07-02-03:真実はいつも1つ

 突然の歓待(お祝いとは言っていない)宣言に目を白黒させるステラを置いて、ハシントがシオンに問いかける。


「所でヒメラギおばさまの所にお顔をみせましたか?」

「いえ、此方のほうが近かったのでまだですね。何かありましたか」

「はい。ステラ様に1つお願いしたいことが有るのです。……あの、宜しいですか?」

「ファッ?! えっ、何、既にマナー講義は始まっているッ?! わわわわたくしはかわりなくてよおほほほほ!」

「あ、いえ、そちらは後日と。お願いしたいのは別件なのです」

「そそそうなの?」


 ハシントの言う『みっちり』に怯えつつ、とりあえず胸をなでおろしたステラはハシントに向き直る。


「なんだろうか、わたしに出来る事なら手を貸すけども……正直出来る事などたかが知れているぞ」

「いえ、ステラ様でなくては駄目なのです……実は、魔喰らいを患った――つまり先見の力を持った子が居るのです」

「……なるほど、それはわたしの領分だ。詳しく聞かせてくれ」


 少し身を乗り出したステラはいつになく真剣な眼差しでハシントを見る。良くも悪くも先見……つまり『未来視』の能力には因縁がある。ステラの脳裏では巨大な18対の足を持つ蒸気機関の機械蜘蛛が想起された。


 人の魂の側面とも言うべき魔核コアを蝕む『魔喰らい』の病。その原因はシオンの家系に関して言えば『先見の夢』が起因となる。夢を見せる異形の蜘蛛が魔力を欲し、宿主を喰らい、最終的には殺してしまう……それがシオンの家系に宿る恐るべき寄生虫やまいの正体である。


 当時治療した時、『あるいは』と想像していたことが現実と成っていた。この事実にステラは己の獲物たる黒花のグラジオラス、鈍護のロスラトゥムを撫でる。あの時と違い、今なら切除は容易であろう。だからこそ次はと決意する。


「実は本日若様とステラ様を丁度良くお迎えできたのは、その子が予知をしたからなのです。お兄様お兄様と、嬉しそうに伝えてくださいましたわ」

「……待ってください。もしかしてイオリ姉様が『先見の巫女』なのですか?」

「ええ、そのとおりです」

「シオンくん……その、イオリって女性ひとは、誰なんだい……?」

「僕の従姉妹にあたるエルフの子ですね」


(なんてこった……!)


 シオンの従姉妹であるからにはしっかりした人なのだろう。いやそれ以前にステラの心をゆらすのは『いとこ』というキーワードだ。


 ステペディアによれば生前『いとこ婚』は問題なく出来る法が定められていた。つまり……結婚できる超身近な幼馴染である! 何ということだ、まるで想定していなかった場所からキラーマシンがエントリー。ギャルゲーエロゲーであれば埋没していく個性であるがここは現実、最も気心知れた仲と行っても過言ではない。


 しかも最後にあったのは20年前であり……年月は少女を大人の女へと変えてしまうだろう。あのころ幼かった彼女が大人の色香を漂わせて誘惑してきたら、如何にシオンとてクラっと来てしまうのではないだろうか。ないだろうか! そして何よりお姉ちゃん属性である。お姉ちゃん属性である!!


(不味い……ッ!!!)


 幼馴染、従姉妹、気の置けない仲……不利、圧倒的不利だ。なんというヒロインちから……如何に一般貧弱ハイスペックエルフ(女神仕様)とて歯が立たないのは確定的に明らかだろう。いやまさか元より『大人になったら結婚しよう』などと約束を交わして、それを律儀に守っているからステラの誘惑に惹かれない? 馬鹿な、そんなことが……。


(おおおちけつ……まだ仲がすごごごく良いと決またわけはで……ッ)


 動揺に脂汗を流すステラを置いて、2人は話を続ける。


「懐かしいですねぇ、よく一緒に遊びましたっけ」

「そうですね、幼ながらに駆け回っていらっしゃいましたわ」

「『おねえちゃんなんだから言うこときくのよ!』と良く引っ張り回されましたね。やれやれと付き合った記憶があります」

「それにしては楽しげだったではありませんか」

「ですね、つまらないと思うことは一度もありませんでした」


(お゛あ゛あ゛……)


