03-14-03:フェーレスファブラ/レヴィ無双

 結局レヴィが撃滅の気炎をあげるは居なかったが、は居たようだ。


 なんだかやる気が凄いレヴィに実は猫なんですと説明した所、『変なおねえちゃん』の一言で納得されてしまった。完全に新しい遊びか何かだと思われているし、頼られるのが嬉しいのだ。


 その結果がこの有り様である。


「しゅんげぇ〜……」


 ステラは今、多種多様な猫に囲まれてにゃんにゃーんされている。無論『やーん』な意味ではなく人力キャットタワーである。一部にステラが日々見かける仔も目にはいり、


『ナデナデシテー!』

『ファータノシイ!』

『モルスァ!』


 と大人気である。モルスァとは最近流行りの流猫語バズニャンゴであり、嬉しいとか楽しいという意味だ。勿論その火付け役は長耳のエルフ女だ。その彼女は今、猫達にいいようにされている。オダイジンである。


「シオン君、えらいことになってしまった」

「そりゃ見たらわかりますが」


 軽く数えるだけでも20、いや30は居るだろうか。道端の1画を占拠するように猫に囲まれて、ここだけ猫御殿状態である。


 道行く人がなんだなんだと目にかけて、猫にまとわりつかれる様にほっこり笑顔になって去っていく。


 収集が付かない現状に、もうシオンは状況の理解を諦めていた。猫は野良、それが集まった、ならそれは猫の集会だ。


 そこに何の不都合もありゃしないだろう。通行の邪魔だ。

 

 実際これ以上増えると憲兵当たりが来そうだなーとぼんやり考えつつ、自分に擦り寄る物好きな仔を可愛がることにした。


 そうして現実逃避していると、元凶のドワーフ少女が両手に抱えるように2匹、頭に1匹、背中に1匹が張り付くパーフェクトニャーマー状態でやって来た。


「しゅげええええ!! レヴィちゃんしゅんげえええええ!!」

「そっ……そうでもないのよ!」


 すこし頬を染めてそっぽを向く彼女は、完全に頬がゆるゆるに弧を描いていた。なんたって尊敬の眼差しが凄いのだ。これは純粋に信じきった真っ白な光である。


 それが嬉しくてレヴィは猫をあっと言う間に捕まえてはステラの側でリリース。そして猫達はステラの側が心地よいのかずっと離れていかない。これは来たら来ただけ構うこともあるのだろう。


 しかし猫と話せるとはいえ、此処まで好かれるものだろうか。それにしてはなど聞かないのだが……。



「小生全く解らなかったのに、こんなに見つけるなんて凄いなぁ……!」

「すごくわかりやすいもの。おねえちゃん、ちゃんと見つけてあげないとだめよ?」

「め、面目次第もない……」


 ちなみに本気の猫達はステラの魔法――主に【鷲の目】いーぐる・あいの視界――でも捉えることはできなかった。いや、だいたいの『当たり』を付けることは出来るのだが、隠れ方が余りに巧妙で見つけられないのだ。


 さらにステラ自身の探し方が下手すぎるのもある。その下手さたるや、見ていた猫が心配するほどであった。


 ある猫は隠れ場所で『みつかる! みつかるー!!』とドキドキしたら、見事に通り過ぎていった。なんで1つ前まででしっかり調べていたというのにもう1個踏み込まないのか。


 またある猫は目の前を通り過ぎてみた。本当に目の前である。だが灯台下暗しの諺どおり、彼女は全く気付かなかった。周辺の怪しいところばかりに目が行っていたとはいえ、流石にこれは……。


 終始その様子で、何らかの運命力が働いているかのごとく猫をスルーする猫の友ステラ……これには流石の猫も苦笑いだ。


 挙句見つからないと泣き出す彼女はまるで子猫である。ボス猫が『気に掛けてやれ』と周知した理由を、猫達はようやく理解した。こんな有様では生きてはいかれないだろう。


 誰だ、この子にちゃんと生き方を教えなかったやつは! 猫達の視線がその犯人を追ってゆらりと揺れて不穏な空気が漂う。だいたい目線がシオンに向かうのは、致し方のないことである。実際彼は保護者である。



