06-02:ヴルカンの街並み

06-02-01:閑古鳥すら居やしない

 ヴルカンの堅牢なる門をくぐり、検閲……は何故か殆どされずにパスされた商隊は一同解散した。シオンとステラの2人も仕事の完了札を受け取って此処でお別れとなる。


「おう、シオン! 結局一戦まじえられなんだ故、後ほど呼ぶゆえのう! 首を長くして待っておれよー?」

「ちょっとご遠慮願いたいといいますかー……」

「ガハハハハ! 謙虚よな!!」


 笑い声に担がれた碧がチカリと光り、シオンはガックリ肩をおとして諦めたのだった。そんなわけで街を歩きギルドへ向かう2人である。


「すぅー……はぁー……」

「どうしたんですか?」

「いやね、沢山の匂いがするなーって」


 実際に深呼吸してみると敏感な鼻は様々な香りを感じさせる。


 焼ける石の焦げ付いた匂い。燃え上がる石炭の苦い香り。

 きつい薬品の刺激のある臭い。柔らかい草花のような匂い。

 蒸し物特有の小麦粉の匂い。じゅわりと揚がる油の香り。


 またぴくぴく動く耳も同じ様に音を拾う。


 ガツンガツンと鉄を叩く音。チキンチキンと彫金する音。

 つつりと触媒を通す魔力。ゴリゴリと鳴る調薬。

 ぷちぷちと鳴る練り物。ぱちぱち弾ける揚げ物の叫び。


 何とも様々な香りがそこらじゅうで熱気として湧き上がり、ステラの心をはずませる。


「僕には分かりませんが……ステラさんには見えているんですね」

「うん、確かに鍛冶と錬金の街だ。それに皆が自分の作品に集中して、変な視線が向いて来ないのも良い。かなりいい街と言えるだろう」

「ああたしかに。店頭に並ぶものも良いものですが、値段が安いようです。産地に赴けば然りと言えますが思った以上ですね」

「へぇ、なにか気になるものでも有ったのかい?」

「そう……ですねぇ?……しいて言えばステラさんが気になりますかね」

「はっ、へっ……?!」


 ステラの顔がボフンと真っ赤に染まって足を止める。対するシオンはなんてこともなさそうに歩いており、ステラは慌てて隣へかけよった。胸が高鳴り浅く深呼吸して己を落ち着け、ごくごく自然を装うことを己に厳命しつつシオンに話しかける。


「あの、あの……しょれはどういう……」

「露店を覗いたら直ぐにお小遣い使っちゃいそうです」

「……」


 ステラの顔が一瞬でチベットスナギツネになった。それはもうどう仕様もない絶望で瞳から光が失せ、この世すべての悪がぺちょりと横たわっている。


「どうしました?」

「知ってた。そうだよね、うんしってた」

「はい? 何がです?」

「いえ、なんでもないんだ。なんでも、うん……」


 深い溜め息と共にガックリと肩を落とした。


「それよりギルドへ急ぎましょう。宿も探さなきゃいけないんですから」

「そうだね、うん……」


 首をかしげるシオンは、ステラの案内でギルドへと向かっていった。



◇◇◇



 眼の前の惨状に、シオンとステラは困惑した。


 念の為入り口に戻って、3回指差し確認でギルドのマークを確認した。だが視線の先には確かに見慣れたギルドのマークがある。つい先日も同じようなことをした覚えがあるのだが、今度はまた違った意味で疑問が脳裏を埋め尽くす。


「……」

「…………」


 ギルドが静か……異常なほどに静かなのだ。がらんとしたロビーに人影はなく、受付にもスタッフは居ない。まるで無人の廃墟に忍び込んでしまったかのごとく気配がない。


「シオンくん、ここギルドだよな?」

「そのはずですが……」


 なにせがらんどうである。今まで見てきた中で一番閑古鳥が鳴いていた。いや、鳴く閑古鳥さえ居るか不明である。街の活気と打って変わって異常とも言えた。


「……実際廃屋なのでは?」

「いやまさかぁ? おっ……おーい、誰かいませんかー!」


 しん、と静まり返ってステラの声が反響する。はてなと首を傾げる中で、ステラの耳はパタパタと歩く足音を聞いた。


「誰か来るよ」

「職員の方でしょうか?」

「まあそうだろうね、それ以外だったら怖いよ」


 シオンの言う通り、確かにやって来たのは見慣れた制服のドワーフの職員だった。


「あら、探索者ハンターの方?」

「ん゛ん゛ん゛?」


 だが彼女は明らかにギルド職員とはかけ離れたお上品ななのである。それが杖を突きながら現れたのだから驚きだ。


 正直ステラは老婆の霊だと思った。脳裏の掛け割れた記憶達がこれ幸いと、都市伝説ババア黙示録を語りだす。曰く『ムラサキはしょうじょ』『ついにババアは光速を超えた――』『ババアというだけで強い』……正直ステラには理解できない何かがストリーミングされている。


