黒服バンド-カノン四重奏-

ナガカタサンゴウ

二度目の一目惚れ

 一目惚れをした。

 路上パフォーマンスなどによく使われ、様々な音が入り混じる場所。

 そんな場所の隅の方、しかし俺にはハッキリと聞こえたあるバンドの音に、心を鷲掴みにされたのだ。


 バンドの名前は『黒服バンド』その名の通り上下共に黒い服、腰には黒い布を纏いフードから少し見えるのはサングラス。五月になり、もう暖かいというのに肌が見えているのは楽器を操る手と歌を奏でる口元だけである。

 声からしてボーカルは女性。他の二人もおそらく女性だろう。

 演奏、歌、どちらも特別優れているわけでは無い。たまにテレビで見る素人の歌の方が優れているように感じる。

 それでも俺は惚れてしまったのだった。


 *


 気がつくと演奏は終わっており、周りからまばらな拍手の音が聞こえた。

 三人が頭を下げて楽器を片付けはじめると同時に拍手を送っていた数人がそれぞれ歩き出す。

 三人が片付けを終えた。その時

「……え」

 黒服バンドのボーカルと目があった気がした。目元は見えないのだが、なぜかそんな気がした。

 気のせいかと考えていると三人はそれぞれの荷物を持ち、最後に頭を下げて歩いていく。

 また会えるだろうか。あの音楽を聴けるだろうか。そんな事を考えながら俺も帰路についた。


 *


 黒服バンドと出会ってから一週間が経った。

 土曜日だというのに珍しくバイトは無く、特に駅前にいく用事も無い。

「いるかな」

 しかし俺は先週と同じ場所に来ていた。一週間経った今でもあの音楽が忘れられないのだ。

 先週黒服バンドがいた場所が見える位置で缶コーヒーを飲む。

 左手にはビニール袋。中には有名なスポーツ飲料が三本。差し入れでも出来ないかと買ったが……

「いきなり差し入れなんて……いや、でも」

 一人考えていると音楽が聞こえた。

「えっ」

 ハッとして顔を上げると演奏していたのは黒服バンド。いつの間にか来ていたようだ。

 急いで階段を降りる。途中コケそうになった事で冷静になり、ゆっくりと黒服バンドの方に向かう。

『自分を被るな』

「…………」

『仮面を外せよ』

 サビになるとボーカルの声がガラッと変わる。

 夢中になって聞き惚れているといつの間にか路上ライブは終わっており、三人が頭を下げていた。

 周りの数人が拍手を送る中、俺は余韻に浸っていた。

「…………」

 言葉も出ない。完全に惚れてしまった。

 毎週やっているのだろうか。他の曜日はどうなのだろうか。

 色々な考えが頭をぐるぐると回っている。

「また来週やりますのでよかったら来てください」

 三人が揃って頭を下げ、片付けを始めた。

「来週も……か」

 ついにやけてしまう。

「……あ」

 ふと前を見るとボーカルと目があった。目元は見えないが、恐らくだらしない顔を見られてしまっただろう。

 俺はその恥ずかしさで差し入れの事も忘れ、逃げるように帰った。


 *


 宣言通り、翌週の土曜日も黒服バンドはいた。周りが拍手をする中、俺はまたしても立ちつくしていた。

「……え」

 ボーカルとまた目があった……ような気がした。

 いや、目があった。現にボーカルは俺の方に近づいて……!?

