第329話 死神ちゃんとブラックナイトメア

 ダンジョンに降り立った直後死神ちゃんが目撃したのは、何ものかの大きな舌と鋭い牙だった。そのままバクンと飲み込まれた死神ちゃんは、ぬるぬるとした感触に苛まれながら絶叫した。



「駄目よ、ココアちゃん! ペッしなさい、ペッ!」



 外からは、優しげな女性の必死な叫びが聞こえてきた。しかしながら、それはむぐむぐと死神ちゃんを堪能し続けて、一向に吐き出そうとしなかった。物体透過能力を用いて脱出した死神ちゃんは結構な高さからべチャリと落下し、今度は砂まみれとなった。



「大丈夫? ごめんなさいね」



 目も開けずに死神ちゃんがぐったりとしていると、先ほど声だけは聞いていた女性がタオルで顔を拭ってくれた。ようやく目を開けた死神ちゃんは弱々しく笑みを浮かべると、か細い声で呟くように言った。



「ああ、天使が見える……。ここは天国か何かか……?」



 女性はカアと顔を赤らめると、白い羽を勢い良く広げた。そして声を上ずらせながら、フンと鼻を鳴らして口を尖らせた。



「そっ、それは昏き世界の女王たるわたくしへの屈辱と見なせばよいのだな!?」


ねえさん、言ってることのわりに、〈砂漠の刺すような太陽光〉を翼で遮ってあげるだなんて優しいことしてるの、とても可愛いっスよ」



 しぱしぱと目を瞬かせながら、死神ちゃんは辺りをぐるりと見回した。黒いボンテージ姿の〈天使と人間のハーフセレスチャル〉の背後には、髑髏などの毒々しい意匠が散りばめられた格好の青年と、何やら闇を抱えていそうな雰囲気の忍者が立っていた。死神ちゃんは見知った彼らに笑みを浮かべると、そのまま意識を失った。


 気がつくと、死神ちゃんはセレスチャルと一緒に水浴びをしていた。視界に飛び込んできた色白の柔らかそうな肉まんに驚いた死神ちゃんが変な声を上げると、岩陰から青年の元気な声が響いた。



「死神ちゃんさん! お目覚めっスか! チッス! 久しぶりっス!」


「えっ? 何!? なんでこんなことに!?」


「死神ちゃんさん、ケルベロスのココアちゃんに美味しく頂かれちゃったんっスよ」


「だから、オアシスに運んで綺麗にしてあげようと思って」



 セレスチャルが申し訳なさそうな笑みを浮かべると、子犬ほどの大きさになって水浴びを楽しんでいたココアちゃんが〈ごめんね〉と言うかのようにクゥンと鼻を鳴らした。

 死神ちゃんは頭を掻きながら「こちらこそ、何だか申し訳ない」と返した。



「彼女が闇の世界の住人たる死神に手を差し伸べるのは、昏き世界の支配者として当然のことであろう。そもそも、こちらに非のあったことであるしな。だから、同胞はらからよ。気にする必要はないのだ」



 死神ちゃんはすぐ隣から聞こえてきた声にギョッとした。何故か当然のように水に浸かっていた男は、もちろん頭巾から下が素っ裸だった。セレスチャルはキャアと悲鳴を上げつつも、指の間からガッツリと彼の裸を見ていた。死神ちゃんは思わずツッコミを入れようとしたのだが、それよりも早く巨大化したココアちゃんが頭巾の彼をバックリと飲み込んだ。


 彼らは、簡単に言えば〈類友〉というやつである。髑髏づくしの青年はパンクでロックなものが大好きな凄腕錬金術師の〈パンク野郎〉、忍者は熟練ながらイタイ言動のせいで長いことぼっちだった〈中二病〉、そしてセレスチャルはいわゆる〈なりきりプレイ〉という冒険の楽しみ方で中二病っぽいダンジョンライフを送っている〈堕天使〉だ。

 死神ちゃんはオアシスの対岸にいる中二病のほうに顔を向けると「いつもの仲間はどうした」と尋ねた。ココアちゃんのおくちから脱出した彼は、堕天使と死神ちゃんから距離をとって必死にぬとぬとした体を洗っていた。彼は苦い顔を浮かべて体をゴシゴシと洗いながら、何事もないような口調で答えた。



「今もなおパーティーを組み、ともに活動をしているぞ」


「あれっス! 俺ら、ユニオンっつーのを組んだんっスよ!」



 岩陰からパンクのフォローが入り、死神ちゃんは「ユニオン?」とオウム返しをした。何でも、冒険者たちの中にはパーティーを組む以外にも、同盟ユニオンを結成して協力体制を整えている者もいるのだそうだ。

