第17話 山海関

 満州の動向については、朝鮮半島の羽柴秀吉が詳細な報告を送ってきていた。

 満州族を平定したヌルハチはモンゴルに兵を向け、これを制圧した。 

 モンゴルのハーンから、「明」の前王朝である「元」の玉璽を送られたヌルハチは皇帝に即位し、国号を「しん」とした。


 ヌルハチは朝鮮半島北部に逃れた李氏朝鮮を服属させようとしたが、李王朝は「満州族は政治的にも文化的にも遅れた民族である」としてこれを退けた。

 まぁ、そうだろう。小中華を自認する李氏朝鮮からしてみれば、満州族も日本人も蛮族というわけだ。

 ヌルハチは兵を送り平壌ピョンヤンを包囲した。これに怯えた李王朝は「三跪九叩頭さんこうきゅうこうとうの礼」、つまり、三回ひざまづき頭を九回地面にこすりつけて臣従を誓ったのだ。李氏朝鮮は清の冊封を受け入れ属国となった。


 このとき秀吉も、北方の最前線まで出兵して有事に備えたが、李王朝があまりにもあっさりと軍門に下ってしまい、しばらく成り行きを見守っただけで兵を引き上げた。その後も、清の南下に備え警戒を怠らなかった。

 秀吉は北方に間者を送り満州の動向を探らせた。

 清が、中国に攻め入ることを企図していることを察知した秀吉は、上海の信長に急報した。


 信長もこの時点では満州に対する警戒心が薄かったが、羽柴秀吉の度重なる通報に動かされて兵を送ることにした。


 小早川隆景率いる毛利軍が山海関に向かった。山海関は万里の長城の東の果てに位置する要塞である。この内側を「関内」、外側を「関外」という。

 小早川隆景の任務は山海関の防衛にあった。万里の長城からら見渡す関外には一兵の姿も見いだすことはできなかった。偵察に送った兵からも清の兵はまばらに配置されているだけで脅威は感じられないとの報告が入った。

 隆景に欲が出た。それならば、北に進軍し城の二つ三つ、落としてやろうと考えたのだ。

 毛利軍は山海関から関外に進発した。

 罠だったのだ。満州の防衛は薄いと見せかけて、大部隊が潜んでいたのだ。


 毛利軍は、清の先遣部隊と遭遇した。

 小早川隆景は恐ろしいスピードで疾駆する満州騎兵を目撃した。そして高速移動する馬上から弓を射かけてくる。

 そう、彼らは騎馬民族なのである。

 毛利軍は鉄砲で応戦し、なんとか満州騎兵を退けた。


 その数日後、毛利軍はあれよという間に清軍に包囲されていた。清の本隊である。満州騎兵の機動力が毛利軍を圧倒していた。

 大陸侵攻以来、これほど本格的な戦闘は初めてだった。 

 戸部典子は、この戦いのあいだこぶしを握り締め、「ぎゃー」とか「わー」とか奇声を発しながらメイン・モニターを食い入る様に見ていた。実にうるさい奴だ。 

 毛利軍は奮戦した。鉄砲で騎馬軍団を打ち砕いていく。だが鉄砲の弾込めの隙をついて間髪を入れず満州騎兵が襲い掛かってくる。包囲されているために軍を立て直すことができない。しかも多勢に無勢でる。奮戦空しく毛利軍は壊滅した。

 「あー、小早川君、無念なりぃ。」

 戸部典子ががっくりと肩を落とした。


 小早川隆景は数十騎を引き連れて戦場を脱出し、山海関まで逃げ延びた。

 その山海関を清軍が襲う。小早川隆景は万里の長城から鉄砲を撃ちかけ応戦した。

 時を稼ぎ、援軍を待つ。

 島津義弘が南から、長曾我部元親が西から救援に向かっていたが、時すでに遅しだった。

 清の大兵力の前に山海関は落ちた。

 山海関を突破した清軍は関内になだれ込んだ。


 改変前の歴史でも満州族は山海関を抜いて関内に突入している。  

 この時、山海関を攻めたのがヌルハチの子であるドルゴンであり、防衛にあたったのが呉三桂ご さんけいである。

 北京は李自成り じせいの起こした王朝「順」によって占領されていた。順は明を滅ぼしたが、短期政権に終わる王朝である。

 呉三桂の愛妾である美女・珍円円ちん えんえんが北京に居り、順の武将に奪われてしまった。

 これに怒った呉三桂は山海関を開き清に投降した。ドルゴンに従い北京を攻めたのである。

 まぁ、これは伝承である。おそらく呉三桂は時代の趨勢を読んだのだと思う。


 碧海作戦は初めてのピンチを迎えた。陳博士も李博士も腕組みして考え込んでいる。

 「大丈夫なり!島津君と長曾我部君がいるなり。満州騎兵なんかギッタン、バッタンにしてくれよう。」

 戸部典子ひとりを除いて研究室は沈鬱なムードにつつまれていた。


 北京の徳川家康も、清軍襲来に対して迎撃の準備を開始した。

 上海からは上杉景勝、そして伊達政宗が進発した。

 

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