1-4.まだまだ続く

「……先輩、さっきのやめた方がいいよ」

「さっきの?」

「帽子の影からチラって見るの」

 ゾクっとした。あばたもえくぼというわけではなく、むしろ彼女に免疫のない男なんかイチコロに違いない。

「知らない男にあんなふうにしないで」

「そう? 気をつけるね」


 美登利も意外と素直に言うことを聞いてくれたりする。

 率直な言葉には率直に、敵意には敵意で。そんなふうにありのままで彼女は応えるから、自分もありのままでいようと思う。

 大好きなんだ、あなたが好き。その気持ち、そのままに。




「帰るからここでいいよ。どうもありがとう」

「バスすぐ来る? 一緒に待ってる」

「過保護だなあ」

 美登利の自宅のある高台の住宅地へのバスは発着場の一番奥、ビルとビルの間の路地の角になる。

 その路地から、小柄な男が走り出てきて何事かと思う。路地の方から力のない女性の叫びがかろうじて聞こえた。

「泥棒っ」


「池崎くん」

「うん」

 駅とは反対の居酒屋街に逃げ込む男を追いかける。

 苦も無く追いつき、背後から蹴りを食らわせた。べしゃっとつぶれた所を押えつけハンドバックを取り上げる。


「ああ、ありがとう」

 後ろから美登利に手を引かれてやって来た初老の女性が礼を言う。

「すぐそこに交番があります。ご一緒しますね」

「まあ、悪いわ」

「いえいえ」

 にこにこと微笑みながら、美登利は女性にカードを渡す。

「ちなみにわたくし、こういうことをやってます。お困りの際にはお声をおかけください」




「さっき、何を渡してたの?」

「あげてなかったっけ?」

 名刺サイズのフライヤー。喫茶ロータスの名前と情報、その下に、

『便利屋常駐。よろず雑用引き受けます。お気軽にご相談ください』


「先輩……」

 だめだ、この人。またろくでもないことを始めた。正人は空を仰ぐ。

 煩わしいことはキライなくせに退屈するのも大嫌い。本当にどうしようもない。


「タクマさんがよく許したね」

「タクマは私の味方だもの」

 はあっと正人はため息をつく。

「危ないことしないでよ」

 心底心配して言ったのに、美登利は無言でにやっとする。

 だめだ、この人。目が離せない。


 こうしてまた新しい日々が始まる。池崎正人の受難はまだまだ続く。

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