06-10-04:収束点
それはとても美しい光景だった。紅の螺旋と黒の蛇。悍ましき咆哮に、輝ける星の槍。そして漆黒の咆哮と純白の旋槍。
まさに世紀の奇跡の体現とでも言うべき一幕をチャルタとグルトンは眼にしていた。あっけにとられてポカンと口を開け広げるチャルタに、グルトンは親指をぐっと立ててサムズ・アップした。
「な、大丈夫だっただろう」
「おミャー……ちったあ驚けよニャ……」
呆れるチャルタであるが、グルトンは絶賛消火活動中である。噴石の1部が
正直その速度はチャルタの最速より早かったので彼女もびっくりである。
更に石の厄介が降りかかった、隣三軒の店々の手伝いにも彼は奔走している。商売は助け合いという精神の元、『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』等と思う働きぶりである。実際体力が自慢のドワーフの3倍は働いているのだ。
どうしてそこまでするのだろう。理由を問えばどうせ『温泉が強い』等と良くわからない返答が帰ってくるに違いない。すわ、まともなのはチャルタひとりであろうか。だが彼女がまともであることは周囲のドワーフの様子で分かる。
「なんちゅう光景じゃ……」
「ま、真に山が割れておらぬ……あの組成、わかるか」
「分からんどころではない! なんじゃありゃあ……、意味がわからぬ滅茶苦茶じゃのに成立しておる??? えええ、どういうことじゃ理解できぬ!」
訂正しよう。チャルタはごく普通の一般ピーポーとしては、ヴルカンにおいて少数派だったらしい。ドワーフたちはヴォルカニア火山の異様な様子に興味津々であった。
「はぁ……温泉馬鹿に魔道具馬鹿。馬鹿が集まりゃ事もなしニャ……」
やがて漆黒の化物は天へと放逐され、噴火はちいさくなり収まっていく。それと共に硝子が割れるような音が響いてヴォルカニア火山を覆う儀式魔法は砕けて散った。同時に漏れ出る溶岩流が流れるのが見て取れるが……それも途中で冷えて固まってしまったようだ。チャルタの目にはもはや火山としての脅威は去ったように映った。
しかし大規模な噴火を終えた火口からはもくもくと噴煙を巻き上げて熱を吹き出している。ステラから受け取った情報によれば、あれの本質は『尖った砂』なのだという。砂故にじきに街や遠く村々にまで降り注ぐとのことだ。
勿論此れに対する対策も既に練っている。見てくれは悪いが、つぎはぎのほろを屋根に張り、湯周りは天幕を張って対策を講じているのだ。しかし彼女は何故そんな事を知っていたのだろう。
疑問に対するグルトンの答えはこうだ。
「ステラさんだからじゃないか?」
「いやそれ理由じゃニャいから」
「でもそうだろう」
「そうだけどさ……」
街の消火活動が一通り済むと、やはりステラが言う通り火山の雲が灰となって降ってきた。
とはいえそれは
これには湯の味をしめてしまった酒呑みたちも大喜びである。
なんたって温泉は良い、骨身にしみるし疲れも取れる。そして風呂上がりの冷えたエール、これがなんともたまらない……酒精は足りぬが爽快感が格段に良い。ドワーフたちは舌なめずりして温泉に集い、挙って樽杯をぶつけ合っては飲み漁った。
勿論エールは有料であるが、これが温泉効果で飛ぶように売れた。ステラに教わった冷蔵壺も間に合わないほどの速度で冷や酒が消えていくのだ。その消費速度たるや、ヴルカン中のエールが飲み干されるかと思える程であった。
風呂上がりには冷えたエールでさっぱりと。これがドワーフたちの垣根を超えて、世界中に展開するチェーン宿・
「ったく、忙しいったらありゃしニャい」
「良いことじゃないか。商売繁盛はいいことだ」
「阿呆! こりゃサービスでタダ働きニャ! さっさと通常営業に戻せるよう努力するニャーーー!!」
しっかり者の叫び声が、ヴルカンの街に響き渡った。
◇◇◇
