其の二

「え~、この度は各州から遠路はるばる州衛士全体研修にご出席いただき、誠にありがとうございます。私は今回の進行を努めさせていきます、ルクセン州衛士隊長のモドックと申します。では早速本日の予定の方を。

まずこの後すぐに、クラーク州衛大隊長からの挨拶。次にダイアナ州衛士統括部部長から今後の組織のあり方についての説明。続いてウェイン中央財務部長から今年度の予算の進歩状況についてのお話を。それから昼休憩を挟みましてジョーダン名誉州衛士会会長の………」


 初老の男が今後の式次第を話す。全国から集められた13人の州衛士はその内容を、死んだ魚のような目でただ呆然と聞いているだけであった。


(隊長の言う通り、マジでクソみたいな研修じゃねえか…)





 一方その頃、ミカルが住んでいた鉱山の村に、奇妙な一団が訪れていた。杖をつき、頭巾で顔をすっぽりと覆い隠した僧侶と、付き人の亜人の男女という三人組。物知らぬ子供だらけの村ゆえ、はじめは奇異の目にさらされるだけであったが、やがてその僧侶のまとう法衣が中央教会制定の位の高いものだという見聞が流れだすと、程なくして村主のブランドンが直々に出迎えた。


「これはこれは司祭様。私、この村を預かるブランドンと申す者です。して、このような辺鄙なところにわざわざ如何用で?」


 過疎化が進んでいそうな奥地の村にふさわしくないほどに若いその村主は、揉み手をしながらその一団を迎える。お付の亜人二人は彼の顔を見て一瞬ぎょっとしたが、一呼吸置き落ち着いて話し始めた。


「こちらはヨゴエウァット司祭。ラグナントの中央協会より出発し巡礼のため全国行脚の最中である。ザカールを抜けここルクセンの霊峰を目指す最中だったのだが、その途中で足を傷められてしまったのだ。すわ山奥で立ち往生かと思った矢先、このような村に辿りつけたのはまさに神の思し召し。申し訳ないが治療のためここで数日宿を取らせては頂けぬだろうか?」


 付き人の小柄な亜人―ハーフリングの男のほうが説明する。確かに覆面の僧侶は立つも歩くも杖頼みといった風体であった。


「………因みにヨゴエウァット司祭は幼少のみぎりにひどい火傷を負い、顔面はただれ口もまともに開けぬ状態である。顔を隠したままという無礼は承知でお許し願いたい。」


 続いて浅黒い亜人の付き人―ダークエルフの女が、一目見た誰しもが気にするであろう部分を説明した。なるほどかような事情があったというのならば下手に追求するわけにはいくまい。村主のブランドンもそう思ったのか、特に何か言うでもなくこれを受け入れた。


「なるほどそれは大変な…ともかく高名な司祭様のお世話ができるとなれなこちらにとっても功徳、喜んで宿を用意させていただきますよ。ちょうど大人は大方出稼ぎで空き屋も多い。おいそこの、いい家を見繕ってお貸しして上げなさい。」


 ブランドンはすぐ近くにいた子供に命じ、空き屋を用意させた。通された家は、ひとまず中の会話が筒抜けにはならない程度にはしっかりした作りであった。一行は案内した子供に礼の言葉とあまり近づかないようにとの旨を伝え、歌詞を持たせて帰らせたのだった。





「あーもう、疲れたー!!慣れないことはするもんじゃねえな、肩が凝って仕方ねえや!」


 人の気配が無くなったことを確認するやいなや、ハーフリングの付き人、いやさギリィ・ジョーは服を脱ぎ捨て、大きくため息を付きながら自分で肩を揉みほぐした。


「全くですね。この暑い中覆面をしてひたすら黙り通すというのは、私の人生の中でも五指に入る辛い体験ですよ。」


 顔に火傷を負い唖者であるはずの僧侶も、頭巾を脱ぎ捨て、見目秀麗な顔を晒しながらギリィの言葉に同調の声を上げる。それもそのはず、彼はヨゴエウァット司祭などという人物ではなく、WORKMANの元締たるザカールの神父なのだ。


「………にしても、あの男本当に神父様に似てた。」


 ひとり特に着衣を乱すこと無く、ダークエルフの付き人―察しの通りリュキアが呟いた。同じ教会に住まい、毎日顔を突き合わせている彼女ですらそのような言葉を漏らすほどに、神父とブランドンは似ていたのだ。違いといえば頭髪の白黒と眼鏡の有無ぐらいしか無い。なるほど勘違いで刺されそうになるのも納得だと、男たちも思わず頷いた。


