第14話 過去
◇◇◇―――――◇◇◇
「ち………ッ!」
振り下ろされる未確認機〝UD-01〟(Unknown Devel-01)のシールドブレード。UGF第4艦隊所属、ニフレイ・クレイオ少佐の〝アーマライト〟がバトルブレードでそれを受け止め、パワーの差で押し返した。
「あれは………見ない機体だな。新型か?」
突如として戦場に飛び出してきた1機のデベル。今迎え撃っている未確認機〝UD-01〟や作業用デベルの改造機とは、また別のものだ。
「奴らめ、一体何者………ぐ!」
引き下がった敵機〝UD-01〟からのビーム射撃。目まぐるしく回避機動を取りながらニフレイもまた、〝アーマライト〟のライフルで撃ち返した。
〝リベルター〟なる武装組織が、地球系の企業やUGFの基地を襲撃して回っている。
主に火星や木星コロニー群での話を中心に、ニフレイは何度も噂程度に耳にしたことはあった。だがこんな、地球の目と鼻の先まで来るとは………
バックに何がいるかは不明だ。だが〝リベルター〟が、独自開発の戦闘用デベルを保有し、地球の利益を侵しているという事実に何ら変わりはない。
UGFの任務はただ一つ。地球、そして人類社会の秩序を守ること。これを損なおうとするものがいれば、容赦なく撃滅する。
だが………
「調子に乗るなよッ!」
反政府組織風情が! ニフレイの〝アーマライト〟はライフルを撃ちながら、次の瞬間にはバトルブレードを構え直して〝UD-01〟に迫る。
互いの鋭い剣戟。激しく火花が散った。
その時………
『少佐ッ! こ、これ以上は………ぐあっ!』
「うぐぐ………!」
敵は、未確認艦1隻。〝UD-01〟3機と新型〝NUD-01〟(New UnknownDevel-01)3機。さらに彼らは海賊と思しき組織の艦船2隻と民間戦闘用デベル10機への応戦に追われており………ニフレイ率いる15機のUGF新型機〝アーマライト〟隊は優位な戦況で、彼らを打ち負かすことができる………はずだった。
だが今、海賊は全滅。こちらの隊も、10機以上の〝アーマライト〟を失い、残りも………
「潮時か………」
引き際を誤れば全滅。
そうすれば、ここでの戦闘データを母隊に送ることができなくなる。〝リベルター〟なる組織の実態、全容が未だ掴めていない今、UGFは彼らに関する情報を何より欲していた。
「やむを得ん。全機、撤退するぞ」
通信で残存の僚機に呼びかけるが、通信の混乱で上手く届いていない場合もある。
ニフレイは兵装パネルの表示を指先で叩き………再びパワーで〝UD-01〟を弾き飛ばした隙に、背面ポッドから一発、飛翔体を打ち上げる。
撃ち放たれた数秒後、炸裂し眩く輝く閃光。それは、UGFの撤退信号。
まだ残っていたのは、自分も含めて3機。戦闘を中断し、第4艦隊が進行中の方角へと、それぞれスラスター全開で離脱していく。
追いすがろうとする敵機めがけ牽制射撃しつつ、僚機の撤退を援護しながら、
「このままでは済まさん。………地球の力、思い知らせてくれる」
通信周波帯の違いからおそらく敵機には届いていないだろうが………ニフレイはそう吐き捨て、その機体は母艦の方角目がけて、その場から飛び去った。
◇◇◇―――――◇◇◇
やがて、〝シルベスター〟3機、〝ラメギノ〟3機、それに〝ジェイダム・カルデ〟5機が母艦〈マーレ・アングイス〉へと帰艦する。
彼らが立ち去った時、その宙域に残されていたのは海賊……2隻のルーク級強襲艦の遺骸とその周囲に散らばる民間戦闘用デベルの残骸。そしてUGF最新鋭デベル〝アーマライト〟の、見るも無残な12機分の姿。
ようやく到着したUGF第4艦隊は、追加のデベル隊を繰り出して捜索を続けたが………結局何一つとして有力な手掛かりを見つけることができず、イオンの痕跡すら断ち切られて………やがて、失意のうちに第4艦隊総司令セイグ・オリアス・イスニアース准将は、拠点である地球軌道上基地へと艦隊の帰投を命じた。
その胸に、再戦と復讐を誓いながら。
◇◇◇―――――◇◇◇
「………ここにいたのか」
聞きなれた声に、ソラトはハッと我に返って振り返る。
宇宙空間が一望できる大型船窓がある通路。突然入ってきた人物……月雲大尉の姿に、ソラトは思わず後ずさって身構えてしまった。
「よせよ、何もしないさ。それより………何か飲むか?」
アメイジングな俺様が、何か奢ってやるよ、と月雲は近くにある自動販売機を指し示したが、「俺は別に……」とソラトは少し居心地が悪くなって、また船窓越しの宇宙空間に視線を戻した。「そうか」と月雲は自分だけ自動販売機へ向かい………ガコン、ガコン、と何かが落ちてくるような音がソラトの耳に入ってきた。
「………」
「ほれ」
「ひゃ……!」
突然、頬に冷たい何かを押し付けられ………慌てて振り返ると、目の前にドリンクの缶が一つ。
月雲はニヤリと笑いながら、
「飲み方ぐらい分かるだろ?」
