第8話 植民部隊

 マダガスカル島の東岸トゥアマシナに停泊地を見つけた艦隊は、ここに錨を下した。

 当時のマダガスカルは未だ部族社会を抜け出したところであり、小国分裂の時代にある。湾内を埋め尽くす大艦隊を見た沿岸の住民たちは驚いて逃げ出した。

 西欧の植民地ならば先住民たちを追い出し、奴隷化してしまうのだが、中華には冊封の伝統がある。先住民たちに文明の光を与え従わせることが正義なのである。

 真田信繁が三成に進言した。

 「島民たちと仲良うなるのでござる。」

 「如何にして仲良うなるのじゃ。」

 「おまかせくださいませ。」


 信繁たちは艀を出し、砂浜に上陸した。艀に乘っているのは植民部隊に志願した荒武者たちだ。

 「塙団右衛門君なり!」

 塙団右衛門とその一団は関が原の戦いにおいて徳川家康軍に加担し、落ち武者となり逃れた。その後、経歴を隠し、一旗上げようと上海まで来たのだが、戦いは終わっていた。三成が植民者を募集していることを知り、船に乗り込んだのだ。

 信繁たちは浜で火をおこし、昼間っから酒盛りを始めた。

 褐色の肌の先住民たちが木陰から信繁たちの様子を覗っている。

 「ほれ、うまいぞ、こっちへ来い」

 信繁が握り飯を掲げて先住民たちを誘っている。

 「でた、信繁君お得意の、おにぎり外交なり。」

 先住民たちが興味を持ったのか、木陰を出て近づいてくるではないか。だが、その手には弓矢が握りしめられている。先住民たちは弓を構えながらじりじりと前進している

 このシチュエーションで豪気に酒盛りを続ける団衛門の肝の太さには恐れ入るばかりだ。

 「早う来い、酒もあるぞ!」

 塙団右衛門の大音声に驚いた先住民のひとりが誤って矢を放ってしまった。

 団衛門はひょいと木切れを取り上げて矢を防いだ。木切れに見事に矢が突き刺さっている。その身のこなしの鮮やかさに褐色の顔が呆然としているのが分かる。

 信繁が奇妙な踊りを始めた。台湾でやった戸部典子のカクカク・ダンスだ。

 「踊るなり、歌うなり、踊るなり、歌うなり!」

 団衛門も一緒になって踊り出す。

 「信繁君、踊りが上達してるなり。さすがあたしの弟子なり。」

 こんな踊りで申し訳ない、マダガスカルの諸君!

 先住民たちが笑っている。ファースト・コンタクト成功である。

 先住民たちも酒盛りに加わり、酒盛りは日が落ちた後も続いた。

 団衛門が大酒を飲み寝てしまったことで宴会はお開きとなった。

 塙団右衛門、改変前の歴史では真田信繁と共に大坂の陣を戦った浪人である。樫井の戦いでは、一番槍の功をあせり乱戦に巻き込まれ、信繁よりも一足早く討ち死にしている。


 翌日、先住民たちが何かを訴えているようだ。だが言葉が分からない。困り果てているところで信繁が気付いた。マダガスカルの言葉はマレー語に似ている。

 そうなのだ、彼らは遠い昔、東南アジアから移住してきた民族なのだ。海流に乗り大海を渡った民族の末裔である。

 アフリカに発生した人類はグレート・ジャーニーと呼ばれる何万万キロにもわたる距離を旅して世界に広がった。人類が地球を一回りして最後にたどり着いたのがマダガスカルである。この島の住民は東南アジアにルーツを持つ。

 さっそく、マレー語が分かる水夫が呼ばれた。彼らの訴えとは、女王に会って欲しいというものだった。

 マダガスカルではこの頃ようやくいくつかの王国が誕生していた。そのひとつがメリナ王国である。島の中央高原を中心に発達し、ようやく東岸トゥアマシナ沿岸部にまで領土を広げたところである。

 先住民たちの話によると、女王ラナヴェルは沿岸の新領土を視察にやって来るらしい。

 三日後にラナヴェル女王が到着し、壮大な艦隊の姿に圧倒された。石田三成は女王の前に跪き友好の意を表した。三成は海帝国に仕える宰相である。小国といえども相手は一国の女王だ。中華の礼というのはこうした秩序を忘れない。

 ラナヴェル女王は褐色の肌をしているが、よく見てみるとマレー人やタイ人などポリリネシア系の特徴が見受けられる。三成もこれに気づいたのだろう、言葉と容貌が近ければ、二つの民族には何らかのつながりがある。三成はシンガポールとマダガスカルの横断海路の探索を命じ、ガレオン船五隻がインド洋を渡る冒険へと旅立った。


 女王は、この地に貿易の拠点を築くことを許し、植民部隊である塙団右衛門の一団が上陸した。

 これは大変な仕事だ。見知らぬアフリカの地で孤軍奮闘しなければならない。

 「ここがわしらの領地じゃ!」

 塙団右衛門は自らを奮い立たせるように叫ぶと、後に続く百数名の仲間たちが時の声を上げた。団衛門はこの地を「塙」と名付け、三成は塙の港に八隻のガレオン船を残した、

 マダガスカルの人々は、この賑やかな武将を歓迎した。団衛門たちは現地の人々と協力し、ここに補給基地を作り上げることになる。


 メイン・モニターに戸部典子の顔がアップで映った。メイン・モニターの定期点検なのだそうだ。人民解放軍の諸君が画面の微調整のために戸部典子の姿をズーム・レンズで引いたりアップにしたりしている。にまにま笑いもこうもでかいと、なんか暑苦しい。

