第十話 神父、始まりの日を思い出す

其の一

「さあさあお立ち寄り!地上を闇で覆わんと侵攻を続ける魔王バルザーグの軍勢。それを阻まんと出立した勇者アランたちの旅も、事ここに至りて攻守逆転の時を迎えていた!大陸の主要拠点から魔物たちを一掃した一行は、ラグナント王国北西のガラン山に魔王の居城へと通ずるゲートがあることを突き止める!ならば残すは全ての禍根を断つのみとそこへと乗り込んだアランたち。そんな勇者たちを待ち構えていたのは、主を守るべくゲートの前に立ちふさがる、四魔戦将がひとり・獣魔将ティガルドだった!」




 講談師の名調子が昼下がりの中央公園に鳴り響く。それを聞き子供たちが屋台の周りに群れ成し集まる。流しの人形劇団がやって来たのだ。今日のお話は勇者アランの冒険譚、押しも押されぬ一番人気の演目に子供たちも期待で目を輝かせている。


 そして、偶然公園を横切り帰路へと向かう神父も、この演目に何か思うところがあったのか、子供たちから離れた位置でその様子を感慨深げに眺めていた。





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「ヴォルカニック・ブレイズ!!」


 アランのパーティメンバー、魔導士ロゴスが詠唱の後に杖を抱えた。大地より吹き上がる炎の奔流がティガルドに襲い掛かる。彼女が大の得意とする火炎魔法、鋼すら一瞬で融解してしまいそうな炎の渦、しかしそれですら虎面の魔人の全身を覆う白銀の体毛を焦がすことは叶わない。


「その程度の火炎など俺には通じんぞ、小娘!!」

「ちいっ!言ってくれるねこの虎男!!」


 お返しとばかりに身の丈ほどの巨大な棍を目の前の少女に向けて振り下ろす。見るからに女のか細い体では受け止めるに能わぬ強烈な一撃。ロゴスは赤い髪を振り乱しながら後方へ後ずさる。しかし直撃こそ避けたものの、棍が振り下ろされた地表が、まるで焼夷弾でも落ちたかのように爆ぜ返った。この衝撃でも致命打は避けられまい。


 しかしロゴスは無傷だった。とっさの判断で間に割って入ったアランが盾を掲げ庇ったからだ。獣人の王レイザークロウより賜った金獅子の盾、その防御力が成せる技だ。さらに戦士ゴードンが攻撃後の隙を突き剛斧をティグレに突き立てた。魔法への耐性を誇るかの銀毛も、さすがに直接攻撃は通す。裂かれた右脇腹から鮮血が吹き上げた。


「やったか!?」


 手ごたえを感じたゴードンが叫んだ。しかしまだ終わってはいない。右腕を振り回し油断したゴードンを払いのける。吹き飛び、地面にしたたかに叩きつけられたゴードンに、僧侶ソフィアが駆け寄りすぐさま回復魔法を唱えた。


「大丈夫ですか、ゴードン様!?」

「ああ、なんとかな。しかしなんてタフネスだ…」


 よく見ればティガルドの全身には真新しい生傷が無数につけられていた。戦闘開始からゆうに1時間は経過、その間に勇者と戦士の斬撃を全身に喰らい息も絶え絶えになりながらも、未だ倒れる気配はない。


「獣魔将ティガルド…何がお前をそこまで突き動かしている?」


 双方ともに満身創痍ながらも、明らかに優勢は勇者側に傾いている。いや、本来なら最早決着がついている筈の状態である。それでもなお立ち塞がるティガルドに、アランは問いかけた。


「知れたこと…!地上に生きる者の為戦う貴様と同様に、俺達も魔界に生きる者の為に倒れるわけにはいかん…ただそれだけのことよ!!」


 ティガルドの咆哮が辺り一面に響く。


「安定した地上界とは異なり、我らが故郷魔界は非常に不安定な世界…奇跡的なバランスで維持され続けてきた混沌のエネルギーが遂に暴走し、これより一年もせぬうちに崩壊するであろう…だからこそその前に、この地上を制し移住を完了させねばらなぬ…此度の地上侵攻はそのためのもの…それこそが主バルザーグ様の大志であり、我ら魔界に住むものの宿願…そのためなら、たとえ首だけになろうとも汝らに食らいつこうぞ!!」


 アラン達は驚いた。理不尽な侵略者としか思っていなかった魔王の手勢の意外な真実。それはここに至りて初めて聞いた話である。この戦いが、互いの種の生存を賭けたものだという事実は彼らの心に少なからぬ動揺を与えた。心優しいソフィアなどは、その重すぎる天秤を前に戦意を喪失しそうであった。


「アラン様…」

「ああ、わかってるよソフィア…でも、だからと言って僕たちもはいそうですかとこの地上を譲ってやるわけにはいかないんだ。愛する者たちの生きるこの地上を…」


 アランはソフィアを諭すと、一歩歩み出て目の前の敵に名乗り上げた。


「僕はラグナント王国選定の勇者アラン!魔界を背負い戦う獣魔将ティガルドよ!僕もこの地上に生きとし生けるものを背負う者として、貴殿に一騎打ちを申し込むものである!!」


 齢16とは思えぬ、凛とした宣誓であった。ティガルドがその声に聞き惚れていると、アランは聖剣ガイアカリバーを上段に掲げ瞑想する。すると、大地や大気から光子のようなものが溢れ出しその刀身に集まっていく。勇者アランの必殺剣・エレメンタルフォースブレイドの構えだ。


