第342話 死神ちゃんとたかし⑤

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、ちょうど目の前で追い剥ぎ男ハイウェイマンが惨殺されているところだった。連日続く〈よく知る顔〉の苦悶の顔オンパレードに、死神ちゃんは思わず声をひっくり返した。



「マサちゃん!」



 ハイウェイマンがアイテムに姿を変えてすぐ、冒険者の男が首を傾げた。彼は不思議そうに目をパチクリとさせると、死神ちゃんに尋ねた。



「マサちゃんって誰?」


「お、おう……。そのモンスター、ちょっとばかし知り合いに似ているんだよ。それで、ついうっかり……」


「そういえば、前にもたしかそんなことを言っていたよね」



 そう言いながら、彼は死神ちゃんの頭を撫でた。そしてすぐ、彼は再びハイウェイマンの背後に忍び寄ると、闇を孕んだ笑顔で剣を何度も振り下ろした。



「次は……次は貴様の番だ……!」


「怖えよ、たかし! 一体どうしちまったんだよ!」


「リア充なんか、全て爆発四散しろ……!」



 死神ちゃんは怯えた様子で素っ頓狂な声を上げたが、一転して表情もなく「ああ、なるほど」と呟いた。

 この〈たかし〉と呼ばれる彼は、ここより遠い村で祖母と二人暮らしをしていた青年である。他国に出稼ぎに渡っている両親からの仕送りで慎ましやかな生活を送っていたのだが、もっと祖母に楽をさせてやりたいという一心で、ダンジョン近くの街のお店で住み込みアルバイトをしながら冒険者をしていた。

 便りを寄越さない彼を心配して追いかけてきた〈ばあちゃん〉のほうが実は冒険者としての稼ぎがよく、この近隣にセカンドハウスを構えるほどだった。しかしながら、何が彼とばあちゃんとの間を阻んでいるのか、彼らは同じ街にいながらいまだに再会していない。そのため、ばあちゃんが五階サロンや六階の社交場の常連になれるほど裕福な生活を送っていることすら、たかしは知らずじまいだった。


 死神ちゃんは息を切らせながら休憩しにやって来たたかしに、不思議そうに尋ねた。



「で、どうしてハイウェイマン狩りなんかしているんだよ。また酒屋からお使いでも頼まれたのか?」


「いや、これはチョコレートイベント用のお酒をゲットするべく狩りを――」


「リア充の爆発を願っておきながら、何でまた」



 死神ちゃんが呆れて目を細めると、たかしはギリギリと歯噛みした。彼には、一緒に住み込みアルバイトをしている〈ケン〉という仲間がいるのだが、どうやらその彼が原因らしい。

 ケンはたかしと比べて要領がよく、頭もよく回る。そして何より、コミュニケーション能力がずば抜けて高かった。そのため、彼は様々な国からやって来た女の子とお知り合いだった。



「このイベントさ、まだ始まったばかりじゃないか。それだというのに、ケンはすでにたくさんのラブリングをゲットしているんだよ。どの娘が本命なのかと尋ねてみたら、涼しい顔して『きちんと全員にお返しするよ』としか言わなくて。何なんだよ、あいつ! あいつの青春は〈灰と隣り合わせ〉じゃなくて〈おっぱいに両挟み〉ってわけですよ! 何て破廉恥! 冒険者失格だよ!」



 この後も、たかしは大声で〈おっぱい〉を連呼した。この階層は冒険者で溢れており、つまり、彼の叫びは結構な人数に聞かれていた。死神ちゃんは羞恥で頬を心なしか染めながら、静かにして欲しいと懇願した。


 こんなにもリア充にお怒りの彼がどうしてチョコレートイベントに参加しているのかというと、ばあちゃんにチョコレートボックスを送ってあげようと思っているのだそうだ。日ごろの感謝を込めて愛する祖母に、美味しいチョコレートと一緒に玩具同然でもいいから指輪を贈りたいのだとか。



「せっかくだから、とびきり美味しいものを贈りたいじゃん? だから、最高級なお酒をゲットするべく頑張っていたんだよ」


「じゃあせっかくだから、チョコレートボックスを入手できたら、直接ばあちゃんにプレゼントしに行けよ」



 死神ちゃんがそう言うと、たかしは苦い顔を浮かべて押し黙った。彼はばあちゃんを安心させたいからといって、手紙に嘘ばかり書いてきたのだ。たかしはカタカタと震えると、暗い顔を俯かせて呟いた。



「僕、ばあちゃんの顔を見たら、六階で大人の階段登ったっていう嘘を突き通せる気がしないよ……」


「それ以前に、他にもたくさん嘘をついてきたよな? そんな見栄を張らなくても、ばあちゃんのことだからニコニコと笑って許してくれるだろうに」


「君、その口ぶりは、僕のばあちゃんと知り合いなの?」



 死神ちゃんはたかしにうなずき返そうとした。しかし、やはり何かに阻まれてでもいるのか、死神ちゃんが返答する前にたかしはハイウェイマンの元へと飛んでいってしまった。死神ちゃんは、疲れたと言わんばかりの深いため息をついた。

 結局、たかしはたくさんのハイウェイマンを相手にしても、粗悪な酒しか手に入れることができなかった。考えあぐねた結果、彼はもう少し奥に進もうと決めた。



「もうちょい奥に進むとね、あの追い剥ぎ男の上司っぽいやつがいることがあるんだよ。そいつなら、いいお酒をくれるかも」



 辿り着いた場所は、ゴロツキのアジトのような汚らしい場所だった。そこには大量のマサちゃんが機嫌悪そうにクダを巻いていた。その奥に、他よりも体格の大きなマサちゃんがふてぶてしくふんぞり返っていた。



