2055年 12月6日(月)

第111話

「先日通達したロケット打ち上げに関する話を記憶しているか?」


 ロケット打ち上げといえば防衛省の目論んでいる件の懸案事項のことか。

 

「妃夢路が入手した情報と、東が持ってきた記録に書いてあったっていうあれか?」

「そうだ。概要は各々把握しているという前提で話を進めさせてもらう」


 防衛省が12月8日すなわち明後日、SLモジュラーと呼ばれるロケットを打ち上げるという企画。

 その目的自体は不鮮明で、またマスメディアでも一切公開されていないという。


「打ち上げに関して新たな情報が入った。12月8日、打ち上げ時刻の十六分後に千代田区上空、というよりも宇宙か、その場所をとある人工衛星が通過する」

「それは前も聞いた話だぜ?」

「最後まで聞け和馬。その人工衛星だが所属が判明した」


 所属というのはその人工衛星を打ち上げた国ということか。


「同時に、現状管理している団体という意味でもあるな」

「どこだ?」

「JAXAだ」

「ジャクサとは何なのだ? 『にゃんどめだ・ビフォア・クレアです』とかいう骸骨アニメのキャラクターの略称なのか?」

「それは多分、ジャックさんとサリーさんなのです……あとナイトメアなのです」

「黙れ」

「はぅ……っ」


 幸正の静かなる一喝にクレアは委縮する。何故妹の方が窘められているのか。

 

「宇宙航空研究開発機構、つまり、日本の航空宇宙開発政策を担う研究機関だ」


 JAXAという名称は耳にしたことがあるが宇宙関係の組織だったのか。


「しかしJAXAといえば、内閣府総務省、文部科学省、経済産業省が統括する開発法人だろう。防衛省は関与していないはずだが」

「明確な目的は不明だが、確かにSLモジュラーの軌道にはJAXAの人工衛星がある」

「今もなおJAXA所属なのか?」

「それは今、僕の方の情報網で調べています。ただ人工衛星の管理が他組織に移行したという話はそうそうないので、おそらく今もなおJAXAの管轄でしょう。まさかJAXAから人工衛星を防衛省が買収したということもないでしょうし」


 この場には参席していない昴。ホログラム通信で参加している彼は今もなお現在進行形で調査を継続しているようだ。情報課の人間に指示を忙しなく飛ばしている。


「その人工衛星に関する情報と略歴は?」

「それは私の方から解説させてもらうよ」

「恋華……ああ頼む」


 妃夢路が介入してきたとき一瞬船坂の表情が強張った気がした。何かあったのだろうか。


「人工衛星の名称はノアズ・アーク」

「ノアの方舟……皮肉な名称ね」


 真那が皮肉と言うのもうなずける。生命の循環を揶揄やゆするノアの箱舟が、ただの人工物に名称つけられたという暴挙に関してだ。


「何が理由でそんな名称になっているのかは知らないけどね。まあでだ。ノアズ・アークは2044年に開発を発案された」

「2044年ということは十一年前ね」

「そうさね。だけど実際に打ち上げがされたのは2047年さ。打ち上げをした場所は東京都調布市、そこにある旧・航空宇宙技術研所だね」

「JAXAの本社だ」

 

 幸正の補足に皆の表情がわずかに改まる。打ち上げしたのがJAXAで間違いないということは、防衛省とJAXAに何らかのつながりがあることが明白だからだ。


「47年の8月14日に打ち上げられ宇宙で八方向に分かたれた」

「分かたれたというのはどういうことだ?」

「衛星自体は八分割される仕組みなのさ。それがパージした。それは地球全域を観測できる位置に今は留まっている。まあ、それらすべての統括をしている人工衛星があるみたいだけどね」

「その統括をなす大元が、明後日、千代田区上空を経過する」

「まあでだよ、この人工衛星ノアズ・アークに関しては、もともとはAquaっていう人工衛星と同じで地球観測衛星の類だと報道されていたらしい。だけど実際に地球の観測をしているのはAquaだけで、ノアズ・アークの存在理由がきつくマスコミに問われたことがあったらしいのさ」

「だがそのマスコミの調査も、数日としないうちに取りやめられた。記録によれば防衛省の介入があったらしい」


 つまり防衛省がノアズ・アーク打ち上げの理由を世間にさらさないようにしたということか?