「あー、お婆様? 職員の方は……」

「失礼ですね、私が職員ですよ」

「……失礼ですが確認しても?」

「本当ですよ、ご確認くださいませ」


 そう言ってギルド証を見せる彼女のタグには、確かに正式な名前が記されていた。職員用ギルド証は特別性であり、探索者ハンターのものと同じく偽造は出来ない。シオンがステラを見上げ、それに気づいた彼女は困惑しつつも首を縦に振った。


 ギルド証はステラから見ても本物である。刻まれた名前を見る限りアランニャという名前のようだ。


「でも言いたいこともわかりますわ。このような状態では間違うのも仕方がないですよ」

「あー……その、何かあったのかい?」

「うーん、あったと言うかなんというか……」


 アランニャは深い溜め息をつき、手をひらひらと振るう。


「夜逃げいたしました」

「「はい?」」

「だから皆夜逃げしました。『立つ鳥跡を濁さず』とファレノプシ様ならおっしゃるでしょうに、まったく。まぁ事情が事情ですけれど……そんなわけで、あなた方のような方々が困らぬよう、このようなロートルが出張っているというわけです」

「「……」」


 2人が顔を見合わせる。俄には信じられない出来事であるが……この状況と殺風景が真実の証明とばかりに鎮座していた。


「え、まって、もしや闇金? 闇金ナンデ?」

「いえそうじゃないですから」

「でも夜逃げってそういうやつだろ……?!」

「違うんですけれど、まぁ色々あるんです」


 そういってアランニャはぽむぽむと胸を叩いた。


「そんなわけで窓口担当兼、お仕事依頼窓口兼、事務担当兼、割符製作担当兼、報酬管理担当兼、会計担当兼……まぁで宜しいでしょう。ヴルカン支部に何の御用でしょう?」

「……ギュードン、ワンオペ、カロー……ウッ頭が」


 彼女の輝かんばかりの笑顔にステラは目頭を押さえた。なにか深淵にちかい悲しい出来事があった気がするのだ。詳細は不明だが不吉なことに代わりはない。


「あの、それで回ってるんですか?」

「一応出来てますね。これでも出来る女でしてよ……と言いたいところですが、回せる分だけ回していますわ。紹介できるお仕事もあまりないですよ? 近所のおじいちゃんのお手伝いとかそんなのばかりです」


 そりゃそうだと2人は頷く。これでは開店休業状態ではないか……この有様にはさすがのシオンも憐憫を抱かずにはいられない。余りに酷すぎる……というよりなぜこんなになるまで放っておいたのか。


 本部は一体何をしているというのだろう。疑念が募るも質問する前にアランニャはすぐに動き出してしまう。


「おや、割符をお持ちですね? 交換するのでちょっとおまちください!」

「あっ」


 シオンの手から割符が奪われて、アランニャはトテトテとはしっていってしまった。これにシオンは顔面蒼白にしてぶるりと震える。


「どうした?」

「……ステラさん、無拍子ってご存知でしょうか?」

「ああ、なんだっけ。避けることの出来ないタイミング、リズムの一撃だよね。有る種武道の奥義と言える所作だな」

「いま、アランニャさんがそれで割符を奪っていきました……」

「ファッ?!」


 ステラがびっくりしてカウンターの奥を見やる。ステラの耳は淡々と処理する音を聞くがとてもそのような達人だとは思えない。時折『あらあらうふふ』等と聞こえてくる始末だ。


「本当に何があったんでしょうか……」

「わからん……わからんが、尋常じゃないな」


 どうにも一筋縄ではいかないようだ。2人は報酬を受け取ると、くるくる駆け回る彼女を申し訳なく見送りつつギルドを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る