03-06-04:はじめてのおつかいの監視者デルフィ曰く『あの娘はおかしい(困惑)』

(これは、一体)


 追跡するデルフィはこの状況に困惑していた。


 彼は隠密であ……ではない。隠密ではなく庭師だ。庭師以外の何物でもない。

 こうして誰にも気付かれず町中を歩こうが彼は庭師だ。腰の黒塗りのごっつくて物騒なダガーは明らかに草刈り鎌と胸を張って主張できる。だって彼は本当にそれでてきを刈るのだから、どう見ても草刈り鎌ダガーだ。

 なおステラが見た草を刈るナイフはである。


 そんな彼は彼女の足跡をまじまじと観察していた。


 彼女は先日よりアルマリアの屋敷に逗留している客人の……ハイエルフである。何故若君がそのような輩をと思ったのだが、それにしては至って普通の娘――というには少々オツムの足りていない残念な娘――であった。


 彼女は(言動はどうあれ)ハイエルフにしては圧倒的におとなしい。自ら率先して突っかかって問題を起こすこともない。先日の騒動ではなんと敵意を見せたドワーフの孫を助けた気概ある人物でもある。


 若君シオンが何を思って送り出したかは不明だが、たしかにハイエルフというだけで彼女は敬遠する程の悪ではない。人柄さえ見れば悪ではないし、寧ろ抜けているから取っ付きやすい娘。


 彼女がしきりに訴える自立心は買うが、デルフィからすれば変な護符の一枚でも買わされそうとの評価をしているのだが……だからこそ若君シオンは放っておけないのだろう。

 


(そんな彼女を街の人々は如何に観るであろうや)



 最初はそんな気持ちで客人ステラをそっと追っていたのだ。


 まずステラを見かけたエルフ達。ハイエルフステラがまだ気付いていないという事を理由に早々に立ち去っていった。聖域に居ない、外の世界で活躍するエルフであれば特にハイエルフを忌避する傾向にある。こればかりはどうしようもなく、その溝は埋めがたい。


 他の種族も気付いたものはエルフと同じようにさり気なく逃げていっている。関われば逃げられないのだから、気づかれる前に逃げるのは全く持って正しい行動だ。


 これはデルフィの想定通りである。デルフィも若君が彼女の手を引いて来なければ関わろうなどと思わなかったし、万が一危害を加えると成れば……彼は庭師、その職務をを全うするだけだ。


 ここまでは普通だった。デルフィの想定通りだし、だれが同じ任務についたところで同じ感想を得ただろう。



 問題は彼女が急に歌いだしてからだ。そこから全ての様子が変わった。



「フ〜♪ ごっはんーごっはんーごっはんをたべるとおいしいょおー♪ むふー♪」


(?!)


 なんと間抜た歌だろう。よく晴れた庭、木漏れ日の下でうたた寝でも支度なるほどぬるい歌である。だがやけに耳に残る。そういえばそろそろ昼食時だ。

 何の貴賎もなんの思惑もない、ただ『ごはんがおいしい』という気持ちがこもっているだけの歌だ。だからだろうか、任務中なのに急に腹が空くなど……。魚食べたい。


 思わず腹をさすったデルフィは、再度客人ステラを見て驚愕した。


 客人ステラの周囲が薄ぼんやりと光り輝き、其処だけ聖域のような領域を形成していたのだ。目をこすって再度見やるが……見間違いではない。


 もしその濡れ髪がフードで隠れていなければ、恐らく陽の光を受けて星のように輝いていたに違いない。軽やかに歩く歩調に合わせ風がふわりと頬を撫で、それに何処からともなく花弁がひらりと舞い踊っていい香りがする。幻視ではなく事実存在するものだ。


(何なのだあれは?!)


 まるで演劇の一幕を見ているかのような心持ちになる。その歌はメシがウメェ! であり、色気もなにもあったものではない。だのに惹きつけられる。


(いやそれより……目立っておるが良いのか?!)


 対象の隠蔽はデルフィの職務対象外と言うか、仮にデルフィがそれをしようとしてもは無理だ。あの場所は正に舞台上、あまりにのだ。


 周囲もそれに気付いたのか、またその効果にてられたのかざわつきが広がる。




 その香りに気付いたのは〈狂犬〉を二つ名とする凶悪面の狼人の兄弟であった。仁王立ちする彼らの鼻孔に漂うそれは嬉しいような、お腹がすいたような。

 とにかくなにかワクワクしたものを感じ、気づけば尻尾が全力で振られていた。幼いころ親とたくさん遊んで、その後食べたおやつを思わず思い出す。

 あの時獲ったウサギは凄く美味かったな……お互いを見合う兄弟はククと笑う。いい方向に気が高ぶっていて、今日は新鮮な肉をガブッとやりたい気分だった。


 狂犬が超ゴキゲンな様子を目撃して、その尻尾のあまりのブンブン振りを笑おうとした猫獣人。だが自身も長い尻尾をゆるゆるふわんと振るっていることに気付いているだろうか。今日は魚が食べたい気分だニャと髭をピコピコ去っていった。


