05-04-04:暇人叱責

 数日後。練習は順調に進んでいたのだが、ステラがはたと声を止めて首を傾げた。


「……んん?」

「どうしたん、そんな鳥が狩人見つけたような顔しおって」

「ああ、誰か来るみたいだ。なんだろう……物々しいな?」

「物々しい、ですか?」

「うん。ドレスの女3人に、侍る身なりの良いのが6名、あとガラの悪いやつが複数。これを物々しいと言わずしてなんとするのか」


 プリムラがキョトンとして2人にツッコもうとしたが、彼もまた三琴から手を置いて真剣な目をステラに向けている。尋常ではない、ということはプリムラにも察することが出来たようだ。


「な、何の話や。周りには何もないで?」

「ステラさんの探知範囲は尋常では無いのです。見えずともみえる……まぁ千里眼みたいなものだと思ってください。となると……少し荒事になるかもしれませんね」

「あー、そうだね……これは容赦する必要はない、かな?」


 耳をピコピコ動かすステラが、少し怒ったように腕を組み怒りを露わにする。これは灸をすえねばなるまいと鼻息荒く頷いた。



◇◇◇



 やってきたのは対象的な3人の魚人族ゼルマーフだ。身長の高いモデル体型のサメ型女性、とてもふくよかなクジラ型の女性、かわゆくちまいイワシ型の女の子である。またステラが行ったとおり、従者の男が2人ずつ侍り、さらにニヤつくガラの悪い男連中共が10名はくだらない数立っていた。


 そしてゼルマーフの女たち3人の視線は1点プリムラへと注がれている。


「ほんとにいたわよ、びっくり」

「そうねー、どのつらさげてきたのかしらー」

「……恥知らず」

「お、お前らナルキソスの所の弟子、やな……?」


 それぞれ顔と語り口にプリムラ苦い顔をするのだが――意に介さぬ者が都合2名控えている。


「最初の旋律は『ラララ・ラララ・ラ・ラ・ラ~♪』だ」

「なるほど、こうですか」


 物騒な空間に、三琴の軽やかなリズムが流れる。なんとも場違いであるがその旋律は事のほか美しい。


「プリムラさん、こうでいいのかな?」

「え、あ……? うん、ええんちゃう……?」

「そかそか。じゃあ続きだな、聞いててくれよー?」


 そのまま一行の存在がまるでとばかりに2人は練習を続ける。なんとも呑気な様子に長身の女性が声を荒げた。


「ちょっと! あんたなんなの、無視するんじゃないわよ! せっかく誘ってやろうと思ったのに……!」

「ゑー? 我々、暇人を相手するほど暇じゃないんだよねぇ」

「なっ!」


 煽るように……いや、完全に煽れば巨体を揺らす膨よかな女性の眉間に青筋がたった。平和そうな顔立ちからは想像もできぬほど深い山脈の如き青筋が。


「何、言ってるのかなー。あたし理解できないわぁー……誰が暇人だって?」

「見たところウタウタイに出ようって人たちかな? でもそうでないと嬉しいなぁ」


 ステラの嘲るような含み笑いに、小柄な女性が不満を顕にする。完全に馬鹿にされている事に、流石に気づいたが故であろう。


「……だったら何」

「こんなくだらない事に時間を割くぐらいだ、程度が知れるというものだよ。なぁシオン君」


 彼は頷かないが、ただため息を持ってステラに答えた。


「わざわざ砂浜くんだりまで大名行列、なんの意味も結果も残さない。ただ1人の『ウタウタイ』を決めようって祭りを前に、こんな無駄な事するなんて……そうだな、3流以下と言えよう。道化から出直しておいで?」

「ッ……!」


 ステラの挑発に長身の女性が手を振り上げて合図する。ニヤつく男たちは獲物を手にジリジリとこちらへ歩み寄ってくる。元よりそのための武力、そのための傭兵だ。もちろんにすぎず、ステラがなんとも言えぬとため息をつく。


「さて、戦端を切ったのは君達だ。その点理解してもらった上で問おう……シオン君、一般論で答えてくれ。旅の中でどうする?」

「基本皆殺しですね。生かす理由がありません」

「山賊と裏で取引する商人は?」

「証拠が取れたら財産没収の上、吊るし首ですね。店の関係者は程度によりますが業務に携わるなら例外なく」

「それが貴族だったら?」

「重い病気が流行っていると聞きますよ?」

「……なるほど、なるほど、ありがとう」


 得物の双ツ花をするり抜きつつ構えるステラは最終通告とばかりにをといた。


「……さてここで質問だ。道中……なんて嘯いた君達は、道理を解さぬ山賊かな? いやいやそれとも腹の黒い商人だろうか。はてさて我々をとらえて愉しむだの売っぱらうだの聞こえた以上、どちらか以外あるまいよなぁ」