「ボス的なやつもマサちゃんかよ」


「うわあ、強そうだなあ。周りのやつは、あんなにも貧相だってのに」


「ああ見えて、意外と良いやつなんだよ。だから、あまり悪く言ってやるなよ」


「お知り合いに似てるからって、混同して言うのやめよう!? 戦いづらくなるでしょ!?」



 ギョッと目を剥いたたかしに非難されて、死神ちゃんは申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。たかしは深く息をつくと、口の中が乾くと言って水筒に手を伸ばした。しかし、彼が煽ったのは水筒ではなく、粗悪な酒の瓶だった。

 思わず、死神ちゃんは「あ」と間抜けな声を上げた。酒癖がすこぶる悪いたかしは段々と楽しくなってきたようで、酒瓶を投げ捨てて勢い良くハイウェイマンたちの眼前に躍り出た。



「貴様かーッ! 貴様が最高級なお酒を持っているのか!? 違うのか!? じゃあ、次は貴様の番だ! 貴様も持っていないのか! さっさと出したほうが身のためだぞ、ほらほらほらぁ!」



 荒れ狂うたかしを、死神ちゃんは唖然として見つめていた。彼はハイウェイマンたちを全滅させると、戦果のなさに悪態をついた。



「かくなる上は、リア充からもぎ取るまで! 爆発四散! 爆発四散!!」


「いやちょっと待てよ。ほらよく見てみろって。あそこに落ちてるの、最高級な酒じゃあないのか?」



 死神ちゃんは、呆れながらもそれらしきものを指し示してやった。たかしは目を輝かせると、悩むことなく酒瓶の栓を開けて煽った。



「ああああ、本当だ! おいしーッ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!」


「馬鹿! それ、ばあちゃんへのプレゼントを作るために使うんだろ!?」


「あーッ、そうだった! どうしよう、うえええええええええんッ!」


「笑い上戸に泣き上戸かよ。勘弁してくれよ!」


「まだ今日は絡んでない分マシでしょー!?」


「十分絡んでるだろ! 面倒臭いなあ!」



 死神ちゃんは絡みに絡まれて、辟易とした表情を浮かべながらグイグイとたかしを追いやった。押しのけられたたかしは死神ちゃんから離れると、楽しそうに何処かへと走り去っていった。追いかけてみると、たかしはその場ですでに灰と化していた。



「あら、お嬢ちゃん。どうしたんだい?」



 死神ちゃんは、偶然通りかかった老婆に声をかけられた。ゆっくりと顔を上げて老婆を見つめると、死神ちゃんは疲れ切った表情でポツリと言った。



「ばあちゃん、良いところに。申し訳ないんですけど、この灰、引き取ってもらえませんか?」


「ああ、いいけれど……。この灰はお友達なのかい? 一体、どうしたんだい?」



 心配そうに眉根を寄せる老婆に、死神ちゃんは「これ以上は話せない」と言って足早に立ち去った。老婆から見えないところまでやってくると、死神ちゃんは「ようやく引き合わせることができた」と胸を撫で下ろしながら壁の中へと消えていったのだった。




   **********




「ところでさ、チョコレートイベントって何?」



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、一班クリスが首を傾げていた。死神ちゃんやケイティー、マッコイにアリサが元々存在していた世界の一部の国で行われているイベントだと教えてやると、彼女は興味深げにうなずいた。



「へえ。チョコを送りあって、日ごろの感謝とか愛を伝えあうんだ。おもしろい。僕も参加しようかな。薫、作ったらもらってくれる?」


「おう、いいぜ。むしろ去年なんかは、みんなで一緒に作ってその場で交換会したんだよ。今年もそのようにするつもりなんだが、お前も来るか?」



 一班クリスは嬉しそうにうなずくと、一転してニヤニヤとした笑みを浮かべた。



「じゃあ、とびきりの〈愛の妙薬〉を持っていかなくちゃね」



 すると、三班クリスが血相を変えて勢い良く立ち上がった。何やら文句を言おうとした彼を牽制して、一班クリスはおかしそうに腹を抱えて笑った。



「いやだな、クリストス。一体、何を想像したんだよ。音楽家ぼくが〈愛の妙薬〉と言ったら、そんなの、ただのワインに決まっているじゃあないか」


「そこはかとなく嫌らしい言い方をするあんたが悪いでしょう!? この破廉恥! この、破廉恥!!」



 死神ちゃんは表情も抑揚もなく「お前ら、本当に仲がいいよな」と呟いた。三班クリスが心底嫌そうな表情を浮かべ、一班クリスがケラケラと笑い始めた。



「やだなあ、薫。僕、今は薫一筋だよ? 誤解しないでほしいな」


「ちょっと、私の薫から離れてよ! おっぱい押し付けないでよ、この破廉恥!」


「君、そろそろ現実見ようよ。こう見えて、薫はなんだろ? だったら君の恋愛対象外じゃあないか」


「うるさい、この破廉恥ーッ!」



 死神ちゃんが二人の間からするりと抜け出すと、ケイティーやピエロ、にゃんこたちがずるいと言わんばかりに抱きついてきた。死神ちゃんは新たに増えたおっぱいからも逃げだすと、盛大なため息をついた。そして背中を丸めると、トボトボとダンジョンに再出動したのだった。





 ――――きっと、たかしがこの光景を見たら、ケンに向けるのと同じドス黒い視線で見てくるんだなあと思ったのDEATH。

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