 ステラが通ったあとの獣人たちは万事その調子で酷くご機嫌になっていた。




 その旋律に気付いたのは魔人、そして翼人達だ。注目したのは歌そのものである。決して上手くはない、しかし惹きつけられる。なんだか胸が満たされるようで、幸福な気持ちで一杯になるのだ。

 その理由は偶然居合わせた魔族の呪歌属ローレライにより、この旋律に幸福を願う意志と魔力が乗っている呪奏歌ロウ・レ・ラインであると判断した。

 |詠唱魔法に系列する希少魔法の一つだ。その機能は歌声の届く範囲に対する魔法の行使、ただし細やかな制御の聞かない特徴がある。


 無差別に振りまかれる幸福の願い、魔法適性の高いこの2種族はそれに巻き込まれて胸が一杯になったのだ。抵抗レジスト出来なかったのは様々な要因があるが、ただ単純に『ご飯が美味しい』という思いだけを謳ったからだろう。

 旨いものを食べれば幸せになるなど、万人に共通する欲求だ。ちょっとお腹が空いてきたのもそのせいだ。

 故にそのローレライはめちゃくちゃな歌に『なんてもったいない』と後を追おうとしたが……気付いたときには姿が見えなくなって歯噛みしていた。


 それに歌を聞いた各自が皆腹ペコモードになりつつあったのだ。丁度昼時に少し早いくらいだし、通りの皆が昼を取るため動き出していた。




 こうして歌に注目したのは魔人達だけではない。リザードはその歌そのものに興味を持った。


 彼らは知恵や知慧という意味であまり優れているとはいえない。良くも悪くも真っ直ぐな者が多く……いわば脳筋が多い。

 力を重視する彼ら、文化的でない蛮族化かと言われればそんなことはない。彼らは歌と踊りを重視し、そのアイデンティティに深く関わりがある。例えばリザード達は顔や戦力だけではなく……特に歌の上手さで求愛をし、美味いものは特にモテる。意外とロマンチックな種族なのである。


 そのリザードたちの心を、ステラのへたっぴな歌が直撃した。


 確かに稚拙で音程も少し外れて、せっかくの声なのに台無しである。でも『ご飯が美味しい!』という強烈で、『食事は楽しいのだ!』という真っ直ぐな気持ちが、その胸鱗に隠れたリザードソウルをズンと揺るがしたのだ。

 ただ気持ちを伝えるということ。ここ数年技術に傾倒していたリザード達に、ハッと思い出させる何かがそこにはあった。


 そして何より、歌を聴きながら喰う飯はなんだか美味しく感じる! マンガ肉をかじるリザードが切っ掛けとなって、涎を飲み込むリザード達は屋台通りへと足を向けたのだ。




 しかしドワーフ達は最初はエルフと見て冷めた視線でそれらを見ていた。


 ドワーフとエルフは仲が悪い。ドワーフは冶金による道具が、エルフは木彫による道具作成に秀でている。どちらも一長一短なのだが、いつからか互いの造るものについて対立するようになった。種族的にも学術的にもどうにも対立するライバルなのだ。

 だから歩いているのが少なくともエルフと見て気にしていなかったのだが……酒樽片手に食事をしていたドワーフ達は気付いてしまった。


 まずさっきまで食っていたメシがうまかった。更に酒もなんだか美味かった。なぜだ、なぜこんなにもメシが美味い!


 そうしてドワーフがエルフに目をやり……歌の内容を否応なく理解してしまった。単純で間抜だからこそ、理解したくなくても訴えるのだ。ある意味悪質な押し売りのように魂を震わせるそれで……酒がッ、酒が美味い!!


 正直ドワーフは酒があれば大抵のことは水に流す。翼分からんが美味いなら良し。受け入れてしまえばアホっぽいがいい歌だ。ドワーフ達は歌を肴に乾杯した。結局は酒である。



 この中で真っ先に退避していたエルフたちだけがこの恩恵から溢れてしまったのだが……最早運が悪いとしか言い様がないだろう。



◇◇◇



「……というのが所感ですな」


 目的地に到達した時点で一旦報告に戻っていたデルフィの報告を聞いたシオンはぷぇにゃんと倒れた。腕の赤蛇君が労るようにぺちぺちとこっそり叩くのが、何ともいえない気分になる。


「ステラさん何してんですかホント、いやホント」

「小職にはどうにも出来ませなんだ……」

「いや、デルフィは様子を伝えてくれただけで良いんです。それが頼み事ですし、僕でもなんとか出来たかわかりません」


 規格外がご機嫌になったらえらいことになった。こんなものどう解釈すればいいというのか。


「それと……一部のものが『聖女』などと呼んでおるようですぞ」

「ええぇ?」


 顔をぐっと上げるシオンがため息を付いた。


「聞かなかったことにしたいですが……早速フードが役に立った、のかなぁ」

「正直微妙なところですな」

「分かりました。デルフィは下がってください」

「承知しました……では小職は之にて」


 そうして報告を終えたデルフィは……既に空腹が限界だったのでメシを食いに繰り出した。呪歌に加えてうまそうに食う人々を前に、さしもの庭師もたまらなかったのだ。

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