「なっ……」


「ああいいね。いいよ、すごくいい。分かりやすくて素晴らしいと小生は思うんだ。つまりなんだから、脳筋は楽でいいシンプル・イズ・ベストね」


 魔法とは【隠れる君】ハッケンと名付けたものだ。ハイエルフと認識される魔力の発露を抑え、生活しやすくするための偽装魔法である。


 抑えられた魔力はステラの怒気を織り交ぜて爆発的に高まり、対抗する敵対勢力ならずものたちに直接ぶつけられた。彼女らにとってみればステラが巨大な猛獣のように見えているだろう。震えが止まらぬ3人に、辛うじて余裕が取れた従者の1人が絞り出すような声をあげた。


「お、お嬢様、彼女は、ハイ、エルフ……です」

「……!」


 全員の顔が一気に青ざめた。この世界に置いてハイエルフとは災害に準じるキーワードである。彼らの気まぐれで街どころか国が滅ぶことも過去に事実として存在した。そんな選民主義のハイエルフに喧嘩を売るということは、怒りを買ったという事実は。すなわち直接的で実行的な破滅を意味する。


 ステラの言う通り須らく皆殺しシンプル・イズ・ベストだ。故に全員を威圧するステラは朗々と、鈴鳴に通る声で淡々と宣告した。


「ああ、だが許そう。もし己が賢い者と知るなら手を引き去るがいい。敏いと識る者は背を見せ逃げよ。我々は追いかけるほど暇ではないのだ。だがもし、もしもだ……立ち向かうというなら覚悟しろ。も已む無いと知れよ?」


 それきり威圧を解き背を向ける。魚人族ゼルマーフの3人は尻もちをつき、動けるようになった荒くれたちは悲鳴を上げて逃げ出した。従者たちはかろうじて崩れた主たちを抱え慌てて走り去る。あとには無数の足跡が残されるばかりだ。


 幸いにもこの場には賢く、敏い者しか居なかったようだ。ステラはふぅと息をついて額を拭う。


「ああもうまったく、小生ああいうのきらい!!」


 ぷくーと膨れるステラにシオンが苦笑しつつまぁまぁと肩をたたいた。だがそんな余裕を見せられないのが1人いる。そう、プリムラその人だ。


「……ね、姐さんあんた」

「あ……うん。わかってる……」


 プリムラとステラは互いに目を見合わた。


「ハイエルフだったのですか……」

「明らかにやりすぎだったね……」


「「……え?」」


 異口同音に別の話を切り出してぽかんと口を開く。お互いに状況が把握できていないようで、ステラが取り繕うように慌てだした。


「その、えっとな? あー、まぁハイエルフ的なハイエルフでは有るんだけど色々事情があってと言うか。小生ハイエルフ嫌いだし、だから隠してるわけだし。まぁそんなことは実はどうでもよくてだな」

「どうでもよくないやろ?! あっ、その、ちが……」

「いやいいから。問題はそうじゃなくて、えー……これはマジで言うべきか迷うんだが……まあ言おう。言ってしまおう。実はな、連中全員ビビって、その、んだよね……」

「はい……?」


 ぽかんとするプリムラだが、しかしステラは若干涙目で辛そうに鼻の前を手で仰いで臭いをちらしている。なまじ犬並みの嗅覚を持つため些細な臭いでも激臭相当なのだ。


「……それは、問題やな」

「うん……問題だ」


 人の尊厳に関わる問題である。プリムラはそっと遠く、青い空を見上げた。素晴らしく晴れ渡る空は心地よく海風が気持ちいい。ふと隣を見れば、同じくたそがれるステラが黄昏れていた。


 原因お前じゃねえか、プリムラは突っ込みたかったが隣のシオンがステラを責めるように見ていたので取りやめた。ツッコミは、ふさわしいものがツッコむからツッコミなのである。


「まぁその……アタシは聴かなかったでええよな? っていうか普段どおりでええやろか」

「うん、そうだね……っていうかまぁ、そんなわけでやりすぎて申し訳ないというか……」

「そこはええんちゃう? 明らかにカチコミかけようとしとったやろ。アタシが『ウタウタイ』に泥を塗ったんは事実で、今更関わんのが気に食わんのは分かるんやけど……線引っちゅうもんがあるやんか」


「……なんというか、お互い様だな!」

「……せやな!」


 とりあえずステラとプリムラは一笑して済ますことにした。人類は明日を見なければ進めない。何事も前進することが肝要だ。


「しっかしまぁ、姐さんには驚かされっぱなしやわ。シオンの兄さんも苦労してんちゃう?」

「慣れました。というか『誰か来る』の時点で察しました」

「熟れとるのう……今日は上がりで飯の旨い店で1杯やろう、な?」

「ンンー! おいしいごはんときいてェ!!」


 びしい! と、手を挙げるステラに、2人は苦笑して仕方ないなとうなずいた。




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