第89話

「前方八十メートル第18ブロックです! U.I.F.二人をを検出!」

「あそこかっ!」


 U.I.F.が飛び出してくるのが見えた。おそらくは唯奈の死刑を執行しようとしていた人物とは別の人物だろう。

 さすがの適応力か、彼は時雨の突入にも臆さず硝煙弾を投擲してきた。

 U.I.F.はその強化アーマーを以って人外的な身体能力を発揮している。しかし物理的な強度以外にもその有用性がある。

 その一つがヘルメットバイザーに仕込まれた視覚情報の拡張だ。HUDつまり仮想現実によって形成されるヘッドアップディスプレイの機能がバイザーには展開されている。

 これによって肉眼では視認しきれない細やかな情報などにも、認識の幅を拡張することができる。サーモグラフィなどもそのうちの一つだ。


「時雨様」

「解ってる、視界を奪われても関係ない」


 しかし硝煙の中で対象物を視認できるのはU.I.F.には限らない。

 視界がインターフィアによって明瞭化する。あたかもサーモグラフィや暗視スコープを通しているかのように機関銃を構えるU.I.F.の姿が見えた。


「時雨様、右です」


 ネイの指示を耳にしたときにはその方向へと飛び退っていた。弾幕が先ほどまでいた場所に降り注ぐ。着地した時雨は間髪入れずそのまま硝煙の中から飛び出した。


「C!」


 弾幕を回避しながら急接近しU.I.F.の側頭部にアナライザーの銃床を炸裂させる。U.I.F.はそれで昏倒せず機関銃のストックで接近戦を仕掛けてくる。


「Q!」


 その手首を逆手に掴み関節を外しにかかった。U.I.F.はそれでも隙を見せない。反対の手で逆手に持ったナイフで時雨の顔面目がけて振りかざす。


「C!」

「気が散るから黙ってろ!」


 野次を飛ばすネイに怒鳴りU.I.F.の首筋に手刀を叩き込む。間一髪でナイフの軌道がそれU.I.F.はその場に横転した。


「烏川、時雨っ!?」

「かがめッ!」


 独房の中で驚いたように叫ぶ唯奈。それに応じることもなく奪ったナイフを投擲した。間一髪で唯奈はそれを回避し彼女を銃殺しようとしていたもう一人のU.I.F.の手首に突き立つ。

 瞬間的にそのU.I.F.に肉薄し顔面をつかみ壁に叩き付けた。後頭部から派手に硬質な壁に突っ込み真っ白い壁に亀裂が走る。ヘルメット内部で頭蓋が粉砕したかもしれないが、今は敵の安否など気にしては居られない。


