5-3.奥の手

 一瞬だったが、凄絶と言えるほどの凄みを感じた。すぐに目を伏せて彼女はそれを押し隠したが。

 おや、と思ったのはそのときが初めて。


「亜紀子さんは寛大ですね」

「いえいえ、巽さんがそれだけ素敵な人なのです」

 そしてあなたも。その瞳の奥底をぜひ覗いてみたい。ほの暗い願望が新たに沸き起ってくる。


 そんな亜紀子を警戒するように今日子が凝視している。気づかぬふりで亜紀子はただ美登利に向かって微笑み続けた。





 数日後、商店街の七夕祭りの飾りつけを手伝っていたら、またまた池崎正人が飛んできた。

「先輩、おれがやります」

「いいのに」

「危ないよ」

「大丈夫」

 その個所を終えて場所を移動しようと脚立を畳む。

「おれがやる」

「はいはい、じゃあお願い」


 お言葉に甘えて正人に任せ「うーん」と腰を押えて背中をのけぞらせたとき、ぽすっと誰かに肩を抱かれた。

「……っ」

 まるで気配を感じなかった。こんなことができるのは一ノ瀬誠か兄だけだ。

「ごきげんよう、僕のお姫様」

 思った通り、相変わらず何を考えているのかわからない顏で巽が微笑んでいた。




「あれえ、村上くんじゃない。久しぶり」

「…………」

 新聞紙の向こうで村上達彦が表情を消すのを、池崎正人は興味深げに見ていた。兄の勇人も含めて友人だと聞いていたけど違うのだろうか。


「こっちに座ってくれないの?」

 兄から離れて、テーブル席の正人の向かいの椅子を引いた美登利を巽が呼ぶ。

「せっかくこれ作ってきたのに」

 取り出したのは陶器の瓶。すぐさま美登利が飛びついた。


「タクマ、アイスだして。アイス」

「へいへい」

 志岐琢磨が差し出したグラスのアイスクリームに瓶の中のものをかける。きれいなツヤのあるチョコレートソースだった。

「きれいだねえ、つやっつや」

「美味しい?」

「うん。お兄ちゃん大好き」


 正人の隣で達彦が深々とため息を吐く。

「奥の手持ち出してきてなんのつもりだ」

 低音のつぶやきを正人はかろうじて聞き取る。


「ついてるよ、ここ」

 言われて美登利が指を伸ばすのより早く、さっと顔を近づけて、巽は彼女のくちびるの端に付いたチョコを舐めとった。

 誰のものとも知れない声にならない悲鳴が店内に充満したようだった。本人を除いて、全員が凍りつく。


 いち早く硬直を解いたのは思わず新聞紙をまっぷたつに破った村上達彦だった。

「この変態兄貴! なんてことしやがる!」

 ものすごい勢いで詰め寄ったのを脇から美登利の腕が止める。

「騒がないで」

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