02-03:神託の間

02-03-01:神託の間と幼き美女

 祭祀大神殿のデーモン『なめこ溜まりアムル・ノワーレ』を辛くも征した二人は、ぎこちなく祭壇へと歩いていた。


「……」

「…………」


 だが両者無言である。


(気まずい。とても、きまずい)


 無論この手はデウスエクス大岡越前守が天輪伴いて顕現し、御白州裁きで急遽恋人にした……という理不尽イベントによるものではない。

 あくまで実務的で冷たい決議ビジネスライクの上、双方合意の契約なのだ。


「その、済まないな」

「いえ……」


 恐縮するステラに対し、シオンは相変わらず表情が読めない。


 一見すれば美女が少年の手を引く図に見えるが、実態は手間のかかるステラを引っ張る苦労症のシオンなのだ。


 一体なぜこんな事になったのだろう。


 きっかけは神殿を無警戒に歩くシオンに投げた疑問の一言だ。



◇◇◇



「シオン君。その、無警戒にさくさく歩いているがいいのかい?

 神殿と言ったが山賊の1つや2つ居るものだよね?」

「居ませんよ……ここは結界に守られていますからね」

「えっ、結界?」


「そもそも入れる者からして限られますから、盗賊以前に動物も入って来ません。

 ……ステラさんがどうやって入ったかは知りませんが、今この神殿には僕らしか居ないはずですよ」


 神殿は遺跡と見まごうほど廃れているが、その核となる機能はまだ健在である。その1つがシオンの言う結界、通過可能な物を選別し阻害する特別な障壁であった。


 神殿の最終防衛ラインと言える機能は今では作れる者も、また魔法的に突破できる者も殆ど居ない。まさに以外になく、資格を持つものは一握りしかいない。


 居ないはずの存在が彼女だ。


 故に異常であると判断したのだが……正体を見極める手掛かりは皆無故に、八方塞がりである。転生転移した故に手繰れる糸はないのだが。


「じゃあ気を張って進む必要はなかったのか……」

「そうなりますね」



「はぁ~、なんだもうよ……」



 全てはこの言葉に始まる。


「でも無駄ではないですよね?」

「そりゃあ、そうだろうが……――」


 そうして健脚万歳、すたすたとと歩くシオンがなにか違和感を感じた。おかしいなーぶきみだなーと振り返ると彼は


(え?)


 先程まで居た彼女が影も形もない。何が起きたのか。何の気配もなかった。本当に忽然と姿を消したのである。


「ステラさん?」


 声をあげるも返事はない。


(トラップ? いや、ダンジョンじゃあるまいし、そんな物はここには無いはずだ)


 そも神殿に罠を仕掛けて誰を捕らえるというのか。


 いや、1つだけ可能性がある。ステラをここへ連れてきた暫定魔法使い(なお架空の存在)だ。


 シオンはかぶりを振って道を引き返す。すると、どこからか『かたっ』と物音が聞こえた。


(何か居る?)


 ここには限られたものしか入れない。しかしその限られたものが全て善人であるとも限らない。


 念のため彼はその白剣を抜いて忍んで進む。がさ、がさという音は通路脇の部屋からしているようだった。


「……」


 彼はこっそりと部屋を覗き込むと……果たしてステラは其処に居た。周囲に気配はないことを確認し、漸く彼は剣を鞘に納めた。


(……なにをして?)


 暫く様子を見ていると、彼女は崩れた棚を熱心に調べているようだった。特に何も見当たらない、価値のないゴミの山を手にとっては戻し、じっくりと見ている。

 何か気になることでもあるのだろうか。


「ステラさん?」

「う゛ゎあい?!」


 ビクンと震えて飛び上がったステラが恐る恐る此方に振り返る。


「お、おおお、吃驚した。シオン君か……」

「びっくりしたのは此方ですよ、いきなり居なくなってどうしたんですか?」


 ステラが言われて初めて気づいたようにハッとして驚き、腕を組んで首を傾げる。


「……確かにそうだな。小生何してるんだろうか??」

「とりあえず行きましょう。先は長い……訳ではありませんが、短くもないので」

「うむ、分かった」


 首を傾げつつステラがシオンに付いていく。


「ステラさん、あそこに何かあったんですか?」

「いや、よ。ただ気になっただけなんだが……」


「なにか気になることでも?」

「いや、。何か閃いたとかでもなく、吸い寄せられるように見に行っていた」

「そうですか」


「そうなんだよ。呪いか何かと疑いたくなるね」

「いえ、神聖な場ですから流石にそれは……」

「小生もそう思う。まったく、なん、で……――」

「不思議ですねぇ」


 …………………………。


「……えっ?」



 一瞬目を離したすきにまた居なくなっていた。ただ、今度はすぐ近くに部屋が見える。


(まさか……)


 シオンはそこに駆け寄って覗き込むと、先ほどと同じようにステラが興味深げに壊れた家具を眺めていた。時折触れてはそれを崩して「おー……」等と呟いている。


「す、ステラさん?」

「うひゃい?!」


 またしても驚いて飛び上がる。今度は左右を見て事態を把握したようで、青ざめたように振り返った。


「……今小生、ナチュラルに路線を外れていった、のかな?」

「そのようです」

「ち、ちょっと、整理したい。一瞬待って欲しい」

「……わかりました」


 少しだけ考えたステラが『自分が前を歩くから、後ろから見て欲しい』と提案して、シオンはその通りに彼女を見守る。


 もちろん会話もなく無言だ。


 すると多少進んだ所でそわそわし出した彼女は、朽ちたドアを見つけるとピタリと止まる。そうして吸い込まれるようにそちらへと歩いていった。


「ステラさん」

「はっ……と!」


 立ち止まったステラは腕を組んで天井を見上げた。


「……うーん、なるほどなー?」

「何かわかったんですか?」

「なんというべきか……」

「言いづらいなら構いませんが」


「いや、君が信じるかどうか……小生から見て『さもありなん』と言えるんだが、シオン君から見て荒唐無稽な話だ」

「話によりますよ?」

「それでいい」


 ステラはふう、と深呼吸してシオンに向き直った。


「結論から言えば小生 0歳 なんだよ」

「……はい?」


 シオンの困惑に、ステラが苦笑いした。

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