03-14-06:フェーレスファブラ/ねこなる神

 ある晴れた月夜の下で、集会場へ続く道。ミヨリがトコトコステラを載せていく。

 虚しいシオンがめじりを揉むよ。げんなりした目で見ているよ。


「ドゥナドゥナードゥーナー♪ ドゥーナー♪」


「なんですいきなり」

「売られるステラさん、悲しみの絶唱だよ」


「売られる? それにしては楽しげですが……」

「歌は愉快に演るもんだ。なんたるデカルチャ、我らが文化は極まれりィ!」


 そうしてステラは機嫌良く歌う。シオンが慌てて止めようとしたが……止めた。

 ステラは単純に響きだけを楽しんでいるようなのだ。これが仮に呪歌になるなら口塞いででも止めるのだが、中身がないなら影響も無いだろう。


「……そういえば、我々は猫の王に謁見しに行くのですよね」

「そうだな。さらにアメントを取るのが目的だ」


 シオンが頷き、そして周囲を見回す。猫の王とはこのような場所で集会を開くような力あるものなのだろうか。

 特に天の星から舞い散る光の雪は、あの神像に降り注ぐそれと同じ質のものだ。


「それにしてはちょっと、仰々しくはありませんか?」

「……たしかに。なんだか神々しい空気感あるよね。まるで神殿都市の神託の間みたいだ。少なくとも聖域に属する場所ではあるんだろう」


 ステラはのしのしと歩くミヨリの背中をぽふぽふとたたいた。


「ミヨリさんミヨリさん、ボス猫の集会ってこんなもんなのかい?」

『ちがうよー?』

「「えっ?」」


 予想外の事に注目を集めたミヨリは、その髭をピコりと揺らす。


『ボスの集まりじゃないよー、“猫の王の集会”だよー』

「王の集まり? ウィム君は猫王に取り次いで、ミヨリさんがその使者なんだよね?」

『もー、ちがうったら』


 ミヨリがしかたないなーステラはと呟きつつ説明する。


『おれ、おうさま。ソンレイルのねー』

「「えっ?」」


 使者と思ったら猫の王様ほんにんだった。しかも乗り物扱いである。ステラはぴょんと背中からはね降りた。


「ご、ごめん乗っちゃって……」

『すてらはいいこだからゆるーす!』


「アイエェー……器がでかいよぉ、慢心するやつとは訳が違う」

「凄い確認方法だ……」


 混乱するステラが間抜けな声を上げ、また隣を歩くシオンもまた状況が急変した事に身を固くする。


『あのねぇ、ふたりはんだよー? だからきんちょうしなくていいのっ』

「招待?」


『うん、すぐわかるよー』

「「……」」


 ステラとシオンは顔を見合わせた。シオンは冷や汗を流し、ステラは何かに気づいたように頬を引きつらせている。


「今から、一体何が起こるんです?」


「……た、多分の予想でいいなら」

「かまいません、お願いします……」


「……物の本に拠ると、猫の王は街の取締役。つまり神和ぎかんなぎなんだよ」

「カンナギというと……トーヨーの神官ですか?」


「そんなもんだね。そしてミヨリさんは猫の王……神に仕える神官だ」

「わかります、はい」


「そんな王が勢揃いする。招集出来るとしたらそれは一体なにかといえば――」

「まあ、そうなりますよね……」


「そうだね、この先にいるのは『猫の神』で」

「僕らは直々に招待をを受けたと、そういう訳ですか……」


 その答えに、ミヨリが嬉しそうに鼻を鳴らした。



◇◇◇



 この世界には七栄神と呼ばれる7柱の神が存在するが、これを広義で大神ザインと呼ぶ。この下に小神ノイと呼ばれる神が樹形図のように多数存在している。


 小さいと言えど紛れもなく神であり、居所たる神域スペクトラを持つことは珍しくはない。ステラは食後に読んでいた資料から、神話の1柱についての記述を思い出していた。


 それは『猫の細道』の著者、ルドルフ氏が示唆する『猫の神ニャンライズ』についてである。


「ここは異界というより正に神域スペクトラ猫達の楽園フェーレスファブラ……月と星に仕えし小神ノイシストゥーラの領域なんだね」

「うわあ、大変な事になつてしまつたぞ」


「し、シオン君? すごく棒読みだし、汗がすごいぞ」

「もんだいないですう」


「……大丈夫? おっぱい揉む?」

「だいぞうぶですよ、ハハハ」

「(こ、これだめなやつーーー!!)」


 だいぶ切羽詰まったシオンを労るように、そっとその袖をつまむ。ちょっと目がグルグルして、どこかに飛んでいきそうだったのだ。


 さすがのシオンも神そのものに合うとなれば平常とは居られない。


 彼の想定する『神に会う』高位の神官を通じた神託と考えていた。このように直接神域に招かれることはまず有り得ない。そもそも2人ともシストゥーラを信仰してはいない。強いて言えば猫好きというだけである。