 「なんか団衛門君と女王様、仲良くなってるみたいなり。」

 メイン・モニターの中の戸部典子がカメラに近づきながら言った。

 そんなところから話しかけるな。

 団衛門と女王様だと、私には普通に見えるがな。

 「女の堪なりよ!」

 戸部典子が大アップになって「ふふふ」と不気味に笑った。女の堪だと、おまえには似合わん言葉だ。

 李博士が私たちのやりとりを聞いて口に手を当てている。確かに私の身長の二倍近くあるメイン・モニターの戸部典子との会話は傍から見れば滑稽なものだ。

 「あかちゃんが楽しみですわね。」

 あかちゃんだと。何のことだ?

 「先生は鈍いなり。女心が分からない朴念仁なり。」

 スピーカーから大声を出すな! 恥ずかしい。いったい何が言いたいんだ。

 カメラに近づきながら、戸部典子は握りしめた拳を掲げて言った。

 「つまり二人はもう… やってるなり。」

 そんなセリフを大アップで言うな!


 ラナヴェル女王と結婚した団衛門は、塙の港に砦を築き、兵を興してまたたくまにマダガスカル島の小王国を切り従えた。メリナ王国はマダガスカル統一を果たしたのだ。

 「団衛門君、一国一城どころか王様になったなり。」

 改変前の歴史において、十九世紀末、マダガスカル島はフランスの植民地になっている。プランテーションと奴隷支配というお決まりの植民地化であるが、フランスの植民地支配は、日本のそれとよく似た同化型である。交通や工場などのインフラを整え、先住民たちの教育を行いフランス人としての意識を刻みつけるのだ。イギリスなど、収奪型の植民地支配に比べてはるかにましだと思うのだが、植民地支配に変わりはない。

 団衛門以下の荒武者たちも現地の女性と仲良くなったみたいだ。だがこの島では男より女のほうが強いみたいだ。

 「団衛門君は女王様に支配されてるみたいなりよ!」

 そんな言い方をすると、団衛門に特別な趣味があるように聞こえるぞ。

 メリナ王国は海帝国の冊封下に組み込まれた。西欧からの侵略があった場合は、宗主国が援軍を送る大義名分があるのだ。


 マダガスカル海峡を通過し、喜望峰を回ったところで風がぱたりと止んだ。大艦隊は現在のケープタウン付近の入り江に投錨して風を待った。

 真田信繁は大介と鄭芝龍を連れて上陸した。好奇心を原動力とするかのように、信繁は内陸部に進み、そこで先住民であるコイコイ族と遭遇した。ファースト・コンタクトである。警戒心がお互いの動きを止めた。信繁が懐から握り飯を取り出してコイコイ族に勧めた。

 「ほら、食わぬか、うまいぞ。」

 信繁が自ら握り飯にかぶりつきうまそうな顔をして見せると、コイコイ族の一人が興味を示して近づいてくる。信繁の手から握り飯を受けとった若きコイコイ族の戦士は、国の中に広がる米の味ににっこりした。

 「信繁君は、おにぎりさえあれば誰とでも仲良くなれるなり。」

 ほんとだ、不思議な男だ。

 「またもや、おにぎり外交、成功なり!」

 その日、コイコイ族を引き連れて帰ってきた信繁に、さすがの石田三成も驚愕した。夜には船の甲板でコイコイ族を招いての宴が開かれた。三成が自ら鼓を打ち、信繁が滑稽な踊りを披露した。コイコイ族は大喜びである。コイコイ族も踊り、歌う。奇妙な友情が生まれていた。

 三成はこの地に入植する志願者を募った。

 「後藤又兵衛君なり!」

 またもや大坂の陣の浪人か。時代に乗り遅れた武将たちの起死回生をかけた戦がケープタウンで始まるのだ。塙団右衛門の活躍を見た武将たちは、誰もが一国一城を夢見て奮い立っている。

 改変前の歴史ではイギリス人たちがケープタウンに入植を開始するのは一六五二年である。この時、イギリス人はコイコイ族を追い払っている。コイコイ族は戦闘力も弱く、イギリスに抵抗する術もなかったのだ。こうした西欧人たちの植民地政策に対して、中華の冊封体制というのは実に平和で友好的である。

 「中華文明に従いなさい。そしたらいい事いっぱいあるなりよ。ってことなりね。」

 いい事になるかどうかは、これから歴史が証明する。


 風が来た。二ヶ月ぶりに大艦隊が出航した。アフリカ西岸を北上する赤道付近で正月を迎えた。

 明けて、一六一六年春、大艦隊はイベリア半島沖に姿を現したのだ。

 西欧の人々は沖を進む巨大な船を見た。そしてその大艦隊が、はるか東方の帝国からやって来たことを知った。


 大艦隊、ヨーロッパに到達、との碧海作戦の最新情報を報じるニュースは世界を駆け巡った。西欧人たちは三成が侵略行動に出るのではないかと騒然となった。海帝国の大艦隊をもってすればヨーロッパのいくつかの国を制圧することも可能である。

 西欧人たちは黄色人種に侵略されることを恐れている。自分たちがかつてアジアを蹂躙したことを忘れて…

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