第18話 衝撃


◇◇◇―――――◇◇◇


 ニューコペルニクス市、ボナパルト区は別名〝ナポレオン・アベニュー〟とも呼ばれる、瀟洒な雰囲気の市街である。クラシックな様式の背の低い建物が並び、その前では露店が軒を連ねて絵画や骨董品とおぼしきものが売られ、アイスクリーム屋もある。



「ニューコペルニクス市は地球の企業から搾取されてて、貧しい人も多いって聞くけど………それでもこういう所ってあるんだよね。何か、全体的に物価も抑えがちだし」



 まるで、以前旅行で行った、旧フランス首都パリにあるシャンゼリゼ通りに似ている。きっと、それをイメージして街を作ったのだろう。ナポレオン・アベニューは、NC市に来てレインのお気に入りの街の一つだった。

 行きかう人々も、買い物帰りの主婦だったり、駆け回る子供たち、ボランティア活動で街を清掃している若い人だったり………悪い雰囲気は一切感じられない。


 きっと、上の人が、それに街の人自身が何とか上手く回してるんだろうな。なんてレインはぼんやりと思った。確かにモノ・サービスが満ち足りた地球に比べれば、NC市の街並みは質素で、貧相さすら感じさせる。地球に比べて何十年………もしかしたら1世紀近くその生活水準が遅れているようにすら覚えたが、その活気は地球の大都市にも負けてない。


 ソラトは、初めて見るものばかりのようで、キョロキョロと辺りを見渡している。しっかり腕を掴んでないと、フラフラとどこかに行ってしまいそうで、ちょっと手がかかるなぁ、とレインは内心少し笑ってしまった



 レインが買ってきた服を身に着けているソラトは、他の人間と何ら変わりない。でもソラトを〝製造した〟人たちはソラトをステラノイドという〝製品〟として、彼を働かせていた人たちも、人間として尊重せず、過酷に扱ってきたという。その事実を思い起こすだけで、胸が痛んだ。



 それを知らず、地球で、何も知らされずにただ………自分の好きなことだけをやって生きてきたかつての自分には、もう戻れない。



 ソラトは、人としての尊厳を持ち、感情だってちゃんとある。上手く表現できないだけで。知性で言えば普通の人間を遥かに超えている。

 ソラトは、いつも自分たちを〝ステラノイド〟だという。〝人間〟とは違う、造られた生命だと。


 それは、もう変えられないのかもしれない。死ぬまで働くためだけに生まれてきたことだけは、きっともう取り返しのつかない………。


 でも未来は変えられる。

 ソラトが自分たちのことを〝人間〟だと、胸を張って言える日がきっと来る。



「だからね、ソラト………」

「?」



 ぼんやり辺りを見ていたソラトが不思議そうに、こちらを見てきた。

 レインはそんな彼に微笑んで、



「ソラトには、まだ分からないことだらけだと思うけど………この世界には楽しいこととか、嬉しいこととか……悲しかったり悔しかったりすることもいっぱいあるけど、それ以上に、笑ったりできることがいっぱいあるから………一つずつ、少しずつでもいいから、知ってもらえると嬉しいな。そしてそれを、他のステラノイド達にも教えてあげて欲しいの。ってことで!」



 まずはアイスクリームじゃあ! レインは勢いよく、ソラトを引っ張って向こうのアイスクリーム屋へと走った。













◇◇◇―――――◇◇◇


 月面軌道上。

 UGF第3艦隊旗艦、〈マラッカ〉。


「作戦の趣旨は、理解していただけたでしょうか? ガラ会長」


 艦長室にて、准将の階級章を付けた男……ロペイ・ヌジャンは地球と回線を繋ぎ、ある人物と会談していた。

 ホロモニターに映るのは、東洋系の面立ちに禿げあがった頭、しわくちゃの顔立ちの老人。

 経済紙を読んでいる者ならすぐに分かるだろう。地球に本社を置く東ユーラシアが誇る巨大複合企業〈ドルジ〉会長、ズワール・ガラである。



『ヌジャン准将。君のわが社に対する貢献には、常々感謝している』

「恐縮です」

『確かに〝リベルター〟の影響下にあると目されるニューコペルニクス市を破壊、月面のリベルター秘密拠点で保護されていると思われる奪われたステラノイドを抹殺してしまえば、証拠を完全に抹消することすら可能。だがそのためには………』

「はい、会長。NC市内部で何らかの〝騒ぎ〟を起こす必要があります。ですが市内では自治政府の権限が行き届いており、さらには〝リベルター〟なる組織の根城になっていることから、UGFではどうにも………」


『それは任せておけ。市内には〈ドルジNC〉がおる。市内にある暗い連中にも顔が利くしな。UGFが出張ってくるに足る事態を、演出してやろう』

「流石のご手腕です」



 恭しく一礼するヌジャンに、ガラ会長は暗い笑みを浮かべ、



『市内で騒動を起こし、治安維持の名目の下UGF第3艦隊が鎮圧に乗り出し………混乱の最中不幸にもNC市は完全に破壊される………今の地球統合政府では調査団を派遣することすら不可能じゃろうて』