 その権力でもみ消してまで介入した理由。その事実は防衛省とJAXAの接点を色濃く浮き彫りにしていた。


「しかし待てよ、調布市ってこた23区の外部だろ? 今JAXAはどうなってんだ?」

「いい着眼点だよ和馬翔陽。JAXA自体はノヴァ襲来の後、総務省と統合されたと言われているね。しかしてこれはあくまでも可能性の話だけど、防衛省が呑み込んだ可能性が高い」

「どうしてそう言い切れる?」

「今回、防衛省がSLモジュラーをそのノアズ・アークに向けて打ち上げようとしているからさ」


 つまり状況をまとめると、防衛省が呑み込んだ可能性のあるJAXAが以前打ち上げた人工衛星ノアズ・アーク。それに向けて防衛省が用途不明なロケットを打ち上げようとしている。

 しかし防衛省がJAXAを飲み込んだとして、今になってそのノアズ・アークなる人工衛星に接触しようとしている事実。

 そこから考察するにノアズ・アークも防衛省の企画上の都合で打ち上げられたものというふうに思えなくもない。

 であるならば2044年時点ですでにJAXAは防衛省の傘下にあったということだろうか。


「目的は何?」

「それは何とも言えないね。推測するに、人工衛星に何かしらのデータを届けようとしているという線が色濃いかね」

「もしくはその人工衛星を爆破でもするつもりか」

「さすがは不死身の英霊イモータルスピリットだね。脳筋思考は健在のようだ」

「どういう意味だ恋華」

「ロケットには通常武装されないしこのSLモジュラーは無人機さ。もし人工衛星を爆破しようと考えるならSLモジュラーそのものが衝突するしかない。とはいえ人工衛星を撃墜させたいだけなら、他にもっと確実かつ低コストな方法がごまんとある。わざわざロケットを打ち上げる意味はないのさ」


 思考力も打ち上げられたのかい義弘とからかう妃夢路に対し、船坂は険しい表情にて応じた。

 いつもの彼ならば妃夢路と痴話喧嘩にも似た言い争いをしてしかるべき流れだったのだが。普段の二人の掛け合いからは想像もつかない空気だ。


「参考までに聞くがその確実な方法というのは?」

「無数に存在するが、そうさね、君たちにも馴染みのある要素を挙げるとすれば──デルタボルト。あのEMLレールガンなら大気圏を越えてプロジェクタイルを打ち出せる。何であれ、防衛省が成そうとしているということは、ラグノス計画関係であることは間違いがない」

「連中の目的が何であろうと、目的が不鮮明であろうと。この不審な動きを何もせずに眺めているだけというわけにはいかない。俺たちも行動に出る」

「でも棗、行動に移すと言ってもどうするの? この前みたいにレッドシェルターに潜入できるとは思えない」


 真那の言うとおりである。唯奈奪還作戦に関しては、紲に織寧重工という強大な後ろ盾があったからこそなせたことだった。そして織寧重工が先行投資に対する担保を抱えていたことが。