「何が悪かったのでしょうか」

 開口一番にそんな事を聞いてきた。

「……え?」

 首を傾げるとボーカルは俺の手を掴み

「教えてください。私、もっといい物にしたいんです!」

 と真剣な顔で言ってくる。

「……え? は?」

 戸惑う俺。しかしボーカルは止まらない。

「あなたは三回とも拍手をしなかった。拍手をして欲しいわけじゃありません……ただ」

 手が一層強く握られる。近づく事で微かに見えた目が真っ直ぐ俺を捉えて離さない。

 俺を捉えたまま、彼女は

「どこが悪いか、教えて欲しいんです!」

 勢い良くそう言ってきた。


 *


 手を掴まれて質問攻めにあっている。そんな状況をやっと理解した俺は慌てて手を振る。

「そ、そうじゃない! 悪いなんて事は無い!」

 強く振り払いすぎたのか手が彼女のフードにあたってしまった。

 フードが服から外れ、彼女の顔が明らかとなる。

「フード!」

 彼女が叫んで俺の持っていたビニール袋を奪い取る。

 中のスポーツドリンクが宙に舞い、ビニール袋は彼女の頭に被せられる。

「…………」

「……すいません、フードを取って貰えますか」

 ビニール袋を通した声が俺に向けられた。奇妙な光景だ。

「あ、うん」

 俺からフードを受け取った彼女はフードの下から器用にビニール袋を抜き取り、辺りを少し見渡して。

「あ……す、すいません」

 と落ちていたスポーツドリンクを渡してきた。

「いや……別に……いいけどさ」

 答えながらも俺の頭は違う事、さっき見えた彼女の顔の事を考えていた。

 歳より幼く見えるだろう少し小さめの顔に黒髪のショートカット。

 特徴的では無いが本人のおとなしい性格を表している……そんな顔に俺は見覚えがあった。

 中学三年間、同じ文化委員だった……

「……成瀬さん?」

「えっ……忠紀くん!?」

 彼女が驚いたと同時に何者かに両腕を抑えられた。

「え、ちょ……何!?」

 振り向くと黒装束の二人。黒服バンドの残り二人がいた。

「今、この子の顔見たでしょ」

「ちょっと来て貰おうかしら」

 両腕を封じられた俺はなす術も無く二人に連行された。


 *


「……いや、確かにフード外しちゃったのは悪かったけどさ」

「いいわけは無用よ」

 俺の言葉を向かいに座る気品と威厳が滲み出ている黒髪ロングの少女が遮った。

「でも……」

「あなたは黙ってなさい」

 黒髪ロングの一喝。俺は小さく返事をする。

「……すいません」

 場所はファミリーレストラン。向かいにはその黒髪ロング、その横には成瀬さん、そして……

「逃げようとしても無駄だよー」

 隣で笑う茶髪の少女。

 三人の美少女に囲まれていた。

 ……状況が状況だけに全然嬉しく無い。

「……まあ、話す事は一つなんだけどね」

 黒髪ロングがショートケーキのイチゴをつつきながら口を開く。

「私たちについて、一切誰にも言わないで欲しいの」

「……はあ」

 やる気の無い返事に黒髪ロングは声を大きくする。

「言わないで欲しいの」

 俺は三人を見る。それぞれタイプは違うが隠すには勿体無い美少女だ。

「い、いや、言わないけどさ」

 続けて疑問を三人にぶつける。

「そもそもなんで顔を隠してるのさ」

 その問いには茶髪が答えた。

「ハルたちが美少女だから」

「…………」

 自分で言うか。どうやら茶髪の方はハルというらしい。それにしても……

「美少女だってのが顔を出さない理由になるのか?」

「あの、それはね」

 ここで成瀬さんが久しぶりに口を開いた。

「音楽目当てじゃない人が集まると……その……ね。わたしたちは音楽を聴いて欲しくてやってるから……」

 少し考えて納得する。

「つまり顔を出すと顔目当ての人まで集まってくるから隠してるって事か」

「う、うん……わたしは大丈夫だと思うんだけど」

 謙遜する成瀬さんの頭を黒髪ロングの少女が鷲掴みにする。

「大丈夫なんかじゃないわ、実際最初はそうだったでしょ」

「そうなのか?」

 黒髪ロングの少女は成瀬さんの頭をくしゃくしゃ撫でる

「音楽を聴きに来ているのかそうでは無いかというのは、案外わかるものよ。 特にこの子はね」

「……もう、やめてよ彩音」

 成瀬さんが頭に乗せられている手を避けながら空のカップを持って立ち上がる。なるほど、黒髪ロングは彩音というのか。

「……飲み物取ってくる」

 立ち上がった成瀬さんを見てハルさんと彩音さんは同時にカップを突き出す。

「カプチーノをお願い」

「ハルは抹茶ラテがいいー」

「二人とも….…わたしが立つの待ってたでしょ」

 成瀬さんは溜息をついて三つのカップを持ってから

「…………」

 意味ありげに俺の方を見てきた。

「…………」

 なんだ? 何が言いたい?