「なれば是非とも、彼女が似た私に殺意を向けるほどに村主を恨むに至った原因を究明せねばなりませんね。早速ですがお二人、探りに出てもらえませんか?ただ向こうとて完全にこちらの嘘を信じているとも思えませんので、くれぐれも目立つようなことはせず、勘付かれないように―――」


 はたと神父の指示が止まる。同時に亜人のふたりも瞬時に身構えた。


 人の気配。


 宿の外数メートル圏内より近づいてくる人間が数人、彼らの殺し屋としての鋭敏な感覚がそれを捉えていた。村の子供達か、あるいは村主の差し金か、どちらにせよ着衣を整えこれを迎える体勢に入る。そのまま家にまで入りこんだ気配が、部屋の戸の前でぴたりと止まった。


 バンッ


 意を決しこちらから扉を開けたギリィの目に飛び込んできたのは、聞き耳を立てる三人の少年の姿だった。


「な、なんなんだお前ら!?…じゃなくて、どうされましたかボクたち?ここに寄り付いてはいけないと先程忠告したはずでは?」

「いやあ、すまんっす。でももしかしたらと思ったら、矢も楯もたまらなぐなって…」

「もしかしたら、とは…?」

「ひょっとして司祭様がた、ミカルが呼びに行った『わーぐまん』じゃないですけ?」


 少年の一人がこともなげにその名を口にした。そういえば、頼み人である少女ミカルは、WORKMANが正義の味方だと誤認していたか。その認識がこの村の子供達の共通のものだとしたら、このようにヒーローを待ちわびるかのような物言いになるのも納得であろう。


 だからといってご期待通りにはいそうです、と答えるわけにもいかない。WORKMANの存在、そして正体は基本的に厳重機密、おいそれと明かす訳にはいかない。しかもここはどちらかといえば敵陣の只中、頼み人の関係者だからと教えれば、「仕事」にかけるべき的にも漏れる可能性が高いのだ。


「『わーぐまん』…?何ですかそれは?聞かない言葉ですね…」


 ギリィはシラを切り通した。リュキアも申し合わせたかのように、焦りを表に出すこと無く怪訝そうな表情を見せる。そしてそのさまは、少年たちを落胆させるに余りあるものだった。


「やっぱミカルもダメだったがぁ…」

「最後の頼みの綱は、また街に直訴に行ったニモイだげだなあ…」





 所変わってルクセン州都。この街の西側に位置する公会堂で州衛士全体研修は行われており、今も偉い人の偉そうなお話が長々と続いていた。日は真南を登り切ったところである。


「…というわけで、私からの予算案改正案は以上です。」


「……………」

「…隊長?ウェイン財務部長のお話が終わりましたよ?」

「…あっ!?ああ、これは失礼。では次はジョーダン名誉州衛士会会長の…」

「違いますよ隊長!今から一時間昼の休憩ですって!」

「ああ、そうだそうだ…すまんすまん…」


 進行を務めるはずのルクセン州衛士隊長モドックが、その立場にあるまじき呆けた態度を見せる。しかし列席者は誰ひとりとしてそれを疑問に思い、咎めようとは思わなかった。こんな長話を聞くだけの研修ではこうなるも仕方ない、みな、一様にそんな心境だったからだ。ともかくようやく昼休憩という名の開放である。各地から集った13人の州衛士は、それぞれ昼食を求め、そぞろに外に出始める。


 すると、そのタイミングを伺っていたかのように、ひとりの少年が物陰から飛び出し、州衛士たちに向かって叫び出したのだ。


「お願げえします各地の州衛士さま!おらの村の現状さ見てやってけろ!ほんで救ってけろ!」


 年は十代前半くらいだろうか。随分と真に迫った訴えではあるが、ルクセン訛りがきつすぎてそれが相手に伝わったかどうかは難しいところだろう。現に13人の州衛士たちは、心当たりのある一名を除き、ぽかんと口を開けてその様子を眺めているだけだった。


 やがて、地元ルクセンの所属と思しき若い州衛士がひとり駆けつけ、少年を捕縛した。素早い動きで口枷を噛ませ言葉を封じ、あれよあれよという間に縄で拘束する。いまいち把握しきれない状況であるが、その鮮やかな手際に同業者たちは感嘆の声を上げる。