 だめだ、超仲いいコースのやつだ。そしてこのセリフから感じ取れる『背伸びしたお姉ちゃん』感はシオンに良い印象をもたらしている。それが20年という歳月を持って如何に変わらんとするか……答えは明白『世話焼きお姉さん』である。料理洗濯家事は一通りこなし、若かりし頃のやんちゃは少し鳴りを潜めたちょっとだけイタズラ好きな大人の女性……。


 さらについげきの『魔喰らい』属性がみごとにきまったなみごと。シオンは母たるカスミのことが大好きだった……それと似たような境遇に有るイオリなる女性を目にしたらどうなるか。パーフェクトに運命の赤い糸で結ばれすぎるだろう。ステラは思わず顔を覆った。


(やんべぇ……)


 かたや自分と来たらなんという有様。料理食い専、掃除なんとか、家事ギリセウト……そしてアホである。何処に勝てる要素があるのだ。なんか魔法凄いとか、ちょいと世界級に美形ぐらいでは何の加点要素にもならない……だめだ、戦う前から勝負が終わっている。


 これが『将棋に勝って勝負に負けた』というやつか……ステラは白目をむいた。


「しかしイオリ姉様に発現してしまいましたか……」

「今はまだ大丈夫ですが、何れ奥様……カスミさんのようになることは必至でしょう。ですから……ステラ様?」

「……え、あ、ハイ。ステラさんはだいじょばない」

「どうかなさいましたか? 顔色が優れないようですが……なにか気付けを容易いたしましょうか」

「いや、問題ない。もんだいないというか、うん。問題は有るんだけど無いと言うか今の所大丈夫というか……ええいこなくそ!」


 両手で頬をぴしゃんと叩くと立ち上がり、フンスと鼻息荒く拳を握った。


「ステラさんはッッ!! 大丈夫ですッッッ!!!」

「いくらハシントの家とは言え他所様の家ですから静かにしましょうね」

「アッハイ」


 全く持ってその通り。ステラはションボリしながら椅子に座った。


「まぁなんだ。『先見』の力はシオンくんの家系にある宿業そういうものなのだろうね。一度処したからどうこうなる問題ではないということだな」

「脈々と受け継がれた運命です。だからステラさんにとっては他人事でしかないのですが――」

「誰が他人事なものか。わたしはわたしの傲慢が示す限り、届く全てに手をのばすぞ。何故なら後味が悪いからだ」


 ステラは自身を見つめる目を見わたし、更に言葉を続ける。


「わたしは見てしまった、聞いてしまった。ならばもう口に出さずにはいられない。故に『このような過酷あってたまるか』と、声を高く世界へ布告しなければならない。『先見』がなんだ、未来が知るより今を懸命に生きるほうがずっと大切だろう。無為に命を削ってまで見るものでは決して無いよ。そこまでして知る未来レコードなんて一片の価値もあるまいさ」


 歯を噛み拳を握りしめるさまを、シオンとハシントは静かに見つめる。彼女の怒りは心よりのもので、見も知らぬ誰かを本気で憂い、また心配している事がどうしようもなく解る。彼女は何時だってまっすぐだ。


 だからこそ……だからこそハシントは話を切り出すことに決めた。


「そうと決まれば話は早い。今すぐにでも向かおうじゃないか」

「……そのまえに。ステラ様にもう1つお話がありますわ。できれば若様には席を外していただきたいのです。宜しいでしょうか」

「構いませんよ。では話し終わったら呼んでください」

「……ううん??」


 首をひねるステラとすました顔のハシントを置いて、シオンはサロンから出ていってしまった。


「え、一体何だろうか?」

「率直に伺いましょう。ステラ様、若様に恋されていますね?」

「ばぶぅ!!」


 ステラが瞬間泡を吹いてひっくりかえった。


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