「烏川時雨、どうしてここに……っ」


 動揺しながらも立ち上がろうとしている唯奈の姿。実際に彼女の姿を見て、言い知れない安堵感が湧き出してくるのを感じていた。生きている。確かに唯奈は生きている。


「……ていうか危ないでしょ!? いきなりナイフ投げないでよ! 回避しなかったら今頃死んでたわよっ」

「殺されそうになってたんだから仕方ないだろ。離脱するぞ」


 再開の喜びを分かち合う暇もなく(喜び以前に唯奈は憤怒でいっぱいのようだが)、彼女の手首を掴む。

 すぐにこの場所にもU.I.F.が押し寄せるだろう。早く離脱しなければまた包囲されてしまう。そうなれば元も子もなかった。


「ちっ……烏川、まずい」

「どうした?」


 焦燥に駆られた声音でインカム越しに和馬の声が聞こえてくる。


「建物全体が包囲されてる、今出てきたらまずい」

「お前らは大丈夫か?」

「悪いがこっちも退却で手いっぱいだ、そっちは何とかしてくれ」

「なんとかって……」

「私たちが遠隔でサポートするわ」


 ソリッドグラフィを確認しているであろう真那。彼女たちはおそらく今安全な場所にいるはずだ。そこからならば自らの安否など気にせずにサポートをできる。


「時雨くん、まだ誰も建物内に入ってないよっ」

「おそらくは自爆テロ対策ね。ただ包囲網はかなり厳重に敷かれてる……何の対策もせずに飛び出したらきっと蜂の巣よ。焦って強行突破しようだなんて考えないで」

「包囲されてしまっている以上、追いつめられるのも時間の問題だ」


 自爆行為をしないにしても敵がしてくる可能性だって考えられる。この施設内部にはもはや防衛省の人間はいないからだ。

 いるのはリミテッドに破綻をもたらす犯行軍レジスタンスと重犯罪者たちだけ。時雨たちの末梢のために施設自体を爆破して来ないとも言い切れない。


「時雨! 待って、どこかに隠れてっ」

「どうした?」

「いいから早くっ」


 言われるがまま物陰に唯奈を連れ込んだ。そこに身を隠して耳を澄ませる。すぐに足音が響き始める。


「どうやら施設内部にとどまっていた局員がまだいたみたい。気づかなかったわ」

「一人しかいないみたいだけど……独断行動かな?」

「忠犬思考の局員に限ってそれはないでしょうね。おそらくは囮作戦でしょう。自爆テロに備えてしたっぱ一人ここに向かわせたと考えるのが有力ね」

「ひ、ひどい」

「蜂起軍駆逐作戦なんて所詮はそんなものよ。被害が出たとしても、いくらでもある駒のうちの一つが失われるだけ。だから防衛省は腐ってるの」


 局員は開け放たれた唯奈の独房を確認し無線でそれを報告する。そうして隣の独房に接近しセキュリティを解除した。


「あそこは確か」

「風間泉澄の独房ね」

「アイドレーターのか……」


 おそらくは唯奈の位置が確認できなかったため、泉澄を拘束しに来たのだろう。彼女はレジスタンスの人間ではないが何かしら人質として利用できる。

 

「やめろっ、離せ!」

「抵抗するな!」


 そして銃声。まさか殺したのか。

 次いで泉澄の声が聞こえてくる。どうやら外したらしい。


「おとなしくしろッ」


 独房から局員が飛び出してきた。というよりは突き飛ばされていた。背中から対面通路にぶつかった彼の体。泉澄がとびかかって押し倒したようだ。


「くっ……!」


 そんな彼女を局員は突き飛ばし我武者羅にアサルトライフルを撃ち撒く。

 振りまかれた弾丸は泉澄を捉え損ね、そこで弾丸が切れたのか局員は銃器を投げ捨てた。そうしてハンドガンを取り出す。

 

「まさか、ここで処刑する気か」

「レジスタンスの襲撃があったから、作戦が変更になったみたいね」

「いえ、そういうわけではないでしょう。むしろシナリオ通りだといえます。カメラが生きていますので」


 はっとして浮遊する自律型カメラを確認する。おそらくは防衛省が回線をつなぎなおしたのだ。

 つまり今、全国に中継でこの場所の状況が報道されている。泉澄を殺害する準備は整っているというわけだ。


「させるかッ」

「ちょっ……アンタ何してんのよっ、相手はアイドレーターよっ」

「みすみす殺させられるか」


 反射的に飛び出した時雨の手をを唯奈が後ろから鷲掴む。そんな彼女を振り払って局員に接近した。時雨に気が付いた対象がハンドガンの銃口をこちらに向けてくる。


「射角、96度! 右胸部を狙っています」


 左に反射的に回避する。右腕を弾丸が掠るが致命傷には至らない。

 そのまま突っ込みハンドガンを持つ手首を握りつぶす。手首は骨ごと粉砕され拳銃が彼の手から吹き飛んだ。

 手首を抑えて看守は苦痛のあまりに声にならない声を漏らしながらその場にくずおれた。すかさずその頭部を抱え込む。

 

「悪いが、気を失ってもら」


 ぱぁんと弾けるような乾いた音が響いた。顔面に何か生暖かいものが吹きかかる。

 何が起きたのか分からず何度か瞬きしていると、口の中に鉄の苦い味が広がった。視界は赤く染まりあがり、目の前には拳銃を握り締めた少女が立っている。


「あ、あ……あぁ……っ」


 彼女が狂気の悲鳴を上げる。ガタガタと震える小さな体を見て何が起きたのかを咄嗟に悟る。

 看守の胸部にはどす黒い赤の色が滲んでいた。どくどくと赤い液体を胸から噴出する看守は既に息絶えている。

 全身を震わせながら拳銃を落とした少女を見つめる。その拳銃は先ほど看守の手から跳ね飛ばしたものだ。単純に考えればこの少女が撃ったということになる。

 この動揺ぶりはなんだ。これが本当に大量の人的被害を出した蜂起に加担した反逆者の姿なのか。


「哀れだな……我が娘よ」


 すぐ後ろでどこかで聞いたことのある声が響く。はっとして振り返ろうとするが、後頭部、それもうなじより少し上の部分に冷たい感触が伝わった。

 引き金を引けば速攻で脳髄をぶち抜ける位置に、銃口を突きつけている人物。それは──、

 

