第336話 死神ちゃんとパン屋②

 ある日の午後。〈担当のパーティーターゲット〉を求めて死神ちゃんがダンジョン内を彷徨さまよっていると、挙動不審気味に奥へと進んでいくローブ姿の冒険者を発見した。その冒険者は特に〈姿くらまし〉をしているわけでもなさそうなのに、モンスターは一向に攻撃を仕掛ける素振りを見せなかった。不具合を疑った死神ちゃんは、地図を開いて該当の者の腕輪のIDを確認することにした。そして眉間にしわを寄せて地図をしまうと、怪しいローブへと近づいていった。



「何をそんなに、こそこそとしているんですか」



 死神ちゃんに声をかけられて、ローブはビクリと身を跳ねさせた。ローブは必死に辺りをキョロキョロと伺い見ていたが、誰もいないと分かると目深に被ったフードに手をかけた。フードから顔を出したのは、なんと冒険者ギルド職員のエルフさんだった。

 彼女はいつも、戦士や盗賊向けの軽装備で身を固めている。それがどうして本日はローブ姿で、しかも人目を避けているのかと死神ちゃんは尋ねた。すると彼女は気恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、落ち着きなくそわそわとした。



「いえ、だって。本日はが今プレオープンさせている〈移動ワゴン〉のテスト販売日だって連絡があったから……」



 死神ちゃんは稀に、食べ物を頂いた冒険者にお返しで〈自分のおやつ〉をお裾分けしている。その味が評判を得ていると知ったグレゴリーが「いっそダンジョン内で売店でもやったらいい」というようなことを言ったのが採用され、新年度よりダンジョン内で移動ワゴンによるパンやお菓子の販売を行うこととなった。

 販売日は不定期で、ワゴンの出没場所もランダムの予定となっている。しかしながら、ワゴン絡みで冒険者が何かやらかしたときに即時対応ができるようにと、ギルド側には〈出店情報〉を流すことになっていた。そしてエルフさんは先日、ギルド側へのお披露目会にてお菓子やパンを頂いて、すっかり味の虜となったのだそうだ。



「つまり、職権濫用をしようと。そういうわけですね」


「有り体に言えば、そうね! でも、本当に美味しかったんですもの! 仕方がないでしょう!?」


「……冒険者にバレないようにしてくださいよ? あと、買い占めないでくださいよ? なにせ、あれは冒険者向けのボッタクリサービスなんですから」



 分かってる、と返すと、エルフさんは再びフードをしっかりと被って顔を隠した。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、こそこそと去っていくエルフさんを見送った。


 また別のある日。ターゲットを求めて彷徨っていた死神ちゃんは、ダンジョン内が〈いつもと比べて心なしか慌ただしい〉と感じた。本日も、ワゴン販売のテスト日だった。なので〈もしや、移動ワゴンが噂になってきたのかな?〉と死神ちゃんは思った。しかしながら、何やら雰囲気がきな臭い。一体何なんだろうと思いつつ飛行を続けていると、エルフさんと鉢合わせた。

 死神ちゃんは辺りに冒険者がいなくなったのを確認すると、エルフさんに「何かあったんですか?」と尋ねた。すると、彼女は困惑の表情で首を傾げた。



「それが……。移動ワゴンが、何者かの急襲を受けているそうなのよ……」


「は?」


「私もまだ事態を把握はしていないんですけど、何度場所を変えてもしつこく現れるんですって」



 しかし結局、その日の移動ワゴンのテストは中止となり、後日に仕切り直しとなった。移動ワゴンのプロジェクトメンバーになっているマッコイにも何があったのかを尋ねてはみたものの、裏世界側で延々とお菓子を作り続けていた彼は「何者かが襲ってくるらしい」ということしか知らないとのことだった。

 そして仕切り直しの日、ダンジョン内はまたもや張り詰めた空気に覆われていた。死神ちゃんはまたもやエルフさんと遭遇し、事の次第を尋ねた。すると、エルフさんが驚嘆して目を瞬かせた。



「あら、のほうが詳しいと思っていたのだけど」


「いえ、の担当者も、まだきちんと把握してはいないみたいで」


「そうだったの。――今ね、またワゴンが襲われているみたいなんだけれど。せっかくだからギルドの〈緊急ミッション〉にしたのよ」


「はい……?」


「だから、〈緊急ミッション〉。ワゴンを発見し、〈襲い来る何者か〉から守り抜いた者には金一封を与えるという内容よ」



 すっかりワゴン販売のファンとなっていたエルフさんとしても、このまま何者かに邪魔をされて出店取りやめとなってもらっては困るらしい。また、こういう突発ミッションがあったほうが、冒険者たちへの良い刺激になるということなのだそうだ。