「お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。私、このルクセンの西側の管轄を務める州衛士のキースと申します。」

「いやいや、お見苦しいどころか見事な捕縛術で…して、これは一体どういうことなんですかね?」


「ええ、お恥ずかしい話ですが、私が管轄する西の山岳地帯には、未だ大ラグナントの治世を認めない独立派の領主が隠れ住んでおりまして…武力衝突だけは避けようと私も日々交渉を続けているのですが力及ばず、時々こうやって子供を使って直訴やデモを仕掛けてくるのですよ。」


「なるほど、独立派の領主の差し金でしたか。うちの州も同様の案件に頭を悩ますことも少なくありませんから、その大変さはよく存じておりますよ。しかものような若い身空で、ねえ。」


 どこぞの州衛士が、キースと名乗る若者を褒めそやす。他の者達も、足元に転がり何かしらを伝えんと藻掻く少年に目もくれず、すっかり彼に感心していた。ただ一人、ザカール州から来た州衛氏、マシュー・ベルモンドを除いて…





「…成程、街の方でそのようなことがあったのですか。」

「ああ、子供の言い分なんて聞く耳持たねェまま即お縄だ。ひでェもんよ…」


 その夜、マシューは寄宿舎を抜け出し人の寄り付かなそうな路地裏で、水晶球に向かって話しかけていた。よく見れば透明なその球のうちには神父の姿がおぼろげながら写っている。失われし魔法の力、水晶を媒介とした即時通信の術法だ。これもまた、非合法に幾つもの魔法を習得している神父の仕業だろう


 それにより、鉱山の村にいる神父の得た情報と州都にいるマシューの情報が、即ち「村の子のひとりが直訴に行った」という情報と「独立派ゲリラの差し金であると断ぜられた少年が捕縛された」という情報が共有され、ひとつの可能性が導き出された。


「つまり何時ぞやのマエストロ事件のように、所轄の州衛士がグルになって握りつぶしている、ということですか…」

「ああ、さもなくば頼み人が嘘ついてるかのどっちかだ。ていうか、まだその村で何が行われてるかってののウラは取れねェのかい?」

「ええ、残念ながら。リュキアもギリィさんも頑張ってくださったのですが、鉱山の中に入れぬ限り真実は見えぬかと。」


 村の中は子供しかいない以外の異常は無し。なれば鉱山の中にこそ秘密が隠されているのだろうが、この鉱山の入り口は狭い上にひとつしか無い。そして当たり前のように四六時中厳重な見張りが立っている。波風を立てぬという条件もあっては、さしものWORKMANの密偵担当のふたりとてここの突破は難しかろう。


「いいかい神父様、出掛けにも言ったが今回の研修は全部で三日だ。明日明後日過ぎたら次の朝には早馬で帰らなきゃならねェ。俺にも何か「仕事」をさせてェってんなら、それまでになんとかしてもらわねェとな。」

「存じておりますとも。私達も表仕事の穴を開けすぎるのも本意ではありませんからね。多少強引な手になるかもしれませんが、明日は私が直接あたってみますよ。」

「おォ、くれぐれも気ィ付けてな。」


 水晶球の輝きが失せ、神父の姿も消える。この通信を以って、WORKMANのルクセン遠征一日目が終わるのだった。





 翌日、神父が泊まる屋敷の門前に、付き人に扮した亜人が二人身構えていた。


「本日司祭様は丸一日瞑想に入られる。差し出がましいようだが邪魔にならぬよう、村の方々には静かにしていてもらいたい。無論、中を覗き見ようなどという行為は以ての外である。」


 高僧の習慣など一般市民はとうてい知らぬものではあるが、昨日の今日でここまで厳重に人払いをしてまでの瞑想となれば、どことなく怪しさを感じてしまうもの。しかし逆に言えば今日一日はまるっと外を出歩くことは無いということでもある。高名な僧侶として迎え入れたものの懸念事項に事欠かない一団が動きを見せなくなるとなれば、何らかの裏を持つ村主も大っぴらに活動できるというものであろう。


 そしてその通り、昨日のうちは寄り付きもしなかった鉱山をブランドンは訪れていた。見張りとは顔パスで中に入る。その狭い通流の途中で、長い髭を蓄えたドワーフの男が彼に話しかけてきた。