「自分で殺害したわけでもないだろうに、血を見て怖気ついてしまったのか? まったく泉澄よ、それでも私の娘か」


 少女のことを娘と呼ぶ男の声。その正体に直ぐにピンとくる。


「倉嶋、禍殃かおう……ッ!」


 銃口の指す直線上から頭を逸らし、そのまま振り向き様に銃身を掴む。発砲された弾丸は頬スレスレの位置を通過し硬質な地面を抉った。


「おや、烏川時雨じゃないか。ラグノスのギルティ。エクセレント、こんな所で逢えるなんて、すばらしい奇遇だ」


 弾丸を回避したことに驚愕する素振りもなく、禍殃は大袈裟にそう言ってみせる。そうして予備動作一つなく時雨の顔面に掌底を叩き込んだ。

 防御する間もなくぶちのめされ泉澄のそばの壁に背中から叩き付けられる。打ちどころが良かったのか頭蓋が粉砕している様子はない。衝突の衝撃で意識がはっきりとしていない。


「前回は状況的に君のことを助けてしまったね、ギルティ……どちらにせよ危険因子だ。ここで腐った果実の君たちを摘み取らせてもらうよ」


 おかしな程に汚れ一つ無い白衣を纏った禍殃。拳銃の銃口をこちらに向けた。不敵な嘲笑みを片眼鏡の向こう側に宿し、旧式リボルバーの激鉄が下ろされる。


「お、お父様……」


 トリガーが引かれる直前、隣に崩れ落ちていた少女が白衣に声を投げかけた。


「おやどうした我が娘よ。人の死を垣間見て役立たずの藁人形になっていたかと思ったが……お前がこのギルティに裁きを与えたいのか?」


 未だに少し震えた声を耳にし、訝しそうな顔を浮かべた彼は僅かに銃口を下げる。


「今の兵士はすでに瀕死状態でしたっ、殺す必要はなかったはずですっ! これ以上の無駄な殺生は、お父様の流儀に……!」

「……全く、何かと思えばそんなつまらないことか」


 どこか期待するような顔で泉澄の言葉を聞いていた禍殃。すぐに表情を曇らせあからさまに残念そうな顔を浮かべた。小さくため息をつき額を指で抑えもう一度呆れたようにため息をつく。


「泉澄、お前のことは私への忠義を忘れぬよう厳しく育てたつもりだったが……失望したよ。いいか我が娘よ。ギルティは償うだけでは失われない。その存在が罪である故に、抹消されなければならぬ存在なのだ。わかるか泉澄。ラグノスの生み出した悪どき罪の結晶は……ここで断つ必要がある」


 片眼鏡を指で押し上げ、彼は銃口を再び時雨の脳髄めがけて掲げ上げる。そうして今度は一寸の躊躇すらなくトリガーに指を掛けた。


「烏川時雨、伏せっ」


 唯奈の張り詰めた声。それに次ぐように弾丸が禍殃に降りかかった。


「またギルティの介入か……罪に罪を重ね、ギルティが肥大化していくのがよく解る」


 禍殃は肩から大量の赤飛沫を迸らせながらも特に苦痛に顔を歪めることもない。唯奈に傷つけられた肩を手のひらで覆い隠す。その周辺の空間に銀色の粒子が取り巻き始める。


「……っ!?」


 思わず息に詰まっていると禍殃の肩からの出血は収まっていた。


「邪魔が入ったか……仕方ない、ここは引くとしよう」


 ぐらぐらと揺れる思考で立ち上がり臨戦態勢を整えるものの、禍殃はリボルバーをホルスターにしまって背を向けた。意図が解らずにいると微かにだが廊下の方から大量の足音が近づいてきているのを聞き取る。


