06-03-02:切り開く、其の名はステラ

 やあれ敵は有象無象、ドラゴンなにするものぞ……と、駆け出そうとしたステラをシオンが止める。


「まった、ステラさん」

「どうした、なにかあったか?」

「此処から先は激戦になります。なので念の為魔力パスをお願いしたいのですが」

「魔力ぱっふ?!」


 魔力パス、つまりキスである。それもディープな大人キッスである。以前は多少気恥ずかしさがあったぐらいであるが、彼を異性として意識した今となっては事情が異なる。


(き、きききキスくらいどどどとうってこと……あるよおおお!!!)


 情愛的なものでなくともキスはキスである。ステラの顔はこれ以上ないくらい真っ赤になっていた。


「どうしました? もしかして調子が悪いんじゃ……」

「あ、いや、うん、わかってるわかってる。うん、じゃ、その、あ、うん、し、シよっか……」

「はい、では」

(ひゃあああ〜〜……)


 身長差があるゆえに、キスをするときは必ずステラシオンに向かっていかねばならない。それが今となってはどれほど勇気のいることか。


 かと言って恥ずかしがってもいられない。事は風雲急を告げるのだ、ガチガチに緊張するステラはかくかくと動きながらぎゅっと目を閉じて少しかがむ。


「……あの」

「な、なんだい?」

「そんなにぎゅっと唇を引き締められるとんですが」

「ファォァッ?! そっ、そっそうだね?!」


 そう、フレンチなやつではダメなのだ。ディープなキスでなければ……慌てて深呼吸して力を抜く。そう、そうなのだ。これは愛情とかえっちなこととかそういうのとは関係なく、必要なことだからすることなのだ。だから意識する必要はない。


(いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない、いしきしない)


 やがて柔らかな唇があたり、熱い舌がステラの舌にからみつく。いつかと同じ熱いものが溢れ出して、しかし今は胸の奥に灯る熱が焦げ付くように痛い。


「んっ……」


 その熱は、思わず蕩けてしまいそうなほどに甘い。甘すぎる。


 だからすこしだけ、我儘を通してもいいだろうか……。


 ステラは絡みつくシオンの舌に合わせるように、ねっとりと己の下を這わせる。ぴく、とシオンの舌が驚くように蠢き、しかし受け入れるように導いてくれる。


「んぅ……あ」


 熱い、熱い、熱い。胸が焼ける用に痛く、同時にとてもあたたかく心地よい。いつまでもこうしていられたら良いのだが、しかし戦場がそれをゆるさない。お互いを意識した循環クレアールは時間にしたら1分もなかったろう。


(けれど、今はこれで……)


 そしていつか、振り向いてもらえるように。


「では行きましょう」


 そういって手を差し伸べる彼に、ステラはやんわりと微笑みうなずいた。



◇◇◇



 ドラゴンにも格というものが存在する。大まかに分ければ知性あるものを『龍』とし、知性なき野生生物を『竜』とする。


 現在襲いかかっているのは主に竜たるワイバーンと、リンドブルム。どちらもただの鋼では傷一つ付けられぬ高位の魔物だ。統率を取るのは漆黒の狂龍、アジ・ダハーカの成れの果て……之をステラはティアマトと仮称する。子らを率いた母なる竜は目を覚まし、今襲い来るというわけだ。


 一直線最短距離を駆ける2人にドラゴンが襲い来るが――。


『略式』リデュース『想備』セット【偽典の死棘槍】アルター・ガエボルグ


 一連の詠唱に基づき禍々しき螺旋が宙に浮かびあがる。色彩は茶褐色、周囲の岩や土を媒介にした物理砲弾だ。だが穂先のみは煉獄の赤に彩られ、夥しくも禍々しい渦が刻まれている。


 ステラがグラジオラスによる照準を合わせ、起動句を解き放つ。


『奏功』アクト


 爆発的推力を持って飛翔する槍はドラゴンたちの最も薄い装甲、すなわち皮膜翼を貫通する。しかしステラの魔法がで終わるはずもない。中ほどまで突き刺さった瞬間に槍の柄から無数の棘を生やす。これが皮膜をずたずたに引き裂き、あるいは刺さったまま抜けなくなる。


 するとどうなるか……答えは明白、空の王者ドラゴンは墜ちるのだ。


 墜落してもドラゴンは脅威だが、空を自在に駆けるよりは余程与し易い。なにせ地上は魔法剣士マギノグラデアの独壇場だ。鱗を引き裂く死滅の刃スパーダを見舞うならば、その末路は1つだけ。


 しかしいま有象無象の命を奪う暇はない。ただ真っ直ぐ目的の漆黒、その首を跳ねるのが目的であるのだから。


「シオンくん正面目視。確認したか?」

「ええ、わかりました。アレですか」


 龍は時として賢者と呼ばれることもある高位の魔物だ。しかして目の前にあるティアマトは猛り狂い、知性のかけらも感じることはない。特に禍々しくねじり曲がった非対称の角など、とても正常な様子には思えない。


 ただただ邪悪にひねり曲がった悲しき翼龍、それがティアマットであった。


「じゃあ墜とすよ、シオンくん準備して」

「承知しました」


 再び恐るべき【偽典の死棘槍】アルター・ガエボルグが飛来し、ティアマトの翼に突き刺さり……しかしそのまま


「は?! え、何?!」

「……ステラさん何が起きています? 僕には素通りしたように見えますが」

「少し見る、歩調緩めて」


 ステラが【偽典の死棘槍】アルター・ガエボルグを数発放ちながら、【鷹の目】ホークアイにより詳細を見聞し……結果にひくりと口角が釣り上がった。


「シオンくん、あれはもうただのアジ・ダハーカじゃない。だ、霧の龍ミスト・ドラゴンだぞ」

「なんですって?」

「下手すると〈スパーダ〉も効かないんじゃ……」

「……わかりませんが、それが魔法の効果なら切れない事もないはずです」

「いけるのか?」

「やってみないことには。いえ、それよりなんとか撃ち落せませんか? 試すにも届きません」

「けど、高火力のは使えないぞ。もうこっちを認識しているんだ、大技じゃあ避けられるだろう。奴さん、どうもただのドラゴンとは質が違うようだし」

「ステラさん、倒す必要はありません。でいいんです」

「落とすだけ……なるほど、やってみよう」


 ステラは胸の漣に祈る。心象は龍を見定め、想起は撃墜を担う。願いはただ1つ……落とせぬ龍を落とすならば、その理を


「さて上手く行けよ、『略式』リデュース【言呪:龍墜】ドラゴンレンド!!」


 ステラの咆哮がティアマトへ向かい、纏う魔法をかき消した。龍の巨体は物理的に飛行に適さない、にもかかわらず飛翔するのは矛盾しているというものだ。ならばそこには理があり、この世界において魔法こそが最も近い因にほかならない。


 なら魔法を相殺すれば、飛行能力を失い龍は墜ちる。


「Just It! シオンくん、あとは任せた!」

「承知です……」


 ぐんと速度を上げるシオンがティアマトへと斬りかかった。

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