こうして事件から時がたち噴煙も収まったヴルカンの街は、急速にその賑わいを取り戻しつつあった。特に噴火の騒ぎを遠目に見ていた近隣の街や諸外国から、結果を見届ける調査団や、それを目当てにやって来た行商人が集まって来たのが大きい。
消え去ると宣言されていたにもかかわらず、健在な山の様子に人々は住人に問いかける。
「一体何が起きたんですか?」
そしてドワーフたちの答えは一貫してたったの1つ。
「祭じゃよ!」
実際に連日祭のような大騒ぎだったのだから仕方がない。面目はどうやら街が救われたことの記念のようだ。随所でお祭り騒ぎとなって、飲めや歌えやと歓楽の渦が巻き起こっている。
やって来た者たちが特に目を引いたのは『
代官アルマドゥラが主導して行ったのは、各工房が腕によりをかけた特別な魔道具の展覧会であった。聞けば街の工房が一挙に集い、商人たちに向けて工房の製品を見てもらうものだという。面白いアイデアがあれば直接交渉で仕入れを検討することが出来るとあって、商人たちも眼を鋭くして製品を見ていく。
だがどれもとんでもない……言ってしまえばぶっとんだ品物ばかりなのは何故だろう。そえwも下手をすれば蒼貨もかくやという希少素材をふんだんに使ったものが多く展示されていた。
これに目を光らせたのはやはり商人たちだ。魔道具好きの貴族が見れば、物珍しさに買い漁るだろうことは明白である。
たとえば夜光にきらめく見事な髪飾り……かと思いきや毒殺暗器であったり。
豪奢な宝石を散りばめた素晴らしい
質素中の質素なただの金属製の筒……のとおりただの水鉄砲など。
珍妙に珍妙をかけ合わせた不思議な祭典となってわいわいと楽しげに開かれていた。見て回るにはとても愉快で、商売を忘れて見入ってしまう商人も少なくない。
そして泊まる宿はほとんどが
「ああぁぁぁ……」
「ゔぉぉ……ぅん」
湯に浸かる等なんと贅沢なことであろうか。貴族でしか味わえないような事を、此処では
またとんでもないものを売り出したものだ……人々は口々に言い、初めて味わう感覚に争いを忘れてただただ浸る。
そして己がどれだけ汚れていたかを知るのだ。
「うおっ?! なんだこの黒い汁は!」
「え、垢汚れ……う、嘘だろう?」
「なんてこった、こんなに汚かったのかよ」
湯が垢を落とし、残るは綺麗サッパリとした湯上がりの人々だ。さらに幾つかの鏡が用意され、湯上がりの己の姿を見て驚くのだ。男性はこざっぱりして男前が上がり、女性はほんのり桜に染まる頬で色気が上がる。
まるで自分ではないような、新しい己が其処に居たのだ。
もちろん驚きはそれだけにとどまらない。ドワーフ達が美味そうに飲むのは何かと聞けばエールだという。ドワーフがエールを? 口々に疑問を浮かべるが、飲んで見ればこれまた驚く。川で冷やしたのか、ちょうどよく冷えたエールが喉をつるりと滑り落ちていく……その快楽のなんと旨いことか!
これは品質としてもごく一般的なエールのはずだ。しかし火照った体になんとも効くのだ。旨い、うますぎる。一杯だけでは足りず、ついついもう一杯と頼んでしまう。
だが酒が苦手なものはその快楽を味わえないのか……断じて否! そのような人向けに果汁をウェルウェル乳で割ったものを提供しているのだ。商品名は『フルーツギューヌ』なる不思議な名前だが、これまたまろやかで美味い。熱で疲れた体に糖分が一気に染み渡り、快楽の震えが背筋を侵食する。
此れほどの快楽を与えるのに驚きはまだ続く。
出される料理がまたしても旨いのだ。そのまま食って美味し、酒に合わせて旨し、この世の
少し前までいびつな活気を帯びていた街は、昔のように、いや昔より活気と熱気を持って栄えつつある。その黒幕にとある荒唐無稽なハイエルフが居たなど、誰一人知ることはなく人々は快楽を享受していった。
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