 もう試作機による潜入など出来るはずもない。前と同じようにA.A.内部に隠れて検問の生体識別をスルーしようにもA.A.がない。

 敵陣の機体を奪取することは容易くないし、かなり大がかりな作戦を練る必要がある。

 それだけ危険な任務をおかしていては防衛省にこちらの行動を読まれてしまう。


「明後日SLモジュラーが打ち上げられる場所は、レッドシェルター内部ではない」

「さっき話したJAXAの本社さ。現状23区にはロケット打ち上げが出来る施設なんてないからね」

「ということは調布市か」

「待ってよ、調布市ってことは23区外なんでしょ? 防衛省はアウターエリアで打ち上げなんかしようというわけ?」

「そうだ。柊の疑問は当然のことだが……おそらくは俺たちに対する撹乱目的だろう。だが、こちらには諜報員の妃夢路がいる。この情報に誤りはないだろう」

「まあ信用していい情報だと思うよ」


 確かに妃夢路が仕入れた情報ということなら間違いはない。何と言っても彼女は防衛省の常任軍法政策会議に参席しているのだ。

 直接伊集院純一郎や佐伯とともに作戦会議をする身なわけだ。間違いなどありようはずもない。


「……待て」


 だが思わぬ場所から静止の声が上がった。

 皆の注目が集まったのは船坂の席。立ち上がった彼は厳戒さを感じるほどにまで表情をしかめて何やら考え込んでいる。


「その情報、本当に正しいのか?」

「なんだい義弘、私の言葉が信じられないってことかい?」

「……いや、そういうわけではないが」


 言いよどんだ気がした。歯切れの悪い彼に皆は不審げな目を向ける。


「なら今はこの作戦に準ずるしかないだろう」

「恋華の言葉を疑うわけではない。だが佐伯や伊集院が恋華を欺いている可能性もある」

「それはつまり私が諜報員であると気づかれている、ということかい?」


 船坂は返事をしなかったがこわばった表情からして肯定で間違いはあるまい。


「はっはっは、あんまり見くびらないでほしいね。私はこれでも防衛省においても幹部級の人間なのさ。信頼も厚い。疑われる余地はない」

「しかし……」

「言及はそこまでにしろ船坂。事ここに至っては、過剰に勘繰っても会議が難航するだけだ。この情報が正しいと前提し話を進めるほかない」


 船坂はまだ何か言いたそうにしていたが自分の意見は受け入れられないと踏んだのだろう。眉はひそめたまま音もなく腰掛ける。

 しかし何故、いまさら船坂はそんなことを勘繰っているのか。これまでは妃夢路の潜入に気付かれてこなかったというのに。

 

「兎に角SLモジュラー打ち上げに関する概要をまとめてくれ。峨朗妹、任せる」

「は、はい」


 最初から指示されていたのかウィンドウにまとめていたクレアが戸惑いつつも応じる。


「SLモジュラーの打ち上げは……12月8日、第二水曜日におこなわれるのです。時刻は午後8時44分」

「ノアズ・アークが千代田区上空を通過するのが九時だ」

「待て、どうして千代田区なんだ? 打ち上げは調布市なんだろ?」

「おそらくは、人工衛星の東京都における観測地点が千代田に位置するからだ」

「違う地点上の観測なわけだし、時間がずれてしまうんじゃないのか?」

「それはないだろう。地上に置いていえば、数十キロの距離。宇宙空間では確かにその数万、数億倍の値だが、それを見越しての打ち上げ時間だ」


 そういうものなのだろうか。


「続けていいのです?」

「ああ、横槍入れて済まない。続けてくれ」


 ホログラムウィンドウで顔を半分隠したクレア。彼女が申し訳なさそうに声を掛けてきたため思考を中断する。

 何となく齟齬そごを感じたが雑念だと考えて頭から消去する。棗の言っていた通り過剰な勘繰りは難航を招くだけだ。


「時雨さんが言っていたように、打ち上げられる場所は調布市JAXAの本社なのです。当日会場には多数のU.I.F.が参席するみたいなのです」

「現状把握しているところだと、現場には三桁以上のU.I.F.が同伴するらしい。伊集院純一郎が立ち会うため、その護衛部隊と航空開発局の人間たちが多数。また会場警備だな」

「伊集院純一郎の護衛には立華薫、立華紫苑兄妹が抜粋されたようだ」

「……トリニティ兄妹か」

「カオルの攻撃は結構痛いのだ」


 彼らの脅威はこの身を持って体感している。凛音もまた輸送車両襲撃作戦の際に腹を貫かれた記憶がぶり返したのか。小さな体をぶるるっと震わせていた。

 まともに一対一でぶつかりあっては確実に勝ち目はない。対策はしないといけなそうだ。


「それでは今任務に関する詳細を説明する。まず今回は、これまでの隠密作戦は行わない」

「隠密でいかないと言うのは……つまり?」

「武力行使だ。正面から敵の防衛網を突破する」

「俺たちにはM&C社という後ろ盾がある。故に防衛省に匹敵しうる軍事力を有しているかもしれない。だがそれでもそれは慢心ではないのか?」

「確かに防衛省に隠し玉がない保証はない。だが、これまでとは状況が違う」

「状況?」

「それは軍事力に関することでもあり、なお俺たちが取れる手段に関する話でもある。そして俺たちの身の振り方に関してだ」

「どういうことなのだ?」


 抽象的な棗の解答に凛音は理解に苦しむように大きな耳を抱え込む。

 

