03-09-08:分不相応の結末

「……というわけで霧をうまく抜けた小生は日が沈む前にソンレイルまで駆けた。それでさっき丁度帰ってきたわけだなぁ~。いやー、日が暮れる前で本当に良かったね」


 ぽあぽあ語る彼女はふんわりとほほ笑んだ。話を聞く2人はしかし顔を青くしてステラを見ていた。


「ステラさん、ちょっとごめんなさい」

「なんだ……ふぇ?」


 シオンが腕を伸ばしてステラの頬を引っ張った、ぬにぬに形を変えるそれは暖かで柔らかく、特にオモチめいてうにーっと伸びた。


らひふふんはひなにするんだい?!」

「いや、アンデットじゃないのかと」


 ぱちーんともどる頬をさすって、ステラの瞳が揺れる。


「やっぱり死んで、ほしかった的な……?」


「いやもうその流れ良いですから。『人食いの森』から帰ってきてというのが信じられなかっただけです」


 ステラがぴくりと震え、笑顔が凍る。


「な、なんだそのカニバル祭りカーニバルな森は……いやまて、あの霧の森がそうだと言っている、のかな?」

「はい。別名『帰らずの森』などとも言われますね」


「HAHAHA! シオン君は冗談が美味いなぁ、白熊店主と違って!!」

「あの時鳴飛の矢から逃げたのは西ではありませんか?」


「なっなななぜそるぇを……?!」

「彼の森は南西部にあるんですが」

「   」


 そうしてシオンが語る森の様相は、彼女を涙目にさせるに十分なインパクトが有った。


 曰く。霧に誘われし者は、二度と出てくることはないと。

 曰く。出てきた者は総じて狂い、二度と元には戻らぬと。

 曰く。もし生きて帰るならそれは常世にあらず、尋常のものではないと。


 つまりは……。


「帰ってきた者は化け物とされますね」

「……」


 かくんかくんぴくと震えるステラが、わなわなと何か両手で掴もうと中空を握ったり開いたりしつつ、あうあうと狼狽えた。


「それは具体的に……。


 とっ捕まった小生が読めない系の言語で記述された宣誓書に無理やり署名させられた挙句、実は『私は悪魔でーす♪』と書かれていたので『ヒャァ! こいつぁ邪悪魔女にちげぇねえぜ!』と後ろ指指された上で『人体焼肉バーベキュー! (命が)ポロリもあるよ♪』系のサバト・フェスが予定されているとか……」


「本当に具体的ですね?!」


「いや実際やられた娘が居てだな……因みにその娘は聖女だよ。なのに魔女扱いして囲んでふん縛ってぶっ殺すとか民衆容赦ないんだよ。

 怖いよマイノリティ、マジョリティ絶対許さないマンなんだよ……」


「うわぁ……」


 ステラは気付いていないが、彼女は屋台通りを騒がせている『ご飯の聖女』である。


「……で、本当の所どうなるの? 狂った森から帰ってきた小生は、黄色の馬車に連行されて、真っ白な監獄にでもぶちこまれるのかい?」


「黄色の馬車って趣味が悪いですね……。少なくとも経過観察は必要でしょう」


 その言葉に、ぺしょんと耳が潰れたツァルトが申し訳なさそうに答える。


「もしかしたら……指名依頼が入るかもしれません」

「ステラさんは銅級ですよ?」

「あの霧の中を調査可能と判断されれば、可能性は十分あります。少なくとも状況を報告いただく必要はあるかと……」


 ステラが顎に手を当てトントンと指で叩く。


「書くのは問題ないが……あまり行きたい場所ではないなぁ。レポート出してそれで終わりが望ましい」

「うーん……内容次第ですが」


「まぁしばらく時間はあるしな。シオン君が大人しく、宿題に取り組むとしよう」


 くく、と笑うステラにシオンが首を傾げた。


「さっきから気になってたんですが、それって何の事です? 僕暫くは何処にも出向く用事は無いんですが」


 対してステラは鏡合わせに傾げ返した。


「君らしくないな、件の剣アレを受けたばかりだろう。流石にサボったらまずい案件だろ、一国の王直々の指名依頼ってやつは」


「「え?」」

「えっ?」


 何とも言えぬ微妙な空気が漂う。


「あの、それはもう終わってるんですが……」

「はぁ? 往復だけでも2〜3日はかかる距離だったろ。まだのに行けるわけがないじゃないか。

 こんな単純な間違いをするなんて、シオン君らしくないな……大丈夫か? カスミさんが近々目覚めるからって、はしゃぎすぎだよ?」


 シオンが顔を青くしつつ尋ねる。


「……ステラさん、今日は何日です?」


「何って命火の月の23日だろう。ちなみに夕飯には、なんと、フフフ驚くなかれを作ってくれる約束だよ!

 本当にヴァグンさんには頭が上がらないよねぇ……!!」


「あの。落ち着いて聞いてほしいのですが、今日は命火のです」


「はぁ?」


 ステラがポカンとしてシオンを見る。


「あんだってェ? よぐ聞こえんねがった、もう一ヶたのむ」

「だから25日ですって……」

「……」


 ステラが憤慨して勢い良く立ち上がった。その大層な胸がぐいっふぁーんのっしと揺れる。


「し、しししおんくんでも言っていいことと悪いことがあるだろうが!

 お散歩したら3日も経っていただって? どこのウラシマトレジャーボックスだよ!」

「嘘ついてどうするんですか」

「し、しょれは……」


 そう、シオンに嘘をつく理由も騙す理由も無い。何よりそんな事をステラは毛ほども疑っていない。


 ただ……


「ああ……はんばーぐ、が……」


 と、うらぶれた芸術家が一縷の望みを託して応募したコンテストで選外の文字を見つけたかのように、燃え尽きながら崩れ落ちた。


 ぺっしゃり机に突っ伏す萎れた芍薬から、か細く『はんばーぐ』『はなまる』『はーもにー』と漏れ出る事から大層楽しみにしていたらしい。


「ステラさん?」

「…………………………………………」

「だめですね、これは」


 完全にショックでシャットダウンしている。


 とりあえずの概要は聞き取れたことだしこの場はお開きとなった。


 なお消え入りそうに落ち込む彼女は寧ろ儚い印象を見る人に与え、その姿は正に『麗しき純潔の姫君』であり、帰りの道行く人々の目をとても良く引いた。


 ただ姫君の理由が『ご飯食べ損ねた為』と知っているシオンは、なんとも複雑な心境でその手を引いて屋敷へと帰っていった。


 声高に言いたい、『この人超残念なんです』と……。



 こうしてステラが分不相応に受けた依頼は、大失敗に終わったのだった。


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