第338話 死神ちゃんとお育て屋さん③

 ある日。死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、目の前を大蜘蛛に追われて逃げ惑う冒険者が通過していった。どうやら彼らはただ闇雲に逃げ回っているわけではなく、モンスターをどこかへとおびき寄せているようだった。

 死神ちゃんは、蜘蛛を引き連れて走る冒険者のうちの一人にとり憑いた。すると死神ちゃんの襲来に驚いた別の冒険者が悲鳴を上げ、今までぴったりと合っていた彼らの息が乱れた。とり憑かれた者の腕輪から飛び出したステータス妖精さんの〈お気楽な信頼度低下宣告〉をバックミュージックに、悲鳴を上げた者が蜘蛛の大群に飲まれていった。とり憑かれた者が申し訳なさそうな表情を浮かべて〈姿くらまし〉をすると、蜘蛛は標的を失って去っていった。そこに、小人族コビートの盗賊が目くじらを立ててやって来た。



「もう、駄目じゃあないですか! このソファーのところまで、蜘蛛を連れてきてくださいねとお願いしましたでしょう?」



 彼女は装備の上から〈お育て屋さん〉と書かれた腕章を付けていた。死神ちゃんはじっとりとそれを見つめながら、ボソリとこぼした。



「お前、まだそのビジネスを諦めてはいなかったのかよ」


「ハッ! あなたは、いつも私が新ビジネスを始めると邪魔をしに来る死神ッ!」


「いや別に、わざわざ邪魔をしにきているわけじゃあないんだがな……」



 死神ちゃんは呆れ返りながら、ボリボリと頭を掻いた。コビートの盗賊は不満げに鼻を鳴らすと、客に向かって「悪いけれど、一旦死んでくれますか」と暴言を放った。

 彼女は〈お育て屋さん〉と称して、〈お手軽簡単に経験値稼ぎをするためのアシストをする〉というビジネスを行っている盗賊である。その〈お手軽簡単〉な方法というのは、ダンジョンの修復作業が間に合わずにできてしまった〈ひずみ〉や、〈あろけーしょんせんたー〉がレプリカの調整などを行った際に生じたミスを利用した、いわゆる〈不具合バグ〉を利用したものだった。

 もちろん、彼女も冒険者たちも〈ダンジョンの裏側には運営会社が存在していて、冒険者に著しく有利なバグは逐一潰して回っている〉なんてことは知らない。そのため、彼女はビジネスを始めると偶然現れる死神ちゃんのことを「ビジネスの邪魔をする面倒臭いやつ」と思っていた。

 きっと今回も不具合を利用しているのだろうと思った死神ちゃんは、彼女に〈今回のビジネスの内容〉について尋ねた。すると、彼女はふてぶてしくふんぞり返って鼻を鳴らした。



「いやよ、絶対に教えてなんかあげないんだから。毎度あなたと遭遇した直後から、何故か上手くいかなくて新手を考えなくちゃあいけなくなるのよ。だから、絶対に教えない! ――で、お客さん。いつまでそこにいるんですか。とりあえず、一旦死んで、この子を追い払ってくださいよ」


「いやいや、死んだら灰になりますよね!? それだけは勘弁なんですけど! とっとと終わらせて帰ればいいだけの話でしょう!?」



 何でもお育て屋さんへの支払いは前払い制で、時間ではなく〈蜘蛛の討伐数〉で金額を定めているらしい。そして、あと数体でそれも達成するということだった。お育て屋さんが苦い顔で仕事を継続すべきか渋っていると、先ほど死亡した冒険者が生き返って戻ってきた。仕方なく、彼女は依頼を達成することにした。


 彼女たちは、四階の中でも美術品などの調度品が置かれているエリアで狩りをしていた。そこには豪奢なソファーのある部屋があるのだが、そのソファーを利用するのがミソらしい。

 冒険者たちは再び、必死に蜘蛛を引き連れて走った。その蜘蛛をソファーのところまで連れて行くと、お育て屋さんが絶妙のタイミングで手早くデコイを〈ソファーの肘掛け部分〉に設置した。蜘蛛は冒険者たちを追跡するのを止めて、デコイに群がろうとした。しかし、蜘蛛はソファーに乗り上げることなく、床でもぞもぞと動いているだけだった。



