8-7.「俺はおまえを信じていない」

「してやられたのはあなたもでしょう?」

「まあ、そうだけど。僕はいいんだよ、焦ってないから」

 実に余裕そうな顔で笑ってくれる。

「最終的にあの子が手に入ればそれでいい」

「……」

「若者同士せいぜい潰し合いなよ。僕は漁夫の利を頂くから」

 考えていることは同じか。誠はもう一度ため息をつく。

 虎と狼に挟まれている気分。負けるつもりもないけれど。


 様々に考えを巡らせながら自宅に帰ると、玄関に彼女の靴があった。

「みどちゃんが部屋で待ってるよ」

 母親に頷いて階段を上る。


 美登利は慎ましく床に正座してうなだれたまま誠を迎えた。

 なんの猿芝居だ? 警戒しながら彼は机の椅子に座る。

「嘘をつきました」

 か細い声で彼女が言うのに、なんの冗談かと笑いそうになる。何を今更。今まで散々、何百何千という嘘を吐いてきたくせに、今になってどうして告白などするのか。本心を話すのか。そんなに彼は特別なのか。


「好きなのか?」

「好き」

 今まで他の誰のことをもこんなふうに言ったことはなかった。そもそも誠だって尋ねたことなどなかったのだ。すべては暗黙の裡、彼女の意向のままに。

 ならば今こうして明るみに出そうとしていることも彼女の望み通りなのか。思っても質問は止まらない。


「キスした?」

「した」

「寝たの?」

「そんなことはしない」

 じっと誠を見上げて彼女は否定する。なんの謎かけなんだ。ひねくれた自分は言葉のままを受け取るなんてもうできない。


「どうだか……」

 愛しているから、信じるなんてもうできない。

「俺はおまえを信じていない」

 さすがに彼女の眉が歪む。そんな顔さえいとしい。

 近い将来、彼女は彼と関係を持つだろう。そのとき自分はどういう対応を迫られるのか。考えるだけでも恐ろしい。


 少し目を伏せて黙ってから彼女はぽつりと言った。

「私を好きだからだよね」

「そうだよ」

「私も好き」

 他の男を好きだと言ったその口で、そんなことを平気で言う。こういう女なんだ。


「もし私が彼と寝たら、そのときは……」

 瞳が再び誠を捉える。

「一緒に死のう」

「……」

 彼女の瞳に映る自分が頬をほころばせるのがわかる。


 こういう女なんだ。何を考えているのかわからない顔をして、突き落としたその後に、いちばん欲しい言葉を言ってくれたりする。

「いいね。それ」

 たとえ煮え湯を飲まされ絶望の縁に立ったとしても、かまわない。

 最後に一緒にいられるなら。

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