奴隷邂逅【12-2】
【23】
ロンドン某所 二三時二五分
昼光色の照明の下、精緻なカッティングの施されたショットグラスに琥珀色の液体が揺らめく。壁際の書棚にも華美な装飾が彫り込まれ、分厚い書籍群の背表紙に金文字が並ぶ。塵芥と無縁なまでに人の手が入った書斎の持ち主は、たった一つのドアの対面に鎮座する書斎机で眉根を寄せていた。男はグラスを傾けてスコッチを干すと、書斎机のデスクトップを操作し、パスワードの掛かるフォルダーを開いた。ほの暗い室内に彼以外の人影はなく、しんと静まり返っている。空になったグラスにスコッチを注ぐと、瓶を伝う滴も拭わずに、曇った双眸でディスプレイを睨む。視線の先に、一枚の画像ファイルが拡大表示されていた。露出の少ないアイボリーのメイド装束の少女が、街中で日用品の詰まった紙袋を抱えている。男は忌々しげに見目麗しい奴隷を見据え、同じフォルダー内のPDFファイルをダブルクリックする。即座にA4用紙一枚分の文書が展開されると、肥満の顔面に深い塹壕が刻まれた。
文書に宛名や日時・作成者の記載はなく、題目さえも記されてはいない。そこにはただヘリフォード郊外の住所が一つと、二名分の個人情報が写真付きで綴られていた。片一方は男性で、生年月日と職業――陸軍少尉・SAS所属――そして百八十センチを裕に超える身の丈や、親類関係が簡素に羅列されている。隠し撮られた様に写りの悪い写真から、相当規模の傷跡が下顎に窺える。
傷跡の軍人の下には、前者より遥かに多くの記述を有する十代の少女が続く。写真はマグショット(逮捕者の記録写真)の如く正面と真横のアングルで、少女は真っ白く質素なワンピース姿でフレームに収まっている。貌は人形の様に端麗だが暗く沈んだ印象で、健全とは程遠い。記述には瞳の色から血液型、通院歴等が網羅されている。だが、血縁関係を示す項には母方の親類しか記載がなく、列記された名の全てに赤文字で『死亡』の単語が伴われていた。
男が目頭を押さえつつ九杯目のスコッチを口に含むのと折を同じく、書斎のドアが叩かれた。家主が不機嫌を露に――これが彼の常であった――応じると、無垢材のドアが厳かに開かれる。書斎へ足を踏み入れたのは著名ブランドのメイド服を纏う少女で、歳は二十にも達していないくらいに見える。肩を震わせる娘はつい半年前からこの邸宅で「給仕」を担う性奴隷であり、若いまなこは絶望に淀んでいた。
「何だ、今日はお前か。コリーン?」
識別記号を呼ばれた奴隷は深々と腰を折り、頭頂部のヘッドドレスを揺らす。
「今宵のご寵愛を賜りたく、参りました。――アボット様」
保守党議員が一人、マーティン・アボットはデスクトップをシャットダウンすると、光沢の強い革椅子から、脂肪を溜め込んだ尻を浮かせる。年代物のスコッチを片手に、醜悪な笑みを浮かべて奴隷の顎を掴み、寝室へと重い足音を響かせた。数多の少女が涙を飲んだ、その部屋へ。
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