「ギルティよ。これで私が諦めたとは思わない方がいい」

「待て……っ」

「私はラグノスに仇なす者。リミテッドを牛耳り混沌に陥れようとする罪を、正義の鉄槌を持って蹂躙する男だ」


 その言葉を残し禍殃は闇に紛れて消えた。廊下を走る足音すら残さずに。


「烏川時雨、起きて」


 駆け寄り時雨を引っ張り起こした唯奈。


「……時雨、まずいわ」


 無線越しの真那の忠告を耳にするまでもなく状況を把握することはできていた。

 おそらくほかのU.I.F.たちが突入を開始したのだろう。この施設を制圧するためか、反乱因子末梢のためか。どちらにせよ状況は最悪だった。


「……逃げ場なんてない」


 完全包囲された隔離施設。和馬たちはすでに撤退しているであろうし救援を求めるわけにもいかない。


「とりあえずここから離れるわよ」

「…………」

「風間、何故ここに」


 てっきり禍殃に連れられて行ったと思っていただけに、伊澄の姿を見て拍子抜けする。

 彼女は放心したように戦意など失っているようにその場に腰を落としていた。立ち上がる気力もないのだろうか。先ほどの動揺ぶりから察しても何かしらの精神的ダメージを負ったのは間違いない。


「烏川時雨、何してるのっ!? 早く行くわよっ」

「お前もついて来い」

「さ、触るな!」


 今すぐにでもここを離脱する必要があったため、泉澄の手首を半ば無理矢理握り締める。手を振り払おうとする彼女を引っ張り起こし先を行く唯奈を追いかける。


「ちょっ何でソイツ連れてきてんのよっ」

「何でって、そういわれても」

「敵だってこと解ってんのっ?」

「そうは言ってもだ、見過ごせないだろ」

「いたぞっ! 追えッ!」

「あぁっもうっ! とにかく逃げるわよっ」


 通路奥から部隊が雪崩れ込んでいるのを見て、唯奈は自棄になったように駆け出した。まともに走れない様子の泉澄を担ぐ形で唯奈の背中を追う。


「は、離せっ!」

「今は静かにしろッ」

「僕は敵に施しを受ける屈辱など、」

「そんなこと言ってる場合じゃない!」


 抵抗する泉澄を抱えて階段を駆け上る。足音はすぐ後ろにまで迫っていた。


「まずい、追いつかれる」

「上に来ちゃった以上、もう下から逃げる手はないわね。まあ包囲網はしかれたままでしょうし、どうせ地上からの離脱は無理だけど。それより、ちょっと問題が発生中」

「どうした?」

「傷跡が開いたみたい。もうあんま走れないかも」


 唯奈の右足に巻かれた包帯は真っ赤に染まっていた。デルタボルトにおけるクラスター爆撃の際、時雨を庇ったときに負った傷痕だ。


「くそっ」


 これ以上逃げ続けるのは得策ではない。泉澄には自分で歩んでもらい唯奈の肩を抱えて廊下の陰に身を潜めた。


「この階かその上に隠れているはずだ! 独房の中も虱潰しに探せ!」


 追いついてきたU.I.F.と局員たちが捜索を始める。場所を特定されるのも時間の問題だろう。


「時雨様、少し冷静になって考えようではありませんか」

「冷静にって……」

「この帝城の過剰な防衛網を突破することは正攻法じゃ敵いません。ですがそれはレッドシェルター攻略の時にも言えた話でした。それならば正攻法ではない手段を使えばいいだけです」


 例のごとくネイの発言は無駄に遠回しだ。はっきり話せと視線で促す。


「この施設の防衛システムはあくまでも人的防衛に過ぎない。となるとそれが及ぶのは地上の出入り口だけ。つまり私たちが脱出しうる場所があるとすれば……」

「地上じゃない出口。そういうことね」


 ネイの言葉に納得したように、唯奈がつぶやく。


「まだ敵の突撃部隊が占拠していない場所は一つしかない。それは上空だけ」

「ヘリで離脱するということか。真那、どう思う」

「得策ね。まだU.I.F.はあなたたちの捜索にしか手が回っていない。屋上を着手するまで時間があるわ」


 とはいえそれも屋上に逃走ルートがあるとU.I.F.たちに感づかれるまでの話。そこを先に占拠されてはもう逃げ場はない。動くなら急いだほうがよさそうだ。


「風間、もう歩けるか?」

「っ、その名前で僕を……っ」

「悪いが口論してる時間はない。歩けるか」

「…………」


 時雨のことを睨み据えていた泉澄であったが小さく首肯する。今は協力した方が逃げ出せる確率が高いと判断したが故だろう。

 隊員たちが通路を通過し曲がり角で右折したのを確認する。真那と紲にU.I.F.がいないかを確認してから、唯奈を抱き抱えて廊下に躍り出た。


「ああ最悪……アンタに抱えられて逃げてるなんて」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ」


 真那たちの協力を得て何とか屋上へとたどり着いた。

 ヘリポートにはエンジンがかかっている状態のブラックホークが停留している。その操縦席にU.I.F.の姿はない。おそらくは上からも奇襲をしかけてくる予定だったのだろう。

