

「ええまぁ!」

「……私あんますきじゃない」


 わっふるわっふると楽しみにするステラに対し、イオリの顔はあまり浮かばない。どうやら彼女にとってそれらは苦手な部類のようだ。


「ちなみに伝統料理ってのはどんなものなのかね?」

「キノコ料理ですね!」

「アッハイ」


 きらめくシオンの笑顔に気圧される。ここ2年で稀に見るいい笑顔だ……。彼はキノコ大好きなので、キノコに関係するイベントが発生すると、本来の冷静さを失いはしゃいでしまう。良い息抜きには違いないのだが、この豹変ぶりにはなかなか慣れないステラである。


「シオンちゃんはキノコだいすきだもんね」

「ええ、それはもう。深遠に近い奥深いものですよ。今回はハオリ伯母様特製ですから楽しみです。彼女の料理の腕はお墨付きですからねぇ、特にハジヒラタケの餡掛けが――」

「そこまでだシオンくん。キノコが好きなのは十分に分かったから、それ以上はいけない」

「何故です? 僕は語り足りないんですが」

「そりゃ君、ネタバレは良くないだろう! 料理っていうのは見て楽しい、香って楽しい味わって楽しいの三拍子だ。それを端から説明されちゃあ感動も薄れるってものだよ!」

「ッッッ!!」


 シオンの目が見開かれ衝撃に口を開け広げ、ついで悔いるように胸に手を当てた。


「……全くそのとおりですステラさん。僕は大切なものを見逃していたようですね。『キノコが好き』ということにかまけ過ぎて、個々人が得るべき感動を蔑ろにするなどあってはならない。有難うございます、これは教訓としましょう」

「いや、問題ないとも」


 だが教訓にするなら、その『好き』を一片でも外に向けてくれないかなぁ……と思うステラである。しかし深く考えすぎると己はきのこに負けているという、果てしなく悲しい事実に気づきそうになるので彼女は考えるのをやめた。


 それよりさきほどから漂ういい香りだ。どうにも懐かしく、そわそわ落ち着かないのである。


(これは……味噌だよなぁ)


 この世界にも豆類は有るのだから可能性としては考慮していたが、遂にめぐりあうことが出来たようだ。勿論類似品であることは間違いないので、過度な期待をしてはいけない。


 やがてやって来た料理の大皿は4つ。それぞれシオンが言う通りキノコを利用した料理たちだ。


「お口にあうかしらねぇ~」

「確実に合うのは匂いでわかるとも……あふん」


 眼の前の湯気立つ料理たちに屈服するステラである。大皿から取り分けられた湯気立つ料理は何という名前だろうか。


(いや関係ないね、まずは食すのみッッッ!)


 食前のお祈りもそぞろに皿の1つ手に取る。これはエリンギのようなキノコと肉の炒め物のようだ。であれば当然肉とキノコは一緒に食べねばならない。これは世界がそうだと決めている。さくさくとフォークで貫き、熱々の料理を頬張った。


「あむっふん……」


 これだよこれこれ。噛むごとやわらかぁい肉の脂がじわりと湧き出て、シャキシャキしたキノコの食感と異様なほどに合う。そして香りからたどった味付けは矢張り味噌に似た調味料だ。コクがでてキノコの旨味を存分に引き立てている。


(ああ、米、米がたべたい……)


 だがここにあるのは比較的柔らかい白パンだけだ。悪くはない、悪くはないのだが白飯のを食べたいという欲求が湧き上がってくる。


(……あれ、米はカリカリじゃないだろう)


 ふとそんな疑問が沸き立つがそれよりキノコだ。次の皿はシオンが言っていた餡掛けだろう。丸く白く、ふくらとしたなにかに、舞茸に似たハジヒラタケの餡がかかっている。コイツも期待できる。フォークでつぷりと白玉をつきさしてはむりと口へ……。


「もふっ、もふんっ……!」


 もっちもちとした食感が癖になるこれは『すいとん』か。なら味噌との相性が良くないわけがない。とろっとろの餡がすいとんに絡んでとても良い、まず間違いなく不味いなどありえない組み合わせだ。舞茸もといハジヒラタケのぷちぷちとした食感も癖になる。主食的なみたらし団子というべきだろうか。いくらでも食べられそうなぷりんぷりんな一品だ。

 ふと生魚を豪快にかじっていた過去を思い出し、ステラは首を振る。


(いやいや、野人じゃあるまいに……)


 そんなことよりさらなるキノコの探求へと乗り出すとしよう。続いては汁物だ。キノコの汁物といえばしいたけであるが果たしてこちらはなんであろう。


「ふぉむんっ?!」


 こいつァ驚いた。小ぶりのなめこ的なキノコが入っている。つぴりと汁を飲めば温い出汁が舌を喜ばせ、フォークでかき込めばトルゥットゥルとしたなめこが入ってくる。ちなみに同じ粘り気を持つアムル・ノワーレとはまた別なので嫌いではない。チュールめいた食感が何とも味わい深い。


(……いやまて、チュールってペット食品じゃないか)


 はてな。食べた記憶もないのに何故そんなことを疑問に思うより旨いキノコが優先だ。最後の皿はいかなるものか。正体は以外にも卵料理だ。小鉢に盛られた黄色の塊はぷるぷるりと震えてまるでプリンのようだがこれは違う。

 直感がまず喰らえと叫び、スプーンですくい取って一口。


「むっふぉあっ!!」


 予想通り、これは茶碗蒸しだ! 出汁のきいた蒸し卵はぷるんぷりんのとろんふわ。口に入れれば解けて広がり何とも旨い。ああここに百合根や銀杏が入っていれば良いのだが、都合よくそんなモノは入っていない。代わりに入っていたのはムギュムギュした食感の、干ししいたけのような食感のキノコだ。コイツが縁の下の力持ちになって卵の甘みを最大限に引き出している。旨い、旨すぎる。十万石ではないが匹敵するのは間違いあるまい。


 ふと気づくと食卓の誰しもがステラに注目していた。誰しもが笑顔だが、イオリだけがしぶそうな顔をしている。


「え、何かあったろうか?」

「ステラさん。いつもどおり美味しそうに食べるのでみな喜んでいるんですよ」

「そんなもんか?」

「そうだよ。イオリ、ステラさんを見習って好き嫌いしないようにね」

「はぁい……」


 ナリダウラに叱られたイオリはどうもエグ味が苦手なようだ。これが解るとまた上手くてたまらないのだが、こればっかりは慣れるしかない。


 そんな形でアイリーシャ家での食卓はとても楽しく過ごすことが出来た。ヒメラギやハオリもステラに対しては好感触だ。今後の拠点も空いている部屋を借りることになり、こうしてイルシオでの日々が始まったのである。


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