差し出されたドリンク缶。恐る恐るそれを受け取って、………月雲がやった通りにタブを押して蓋を開けた。プシュ、という音と、中で何かシュワシュワと音がする。
月雲に続いて、口を付けてみると………中で何かが泡立つような感覚と、軽い痛みにも似た感覚。だけど、「もう一口飲んでみたい」と思って、少しずつ口にする。
しばらくそうやって、お互い沈黙したままだったのだが、
「あの、月雲大尉………」
「ん?」
沈黙を破り、ソラトはためらいながらも問いかけた。
「大尉は何で………俺たちステラノイドが〝リベルター〟に入るのを、反対するんですか?」
月雲は答えない。じっと月雲を見て、しばらく待ったが同じだ。
長い沈黙に、どうしても居心地が悪くなって、ソラトはその場から立ち去ろうと………
「ステラノイドを、殺したことがあるんだよ」
ソラトは目を見開き、振り返って月雲を見た。
月雲は、船窓の宇宙空間を眺め続け、こちらを見ようとしなかった。
だがその言葉は、ポツリポツリと、ソラトに向けて語られる。
「俺は……ここに来る前、UGFでパイロットをしていた。所属は、第3技術実証隊。俺たちが今日戦った〝アーマライト〟のテストパイロットだってやったことがある。
ある時な、俺の部下ってことで5人……顔が同じガキが入ってきた。お前と、そっくりそのままの見た目。デベルの動かし方も、今思えば何か似てたな。なかなかいい戦い方する割には、後先考えずに自分を犠牲にするようなやり方ばっかりでよ………何で顔が同じなのが不思議だったが、とりあえず俺の部下ってことで鍛えてやった。
無鉄砲な戦い方を改めさせるにゃ、少し苦労させられたが………呑み込みも早いし腕もいい。調子に乗って入れ込んじまって………そこであいつらがステラノイドって連中で、クローン兵士ってことも聞いちまった。
アイツらは間違いなく、俺の部下だった………。ニコリともしねぇ可愛げのねぇ奴らだったが、必死に俺についてきた。俺も、背景なんて関係ねぇ、あいつらを徹底的に育て上げてぇって思った。パイロットとしても、人間としてもな。
それを………俺は………!!」
グシャ! と握りつぶされる月雲のドリンク缶。まだ飲み干されていなかった中身が、缶口から溢れ出る。
それを、俺は………? その先の言葉を、ソラトは今度は背後から聞いた。
「………殺しちまったんだよ。〝アーマライト〟のデモンストレーションの日、標的機である〝カービン〟に、月雲が育てたステラノイドが乗っていた。月雲は、それを上から伝えられず、それに気付かずに……5機全て破壊しちまったんだ。パイロットごと」
振り返ると、そこにはジェナ中尉が立っていた。
◇◇◇―――――◇◇◇
バトルブレードで最後の〝カービン〟を撃破した時、〝――――〟は……異変に気付いた。
コックピットから何かが流れ出ている。油? にしては赤い……
切り裂いた胸部から、何かが覗いていた。
『〝――――〟中尉、どうした!? 最後の機体に留めを刺せッ!! 統合政府の閣僚方もいらっしゃるんだぞ、ここに!』
通信越し、上官からの怒鳴り声………
〝――――〟は、〝アーマライト〟のコックピットで、
「中佐、こいつ………」
『あ、何だ!?』
「この〝カービン〟、人が乗っています! まさか………」
『ああ、説明してなかったが、あのステラノイド共は標的機パイロットだ。遠隔操作や無人機ではどうしても動きに規則性が出てしまうからな。我が軍最新鋭機〝アーマライト〟の優秀性を証明するために………だから入れ込みすぎるなと言っただろうがッ! とにかく、さっさとその〝カービン〟を完全に破壊………』
その瞬間、〝―――〟の世界は完全に灰色になった。
イツル、アカル、ゼイン、シラ、トウイチ………
同じ顔だった。愛想もクソもない、機械みたいな連中で………それでも、毎日を必死に生きていた。
付き合いがあったのはたった3週間。それでも、それぞれに〝個性〟があることに、すぐ気づいた。
イツルは、5人のまとめ役。
アカルは、基地の近くにある学校から音楽が聞こえると、ぴたりと足を止めて、聞いていた。
ゼインは、一番無鉄砲な奴。
シラは、こっそり空き瓶を集めていた。
トウイチは、少し物覚えが悪い奴だったが、一番シミュレーターをこなしていた。
〝今日のデモンストレーションが終わったらな、肉でも食いに行くか!〟
前日、〝――――〟はステラノイド達に、そう言ってやった。今日のデモンストレーションが終われば、まとまった休暇が手に入る。そうしたらこいつらの休みも無理にでも取って、教えてやりたかった。この世界のことを。
あいつらは無表情で「はい」とだけ答えた。あの時、あいつらの口元が綻んで見えたのは、気のせいだったのか………
ステラノイドは、〝アーマライト〟のパイロットとして、海賊が跋扈する危険な航路での作戦に従事させると、上からそう聞かされていた。
知らされていなかった。気づかなかった。
あいつらの操縦のクセを、一番知っているのは俺だったのに………!
