04-15-04:Digression>Contingency///スタンピード/サードウェーブ
籠城を決めてからすぐさま陣地を取り払い、ウェルスの門扉は固く閉じられた。これで予定した日数は確りと稼ぐことが出来るだろう。然しながら壁上から遠眼鏡を用いて状況を見るサビオは苦笑いを隠しきれないでいる。
「……4000なんてとんでもない、倍は居るじゃないか」
今までの消耗を加味しても想定外の数だ。ステラの報告が甘い見積もりだったのか、またはそれ以降に増えたのかは定かではないが……此方が籠城の構えを見せたと見るや、せっせと陣地構築に勤しんでいる。
狂乱というには余りに規律が整いすぎた陣容だ。魔物の王となる者は果たして何者成るや。少なくとも極地災害と言って良い脅威であることは間違いない。
そういう意味ではサビオは失策したと言えなくもないが……完全な人など存在するわけがない。それに欠けたなら、その分別で補えば良いのだ。
――ドォン!
遠巻きに聞こえる遠雷のような炸裂音は、依頼を出した
(とはいえ何処まで持つことか……)
少なくともこれ以上戦力が増えることはないと信じたいが、此処に来て本隊の出現は手痛いと言わざるをえない。全く年明けも近いと言うのに面倒なことになったものだ。
「仕方ない、淡々と仕事をこなしていくとしようか」
結局サビオにはそれしか出来ないのである。
◇◇◇
森の中、茂みをかき分けそっと移動するのはチャルタとグルトンである。視線の先には目下拠点を構築している魔物の姿があった。
「……別についてこニャくてもよかったんニャけど?」
「そう言うな、俺も心配なんだ」
「っていうかオマエ鎧がウルッセエのニャ。隠密の『お』の字も知らんのニャ?」
小声で咎めるチャルタは人差し指で脇腹をドスンドスと突っついた。
「だが、お前が居なくなると俺は困るんだ……」
「それって……」
時と場と人柄を選べば愛のささやきにも聞こえるが……。
「温泉旅館の店員が足りニャくニャるってこと?」
「ウム」
「『うむ』じゃないニャ……」
この温泉バカを手伝ってやると決めた事を今更ながら後悔し始めたチャルタであった。とはいえ二言はないし、
「じゃあ『爆破』するから耳塞ぐニャ……」
グルトンがおとなしく耳をふさぐのを確認すると、己も耳を伏せた上で手をかぶせて完全に遮音する。そして足元の魔道具をガチンと2回踏み込んだ。
瞬間、魔道具につながる
(――ッぅ~! 耳塞いでいてもきっつい音だニャ)
これは依頼主であるサビオから下賜された爆破用の魔道具だ。ご覧の通り使い捨てであり、チャルタも初めて使う非常に高価なシロモノである。
然しながら今回のような局面では有用であるため、領主のような拠点持ちであれば備蓄を持つ場合がある。用意したサビオもこのような事態を想定したわけではないだろうが、『念のため』が役立ったのは幸か不幸なるか。
パラパラと舞う塀の残骸を浴びながら、グルトンの腕を引っ張った。
「んじゃ、見つかる前にさっさとずらかるニャ……!」
「了解だ……」
こいつ本当に着いてくるだけかよ……と思いつつ、チャルタはグルトンを引っ張ってこそっと退散していった。
◇◇◇
一方ウェルスの街では想定外の動乱がサビオの頭を悩ませていた。
「サビオ様、また殺人です……!」
「またかッ……!」
『ダン!』と机を拳で叩く音に、メディエは怯えるように身を震わせた。
「犯人……いや、
「いいえ……確保する前に逃げ出されました。残ったものも捕まると見るや直ぐ様自決する有様で……」
「なんということだ……」
今門を閉じ籠城を決める段となって、突如
「奴らの目的は分かるか?」
「いいえ全く……。何故こんなことをするのか見当も付かないです」
「私もだ、奴らの気が知れないよ」
しかし話を聞くメディエは頭痛にも似た恐れが迫っていることを感じ取っていた。
(この奇妙な事件……早急に解決しなければ不味い気がするんです……)
嫌な予感は強迫観念としてメディエの背を押している。これは街が混乱し、民が恐れを抱くと言う意味ではない。もっと恐ろしいものが迫っている報せの様な気がしてならないのだ。
「兄上……事件が起こった場所は何処になりますか?」
「メディエ? 一体どうしたんだい……顔が真っ青だ、調子が悪いなら――」
「私のことは良いです。それよりこの事件、何らかの
「――!!」
儀式、その一言にサビオが目の色を変えた。
「……誰か、すぐに街の地図を持って来るんだ!!」
鶴の一声で広げられた地図に、サビオの指示で事件があった場所にマークが付けられていく。すると浮かび上がった図に、全員がゴクリと息を呑みこんだ。
「これは……全て頂点と交差点で発生しているみたいですね」
「……発生時間は割り出せるか?」
「なんとか試してみましょう」
命令された部下がさらに時系列を書き込めば、二重六芒星をそれぞれなぞるように事件が起こっていることがわかる。明らかな意図と意志を持って殺しは行われていた。
これが事実ならメディエの言うとおり儀式であり、殺人はその為の生贄にほかならない。だとすれば……。
「不味いな……これが
「さ、先回りは出来ないです?!」
「すぐに地点に向かうんだ! 急げ!」
「了解です!」
そう言って衛兵は駆けて行ったが果たして間に合うかどうか……結果は状況が知らせてくれた。
「――ひゃっ?!」
『ズン』と大地が揺れ、ガシャリと調度品が揺れて倒れた。陶器の幾つかが割れる音が響き、立っていられずしゃがみこんでしまう。一体何が起きたのか、メディエが顔をあげると真っ暗闇が窓の外に広がっていた。
「一体何が……?」
早鐘を打つ心臓は、今まで感じていた不安の正体が『それだ』と知らせてくれる。
「あ、ぁ……?」
それは不安の顕現であり、あり得ない幻想。
それは恐怖の降臨であり、おぞましき再誕。
それは伽噺の具現であり、見たくない現実。
窓辺から見上げるのは黒く細長い巨躯だ。昔話が歌う恐るべき巨大な蛇のバケモノが、街の中央から生えていた。
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