「まず手段に関して、という話だが。単純に隠密に敵陣営に確実に潜入できる手段がないということだ」

「つっても場所はアウターエリアだぜ? レッドシェルターでも警備アンドロイドや探査ドローンの巡回する一般移民エリアでもない。いわば俺たちの領域だぜ?」

「それは違う。アウターエリアはノヴァの領域だ。そしてそれはつまりラグノス計画、防衛省の領域という意味でもある。敵がノヴァを用いた殲滅戦線に乗り出した場合、少数精鋭では対処しきれない可能性がある」


 確かに一理ある。アウターエリアにはノヴァが無尽蔵に存在する。

 おそらくJAXAの本社にはデルタサイトが設置されているのだろうが、周囲をノヴァに囲われていることに変わりはない。

 和馬が言うようにアウターエリアは一般市民エリアではないのだ。それは逆説的に考えれば、市民が生存していない領域であるということになる。

 防衛省は被害を考慮せずに破壊の限りを尽くせるということだ。それは勿論レジスタンスもだが。


「以前のように降下作戦などで不意を突くこともできない。あの時は輸送車両とその搭乗員、そして護衛のA.A.だけだった。だがおそらく今回は防衛省も多大な勢力を持って、俺たちに対応してくるはずだ。ヘリにて上空に辿り着くことすら難しいだろう」


 奇襲は成功率が低いということか。確かにそうだろう。

 23区と違ってイモーバブルゲート外部は比較的高層建造物が密集していない。そうでなくとも対空レーダーなどで速攻で観測されてしまうだろう。

 確かにそれを考えれば棗の意見も有力である。だが何より気になったのは別の発言に関してだった。


「それで、レジスタンスの身の振り方というのはどういう意味なのでしょうか」


 聞く前に同じ疑問を抱いていたのであろうネイが問う。


「それに関してはリミテッドにおける俺たちのあり方を、今後変えていく必要があるということだ」

「今回の任務はアウターエリアなのだろ?」

「そういう意味ではないと思うのです」

「黙れ」

「ぅぇ、ぅえぇ」


 何故か訂正した方のクレアが窘められていた。しかし何度聞いても情けない声である。


「それはつまり本格的に革命軍として戦うということか」

「そうだ。前述したように、俺たちはこれまで隠密な作戦ばかり展開させてきた。だが今後はそうはいかない。俺たちはレジスタンスだ。リミテッドに欺瞞ぎまんと災禍を振りまく悪の手から、すべてを解放する解放軍。それが俺たちの在り方であるはずだ」

「なんだかかっこいいのだ」

「それはあくまでも響きだけだ。俺たちは対外的に見てかっこいいなどとは思われないことをしている。むしろ俺たちこそが災禍であると、異端であると、疎まれ恨まれる存在になる」

「どういうことなのだ?」

「リミテッドの安寧とレジスタンスの革命は表裏一体ではないということだ」


 そう。棗の言うとおりだ。レジスタンスは防衛省を潰そうとしている。

 それは何も知らない一般市民からしてみれば安寧を脅かす要因でしかない。疎まれ恨まれ。そして後ろ指を指される立場にあるのだ。


「もし防衛省からリミテッドを解放しても、きっと私たちの立場は変わんない。ノヴァは防衛省の生み出したものだなんて主張しても、それは安寧の主に刃向った大逆の罪人の言い訳にしか聞こえない。私たちがリミテッドの英雄だなんて認識されることはないわけ」