あいつらは自分の運命を知っていたはずだ。それを黙って、受け入れたのだ。
新型機に浮かれてさえいなければ!
おかしいと、気がつくべきだった!
その瞬間から、〝――――〟はこの世界が、どこか歪んでいることに気が付いた。
この世界で、消耗品として当然の如く扱われている命たちがあることにも。
だからUGFを脱走同然で辞め、名前も、故郷も、自分に関する痕跡の何もかもを捨てて………
「レイン………」
は? ソラトの口から出た唐突な名前に、月雲は半ば強引に辛い回想から引き上げられてしまった。
「………な、何でここでレインの名前が出てくるかね。ソラト?」
「………え? あ、いや………何で………?」
「月雲は結構重い話をしてたハズなんだがねぇ」
ソラトの背後に立っていたジェナすら呆れたような様子に、ソラトは、自分自身の言葉に困惑したかのように視線を落としていたが、
「あの………そのステラノイドが殺されるためだけに造られて、最後に月雲大尉に殺された時、きっと苦しくて、痛くて………でも俺と同じ型式なら、最後まで何か考えながら死ぬなって思って………俺、何か、分からないけどレインのことが………」
ソラトはそれ以上何も言わなかった。懸命に言葉を紡ごうとして、それでも上手くいかなくて………
あいつらと一緒だ。
それに………〝レイン〟か。
「く………くくふ………!」
「………月雲、大尉?」
突然、笑い声を堪え始めた月雲に、訝しむように首を傾げるソラト。ジェナも。
最後には、「ふ………あっはははははハハハ!」と爆笑した月雲だったが、ふいにソラトの両肩に手を置いた。
「そうか………そうか! やっぱり面白いな、お前らステラノイドは! ………だからこそ、戦場で死んでほしくねーんだよ」
自分の気持ちに手探りなソラトを見ると………やはりステラノイドも「人間」であるという事実をはっきり意識することができる。
あいつらにも、もう少しだけ時間があれば………
俺がもっと早く、この世界の歪な面に気がついていれば………
だが、内心の葛藤を、月雲はもう見せなかった。
「じゃあな。よく食ってしっかり寝ろよ」
そう言いながら、手をヒラヒラさせつつ月雲は踵を返した。
と、
「おい、ちょっと待ちな月雲」
「………んだよ、今すげえ決まってたトコなのに」
「〝本日のアメイジング・パイロット〟の発表が、まだじゃないのかい?」
おっと………。ジェナの指摘に、月雲はにやりと笑った。
ソラトは何のことなのか分からない、といった顔をしているが、
「今日は俺、月雲で決まりだな」
「はァ!? 撃墜数じゃアタシの方が遥かに上だろうが! 誰がルーク級2隻を必死こいて沈めてやったと………」
「……う~ん。ジェナの腕ならもう、ルーク級2隻ぐらい当たり前だしなぁ。それよか俺が、デベル隊をしっかり引き付けて、反転して第2小隊をアメイジングに援護! さらにはソラトを危ないところで助け出した俺、月雲の方がなかなかアメイジングな働きだったと思うがな。710ポイント」
「くそ………毎回毎回基準を変えやがって」
「………??」
「あ、因みにソラトは0ポイントだからな。近接戦で敵をアメイジングに撃墜、100ポイント! だが捨て身の特攻じみた次の攻撃でマイナス100ポイント。………もし実戦以外で10000ポイント稼ぐことができたら、〝リベルター〟への入隊、推薦してやるよ」
んじゃな! と今度こそ飄々とした体で片手を振り、月雲はその場を立ち去った。
その場に残されたソラトとジェナは
「………〝本日のアメイジング・パイロット〟?」
「ま、あいつなりに気を遣ってくれてんだろ。戦いってのは、いつだって殺伐としてるからね………。それを差し引いてもアイツは、少々頭のネジが飛んだり締まったりを繰り返してるけどさ」
そう言いながらジェナは、チラリと通路の曲がり角に目を向ける。
小さな人影が、角の足下に映っているのを捉えて、ジェナは人知れず微笑んだ。
その数日後、〈マーレ・アングイス〉は月軌道上へ。
そして一路、〝リベルター〟の月本部基地を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます