04-12-04:トランプル・ザ・トランプズ
チャルタは己が何をしているかさっぱりわからなかった。
「あの、シェルタって言ったニャ?」
「なんです、チャルタさん」
「これ、その……普通なのニャ?」
「……ボクもよくわかんないですね! あははっ」
軽快に笑う有様にチャルタは安心が安堵した。わからないが分かる、共有できる。なんて素晴らしい事であろう!
「相変わらず頭おかしいですねぇ」
淡々と受け入れているのはシオンや……、
「流石御遣い様です!」
感激しっぱなしのシチェーカとは訳が違う。普通って素晴らしい。そして当のステラはご機嫌がハイでアメイジングであった。
「ワハハ! ワハハ! 迷宮コノヤロウ! 天井に罠仕込む余裕があるならしてみるがいい!」
何がテンションを高めているのかといえば、全員忍者めいて天井を走っているからだ。
心象魔法
もちろんこのまま迷宮を脱すると、空に落ちるので注意が必要である。
天井を往くことで迷宮の殆どの罠は封殺した。さらに扉も、
「
と、魔法の刃がサクサクくりぬいて、罠のトリガーを一切起こさせない。開けないならくり抜けばいいじゃない!
「
だいぶ手前から発動させてしまえば、クールタイム中に駆け抜けることが可能である。以前屋内てま仕掛けられた罠線よりずっとごん太なので、狙いも甘々で普通にヒットする。
なおモンスターはこの異常に恐れをなしたのか、遠目に見守るばかりで近寄って来ない。たまにくる
オーバーキルで
真正面から何もかもぶち壊していく様は虚しさすら通り越して、いっそ憐憫すら抱くのであった。
「普通、こんニャことできニャいはずニャんだけど……」
「流石ステラ様!」
「まぁステラさんですし」
「師匠が慣れすぎてて辛いです……」
「ワーッハッハッハ!!」
幸い封鎖令もあって一帯には
「もうすぐ着くにゃ!」
「おうとも、此方も捉えたぞ!」
天井から壁、壁から床へとスプリントする一行は徐々に大きくなる戦闘音の中へと突入していった。
◇◇◇
通路の先、チカチカと不安定に明滅する灯りのもとで鎧の戦士が奮戦していた。だが頼り在るはずの鎧は所々がひび割れ、砕け、赤い花が咲いている。
どれだけの時間戦い続けていたのか、もはや限界なのは一目瞭然だ。
「先行します」
シオンの一言に
無音の悲鳴が上がり、瞬間飛び退る『何者か』は驚いたようにシオンを見た。いや、そのように感じたという方が正しいだろう。
何と言ってもバケモノには顔というものがなかったからだ。
「グルトン君の予想は当たっていたみたいですね。僕にも見えます」
「あんた、は……」
「お望みの『助け』ですよ」
「っ……そう、か」
かすれた声に振り向かず答えれば、背後でがちゃりと金属の落ちる音が鳴った。石畳に倒れる音がしないのは、きっとステラが支えたからであろう。
「っしゃア! よく頑張ったな、エライぞ! 彼は後退させるッ、シオン君牽制よろしくー!」
「任されました」
剣を両手で構え、薄く碧に輝く剣を突きつける彼が答える。会いたいするバケモノは8体……いや、まだ群がるように数は増えていた。
目を凝らし見れば、カードのようにうすっぺらな体に、鳥のように細い四肢が付いて、不揃いの牙が覗く口が縦に張り付いているのがわかる。そして天辺にある不釣り合いなほど巨大な口腔の奥には、井戸のように肉の脈動があった。
見た目通りの存在でないのは明らかだ。
「確かに化物のようですね」
そもそも形が矛盾しているのだ。故に『人食いのバケモノ』でありながら『ゴブリン以下の大きさ』しかない。体は真っ黒だが更に擬態も出来るようで、ボコボコと背中が盛り上がれば暗がりの石畳のように見えてしまう。
鉤爪のあるうすっぺらな手足は、壁や天井に張り付くことを可能とし、影のように忍び寄るのだ。足音の1つもしないとなれば一級線の暗殺者に匹敵する。
恐らくは死角から覆いかぶさるように食らうのだ。気配無き攻撃は一瞬であり、振り向いてもなにもない。
在るのは地面に落ちたうすぺらのバケモノだけ……。
「厄介ですねぇ」
決して不可視ではないが、ひどく見つけづらい。
だが対処は容易だ。強烈な違和感と同時に嫌悪感を感じるためである。
(ステラさんの祝福ってやつでしょうかね?)
恐らく彼女にはまだ解らぬ秘密があるのだろう。そして隠されたものは即ち『女神』にまつわること。
(いや、今は牽制が先ですね)
背後では金属のこすれる音が遠ざかる。同時にチャルタの鳴き声と、シチェーカの慌てて治療キットを広げる音が耳に届いた。向こうはさらに警戒が必要であるため、ステラはこちらへは来られないだろう。
なかなかシビアな足止め作戦、だが嬉しい誤算が1つあった。
「〈ウィンドブレード〉!」
シオンの背後から巨大な風の刃が飛来し、通路にひしめく数体を巻き込んで爆ぜた。まともに食らった一体など、中身がひっくり返ってうごめく赤黒の肉塊と化している。
「うわっ何ですあれ、キモちわるいです……」
「見えるんですか?」
隣に立つシェルタはは顔をしかめて答える。
「あんなキモいバケモノ見逃すはずないですよね?」
辟易する彼女は『分かる』ようだ。それもその筈、構える細剣は
彼女の助力を得られるなら、ここで足止めをすることも難しくはないだろう。
背後のステラについては……まず問題ない。シオンにはステラが負けるシーンが想像できなかった。いっそ襲って来た魔物が哀れですらある。
(『ハチノスにしてやったぜ』等と言いそうです……)
シオンが壁伝いに迫る一体に牽制の投げナイフを放つが、ぶつかった
どうも死ぬと爆ぜるようだ。赤黒に真紅が混ざり、骨やずた布もいくつか見て取れる……。
「成る程、魔法に特化して弱いようです。シェルタさん、僕は間合いが短いので、天井側を警戒してください」
「うえっ、奴ら這いずるんですか?! ますますキモいです――ねっ!」
カン! と音を立てるのは天井に突き刺さる〈ウォラーレ・シーカー〉だ。同時にジタバタともがく魔物の姿がある。
シオンの秘剣がぎりぎり届かない位置だ。
「助かりましたが……大丈夫です? たしか〈ウォラーレ・シーカー〉は制御に難があると聞いていますが」
「それがあれからとっても調子がいいんです! 今なら同時使用もできるですよ?」
言いつつ〈ウィンドカッター〉を使ってみせる。
調子がいいのは本当のようだ。だがシェルタの表情は決して明るくない。
「師匠……ボク、暫くお肉食べられなさそうです……」
「あー、そうですねぇ……」
特に『切ると爆ぜる』のが宜しくない。遺骸はまるでおぞましき臓物のひき肉なのだ。
シオンが好きな『はんばーぐ』あたりがネックである。『はんばーぐ』は悪くないが、この有様の後ではちょっと御免こうむりたい。
幸いなのは作れる者がこの街にいないことくらいか。いや、長尻尾の旦那さんなら作ってくれそうだが。
「何にせよ僕達でここを防ぎますよ」
「もちろんです! ティンダーの名は伊達じゃないっておしえてやるですよ」
構える2人の剣士は、更に数を増す
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