 即機内に乗り込み急上昇する。RPG部隊による対空射撃を受けたが、その時にはすでにロケット砲弾の射程外へと達していた。

 

「よし、離脱できた」

「バカ、まだレッドシェルターの敷地内部よ。高周波レーザーウォールがある以上、酸素吸入器のない今、私たちはレッドシェルターから離脱できない」


 操縦桿を握る唯奈の言うとおりである。高周波レーザーウォールは標高四千メートルにまで聳えている。

 ブラックホークの限界到達高度はもっと高いが問題なのは時雨たちの呼吸器が持たないことだ。無理にウォールを乗り越え突破しようとして機体制御が狂いでもしたらその時は墜落すると考えていいだろう。


「ああ、その点は気になさらなくて大丈夫です」

「え?」

「今高周波レーザーウォールは機能していませんから」


 発言の意図がつかめず目前にそびえているはずの高周波レーザーウォールを見やる。そこに壁はない。

 

「いったい、何がどうやって……」

「時雨様は、レジスタンスがどうやってレッドシェルター内部に侵入したと思われたのです?」

「いやあの時は状況が状況だったし、そんなこと考えてなかった」

「でしょうね。帝城にて管制室に忍び込んだとき私はLOTUSの機能を一部クラッシュさせました。簡単に言えばセキュリティ機能を一時的に瓦解させたのです」


 レジスタンスが侵入できたのは、そういうことか。


「当然、高周波レーザーウォールが機能しなくなれば、レジスタンスの仕業だと解釈、防衛省はレッドシェルターの防衛に回る。監獄施設の警備が希薄になっていたのはそのためです」

 

 視界の中にはデルタボルトが見え始めていた。あの巨大な電磁砲台が見えるということは、レッドシェルターの外周区はすぐそこにあるということだ。外に離脱できるという高揚ばかりが胸の中に湧き出し始めていた。


「ッ!? 機影!」

「追跡されてるよな当然ッ」


 泉澄の張り詰めたような声に触発されドアから身を乗り出し後方を確認する。一キロほど後方にブラックホークの影が伺えた。

 

「距離0.8マイルです」

「……っ、柊、振りきれるか!?」

「ムリッ! 性能的には同じだけど、私の操縦じゃ回避も難しいってのっ」


 操縦桿と時雨には理解のできない無数のコンソールを操作する唯奈。辛うじて目的地への飛行などは出来るようだが精密な操縦は期待できそうにない。


「風間、そっちの機銃を使えッ」

「僕に命令するな!」

「だからそんなこと言ってる場合ないだろうよっ」


 反抗する泉澄だが指示通り機銃にしがみつく。二人して弾丸をまき散らすが、敵の操縦士は洗練されたプロである。なかなか着弾しない。

 しかし運良く着弾し敵の機体のエンジンが火を噴いた。


「撃墜できる!」

「まだ安堵するには早」

「まずいです! ミサイルの発射を確認!」


 落下が始まる寸前、敵の機体から筒状の爆薬が発射された。それはぶれることなくこちらにまで接近してくる。


「柊、回避しろ!」

「無茶ぶりすぎっ、もうっ」


 操縦桿を一気に倒し機体を旋回させる。間一髪で弾頭の軌道をそれ通過した。瞬時にミサイルは軌道を変え再び機体に向けて接近してくる。


「チャフばら撒くっ、どこかに掴まって!!」


 着弾の瞬間、機体から吐き出されたパッシブデコイがミサイルに接触した。

 暴発。激しい空気圧が押し寄せ機体が耐えきれずに軋む。爆発が相次いで生じるのを耳で感じ取った。

 

「エンジンが損傷しています! 墜落しますっ!」

「……風間! 使え!」


 収納スペースから引っ張り出したリュックを泉澄に投げる。

 彼女はすぐにその用途を理解したようで、それを背に背負いハーネスを締める。しっかり固定されたのを確認してドアから飛び出した。

 それを確認し同様にリュックを背負って唯奈の元へと接近した。


「落ちる! 落ちるわ!」


 混乱している唯奈の肩をつかんで無理矢理彼女を席から立ちあがらせた。そうして彼女の体を右腕で抱え込んだ。


「ちょ……何すんのよっ。アンタと心中なんて冗談じゃないわよっ!?」

「ここまで来て死んでたまるか、捕まってろッ」


 彼女を抱きかかえる形で、操縦席から泉澄の飛び出したドアへと駆ける。

 