「どうしたブランドン?昨日は『怪しい集団が来た。密偵か何かかもしれないので目立った真似はできんので暫くお前ひとりで管理しててくれ』と言っておったろうに。」


 昨日一日村の中でこの男を見かけたことはない。恐らくこの鉱山を取り仕切る現場監督で、連れ去られた村人たち同様外に出ること無くここで暮らしているようだ。


「あの怪しい連中、今日は瞑想があるんだとさ。どういう意図かは知らんが今日一日は動くまい。そういうセーフティーな日ならば私も現場に立ち会ったほうが良かろうよ。」

「そうかい。まあ確かに手伝ってもらえるなら助かるが、昨日今日で意見が180度も変わったと思うと、まるで人が変わったかのような違和感があってな。」

「ははは…」


 乾いた笑いを発しながら、ブランドンはドワーフの男に連れられ、鉱山の奥の奥に入っていった。





―――実際、このブランドンは人が変わっていた。


 というよりも別人だった。その正体は髪を染め眼鏡を外した神父その人。一日瞑想というのも逆のブラフであり、屋敷の中には人っ子一人居ない。隙を作ったかのように見せかけるトリックであり、この入れ替わり侵入工作こそが本命。そして本物のブランドンは彼に背後から当て身を喰らい失神、衣服を剥ぎ取られどこかの空の納屋に寝かされているところだろう。


 先日リュキアがそのそっくり加減に驚いたのと同様に、ブランドンとそう短い付き合いでもないであろうこの現場監督も、この偽の仲間に気付けないでいた。そしてどんどん奥のほう奥のほうへと神父を案内している。


 狭い通路を抜け、ようやく最奥の広間へと足を踏み入れた。地熱か何かが関係しているのだろうか、本来ならひんやりするであろう洞窟最深部にも関わらず、自然な温かみを感じる。そこで神父は奇妙な光景を目撃した。


 本来ならばつるはしを振るい鉄鉱石を掘り出しているであろうこの場所で、鉱夫たちは鍬を振るい地を耕す。地には規則正しく植物が植えられている。陽の光も届かぬこのような所に、深緑の葉を伸ばしながら、である。そしてその葉の形に、神父は心当たりがあった。



―――これは、マンドラゴラだ。



 その根は数多くの魔法薬などに用いられ、魔法ないし薬学に明るいものならば知らぬ者はいないであろう奇種植物。その栽培には土地の滋養こそが重要と言われ、肥沃な土地ならば曇天続きでもよく成長する。恐らくこの場所に眠る鉄などのミネラル分が、かような暗い場所での栽培を可能としているのだろう。


 問題はその用途である。平和に過ぎ、魔法もおよそご禁制となったこの時代にこれだけのマンドラゴラが全て魔法薬の原料として求められているというのも考え難い。となれば、魔法を介さ無い、別の薬へと精製するためであろう。


 麻薬である。


 乾かしたマンドラゴラの根を砕き、数種の香薬と混ぜあわせると強烈な鎮静剤となる。頭がぼーっとなり宙に浮かんだような気分が味わえるという。しかし依存性も強く、嗜好品と言うにはあまりにもリスキーとあって、現在大ラグナント王国全土において、精製はおろか種の栽培さえも禁止されている。


 禁止となる理由は依存性のリスクだけではない。このマンドラゴラという植物は、収穫のときにすらリスクが伴うのだ。株を引っこ抜く際に、人間の悲鳴のような音が鳴り響き、これを直で耳にしてしまうとショック死してしまう。収穫に一々人死にが出るような植物は、なるほど禁止されるべきであろう。


「ブランドン!やはりここにいたのか。探したぞ。」


 神父が眼前の光景に目を奪われていると、背後から呼ぶ声が聞こえた。そうだ今の私はブランドンだったのだ、と思い出し、これに応える。振り返り見るとそこには若い州衛士がひとり。これが昨夜マシューが言っていた疑惑の男だろう。


「あっと…どうしたキースそんな慌てた顔して。」

「どうしたもこうしたもねえよ。昨日また村からガキが逃げ出してたじゃねえか。全体研修があるから他の州の連中にチクられねえように気をつけろってあれほど言ったってのによ。結局俺に手間かけさせやがって…」

「そっ、そうか。それはすまなかった。」

「まったくどいつもこいつも緊張感が足りねぇぜ。『叔父貴』が後ろ盾についてるからって言っても、やってるのは御禁制のクスリの密造なんだぜ?『叔父貴』も昨日の今日で収穫が見たいとか言い出すし…みんな時期が時期なんだから自重するって事を憶えて欲しいぜ。」