 パーティーはダンジョン探索時に結成するもので、ギルドでの決まりで六人までしか組むことができない。しかしながら、たとえ職業冒険者といえどもプライベートというものがある。そのため、常にパーティーメンバーが全員揃った状態で探索を行えるというわけではない。

 また、探索中に別のパーティーと意気投合することもある。なので、気の合うパーティー同士、互いの探索日に欠員がある場合などにメンバーを貸し合うということをしているところもあるのだ。ユニオンとは、そういうやりとりを円滑に進めるためにある互助会のようなものだそうだ。


 パンクは以前、探索中に堕天使に助けられた。また、中二病も仲間たちと探索している最中に堕天使に助けられ、パンクはその場に居合わせた。その際、パンクな彼は中二病者たちを〈ロックでパンクだ〉と見なし、ヤベェパネェと賞賛した。そして中二病者達も彼のロックでパンクな姿を同族と見なしたらしい。それ以来、彼らはよくつるむようになり、せっかくだからユニオンを結成しようということになったのだとか。

 パンクは嬉しそうに笑いながら、岩場から声を張った。



「ちなみに、俺らのユニオン名なんスけど、ブラックナイトメアっつーんスよ! どうっスか? めっちゃパンクっしょ!?」



 死神ちゃんは表情も抑揚もなく「あーうん、そうだな」と返した。同じタイミングで、堕天使が満足げに「うん、よし」と声を上げた。死神ちゃんが彼女を見上げると、満面の笑みが降り注いた。



「ようやくぬとぬとも砂っぽさも取れたわ。本当にごめんなさいね」



 死神ちゃんは笑顔で礼を返しオアシスから上がると、タオルを借りて体を拭い、干してあった洋服に手をかけた。


 パンクに〈呪いの刺身包丁〉の解呪を依頼した食堂のおばちゃん・マンマが彼の腕の良さを広めた結果、彼は大忙しとなった。元々パンクでロックなこと以外に興味のなかった彼だが、頼まれたことは責任持ってこなす男前だった。結果、特殊な錬金素材が足りなくなることもしばしばで、彼は堕天使に護衛をお願いしてアイテム掘りにダンジョンへと度々来ていた。本日も同じ理由で、彼らはダンジョンにやって来たそうだ。



「呪い装備って、めっちゃシビれる見た目のものばかりじゃあないっスか。だから、壊すことなく解呪する方法があるならしたいっていう人は多いみたいで。俺も同じ理由でこの秘術を編み出したわけっしょ? そりゃあ、その思いに応えなかったら男が廃るってもんっスよ。そして、応えねえっつーのは、めっちゃダサいっしょ」


「私はこの者が行う闇の布教活動に賛同したのです」


「我もだ。何故なら――」



 堕天使と中二病はうなずき合うと、声を揃えて「何を隠そう、私たちが彼の一番の常連客なのだ」ということを言った。死神ちゃんは彼らの装備を頭から足先まで眺め見ると、納得の表情で「でしょうね」と返した。

 途中、彼らは手強いモンスターと遭遇した。堕天使は僧侶系の呪文も覚えているようで、中二病に対して中二な言い回しで支援魔法をかけた。中二病は〈とても嬉しい〉という気持ちを押し隠すように、しかしながら興奮気味に鬨の声を上げた。普段の仲間たちも大分中二に染まってきたとはいえ、彼女ほど自然に中二ゼリフが出ては来ない。だから、ナチュラルな中二呪文を唱えてもらえるということは、彼にとってとても嬉しいことのようだった。


 意気揚々と戻ってきた中二世界の住人は、昏き世界の女王からの褒め言葉に嬉しそうに跪いた。その様子を、パンクは微笑ましそうに目を細めつつ、〈彼らのやり取りは、いつ見聞きしてもやはり、ロックでパンクである〉と喜んだ。

 彼らはそのまま砂漠を進んでいき、ピラミッドへと入っていった。どうやら、本日のお目当ての特殊錬金素材は、ピラミッド内が一番入手しやすいらしい。しかしながら、ピラミッド内部の敵は先ほど戦ったものよりも強大だった。

 体術だけでは捌ききれないと思った忍者は懐から手裏剣を取り出すと、壁沿いにいた敵に向かって投げつけた。戦闘終了後、忍者は投げた手裏剣を律儀に回収した。そんなことが何度も続き、しかも、新たな敵がやって来て早く逃げねばならないというときにまで行われた。死神ちゃんは首を傾げると、それはどうしてかと尋ねた。すると、走り疲れて息も絶え絶えのパンクがポツリとこぼすように言った。