「ステラさんは余裕そうですね……」

「そりゃまあ、ねえ? 別のだけど神には会ったことあるし」


「あ、あるんですか?!」

「あるある。そのうち話すよ」

「なんていうか、とんでも無いですねぇ……」

「いや普通普通」


 だがそんな普通はこの世に存在しないのだ。


 そうしてシオンの緊張を解しつつ、ミヨリの先導で神域を歩いていく。すると草の切れ目が目に入って、更に進めばすり鉢状の窪地であることがわかった。最外縁から全体を見通せば、底部を中心に幾多の猫影が見て取れる。


 ミヨリの言が正しければ全てが街を治る猫の王だという。つまりは……姿と本質の異なる神官ねこたちだ。


 例えば猫のまま体躯を大きくしたもの。牙が鋭いもの。尻尾が蛇のように長いもの。鋭い爪を保っているもの。宝石のような目を持つもの。また首と頭が離れていたり、さらに多頭のものまでいる。


 1つとして同じ特徴を持った猫がいない。


 底部に足を踏み入れると、それら王たちがじっくり此方を伺っているのが解る。一歩進むごとにそれは増えていくが、先導するミヨリはお構いなしとずいずい進んでしまう。


 そんなミヨリの背中は頼もしく映るのだが、それも集団の半ばをすぎるまで。


 さしものステラも『いいの? これいいの?!』と落ち着かなくなってしまう。なんたって中心に向かうに連れて存在感のある、どっしりと構えた猫ばかりこちらを見ているのだ。


 なおシオンは逆に肝据わったのか、逆に凛とした佇まいでミヨリに付いて歩いている。彼は本番に強いタイプであった。


 そうして2人と1匹は中央の祭壇のような、丸い石のステージ前までやって来てしまった。明らかに最前列である。


(本当にいいのか?!)


 こっそり周囲を見渡すも、闖入者に目線を向けるものはあれどケチを付けるものは居ない。つまり問題ないわけだが……この白猫、ただの陽気な猫ではなさそうだ。


 なにせ最前列に6つ用意されたうちの1つに、当然の様にちょこんと座ったのだ。つまり彼は猫の王の中でも特に偉い位置に居る。


 つまりシストゥーラに仕える使徒の1匹に他ならない。


 そんな最前列には特に興味を向ける猫が5匹いる。勿論それはミヨリ以外の使徒たちだ。



 不機嫌そうな目は2つ、凛々しい獅子めいた金剛夜叉と小さな三毛虎の2匹。虎とは虎柄ではなく本当に虎ということだ。ただし子猫ほどに小さく、ステラの手にすっぽり収まるほどに可愛らしい。


 興味深そうな目は2つ、短足たれ耳のマンチカンのようなマシンロボと、明らかに首が離れているピンク猫。後者はチェシャ猫を連想させるが、首が3つもあるので寧ろケルベロス・オービットだ。


 最後に眠そうなのが1つ、長毛茶色の巨大猫。横たわるだけで、その丈はシオンが背伸びするほどに大きくまるで山のようだ。もはやドラゴンと言われてと信じる者があるだろう。


 居心地はかなり悪いが、仕方なくミヨリの後ろで2人もちょこんと座る。短く生えそろう草はふわふわで、以外にも座り心地がよい。寝転んだらいいベッドになりそうである。



『……おい』


 すると不快を顕にするのは、ちい虎の猫である。ミニチュアのようで大変可愛らしく、ぷんすこ怒っても威圧感がまるでない。手を伸ばしたら確実に噛まれるだろうが、ここは必殺の『怖くないよ』できっと仲良しこよしできるだろう。


『おい、おまえミヨリおまえ。そこのはなんだ。なんでつれてきたおい』

『おれはたのまれただけよー。すぐわかるからだまってろティグリス』

『なんだとてめぇおいてめぇ……』


 ミヨリとティグリスと呼ばれた2匹が険悪な雰囲気に陥る。すわキャットファイトのゴングなるか。しかし字面に反して、その実は血湧き肉躍るガチンコニャンコバトルであり、直接的な血生臭さしかそこには残らない。なんたって、爪とか牙とかあるのだ。とっても怖いすぎる!


