第322話 死神ちゃんとおしゃべりさん⑤

「最近また、冒険者の皆さんが教会を避けているようなのよ……」



 歳に見合わぬ心労のこもったため息をつきながら、ソフィアが俯いた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼女は困惑顔で首を傾げた。

 何でも、とある冒険者が〈蘇生が必要な仲間を抱えたパーティー〉のもとにふらりと現れ、辻斬りならぬ辻蘇生魔法をかけているのだとか。それだけならまだ〈修行の一環なのかな〉で済むのだが、どうやらそいつは教会の名を騙って迷惑をかけて回っているらしい。ギルドに取り締まってもらおうと掛け合ったそうなのだが、ギルドは教会がその冒険者とグルになっていると思っているらしく、逆に忠告を受けたのだとか。

 ソフィアはしょんぼりと肩を落とすと、潤んだ瞳を死神ちゃんに向けた。



「せっかくのお休みで〈楽しくお茶を〉というときに、こんな話をしてごめんなさい」


「いや、気にするなよ。俺で良ければいくらでも話聞くし、俺ができることはいくらでもしてやるから」



 死神ちゃんはそう言って心配そうな顔で笑うと、ソフィアの頭を撫でてやった。ソフィアは嬉しそうに相好を崩すと〈この件は、ダンジョンの裏側にも相談済みである〉ということを述べた。だから、休み明けには職場でもこの話題を耳にするだろうということだった。死神ちゃんはそれにうなずくと、早く解決すると良いなとおもんぱかった。


 翌日、死神ちゃんが待機室に顔を出すと、さっそくケイティーから〈謎の辻蘇生魔法使い〉について質問を受けた。「ソフィアから話は聞いているが、まだ実物と遭遇したことはない」と死神ちゃんが答えると、彼女は鬼軍曹然とした殺気のこもった表情でギリギリと奥歯を噛み締めた。



「あの〈可愛らしいの〉を困らせるとか、万死に値する行為だよ。小花おはな、今日の勤務で絶対にその大罪人を引き当てな」


「いや、こればかりは俺の力の及ばないところだから――」


「何言ってるんだよ! お前のその〈巻き込まれ体質〉ならいけるだろ! ――ほら、さっそく出動要請かかった! 早く! 確かめてきて!」



 ものすごい剣幕で無茶を言うケイティーに呆れ返って頬を引きつらせると、死神ちゃんは小さくため息をつきダンジョンへと降りていった。


 ダンジョンに降り立つと、遠くの方からブツブツと何やら念仏のようなものが聞こえてきた。よくよく耳を澄まして聞いてみると、それは壮大な〈独り言〉だった。



「その時、私は『もはやこれも天命か』と思い、死を覚悟した。しかしながら、その直後、私の脳裏に一筋の光明が差した。――魔法の冒険者ポーチの中に、魔力回復の薬瓶があるではないか! そう、それは先の戦闘の戦利品として入手したものだ。普段の私は魔力が尽き切らぬうちに、少しだけ残した状態でダンジョンをあとにする。魔力回復の薬瓶も備えとして幾ばくかは持ち歩いている。未来への道筋もダンジョン探索も、計画性が必要ということだ。だが、私も残念ながら人の子であるがため、しばしば失敗を―― うわああああああッ!?」



 死神ちゃんは、司教姿の彼の眼前に真っ逆さまに急降下した。目と鼻の先に幼女が降ってきたことに驚いて彼が悲鳴を上げると、彼が手にしていた本の上で踊るように動き続けていた〈魔法の自動筆記羽ペン〉は狂ったようにのたうち回り、紙を黒く汚した。彼は慌てて羽ペンをひったくるように握りしめると、ペンを握った手の人差し指でいまだ逆さま状態の死神ちゃんの額を突き回した。



「貴様は! 何度言えば分かるのだ! 空気を読めとあれほど!」


「痛いッ! 痛い痛い痛いッ! 指先にひっそりと神聖魔法を忍ばせるな!」



 死神ちゃんは額を抑えて目に涙を浮かべながら、クルリと体勢をもとに戻して着地した。彼はフンと鼻を鳴らすと、死神ちゃんを睨みつけた。



「これは立派な〈おしおき〉だ。聞き分けの悪い幼女が態度を改めるよう導いてやることは、良い大人の使命だからな」


「お前のどこが良い大人だ―― 痛いッ! 痛い痛い、痛いったら! ――誰か助けてーッ! このおじちゃんが意地悪するのーッ!」



 ふてぶてしい態度をとった死神ちゃんを、彼は再び突き回した。死神ちゃんはおっさん臭く憤ると、一転して幼女らしい悲鳴を上げた。すると、どこからともなく冒険者が数人現れて、司教を〈おしおき〉した。