 疑問に思いながら成瀬さんの視線辿る……ああ、なるほど。

 ジュースが三分の一程残っているグラスを振る。

「俺は大丈夫だよ」

「……うん」

 控えめに頷いた成瀬さんはドリンクバーに向かった。優しいなあ。

 とりあえず話は成瀬さんが帰ってくるまで一旦休憩だろうと思い、溶けそうになっているアイスに手をつける。

「そろそろ聞きましょうか、ハル」

「はい、あたし気になって仕方ありません」

 しかし話は止まらないようで、何故か二人はニヤニヤとしている。

「ねえ、君」

 隣にいるハルさんが俺に詰め寄ってくる。

「な、なんでしょうか」

「みのりんの事好きでしょ」

「み、みのりん?」

 誰だそれ。

 戸惑っていると彩音さんが口を開く

「成瀬みのり、どうやらあなたとは知り合いみたいだけど?」

「えっと……まあ、その……はい」

 つまりハルさんが聞いてきたのは成瀬さんが好きかって事。それは……

「で、どうなのよ。 どんな関係なのよ」

 ハルさんがキラキラした目で追い詰めてくる。

 逃げられそうに無い。それどころかこのままでは成瀬さんの前で言わされる事になる……それだけはゴメンだ。

 俺は観念して言う。

「中学の時に片思いしてた」

 ハルさんがきゃーと高い声を上げる。

「どこが? なんで好きになったの? きっかけは?」

 嬉しそうに質問を始めるハルさん。俺は黙ってケーキを食べている彩音さんに視線で助けを求める。

 しかし彩音さんは俺の視線に気づいた後

「私も気になるわね、その話」

 と煽りやがった。

 くそう、二人が時間のかかるドリンクを頼んだのはこういう事だったか……味方がいない。

 俺はまた観念する。完結に答えよう。

「……一目惚れ」

「え?」

「一目惚れだよ」

 ハルさんの目が更にキラキラと光る。

「一目惚れ? えー! 一目惚れとか本当にあるんだ! きゃー!」

 何故初めて会った人の恋話でここまで盛り上がれるのか……そんな疑問を抱きかけた時、成瀬さんが帰ってきた。

「あれ? 何か話してた?」

「別にー」

「この人に釘を刺していただけよ」

 成瀬さんが来た途端二人はさっきの話のかけらも見せなくなった。

「彩音、もう話はいいの?」

「充分よ、そろそろ帰ってもらう?」

 彩音さんの問いかけに成瀬さんが首を横に振る。

「わたしは……まだ聞きたい事がある」

「そう、じゃあどうぞ」

 彩音さんが興味なさそうにカップに目を向ける。ハルさんはさっきから携帯を触っている。こちらも興味がなさそうだ。

 唯一こちらを見ている成瀬さんに向けて疑問の視線を投げかける。

「えっとね、だからね」

 成瀬さんは少し目を泳がせて、軽く深呼吸をする。それから俺を真っ直ぐと見た。

 その目は泳いでいた目とは違って真剣な、こちらの気恥ずかしさを吹き飛ばす程ハッキリとした、明確な意思を持った目だった。

「わたしたちの音楽、何が悪いと思いますか」

「……え」

 そうだ。そういえばあの時完全に訂正できていなかった。

「悪い所は……わからない」

「じゃあ」

 俺は成瀬さんの言葉にかぶせるように言う。

「俺は、一目惚れしたんだ」

 隣でハルさんが携帯を落とし、向かいで彩音さんが噎せて咳をする。

「……あ」

 言ってから気づいた。今のはまずい、違う意味にとられる。

 現にあれほどの意思があった成瀬さんの目がまた泳ぎ始めているではないか。

 成瀬さんが何かを発する前に俺は口を開く。

「音楽に……音楽に一目惚れしたんだ!」

「音楽……に?」

 成瀬さんが落ち着きを取り戻し、俺に聞き返してくる。

「何処がいいとかはわからない。正直、成瀬さんたちより上手い人は山ほど知ってる」

 俺の発言に彩音さんがムッとする。俺は構わず続ける。