「それはなんだか、納得がいかないのだ」

「そういうもん。私たちはそれを理解したうえで反抗してんだから。どんな目で見られようと、それを訂正する手段も権利もないの」


 唯奈はそう言った覚悟が最初からできている強い意志の持ち主だ。

 誰よりも正義感が強い。非難を受け批判されても。それはおそらく彼女だけでなくこの場にいる皆が。


「これまでは防衛省に太刀打ちできる軍事力がなかった。人員的にも物質的な武力的にも。だがもう今の俺たちはあの時の俺たちではない。動くべき時だ。今ならば防衛省に一矢報いることが出来る」

「防衛省に一矢を……」

「俺たちは奴らを叩き潰すために戦っている。それならば今こそ行動に移べきではないのか? 誹謗中傷などにおびえ行動を抑制などしていてはいけない。俺たちはもはやそんな立場にない」

 

 棗のその言葉に皆の表情が神妙なものになるのが解る。

 そうだ。レジスタンスは少しずつだが着実に強くなってきた。いまさら立ち止まることなど許されないのだ。


「任務概要の説明に戻る」

「続きは私が担当する。まず皇棗の言ったように、この任務は隠密潜入ではない。強行突破さね。武力でねじ伏せるためにはそれ相応の軍事力が必要となる。それで今回動員する戦力は、レジスタンス総力の約七十パーセントになるね」

「流石に動員しすぎじゃないのか?」

「防衛省の動員状況を見ても多すぎるということはないよ。確実に攻め落とすなら、敵勢力の三倍は頭数が欲しいところさ」


 今回現場に出向くU.I.F.の数は142名、そのうち非戦闘隊員が三十九名。つまり百人以上が遊撃してくるわけだ。


「あっちにTRINITYが動員されていることを鑑みても油断はできない。M&C社が参戦してくれたといっても、実戦面における援助は百三十人程度さ。以上の状況からしてこの数の投入は避けられない」

「だがもし作戦決行中に、この本拠点が襲われたらどうする」

「その問題はないよ。当然残り三十パーセントの軍事力は全力で本拠点の警備に充てるからね」


 不安要素は残るがそうするしかなさそうか。

 

「ふむ……当日作戦に参加するメンバーは?」

「敵情視察にスファナルージュ兄妹率いる航空部隊を向かわせる。その後、地上からの遊撃部隊として一個大隊を選抜する」

「二個中隊だね。各三個小隊からなる中隊を二方面から突入させる。これを見てくれるかい」


 そう言って妃夢路が会議机上に展開させたのはソリッドグラフィ。東京タワーの大展望台から移動してきたものである。

 拡大表示されている場所はリミテッドではなくその外。調布市の一地点、おそらくはJAXAの本社だろう。


「これが調布市の航空宇宙センターか。規模が拡張されているようだな」


 船坂の言うようにかなりの規模がある。ソリッドグラフィ上での目視でも軽く四百万平方メートルはある。


「もともとは小規模な管制施設しかなかった。だが種子島などでの打ち上げ以外に東京都内での打ち上げを実現させるために、施設拡大が図られたんだ」

「2047年にノアズ・アークが打ち上げられたのが初発だったみたいさね」


 この規模だとかなり制圧は厳しくなるだろう。


「少なくとも二方面からの突入じゃ制圧しきれない気がするけど。小隊を分隊に分割して多方面に拡散させた方がいいんじゃないの?」

「その必要はない。今回の作戦では遊撃部隊による突入はあくまでもデコイだ。本命はそれとは別経路で投入する」


 どういうことだ。

 