「錬金で増やせたらいいんスけどね……」



 聞くところによると、使用回数の決まっているアイテムは錬金の秘術によって使用回数の上限を増やすことができるらしい。しかしながら、一回使い切りのアイテムにはその秘術は使えないのだそうだ。



「まあ、そうだろうよ。その秘術、モノの耐久力がよくなるだけであって、物理的にモノが増えるわけではないんだから」


「そうだ。だから我は錬金術・物理をすることにした。――つまり、使用後にきちんと回収するのだ」


「でも、そんな伝家の宝刀的に使うことを渋るのは何故なんだよ。無くなったら新しく買えばいいだろう」



 それは、と中二病が言葉を濁すのと同時に、彼らはモンスターの急襲を受けた。手強い相手に苦戦気味の中二病は手にしていた手裏剣を投げようとしたのだが、彼は投げることはせず、しっかりと握りしめてグサグサと手裏剣をナイフのようにモンスターに突き刺し始めた。死神ちゃんが不満げな声を上げると、パンクが切なげな表情でしんみりとこぼした。



「忍者の投げ道具って、ドロップめちゃ渋で道具屋での販売もしていないんスよね。めっちゃ強いのに……」


「たまにオークションやフリマで出品されているけれど、それも高値がついてて手が出せなかったりね……」


「それであんな切ない使い方を……。世知辛いな。これでうっかり紛失したら、もう悪夢のようだな……」



 伏し目がちにしんみりと堕天使が付け足し、死神ちゃんは何とも居た堪れない気持ちになった。直後、中二病が「あ」と間抜けな声を上げた。手裏剣が深く刺さって抜けなくなり、何とか回収をしたかったのだが、モンスターがそのまま落とし穴に落下していったのだ。

 まるでお通夜のような雰囲気に包まれ、死神ちゃんは困惑した。死神ちゃんは頬を引きつらせると、恐る恐る彼らに尋ねた。



「もしかして今のって最後の一個的な……?」



 中二病は目に涙を浮かべると、ワッと泣く素振りを見せて悲嘆に暮れた。そこに空気を読んだかのように複数のモンスターが現れ、彼らをさらなる絶望に落とそうとした。しかし、絶望を味わったのはモンスターのほうだった。深い悲しみによって闇を見た中二病が、怒りの裸乱舞を行ったのだ。彼は怒りで体が震えるのを抑えながら、小汚いものを震わせてモンスターに手刀を食らわせた。彼の手刀は次々と急所を突き、モンスターはあれよあれよと倒されていった。その様子を、死神ちゃんは呆然と見つめてこぼした。



「手裏剣よりも、素手のほうが強いんじゃあないか? あいつ……」


「まあ、出し惜しみしていた手裏剣と比べたら、熟練度が違うっスから」


「それってもはや、手裏剣いらないだろう。いくら強い武器だからって」


「そこはほら、漢のロマンってやつっスよ」


「あー、ロマンじゃあ仕方ないな」



 淡々と返してくるパンクに、死神ちゃんは合点がいったとばかりに腕を組んでウンウンとうなずいた。その足元では、ココアちゃんがプルプルと震えていた。三つある頭のうちのひとつは退屈そうに大きなあくびをし、もうひとつは完全に寝息を立てていた。残りのひとつはガパッと口を開け、突如地獄の業火を吹き出した。どうやら、ココアちゃん的には耐え難いほど退屈だったようで、手っ取り早く戦闘を終わらせようと思ったらしい。

 炎に焼かれて、残りのモンスターは一掃された。しかし、一緒に中二病も焼き払われた。その結果におろおろとしていた堕天使は「あ」と声を上げると、何かに向かって慌てて走っていった。



「せっかくのドロップ品が落とし穴に!」


「いや、姐さん! 無理しなくていいっスから!」


「だって手裏剣がドロップしたみた―― ああああああ……!」



 死神ちゃんは呆れ果てると低い声でボソリと言った。



「羽ついてるんだから、飛べよ」


「いやあ、凄いっスね! 恋する女性の盲目さ! マジでパネェ!」


「あっ、何、この前あいつが中二病に対して『いい……』って呟いてたのって、やっぱりそういう!?」



 パンクは回収の可能な中二病の死体だけ回収を行うと、ニッカと笑って死神ちゃんに敬礼をした。



「じゃ! 死神ちゃんさん! お疲れ様っス!」


「お、おう……。お疲れ……」



 死神ちゃんは楽しそうに去っていくパンクの背中と、まるでそれを追うように霊界を走る堕天使を見送ると、そのままスウと姿を消したのだった。





 ――――何ていうか、いろんな意味で悪夢ナイトメアを見た気がするのDEATH。

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