「ちょ、嘘ッ!?」

「心中したくないならつかまってろ」

「え、待ってほんとまってバ――」


 彼女の静止を聞かず一気に飛び出した。


「ば、ば、ばかぁぁぁぁぁああああッッッッ!!!!!」


 落下していることを理解して唯奈は必死に時雨の体にしがみつく。全身に激しい風圧が押し寄せる中、片腕で彼女の体を力任せに抱えていた。


「バカバカバカいやぁぁぁぁッ死ぬ死ぬ死ぬってこれホント死ぬっホントアンタバカなんじゃないのっ!? しねっホントしねっ、いや生かしてッ!」

「こんな時にマジ切れするな、ピンが抜けないだろッ」


 涙目で体にしがみつき喚き散らす唯奈。普段の冷静さからは考えられないような混乱、支離滅裂な発言に戸惑う。

 そんな彼女を宥める余裕もなく必死になってピンを手繰り探す。ようやく見つけたそれを一気に引き絞った。

 急速に流れていた光景が止まる。急接近してきていた地上も近づくのをやめていた。


「ぱ、パラシュート……?」


 上空に展開された白いキャノピーを見てようやく撃墜せずに済んだことに気が付いたのだろう。唯奈は首にきつく抱きついたまま硬直していた。


「生身で飛び降りるわけないだろ」

「パ、パラシュートあったなら最初から言いなさいよっ」

「唯奈様、時雨様は極限まで女性を追い詰め、絶望に飲み込まれ落ちていく姿を堪能するのが大好きな変態なのです。で、漏らしました?」

「漏らすわけないでしょっ!?」


 顔を真っ赤にして時雨を突き放そうとする唯奈。だがすぐに上空数百メートルにいることを思い出し、真っ青になってしがみつきなおす。


「殺す、あとから絶対殺す……」

「耳元でそんなこと呪詛みたいに呟くな」

「アンタもアンタよっ! 私にもパラシュート渡してくれればよかったでしょ!」

「リュック背負う暇なんかなかっただろ」


 瞬間、地上で激しい爆音が轟いた。噴き上がる火炎と砂塵の嵐。まき散らされる炎に地上は浸食され爆音は数珠のように連鎖する。

 ブラックホークが墜落したのだ。墜落した地点から数十メートルにわたって火の海になっていた。


「……ごめん、やっぱり助かったわ」

 

 その光景を見て顔から更に血の引いていく唯奈。

 

「突然デレた唯奈様に、ついでにその押し付けられた豊満なトリアシルグリセロールに戸惑っている時雨様。とにかく今は着陸に専念すべきかと」

「デレてなんかないけどそれはそうね……ここからじゃレッドシェルター敷地外に着地するのは難しそう」


 唯奈の言うとおりレッドシェルターと一般市民エリアの境界までは距離がある。

 高さ的にたどり着けないことはないだろうが、問題なのはレッドシェルターが高層建造物によって構成される摩天楼区画であることだ。

 このまま進むと、建造物帯を縫って行かなければいけないことになる。唯奈を抱えた不安定なこの状態では衝突して墜落しかねない。


「この辺りで平野といえば、あそこくらいですね」

「デルタボルト跡地か……あまりいい思い出はないが、仕方ないな」


 幸い前回空爆され瓦礫だらけになっているデルタボルトがある。あの場所ならばまだ生きている施設に隠れれば、U.I.F.の追跡を撒けるかもしれない。

 それにデルタボルト施設は高周波レーザーウォールをまたぐ形で設立されているため、うまく行けば脱出できるかもしれない。


「風間、聞こえるか!?」


 少し離れた位置を落下していく泉澄。咄嗟のことではあったが、彼女もパラシュートによる降下訓練を受けていたようでよかった。呼びかけに彼女は応じない。


「ここから摩天楼を越えていくのはきつい! いったんあのデルタボルトに着陸して身を晦ませる!」


 その呼びかけにも応じないがパラシュートの軌道が建造物帯から僅かにそれた。どうやら声は聞こえているらしい。

 敵であるはずの彼女の身を案じるのはいささか違和感を隠しえなかったが。助けてしまった以上は乗りかかった船だ。



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