「コロニーでも使った手段です。手抜かりはございません」


『〈ドルジ〉は国際法違反の証拠を隠滅し、お主は……暴動鎮圧の功績によってさらに地位を高めることも可能となろう。必要な金は振り込んでおく』

「恐縮です。会長」



 満足そうに頷き、モニターからガラの姿が消え去る。

 ヌジャンは、ホロモニターを消し去り、執務机上の端末を操作して、艦内との通信使システムリンクを回復した。



 やはり、海賊や第4艦隊の小僧では太刀打ちできなかった。

 ならば………本丸が出てくるより他なかろう。

 東ユーラシア最大級の艦隊の一つであるUGF第3艦隊。そして〈ドルジ〉の力を以てして〝リベルター〟なる組織、そして反地球的傾向が強いニューコペルニクス市を潰す。

 それによる功績は………計り知れない。



「………ブリッジ。直ちにポイントD-4-5へ艦隊の針路を変更。NC市にて暴動の兆しありと通報が入った。状況発生と同時に、踏み込み……秩序に反抗する、全てを破壊するのだ」



 すでに部下の忠誠を「金」で買い取り、ヌジャン独自の私兵と化していた第3艦隊の者に、異を唱える者は一人もいない………













◇◇◇―――――◇◇◇


「あー、何かあっという間に終わっちゃったね。もう夕方だなんて」


 うん……、と応えながら、『フロランタン』という地球の菓子が入った紙袋を抱え直し、ソラトはレインの後に続いていた。リベルターの秘密宇宙港にいる仲間全員分だ。

 モノレールステーションを降りれば、宇宙港まですぐ目の前。



 レインから色々なことを教わった。まず、「おいしい」ということ。露店で買ったアイスクリームは、いっぱい食べたいって思ったけど、あんなに冷凍された食べ物を大量に摂取したら、慣れない身体だときっと体調を崩す。だから1個しか食べなかった。


「楽しい」ということ。色々連れて行ってもらえて、「また来たい」って思った。短い時間じゃあの街を回りきることはできず、見てないところも沢山ある。

 だからまた……レインと一緒に来たい。



「ソラト………疲れてない?」

「ステラノイドは、このぐらいじゃ疲れないさ」



 そう答えると………何故かレインが驚いたように立ち止まってしまった。



「え……どうかした?」

「ソラト、今………笑った?」

「え? あ、ゴメン………」

「い、いやいやいや! 謝っちゃダメだって! すごい! ちゃんと笑えるんだね!」



 ちょっとよく分からなくなって、ソラトは紙袋を抱え直して思わずそっぽ向いてしまった。

 レインはふふん、と笑みを浮かべて、



「良かった。………ステラノイドって、自分の気持ちが表現できないように作られてるって聞いてたから………今日のことも、もしかしたら無駄になるかもって思ってたけど………」


「! そんなこと………! 無駄じゃない………」



 ソラトは、じっとレインの目を見た。



「確かに………ステラノイドは人間のように感情表現しないように、造られてる。ステラノイドが働かされる所は、どこも酷い所ばかりだったから、自分の気持ちなんて、あっても邪魔なだけ。でも、辛いとか苦しいとか………いつも思ってた」



 仲間を失った時の胸の疼き、それは〝悲しい〟ということ。

 殴られて、ひどいケガを負わされて、〝苦しい〟って思ってた。


 それでも、働かなかったら殺されるから。自分か、仲間か。自分のせいで仲間を失いたくなかったから。

 仲間のためになりたいから。


 感情なんて、作業効率を下げるだけだから、呼び起こす必要なんてなかった。


 だから、あの日までずっと………耐えてきた。

 耐えられるから。そのために俺たちステラノイドは製造されたのだから。



 でも助け出されて、今日、あの鉱山以外にも広い世界があることを、知った。

 辛いとか、悲しいとか、苦しいとか………それ以外の気持ちもちゃんとあって、ステラノイドだって、ちゃんと自分の気持ちを言っていいんだって。



 視線を合わせられなくなって、ソラトはまた顔を逸らした。

 自分の心が、まだよく分からない。ちゃんとレインの方を向いて、話をしないといけないのに………


 この世界のこと。嬉しいとか、おいしいとか………教えてくれた、レインに。



「だから……だから………レイン、ありがとう。今日のこと、ずっと大事にする」



 レインは、笑っていた。

 そして………一歩足を踏み出して、ソラトを抱き締めた。



「レイン………?」

「ソラトは、人間だから。他のステラノイドの人たちも。………だからいつか、笑ってる所、見せてね」



 暖かい。

 なぜかそう思ってしまった。


 守りたい。

 そう思った。


 それに………一番暖かい、この気持ちは………?



………ドォン………!!



 その時、激しい警報が、二人の耳を打った。

 それに足下を微かに震わす衝撃も。



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