(あ、これ、見覚えがあるぞ。……あれだ。マサちゃんが七階のデバッグ中にやらかしてた不具合利用に似ているんだ)



 デコイが壊されず効果を発揮し続けることで、冒険者たちは安全かつ安心して大蜘蛛を後ろから殴ることができた。少ないリスクで狩りができると喜ぶ冒険者たちの側で、死神ちゃんはこっそりと上長に不具合報告のメールを送った。

 すぐにレプリカに仕込まれているプログラムが修正されたようで、蜘蛛はソファーに乗り上げるようになった。



「あと数体で依頼達成だったの、に……」



 易々とデコイを破壊し、ターゲットを再び冒険者たちに定めた蜘蛛たちの波に飲まれながら、お育て屋さんは口惜しそうに消えていった。


 数日後、死神ちゃんは再びお育て屋さんと遭遇した。彼女は魔法使いに転職しており、しかも短期間で結構な魔法を覚えてきたようだった。死神ちゃんは呆れ果てて顔をしかめると、素っ頓狂な声で言った。



「凄まじい執念だなあ。お前のその諦めの悪さ、逆に尊敬するよ!」


「何とでもいいなさいよ。今度のビジネスは絶対に、あなたなんかに邪魔させないんだから!」



 彼女はそう言って死神ちゃんを睨みつけると、お客さんたちを従えて前回大蜘蛛を相手にしていたエリアへと向かった。付き合いきれないなと思った死神ちゃんは、彼女たちを無視して大蜘蛛で遊び始めた。蜘蛛に跨がりウロチョロと楽しそうに走り回る死神ちゃんは、お育て屋さんの顰蹙ひんしゅくを大いに買った。



「だから! どうしていつもそうやって邪魔ばっかりするのよ! 今、お客さんに大切な〈説明〉をしているところなのよ! それに、今からそいつを狩るんだから、玩具にしないでよ!」


「別にいいだろ、一匹くらい」


「効率が落ちるでしょう! ていうか、あなた、気持ち悪くないの!? 蜘蛛なのよ、それ!?」


「そう言われてもなあ……。意外とふさふさで毛艶がいいし、目もくりくりしてて可愛いんだぜ?」



 死神ちゃんが困り顔で首を捻ると、冒険者の一人が心なしか相好を崩した。



「本当だ、よく見たらこの蜘蛛、結構可愛らしい見た目してるわ……」


「な? こんな蜘蛛なら、ペットに一匹欲しいよな」



 死神ちゃんがニッコリと笑うと、冒険者も笑顔でうなずき返した。そして「可愛い」と呟きながら蜘蛛を撫で始めた冒険者は、嬉しそうにピキーと鳴く蜘蛛の激しいじゃれつきによって死亡した。頬を引きつらせて固まった他の冒険者たちを見渡すと、お育て屋さんは怒号を飛ばした。



「いいですか! こう見えて、この幼女は死神なんですよ! 今亡くなった彼みたいに、そそのかされないでくださいね!? ――じゃあ、始めましょ!」



 彼女の合図で、狩りはスタートした。今回彼女はどのような不具合を発見したのだろうと思いながら、死神ちゃんは蜘蛛に乗ったまま、蜘蛛を求めて走り去っていく冒険者たちを眺めていた。すると、すぐ近くで「よっこいせ」というお育て屋さんの〈何かに難儀している声〉が聞こえた。何を困ることがあるのだろうと思い彼女に視線をやった死神ちゃんは、ぽかんと口を開け眉間にしわを寄せた。



「はあ!? それはないだろう! いくらコビートで体重も軽いからって!」


「何を言っているのよ。ここだけの話だけど、これ、体重や種族関係なく、コツさえ掴めば誰でも乗れるのよ?」


「いやいやいや、ありえないだろう! そんな、薄い陶磁器の花瓶の上に乗るだなんて!」


「嘘だと思うなら、あなたも乗ってみなさいよ。お客さんが戻ってくるまで、まだ時間あるし」



 そう言ってお育て屋さんは死神ちゃんを睨みつけると、花瓶からヒョイと飛び降りた。死神ちゃんはフワリと浮かび上がると、恐る恐る花瓶の上に降りていった。そして悔しそうに顔を歪めると、足元を凝視しながらポツリと言った。