「この局面で一騎打ち、そして必殺の剣か…成程、レイザークロウが盟友たる俺を裏切ってまでお前に組みした理由、なんとなくわかった気がする…ならば俺も最期の一撃で相手をしようぞ!!」


 裂帛の気合と共に、ティガルドの丸太のような両の腕がさらに倍に膨れ上がった。しかしてその代償に傷口が開き銀毛が赤く染まる。あるいはその状態だけですでに致命にすら見える状況ではあるが、虎面の魔人はまるで気にすることなくその腕で棍を振りかぶった。


 必殺の構えのまま対峙する勇者と魔人。じりじりとした、灼熱の時間。その間の数十秒が、二人には永遠とも思えたことだろう。その最中、からんっ、と石ころが転げる音が響いたと思うと、それを合図にするかのように互いに必殺の一撃が繰り出された。



「エレメンタルフォースブレイド!!」


「獣魔滅砕裂破!!」



―――ぶつかり合う決死の一撃


―――走る閃光


―――そして最後に立っていた者は




「………見事なり、勇者アラン!貴様らの行く末、そして作り出す世界!地獄の底から眺めさせてもらおう!!」


 ティガルドの胴に綺麗な斜めの裂傷が走り、血が吹き上がる。同時に全身の傷からも。そして出来た血だまりに膝をつき、ゆっくりと前のめりに倒れた。その様子を見やると、アランもまた疲労と緊張からの解放からか、ばたりと仰向けに倒れるのだった。


「アラン様!大丈夫ですか!?」


 その様子を見てすぐさまソフィアが駆け寄り、回復魔法の準備に入った。柔らかな光がアランの全身を包み傷を癒す。程なくしてアランは目を見開き、ゆっくりと立ち上がった。


「ああ、もう大丈夫だよソフィア。それにしても獣魔将ティガルド、このような戦士も魔物にいたんだな…」

「だな。前に戦った魔戦将・幻魔将ゲブードが極めつけの卑怯者だったから猶更潔く思えたぜ。」

「そして彼の力の源…魔王軍が何故地上を狙ったのか、その目的…」


 ティガルドの遺骸を眺め、アランとゴードンが話した。幻覚・人質・洗脳と一般的に卑劣と呼ばれる手を尽くしたゲブードの後に対峙した高潔な戦士ティガルド。しかしいずれにあっても、勝たねばならぬ理由があり、一行はそれを知ってしまった。


「どうしたんだいアラン。こいつらの目的を知って同情しちまったかい?」


 たっぷりとした赤毛を揺らし、ロゴスが問いかけた。山奥の片田舎で育ったアランは、この騒乱の世にあって信じられぬほどに純真な少年である。そんな子が、あのような事情を知ってしまえば、あるいは同情で二度と剣を手にとれないかもしれない、そういう懸念がロゴスの心中にはあった。しかしアランの返事はその懸念を吹き飛ばすようなものだった。


「いや、むしろ今まで以上に真摯に立ち向かわなきゃならないと思ったよ。僕らも相手も同じく存在を賭けて戦ってる。僕らが滅ぶにしても、魔族が滅ぶにしても、互いに悔いが残るような戦いだけはしちゃいけないと思うんだ。そして戦いが終わったら、滅ぼされた側も納得できるほどにいい世界を作らなきゃならない…それが地上の代表になった僕の…うん、頭悪いからまとまらないけど、とにかくそれが僕の今の気持ちだ。」


「へえ…純朴田舎少年のアランも言うようになったもんだねぇ。会ったころは脳みそ空っぽのガキだと思ってたのに成長したもんだ。」

「なんだよロゴス、そんな風に思ってたのかい?!」

「アラン様もロゴス様も喧嘩はやめてください!」

「そうだぞ、今から敵の本拠地に乗り込むんだ。言い争ってる場合か。」


 ゴードンがパーティを諫め、前を向かせる。眼前には時空の裂け目。ここより向こうは最終関門・バルザーグの居城。今しがたの決意を胸に、若き勇者とその仲間たちはためらうことなくゲートへと飛び込んでいくのだった。





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「さあさ本日はここまで!魔界へ向かった勇者アラン一行はどうなってしまうのか!?魔王バルザーグを倒すことはできたのか!?そのお話はまた明日この場所で!」




 講談師が話を〆ると、子供たちは名残惜しそうに散会していった。どうもお話の続きが気になってしょうがないようだ。尤も、この後勇者一行がどうなったかなどは後の歴史、そして今という平和な時間が示す通りなのだが。


(まあ、無粋と言えば無粋な物言いですけどね。)


 そんな、明日を楽しみにしている子供たちに冷や水を浴びせるような発想が、頭に思い浮かんでしまった神父は苦笑する。そして、たまさかに昔馴染の名前を聞いたことで、物語の結末よりももう少し後の時間に思いを馳せた。世界が輝きを取り戻した日から数十年、己にとって転機となったその時代に―――





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 輝世暦24年、昨年急遽した大ラグナント国王エルセデスに代わり、アランがその座に就いた。戦士ゴードンは大ラグナント近衛師団長として平和な世にありても辣腕を振るい、僧侶ソフィアは聖女としてガリア教会本庁にて世の平穏を祈る日々を送っている。



 しかしただ一人、魔法を禁じられた今の世にあって、魔術師ロゴスの行方は杳として知れなかった。



 そしてこの年、地獄の底からアランの作る世界を見やると言い残したティガルドは、己が両の目でその世界を眺めることとなるのだった。



 華々しい歴史の幕から下りた魔術師、歴史の中で死に損なった魔界の将。この二人が再び出会うとき、輝ける世界に照り隠された闇の中で、最も深い影が生まれることとなる。これは、その時の物語―――



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