「つまりは、少数分隊による内部への潜入ということだね」

「遊撃部隊による突入で会場警備のU.I.F.は防衛網を重点強化する。その隙をついて潜入分隊が目的を達成する」

「簡単に言うけどよ、そう上手くいくのか?」

「防衛網はきっと宇宙航空センター全体を護っていると思うのです。潜入なんて出来るのです?」

「黙れ」

「ぅぇ、ぅぇ……」


 もうやめてやれ。さっきよりも情けない声になっていた。


「でも実際、どうするのだ?」

「失念しているようだな。俺たちには防衛省の把握していない秘密の経路があるだろう」

「秘密の経路……地下運搬経路か」

「そうだ。地下運搬経路は何もリミテッド内部のみにおける機能ではない。東京都全域に張り巡っている。当然、調布市にもだ」

「ちなみに調布市のJAXAの本社地下には、SLモジュラー打ち上げのための機械を搬送するために地下運搬経路へと繋がるターミナルがあるのさ」

「具体的な位置はどこなのですか?」

「大型ロケット組立棟の真下だ」


 棗が指差す地点。そこには箱型の巨大な建造物がある。つまりこの場所まで地下運搬経路を使ってロケットを運ぶのだろう。


「でもロケットを搬入するのに使う経路なら、当然SLモジュラーをこの場所にまで搬送するために防衛省も使っているのではないの?」

「いや、それはない。SLモジュラーは各製造プラントでパーツを開発される。それらのパーツは地下運搬経路を経由せずに本社に運ばれるんだ。地上を経由してだ」

「ということは今はもう地下運搬経路は使っていないということか」

「それで作戦についての話を続けるが……この場所に大型電波塔があるのが見えるか?」


 組立棟から数百メートルほど離れた地点に確かに二つの電波塔が立っている。赤と白の東京タワーのような形状。


「これは大型ロケット発射場だ」

「つまり、この場所からSLモジュラーが発射されるのか」

「今はまだロケットがないみたいだけど……」

「搬入は明日の正午だ。現状は組立棟にて組立て中のようだ」

「つまりまとめると……明日、この発射場にロケットが運ばれるわけだよな? だが打ち上げ自体は明後日……何で明日攻め込まないんだ?」


 和馬の疑問はもっともである。何も失敗する可能性がある以上、当日に行わなくていいではないか。


「それは愚考。防衛省にこっちの動きをリークされてはならない以上、この作戦が成功するのは一回限り。もし明日失敗しても明後日やり直しとはいかないわけさ。また、明日成功しても明後日までに防衛省の連中に状況を立て直される可能性がある。SLモジュラーの予備があるかもしれないしね」

「もし打ち上げ直前に失敗すれば、人工衛星ノアズ・アークにはロケットが到達しなくなる。軌道上から逸れるためだ」

「観測上だと次に千代田区上空にノアズ・アークがやってくるのは、二年半後らしいさね」

「そのため俺たちが行動に移せるのは明後日、打ち上げの直前だけだ」


 なるほど。棗たちは失敗した時のことを予期するだけでなく敵が再度決行することを不可能にしようとしているわけだ。

 もしロケットが他にあっても、人工衛星が軌道を通過してしまえばもう打ち上げの意味がなくなる。防衛省の目的は破綻するわけだ。


「しかし、どうやってロケットを飛べなくするのだ?」

「単純だ。破壊する」

「そんな簡単にいくのか」

「総合司令塔を占拠する方法もあるが、それだけでは不確定要素がありすぎる。俺たちの突入を予期しているであろうし、確実なのはロケットを破壊することだ」


 確かにそれが確実か。何らかの方法で打ち上げが続行されてしまう可能性があるからだ。


「破壊は、どうやるのですか?」


 泉澄の疑問は時雨の抱くそれと同じである。ロケットの構造などまともに把握できていないのだから。より効果的な破壊方法を理解しておくに越したことはない。


「第一エンジンに爆弾を設置する」

「エンジンとは、どこの部分なのだ?」

「ジェット噴射口、つまりノズルの奥に設置されている。ロケットの末尾に当たる部分だ」

「つまり一番下の部分か……そこを爆破すれば確実に破壊できるのか?」

「ああ。ロケットには宇宙まで飛ぶための莫大な燃料が積まれている。それだけの誘爆材があれば確実に破壊できるだろう。ましてや、SLモジュラーは五十メートル超もある。それだけの全長ならば誘爆では破壊しきれなくとも、自身の重量に耐えきれずそのまま横転して爆発する」