「嘘だろ、本当に乗れてる……」


「ほら、嘘じゃあなかったでしょう? ――さ、ほら。もうどいてくれる? お客さんが帰ってきたから」



 お育て屋さんは再度花瓶の上によじ登ると、冒険者たちが連れてきた蜘蛛に高火力の火炎系魔法をお見舞した。死神ちゃんはそれを〈あり得ない〉という表情で見つめ、静かに首を横に振った。

 冒険者が再び蜘蛛を求めて去っていくのをぼんやりと見つめながら、死神ちゃんはぶつぶつと呟いた。



「いやでも、薄いと見せかけて、実はすごく頑丈なのか? それとも、何か不思議な力が……」



 死神ちゃんが悶々としている横では、お育て屋さんが意気揚々と蜘蛛を焼いていた。しかし途中で、足元の花瓶に亀裂が入り、彼女は悲鳴を上げて台座から転げ落ちた。



「あー……危なかった。蜘蛛を倒した直後で本当に良かったわ」


「大丈夫ですか? これじゃあ、お育て続行できないですよね?」



 困惑顔の冒険者の横では、死神ちゃんがほくそ笑んでいた。やはり、花瓶に何か余計な仕掛けがうっかり施されていたようで、即座に修正されたのだ。しかし、お育て屋さんは余裕の表情でニヤリと笑った。彼女は再び台座によじ登ると、冒険者に向かって言った。



「私、あっちの方向に向かってジャンプしますから、私をバレーボールのようにトスしてください」



 冒険者は不思議そうに首を傾げつつも、うなずいてトスの準備を行った。お育て屋さんは合図をすると、彼に向かってジャンプした。そしてトスされた彼女は、ふわりと虚空に降り立った。



「浮いてる! お育て屋さんが浮いているぞ! あなたは超能力者の技も使えるんですか! すごいなあ!」


「ふっふっふ。企業秘密です~!」



 ドヤ顔で胸を張る彼女を、冒険者たちは賞賛しまくった。そして羨望の眼差しを送りながら、蜘蛛を呼んでくると言って走っていった。だが――



「うわあああああああああああ!」


「えっ、何!? 何を連れてきた―― 何あれええええええええ!?」



 冒険者たちは大量の大蜘蛛と、〈ちょうぜつがっしん〉した動く鎧に追いかけられていた。助けてと目で訴えてくる冒険者たちに、お育て屋さんは〈無理!〉と言わんばかりに首を横に振った。




   **********




「それにしても、四階って不具合が多い気がするんですけれど。どうしてですか」



 待機室に戻って開口一番、死神ちゃんはそう言って首を傾げた。すると、グレゴリーが苦い顔を浮かべて答えた。



「あー、他の階と比べて罠含め、〈物〉が多いからよ。その分、破損率も高いわけよ。だから、ちょくちょく直しが入るんだが、そのときに結構やらかすみたいだな」



 死神ちゃんが納得の表情でうなずくと、グレゴリーは一転してニヤニヤとした笑みを浮かべた。



「ところで。お前を模したグッズが超絶レアで産出されてるが」


「ああ、キーホルダーとか、何故かドロップするみたいですね。実際に、所持している冒険者を見たことがありますよ。あれ、本当にやめてほしいんですけど」


「今度、調度品の中に〈薫ちゃんフィギュア〉を紛れ込ませる予定らしいぞ。もしかしたら、筋肉大好きなヤツらが御神体として入手したりしてな。よかったな」


「全然良くないですよ! 何考えてるんですか! 本当にやめてくださいよ!」



 死神ちゃんは怒りを露わにすると、顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。後日、この世界の神であるあのケツあごが、そのフィギュアを持って嬉しそうに訪ねてきた。



「我の執務室には、部下である神々の偶像を展示したケースを置いてあるのだが。そこに〈いずれ筋肉神として加わってくれる者〉として飾ろうと思っているのだが――」


「それだけは勘弁してください」



 死神ちゃんは深々と頭を下げ、丁重にお断りしたのだった。





 ――――修復が間に合わなくて不具合が出てしまうのは、まだ仕方ないとしても。そうやってフィギュアを混ぜ込ませるなどの〈無駄なテコ入れ〉をちょくちょく行うから、余計な不具合が発生すると思うのDEATH。

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