「それでも……俺は惚れた、俺にはなぜか成瀬さんたちの音楽が一番に聞こえたんだ」

 ここまで言って冷静になる。何言ってんだ、俺。

「ほ、本当に……?」

 成瀬さんの頰は少し紅く染まり、目はキラキラと輝いている。

「……おう」

 頷くと成瀬さんはキラキラとした目で俺の目を見つめて。

「本当だ……」

 と呟いて目を一層輝かせ、俺の手を掴む

「わたしたちのマネージャーになってください!」


 *


「……え?」

 驚いたのは俺だけでは無いようで、黙っていた他の二人が口を開く。

「みのりん!? いきなりどうしたの」

「この前三人で話してた事だよ! わたしたちには客観的に、観客側として意見してくれる人が必要だって」

 二人のやりとりを聞いて彩音さんがため息をついて成瀬さんの頭に手を置く。

「みのり、貴方はその性格を直さないとね」

 それから俺をジロジロと見て

「でも……まあ、いいんじゃない?」

 と言い放った。

「アヤさんまで!?」

 叫んだハルさんは少しの間俺を睨んで

「まあ……みのりんはともかくアヤさんがそう言うのなら……」

 と、諦めたように言った。

「じゃあ、よろしくお願いします!」

 成瀬さんの笑顔が俺に向けられる。それはとても嬉しいのだが……

「なんの事だかさっぱりだ」

 マネージャー? 客観的に? わけがわからない。

「やっぱりダメかぁ……」

 成瀬さんが少し落ち込む。いや、ダメとかそういう事じゃなくてさ……

 どう説明すべきか考えていると彩音さんが成瀬さんの頭をくしゃくしゃにしながら言った。

「貴方のそういう所がダメだってさっき言ったでしょ、少し冷静になりなさい」

「冷静に……冷静に……」

 成瀬さんは数回深呼吸をして……

「少しだけでいいので!」

「少しは人の話を聞きなさい」

 彩音さんが成瀬さんを叩いて俺に言う。

「簡単に言うとね……感想が欲しいのよ」

「感想? 音楽の?」

「そう、今まで私たちは三人で意見を出し合って改善していた。でもやってる本人が改善案を出してもそれは完全な物じゃない……わかる?」

「まあ、なんとなくは……」

 なぜ説教口調なんだ、こいつは。

「ならば第三者、例えば観客さんに意見を貰いたいと考えたわけ」

 なるほど、わからんでも無い。しかし……

「それならその場で聞けばいいんじゃないか? 例えばアンケート用紙とか」

「そうしたいのだけれどね」と彩音さんは溜息をつく。

「私たちのようなアマチュアには固定客がつきにくいのよ」

 彩音さんの単調な答えにハルさんが苦笑いで付け加える。

「あたしたちがやってる路上ライブは基本土曜日、平日の夕方とかなら会社や学校帰りみたいに固定の時間に通る人がいるけど……日曜日はねー」

 完全にいないとは言えないが、確かに土曜日は他と比べて少ないかもしれない。

 成瀬さんが俺を見る。背が低いから自然と上目遣いだ。

「だからあなたにお願いしたんだけど……ダメかな?」

 中学時代とはいえ、片思いしていた相手から上目遣いでのお願い。

 俺の脳は考える事なく、口に動けと命令した。

「わかった、俺でよければやる」

 即答である。事情を知る二人が呆れたように苦笑いを浮かべる。

「動機が不純な気がするけど……まあいいわ。 じゃあ来週からよろしくね」

「……来週?」

「毎週土曜日に路上ライブを行う……のは知ってるわよね。その後こうして集まるの、そこで気付いた所があれば言って欲しいの」

「そんなに毎回言う事があるとは思えないけど……」

「そりゃあそうでしょう」と彩音さんが伸びをしてからこう続けた

「それじゃあ今日は解散ね」

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