 こうしてそわそわうずうずと時間だけが経過する中、現れたのがちっこいドワーフの女神レヴィである。


 彼女は凄かった。


 猫達本気の隠れんぼが一切通用しない。ギッっと睨むとひゅっと捕まるのだ。気付いたときには首筋を掴まれている。

 そうなればもう、かつて母猫にされたように運ばれるのみ。びろーんと首筋を引っ張られる郷愁にかられつつつ、捕まった猫は自らを運ぶ少女を尊敬しつつ大人しくしている。


 何より大人しくすれば危ない子ステラが『えへえへ』と嬉しそうに抱きしめてきて、めっちゃナデナデしてくれるのだ。これがまた気持ちいので猫達大歓喜である。

 こうなるともう隠れんぼなど有名無実となって、集まった猫の半数はこっそり紛れた闖入者である。誰も気づかなかったのかと言えば、見事に気づかなかった。


 ステラは嬉しそうに撫でまくって、シオンはぽんやりと現実逃避し、レヴィは意気揚々とニャンターをしていた。


 そうして猫に囲まれたステラは幸せな気持ちでいっぱいだった。ああ今日はとても良い日だ。ステラは雲一つない空を見上げて微笑んだ。






「ほほえんだ――じゃないでしょうステラさん!」

「ひぇい?!」


 ステラがびくんと震え猫達がぴょいんと飛んで、レヴィ(4枠猫装備)が吃驚して目を見開いた。全てきょとんとした目であり、その全てがシオンへと向かう。


「僕らの目的はなんですか?」

「え、猫と戯れ 「ボスは?」 えっ……?」


「ボス猫はどうしたんです?」


「……」

「…………」


 ステラは膝で丸くなる猫をそっと持ち上げて、顔の高さに引き上げて目を合わせた。


「なぁーお?」

「忘れてたでしょ、今忘れてたでしょう!」


「ニャゥン……」

「何なんですかそれ! 『せっかちめ』とかそういうやつですか?!」


 ステラが顔を上げ、やれやれと言った体で猫を撫でつつシオンをみる。


「違うよシオン君。『あの小僧、撫で方に粗が目立つ。しかし鍛えれば或いは……フッ、楽しみが増えよるわ』だよ」

「そんな大物っぽいこと言ってたんです?!」


「そうだよ? というか鍛冶屋通り付近の猫は、だいたい口調が硬いんだよ」

「す、すごい事実ですね……」


 愕然とするシオンに、レヴィが首を傾げた。


「おねえちゃん、ねことおはなしできるの?」

「せやで! ちなみに抱っこしているその子は、にゃーう?」


「ニャーン!」


「『このお嬢さんには見込みがある』ってさ」

「みこみ?」


「君が好きってことさ」

「ほわあ……」


 バチコーン! とウィンクしつつ教えてあてると、レヴィが抱っこしているキジトラの猫を優しく撫でたあと、嬉しそうに頬ずりした。少し窮屈そうだが嫌がっていない。


 シオンがフゥ、と息を吐いてステラに顔を向けた。


「……結局何だったんですか、この集まりは」

「あー、まぁ。その。ボスはちゃんと見つかったから意味はあった」


 疑惑の視線がステラに刺さる。


「……そうですか。ちなみにどの猫が?」

「レヴィちゃんが抱えているキジトラだよ」


 そう言って指差す猫は、喉をゴロゴロ鳴らして『ニャー』とご機嫌にひと鳴きした。



◇◇◇



 三人の前にちょこんと座るキジトラは、名を気紛れウィムと言った。奇しくも予言が示すものに合致する猫だ。


 それを聞いたステラが嬉々として猫の王への取次を頼めば、快く快諾してくれた……のだが、それを得るまでに非常に長い身の上話を聞く事になった。お陰で日が傾きつつある。


 その間レヴィとシオンは猫達にかまってかまってと遊ばれて、その底知れぬパワーに少し疲れていた。なんたって此処に居るのはステラの『遊び』に呼応した行動派の猫達だ。その体力は子供が全力で駆け回るのに等しい。


「――でぇだー……纏めると。

 ウィム君は鍛冶屋通りを治めるボス猫だ。これは彼が物知りであることも理由だが、ドワーフの国出身……つまり鍛冶に親しい猫だからという事もあるようだ」


「このこ、なのね?」

「そうだね。ここにたどり着くまでに、たくさんの街を旅した猫だ。

 町の外へ出る荷馬車に乗って以来、いろんな地を巡って野良の作法を学んだようだよ? そして最後に訪れたソンレイルの街で懐かしい匂いをかいだから定住を決意したんだそうな」


「なつかしいにおい?」

「酒だよ、ドワーフの火酒……それも特級特別な『ドラゴンの息』って銘のやつだね。

 それを誰が呑んでいたかは解らないが、嘗て住んでいた主が大層それが好きだったらしい。それが懐かしくて居着いちゃったんだね。……で、気づいたらボスになっていたと」


 なおドラゴンの息とは、前世におけるスピリタスに相当する酒である。兎に角キツく、文字通り火を噴く辛さが売りの希少な酒であり、さしものドワーフも1瓶開ければ赤ら顔と言われる。値段も相応に高く、この街でそれを嗜めるとすればそれは……。


「ボスって、気づいたらなれるものなんですか?」

「なんか気まぐれに相談受けてたら、いつの間にかヨイショされてたようだぞ?

 なまじ猫生経験豊富だから、諍いも鶴の一声で収まったらしい。全く大岡裁きだね」


「オーオカ?? は良くわかりませんが、喧嘩が強いわけじゃないんですか?」

「みたいだね。小生も喧嘩が強いやつがボスだと思ってたんだが、必ずしもそうでは無いらしい。……そう言えば倉庫通りのブッチも似たようなことをしていたなぁ」


「「へぇー……」」


 話を聞く2人の中で猫の常識が色々と変わっていく。


 シオンはその意外なほどの賢さに。『侮れませんね』と腕を組み、見方を変えたようだ。

 レヴィはその逞しい生き様に。『すごい子なのね!』とふにふにと顎をこしょこしょしていた。


「それでウィム君がレヴィちゃんにお願いがあると言っているのだが」

「え、なにかな……」


「『吾輩を雇わぬか』だそうだ」

「???」

「飼わないかってことさ」

「!!」


 レヴィの目が輝いて、猫の前にしゃがんで目線をなるべく近くする。


「おまえ、うちにきたいの?」

「ニャ~オゥ」


 頷くように鳴いてレヴィに近づき、気持ちを伝えるように身を擦り寄せる。それにレヴィが嬉しそうに笑顔に成って、ウィムの頭をふにふにと撫でる。


「えへへ、よろしくねウィムちゃん」

「ニャーオ!」


 後にシターの戦槌の看板猫となるキジトラは、こうして看板娘のレヴィと邂逅を果たしたのだった。


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