 ただ、ワゴンが何者かからのしつこい攻撃を避けて移動をしまくるため、ギルド側も〈どこそこに急行して〉という指示が出せないのだとか。だから冒険者へのミッションの第一段階が〈ワゴン発見〉となっているのだそうだ。死神ちゃんは相槌を打つと、自分の仕事へと戻っていった。

 ひと仕事を終えて待機室に戻ってきた死神ちゃんは、ケイティーに手招きされた。どうしたのかと尋ねると、彼女は困り顔でポツリと言った。



小花おはなさ、ワゴン急襲について、何か心当たりない?」


「いや、ないが……。どうしたんだよ?」



 聞くところによると、プロジェクトチームからダンジョンに降りていく業務を行っている部署に対して〈何か知らないか?〉と連絡が入っているらしい。そしてギルド側でも救護ミッションを発令してはくれているが、こちら側でも対策をしようと検討中なのだとか。



「襲ってきている相手が冒険者なら、腕輪のIDを照会すればいいだろうが」


「そうしたいのは山々なんだけど、さっぱり分からないんだよ。わざわざ腕輪を置いてきているのか、それとも、ギルドへの登録もなしに無断でダンジョンに入り込んでるのか……。そういうわけだから、今、ダンジョンから戻ってきたヤツらに片っ端から心当たりを聞いていたんだけど」



 それらしい者を見かけた場合、もしもターゲットへのとり憑き前だったら排除しても構わないとのことだ。また、とり憑き中で対応できない場合はこっそりメール連絡をして欲しいということだ。死神ちゃんは頷くと、ダンジョンへと再び降りていった。

 死神ちゃんは勇猛そうな戦士にとり憑いた。彼はギルドの緊急ミッションを受けているそうで、ちょうどワゴンを救護すべく探している最中だということだった。



「実は俺、この前偶然ワゴンに遭遇してさ。べらぼうに高い値段だなとは思ったんだが、ダンジョン内で美味しいものにありつけるという誘惑と、あの香りに釣られて買ってみたんだよ。そしたら、凄まじく美味いじゃあないか! だから、また遭遇することがあったら食べたいし、それが襲われてて困っているというのであれば助けたいんだよ」



 爽やかに笑いながら、戦士は曲がり角を曲がった。この先には少しばかり拓けた場所があり、店をやるにはちょうどよいだろうと彼は当たりをつけたのだ。それはどうやら的中したようで、その場所にはワゴンがポツンと存在していた。

 ワゴンにはまだぎっしりとお菓子やパンが並んでいた。戦士は売り子の可愛らしいダークエルフに「大丈夫ですか?」と話しかけつつ、いくつか品物を購入した。戦士は品物を受け取ると、警護に入ると言って広場の入口辺りに剣を持って構えた。少しして、彼と同じようにミッションを受けた冒険者たちが続々と集まってきた。彼らも彼と同様に買い物を済ませると、警護のために持ち場についた。


 死神ちゃんは販売員の店員に声をかけた。彼女とは以前、大人の社交場で会ったことがあった。そのとき彼女はサキュバスさんのヘルプをしていたのだが、どうやらワゴンのプロジェクトへの参加申請を出したらしい。



「私、お料理関係の仕事に就きたかったのよ。だけど、私が面接を受けたときは社交場しか空きがなくて。社交場でもね、一応キッチンに入っていたのよ。でも、あの植物たちが来るまでは〈あんた、可愛からヘルプもお願いできないか〉って――」


「今もヘルプで入ってはいないのか! 入っているならば、喜んで散財しにいくというのに! むしろ俺は、お前を常にご指名するぞ、尖り耳よ!」



 彼女の言葉を遮って、馴染みのある男の声が辺りに響いた。気がつくと、彼はすでにダークエルフさんの腰を抱いており、肩を抱き寄せて頬ずりしようとした。



「お前がヘルプだとは、そのキャバクラはとんでもないところだな! 何故尖り耳がナンバーワンではないのだ!」


「いやあああああああ! 何、こいつううううううう!」



 ダークエルフさんは男を突き飛ばすと、渾身の攻撃魔法をぶっ放した。ぷすぷすと煙を上げて倒れ伏した男を見下ろして頬を引きつらせると、死神ちゃんは彼女に尋ねた。



「なあ、度々ワゴンを襲ってきていたのは、もしかしてこいつ?」


「いえ、違うわ。それとは別に何かねっとりとした気持ちの悪い視線をちょくちょく感じていたんだけど、その正体はこいつだったのね」



 嫌悪の表情を浮かべて燃えカスを見下ろしながら、彼女は吐き捨てるように言った。

 大丈夫かと言いながら駆け寄ってくると、戦士も死神ちゃんと同じ質問をした。彼女は改めて否と否定すると、彼女は顔を青くしててカタカタと震えだした。



「あ、あれ。あれです……!」


「あいつか……!?」


「火炎系の魔法を放てば『かまどの火と比べたら全然熱くない』と涼しい顔で言うし、他の魔法はひょいひょい避けるし! あれは一体、何者なの……!?」



 闇を抱えたような、暗く淀んだ目に狂気を孕んだ笑み。その男を、死神ちゃんは知っていた。死神ちゃんが辟易とした表情を浮かべると、彼は死神ちゃんをギョロリと見つめて、嬉しそうにハアアと息を漏らした。



