私立せせらぎ学園

フェア

演劇少年 小橋ハルト

第1話 4月7日 入学式

4月7日(木)


けやき市――。

県の中心部から1時間くらい離れたその町は、中心部に比べればまだ静かな町だった。

そんな町に、一つの学園がある。


私立せせらぎ学園――。

不登校の生徒の受け入れを謳い文句にしているこの学園には、県のあちらこちらから不登校の生徒が集まっていた。

私立なので決して費用は安くないにも関らず……である。それだけ、今の時代には不登校の生徒は多いということだろう。

また、遠方からわざわざこの学園のことを聞きつけてやってくる子どももいた。それ故、寮設備もきちんと用意されている。

学生寮とは別に教師用の寮も存在しており、休日にもかかわらず教師の部屋に遊びに行く生徒もいる。

それは教師にとっては負担であるはずなのだが、この学園ではそれを嫌がる教師は少なかった。

寮に入るということはそういう負担もあるということを事前に知った上で入居しているからだ。

そして、それでも一定数の教師が寮に入っているのは、教師に生徒を支えたいという意識が強いということなのかもしれない。


私、小川おがわタカヤもそんな教師になろうとする一人だ。

29歳、独身。

けやき市に住んでいながら、生徒と触れ合う時間を増やしたいためにわざわざ教師用の寮に入った、人からは「変わり者」と言われてしまう分類の人間だ。


「さて、今日は入学式。新しい生徒たちが入ってくるんだな。先生方の話だと、新入生は物凄く緊張してるって言ってた。顔を会わせたときには、ちゃんと笑顔で接しよう」


私は手早く身支度を整えると、学校へ向かって歩き出した。寮から学校へ続く並木道には、満開の桜が咲き誇っていた。


「見事な入学式日和だなぁ。やっぱり、入学式といえば桜だよな」


私はそう一人で呟きながら桜並木を歩いていた。

そして、校門まで辿りついた時、そこに生徒を見つける。美しい桜吹雪をその身にまとわせ佇むその人影は、なんだか儚げで今にも消えてしまいそうだった。

私は思わずその姿を凝視してしまう。すると、生徒の方も私に気づいた。


「おはようございます。先生……ですよね? 僕、今日からこの学園に入る小橋こばしハルトです。よろしくお願いします」


小橋くんは柔らかく微笑むと、そう私に挨拶をしてくれた。慌てて私も「おはよう」と挨拶を返す。


「こんな、校門の前で何をしてるの?」


「今日からこの学園に通うんだなと思って……。ちょっと、校舎をここから眺めてました」


なるほど。ここから校舎を眺めながら、これから起こる学園生活に思いを馳せていたってところかな。

私はそう判断し、小橋くんの隣に立つ。


「良い学園生活になるといいね。私も今日からここの先生なんだ。一緒に良い学園生活を満喫しようね」


私の言葉に、小橋くんは一瞬驚いたような顔をする。だが、すぐに笑顔に戻り「そうですね」と微笑んだ。

そして、私に別れを告げると入学式のある体育館へ行くために校門をくぐるのだった。

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