(成程、これで全てが繋がりました…)


 疑惑をわざわざ確信に変えるキースの来訪で、神父はこの事件の真相に辿り着いた。鉄鉱山の再開とうそぶき、人手を集め、その実ご禁制の植物の栽培に従事させる。辺鄙な場所、栽培に適した土、気密性、どれをとっても最高の場所。よしんば機密が漏れそうになっても、権力もグルになって揉み消し。そしてミカルのご両親をはじめとする鉱夫たちの変死は、収穫の際マンドラゴラの叫び声を直に聞いてしまったが故。神父はかつて人違いで刺されそうになったわけだが、なるほどそれほどまでの憎悪を浴びせられるのも納得の、残忍にして卑劣な所業だといえよう。


「わかった、わかったよ。畑よりも村の監視に戻れってことだろ。仕方無えな。」


 そうキースに弁明しながら、ブランドンに化けた神父はそそくさげにこの場を後にした。そして程なくして、旅の司祭を名乗る一団も誰に別れを告げる事無く宿を出て行った。ブランドン本人が気絶から覚めれば嫌疑の目が強まるのは道理、ならば怪しまれる前に退散するのが得というものだろう。


 そして二日目の夜、WORKMANの一行は村からほど離れた森の中に身を隠しながら、神父がその日に見た事の真実を耳にしていた。


「こいつぁ想像以上に胸糞の悪い話だぜ…」

「………腐れ外道。」


 ギリィとリュキアが嫌悪の言葉を吐き出す。麻薬の密造に加え、人の命を使い捨てする収穫体勢。およそ通常の倫理観の持ち主なら許されるべきもない所業である。


「もう簡便ならねえや神父様!とっととマシューの野郎にも連絡とって『仕事』にかけちまおうぜ!」

「いえギリィさん、それは早計というものです。」


 血気にはやるギリィを神父はたしなめる。現場を目にした彼にも、まだ一つだけひっかかることが残っていたからだ。


「キースという州衛士が口にした『叔父貴』という人物、それがこの事件の黒幕でしょう。言われてみればあのような若い州衛士ひとりだけで、これだけの機密を闇に葬るのは無茶というものですしね。それを見つけ出し、始末しない限りこの『仕事』、完遂したとは言えません。」


 妥協を許さぬ神父の姿勢に息を呑むギリィとリュキア。しかし、だからと言ってもその「叔父貴」なる人物については情報が足らなさ過ぎる。名前すらわからない状態で的を探すというのも困難な話だ。熟考の末、神父が口を開いた。


「リュキア、今から州都の方に行って、ベルモンドさんに合流してもらえませんか?」

「………?」

「そして明日一日かけて、あのキースという州衛士を見張って下さい。うまくいけば『叔父貴』と呼ばれる黒幕の正体が掴めるかもしれません。」

「………」


「通信は不要です。判断は全て貴女にお任せします。そして私たちはこのままここに潜伏し、貴女の事の成否に関わらず、夜には『仕事』に移ります。」

「おいちょっと待てよ神父様!こんな森の中で丸一日あんたとご一緒してなきゃならねえのか?勘弁してくれよ、なんなら俺に州都に行かせてくれよ。」

「いえギリィさん、貴方はやや情動的なきらいがある。0の状態から物事を見抜くならば、冷静なリュキアのほうが適任です。」

「………」


 神父はそう言うが、リュキアの内心は穏やかではなかった。完全に自分の判断に任せた「仕事」といえば、先日の姉殺しだ。「仕事」から外されながらも、追い求めた瞼の姉を自らの手にかけた、その事実はリュキアの漆黒の心に更に暗い影を落とす。頼まれるがままの殺しならばともかく、己の頭で判断しての殺しというものに、完全にトラウマが出来てしまっていたのだ。


 さりとて神父がそのような彼女の機微に気付けぬ人間だとは思えない。おそらくは知った上で、それを乗り越えてWORKMANとして一皮剥けることを望んでいるのだろう。


「やってくれますね?リュキア…」


「………はい」




的は村主ブランドン・鉱山の監督のドワーフ・州衛士キース、そしてまだ見ぬ黒幕の「叔父貴」

かくて明日の夜、WORKMANの「仕事」が遠くルクセンの地で繰り広げられる―――


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