「見つけた……。見つけた……。一緒にいるということはやはり、その黒エルフが、お嬢ちゃんの〈お母さん〉なんだね……!?」


「いえ、違います」


「いいんだよお……。隠さなくても……!」


「いえ、本当に違うんです」


「まあ、いい……。だったら! 本物の〈お母さん〉が出てくるまで! 私は何度でもやって来るだけだ!」



 バタールを棍棒代わりに携えたその男は、目を血走らせ、語気を強めるごとに死神ちゃんを指差した。戦士たちは剣を構えると、一斉に男へと襲いかかっていった。

 男はでっぷりとした見た目にそぐわぬ軽やかさで、猛者どもの剣を全てかわした。そして急所を狙ってバタールを振りかざし、ばったばったと冒険者たちを倒していった。



「だから! 食べ物をそのように扱うのはよろしくないですよねえ!?」


「私とパンは一心同体! 何故なら私は、パン屋なのだから! さあ、私の前に立ち塞がる者たちよ! 私の魂を存分に食らうといい!」


「食らうの意味、おかしいですよねえ!?」


「いちいちうるさい幼女だな! 文句があるなら、早く〈お母さん〉を呼んでくるがいい!」



 いつの間にか、その場にいた冒険者は全員倒されていた。死神ちゃんはパン屋に胸ぐらを掴まれると、そのまま勢い良くぶん投げられた。しかし、死神ちゃんはワゴンに激突することなく、誰かに抱きとめられた。

 その誰かは、死神ちゃんを抱えたままパン屋に回し蹴りをお見舞した。鋭くも重い蹴りはパン屋の首にヒットし、そのままパン屋は動かなくなった。



「あら、やりすぎちゃったかしら」



 なおも死神ちゃんを抱えたまま、マッコイは尻もちをついたまま怯えて動かなくなっていたダークエルフさんに手を差し伸べた。死神ちゃんは驚き顔で目をパチクリとさせながら、彼に尋ねた。



「お前、裏でお菓子作り続けていたんじゃあないのかよ」


「ちょうど、追加で焼き上がったお菓子を届けに来たところなのよ」



 ダークエルフさんを立ち上がらせながら、彼は苦笑いを浮かべて答えた。




   **********




「というわけで、アタシ、異動になっても戦闘訓練に参加し続けることになったのよ。しかも、せっかく参加するなら、今まで通り指導員もやれですって」



 マッコイは口を尖らせると、難しい顔でパソコンとにらめっこしている住職に不満を漏らした。どうやら今回の事件のせいで、裏でお菓子作りに徹する予定だったマッコイは、売り子もやらされるはめになったらしい。元々死神である彼であればたとえ襲われても死なないし、元暗殺者なのだから反撃も容易だろうということだった。それにあわせて、ワゴンも〈カゴに品物を並べるだけ〉からネオ屋台のようなキッチン内蔵のすごいものに変わるらしい。

 住職は画面から目を離すと、苦笑いを浮かべて言った。



「いや、俺としてはすごく助かるよ。だって俺、自分の好き勝手暴れるだけだったから、戦い方を教えろって言われても無理だし。そこだけでもお前が残ってくれるのは、本当にありがたいよ」


「アンタは肩の荷が少し減って嬉しいでしょうけどね。アタシは週三でゆるーく働くつもりだったのに、おかげで週四の週が発生するのよ。ちっとも嬉しくないわ!」


「十分緩いだろ。週五の上に勤務時間まちまちな今と比べたら。それに、マコがいなくなったら寂しいっていうヤツらばかりなんだから。いいじゃあないか、部下からの信頼が厚くって。羨ましいですね」


「何馬鹿なことを言ってるのよ。アンタも、そうなってくれないと困るんだから。――ほら、ここ。さっそく間違ってる」



 呆れ顔を浮かべて、マッコイは画面を指差した。住職は慌てて画面を覗き込むと、一転して情けない顔を浮かべ「すみません。もう一度、やり方を教えてください……」と呟いた。住職が立派に独り立ちするのは、まだまだ先のようだった。





 ――――なお、あのパン屋、普通に品物を買って帰るだけにすればいいのに、どうしても戦いたいらしく、これ以降も毎回、何故か襲ってくるそうDEATH。

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