 もしそんなことになれば、宇宙管理センター全体が火の海になりそうだが……。

 幸い場所はアウターエリアだ。こんなことを言うのは不謹慎だが、もしそうなれば防衛省のかなりの戦力を削ぐことが出来る。


「使用爆弾はどうする?」

「確実に破壊するためにC-4を用いる。すでに十キロ分を用意している」

「プラスチック爆弾か……」

「厳密には同一ではないがまあ使用方法なども同じだ。遠隔で爆破できるように設計されている」

「それをエンジンに設置すればいいわけだよな」

「一連の流れとしてまず潜入分隊は二班に分ける。ロケット組立場から潜入後、α部隊がSLモジュラーにまで接近、第一エンジンにC-4を設置する。β部隊は組立場から潜入後、αと別れ総合司令塔へと向かう」

「総合司令塔……? 目的は?」

「C-4は雷管を使用している。それ故、距離を取りすぎると爆破が出来ない」

「なるほど、つまり設置班がSLモジュラーの爆発に巻き込まれない場所にまで移動しようにも、それだけ離れると爆破できないわけか」

「ああ、だから総合司令塔を占拠し、その電波を用いて爆破する」


 仕組みはよく解らないが設置班が安全地帯に離脱してから爆破するための段取りなのだろう。レジスタンスの犠牲を最小限にするために。


「ふむ……悪くないな」

「部隊の編成に関してだが、この潜入には幹部級構成員を投入する」

「具体的には?」

「爆弾を設置するα部隊には船坂、烏川、聖、凛音が配属。β部隊には峨朗、和馬、柊……風間、君はどうしたい?」

「ぼ、僕ですかっ?」


 話題を振られるとは思っていなかったのだろう。泉澄は驚いたように硬直している。狼狽している彼女に代わって時雨が応じる。


「風間は幹部級じゃないが」

「これまでの業績から風間には俺たちとともに前線で戦う権利があると判断した。それ故に、この会合にも参加してもらったのだがな」

「あ、ありがとうございます」

「君には選択肢がいくつかある。現状で君の適正な部隊が判断できない以上、俺からは指定が出来ない。妃夢路とともにこの本拠点の警備にあたるか、もしくはαに配属するか。それともβか。遊撃部隊として突入側に加えてもいい」

「僕は……時雨様の護衛のためαに所属したいです」


 泉澄はどこか申し訳なさそうに意見をあげる。おそらく自分が作戦に介入するようなことがあっていいのかと思い悩んでいるのだろう。


「いいだろう。君はそういう性質のようだしな」

「あ、ありがとうございます……」

「今回の作戦には俺も参戦する」

「は……?」


 棗の言葉に耳を疑った。司令塔の棗が参加するだと?


「バカを言わないで、アンタが死んだらどうすんのよ」

「その場合、船坂にレジスタンスの統率権を移譲するつもりだ」

「いや、でもな」

「待て和馬、皇が現場に参入するのは悪い案ではない。何が起きるのか解らないのが今回の作戦だ。司令塔が現場にいた方がいいだろう」

「いやつってもな……」

「場合によっては俺は逃走経路から真っ先に離脱する。臨機応変に行動できるはずだ」

「まあ、そういうことなら」


 納得はいっていないようだが和馬は渋々といった様子で頷いた。


「当然俺はβで行動する。作戦に関する話はおおよそ以上だが何か質問はあるか?」


 誰も答えない。色々と任務に関する概要で聞きたいことはあったが、それは後から確認すればいいだろう。


「最後に一つ、いいか」

「どうした?」


 僅かに声音が変わったのが解る。これまでも神妙な声音に思えたが今はさらに沈んでいる。

 というよりは何かよくないことを予期しているかのような、そんな。


「今回の作戦は、これまでで最も危険な任務といえるだろう。防衛省と正面衝突することになるからだ。もしかしたら俺たちの中からも死者が出てしまうかもしれない」


 皆が生唾を飲み下すのが解る。

 

「俺たちはこれまでも常に死と隣り合わせの環境で戦ってきた。だが今回は本格的に何が起きてもおかしくない。自分が命を落とすかもしれないということを肝に銘じておけ」

「…………」

「決行は明後日だ。悔いが残らないよう余暇を過ごすのもいい。明後日に備え体力の温存をしておくのもいい。何であれ各々がすごしたいように過ごすといい」


 彼はそう言って会議室から姿を消した。

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