 しかしその諍いは、巨大な眠猫が声を上げて諌める。


『きさんら、やめぇや……』


 巨体の通りの重低音であり、鳴き声にして『ン゛ヌァアアアン……』である。とても猫には思えないが、彼もまた猫なのだろう。のっそりぬぼぉと起き上がる彼は、2匹の対象的な猫を睥睨した。


『きさんらマジのう、しずかにせぇよ……?』


 ぐぐと起き上がった彼はふわあとあくびをして、再度ふせて位置を変えるとその目にぶっとい前足を乗せてアイマスクにした。


『ねられねぇじゃろうが……』

『『いやねるなよリンク』』

『えぇーどっちも酷ぇのう……』


 2匹による同時ツッコミに心外だと巨大な猫はぶーたれた。でも眠いんだから仕方ないとばかりに、大きな耳をぺたんととじた。


『そもそも/きゃくじんは/かみのつかいだらー?』

『そうだよー。テルセロはかしこいなー』


 三つ首のケルベロニャンが立て続けに、また流暢に『ニ/ャ/オ』と鳴き声をあげる。凛々しい猫なのだが、方言めいた口調に愛嬌が見える。お茶とかみかんとか好きそうだ。


『ハイエルフとは面倒であるな』

『レイヴェ……すてらはすてらだよ?』

『解らぬなァ、そこまで庇い立てするような種ではあるまいに』


 金剛夜叉の獅子がステラを睨む。猫界でもハイエルフ嫌われてんのか、ステラは悲しくなった。しかしそれ以上にハイエルフを憐れに思う。

 彼らは猫に嫌われて……果たして生きていけるのだろうか。ステラは無理だ、3日くらいギャン泣きする自覚がある。そして疲れて2時間眠ったあと、またグスグスと泣くのだ。


『ゴーン』

『ワハハ! アッシェはじょうだんがうまいなー!』

『ゴーン』


 ロボめいたマンチカンがギュイイン! と音を立てた。意味がわからない。これは猫なのだろうか。いや猫、猫なんだろう……多分。

 ガッキンゴゴンと機械的に動くが、そのメカニカル尻尾は確かに猫らしく揺れているのだ。ただし先端はどう見ても光の剣に見えるのだけれど。目をこすったステラが3度見したから間違いない。



「……なんて言うか自由ですね」

「最初超ビビってたけど、やっぱにゃんこはにゃんこだった。みんな超かわいい」

「ステラさんらしいですね……」


 結局細かいところを見れば猫以外の何物でもない。見た目ではない、ホンシツが大事なのだ。そう割り切ればということはなかった。


 そんなことをコソコソ話していると、ふと空気が変わったのを感じた。見やれば6猫はいつの間にかちゃんと座ってキリリとしており、中央の祭壇をじいっと見つめている。眠そうなリンクですら目を覚まして同じ様にしていた。


 これから何かが始まるらしい。


 空気がしんと静まり、猫達が口々にニャーニャー鳴き始める。それは呼び水の声。呼応して降り積もる光が加速し流れ星のように降り注ぐ。


 幾多の流星がフェーレスファブラに降り注ぎ、草や石に当たって跳ねてはぱちんと弾けて混ざり合う。赤青緑黄、白と黒。溢れ流れて淀んで跳ねて踊る光が止んだ頃。


 中央の祭壇に1柱の猫が現れていた。


 金糸の縦縞刺繍の黒衣を着た、漆黒の猫である。その姿はかつてエジブト人達が描いたバステトに似ているが……その神は人の形ではなく四足歩行の猫であった。


 大きさは普通の家猫と大差はないが、しかしこの場の何者よりも大きな存在感を示すのは、神たる身故であろうか。


(ああ、そうだ。たしかに神様のがする……)


 この感覚はかつて白の神域で『女神』と会ったとき感じた空気に似ている。これはと言うやつだろうか。


 揺らめくそれを振りまきながら、ゆっくりと金剛の瞳が開かれる。おお、彼女こそ星と月のシストゥーラ。月に仕え星をめぐる猫の女神である。


 登場に合わせて猫達が頭を伏しているので、2人は同じく頭を下げる。シストゥーラは周囲を一瞥すると、ニャーとひと鳴きした。


 それに答えるように猫達も顔を上げてニャーニャーと鳴く。内容は神を称えるものである。例えば――


『うぉーーシストゥーラさまーー!』

『ファーこっちみてーー!』

『きょうもけなみがすてきすぎーー!』


 と言った具合の人気ぶりだ。意外に俗っぽいが神は偶像アイドル、しかもバステトは享楽にして楽器持ちの神であり……つまりは歌って踊れるスーパー|女神である。


 ならこの熱狂も納得であり、最前列に突如やって来た闖入者に視線を向けるのも納得だ。事情を知らなければ『チケットもないのに最前列に来た無作法な、ファンとも言えない愚物』と考えれば納得だ。


 恐らくちい虎は熱烈なファンなのだろう、ステラが見ても解るほど興奮して尻尾をゆらんゆらんと揺らしている。


 やがて合唱が終えた猫達は中央の黒猫に注視する。だがいくら待っても言葉はなく、気づけばじいっと一方を見つめているのに猫達は気づいた。


 いつもならここで一曲演るというのに……そうする理由は一体何か。明らかにそれは闖入者たる2人のエルフが原因であろう。


 睥睨するその視線はいかなる意味を持つのか。ステラは生唾をゴクリと飲み込んだ。


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