 彼は〈未来の教皇〉を自称する修行中の司教である。将来教皇になった際に〈正しい自伝〉が作られるようにと、自らが筆者となり冒険譚をしたためている。文字の書かれていない本を手に持ち、そこに自動筆記羽ペンで記載を行いながら探索を行っているため、端から見ると〈一人でおしゃべりをし続けている〉ようにしか見えない。そんな残念な彼は、実はソフィアの叔父でもあり、姪っ子であるソフィアのことを〈アイドル天使ソフィアたん〉と呼んで溺愛していた。


 冒険者にしばき倒されたおしゃべりさんは不服そうに口を尖らせると、死神ちゃんを恨みがましく睨みつけた。



「貴様、いくらなんでも、これはひどすぎやしないか。さすがは死神、悪魔のような所業だな……」


「人が痛がってるのに、調子に乗って突き続けることこそ〈悪魔のような所業〉だろうが。――で、本日は何をしにダンジョンへ?」



 死神ちゃんに睨み返されたおしゃべりさんは、一層不機嫌に目を細めた。しかし一転してニヤリと笑うと、新たな修行をしに来たのだと胸を張った。

 彼は、ソフィアがダンジョン内の教会で奉仕活動を始めたことを誇りに思っているのだそうだ。そして叔父として、愛する姪っ子の手本となれるよう一層の努力をしようと思ったらしい。



「だから私は、独自に奉仕活動を行うことにしたのだ。――むっ! 聞こえる! 聞こえるぞ! 救済を求める者の声が! 急ぎ向かわねばッ!」



 そう言って、彼は長いローブの裾を持ち上げてバタバタと走り出した。死神ちゃんはのんびりと、彼の後を追って飛んでいった。

 辿り着いた場所には、今まさに戦闘を終えて手傷を負ったという雰囲気の冒険者の一団がいた。彼らの誰しもが深手を負い、一人はすでに事切れているようだった。冒険者たちはおしゃべりさんに気がつくと、必死の形相で助けを請うた。



「ああ、お願いです。どうか、助けてください。私たち、この階に辿り着いたばかりで地図もまだきちんと作れていないんです。このままここで死んでしまったら、無事に復活できるかどうか……」



 おしゃべりさんは厳かにうなずくと、長ったらしくも難しい呪文を唱え始めた。その場にいた全員が怪訝な表情を浮かべるのもお構いなしに、彼は朗々と声を響かせた。



「いや、あの、蘇生よりも先に、手負いの者に回復魔法をかけていただきたいんですが――」


「傷が治って動けるようになったら、自分たちで教会に行きますから……。だから先に、回復魔法を――」



 息も絶え絶えに乞い願う冒険者たちのことなど気に留めることなく、おしゃべりさんは呪文を朗詠し続けた。そして杖に灯った〈回復の緑光〉が一層強い輝きを放ち始めたところで彼はカッと目を見開くと、歌うような伸びやかな調子で厳かに言った。



「神の威光を得たくば~、有り余る財力を~、寄進する意志を見せよ~」


「は?」


「寄進する意志を見せよ~」


「はい……?」



 一同がぽかんとする中、彼は〈ほら早く〉と言うかのようにあごをしゃくった。冒険者の一人が渋々うなずくと、彼は満足げに大きくうなずき返した。



「願いは聞き届けられたり~! 奇跡発現~!」



 彼が杖を振り上げると、杖に灯っていた光が僧侶の遺体を包み込んだ。次の瞬間、血の気のない頬に赤みが差し、僧侶は無事に生き返った。

 冒険者たちは感動と感謝で瞳を潤ませた。そして申し訳なさそうに、彼らは「他の者にも、どうか回復魔法を」と頭を下げた。しかし、事もあろうにおしゃべりさんは口の端の片方だけを持ち上げて尊大に笑うと〈金を寄越せ〉のジェスチャーをとった。



「貴様たちは先ほど〈財力を寄進する意志〉を見せた。ならば、まずはそれを実行するのだな」


「いや、あの、今にも死にそうなので、先に回復を――」


「僧侶を生き返らせたであろう? ならば、回復魔法を使用するのは、その者でもいいはずだろう。私に乞い願うのであれば、それ相応の対価をもらおうか」



 悪魔のような悪い笑みを浮かべる〈神の僕〉を仇を見るような目で見つめながら、冒険者たちは嫌々金を支払った。ほくほく顔でそれを受け取ったおしゃべりさんは彼らに回復魔法を施すと、得意満面に胸を張って言った。



「それでは、諸君。いつかまた、きっと会おう。それから、ダンジョン内教会をどうぞよろしく!」



 冒険者たちは、高笑いを響かせながら悠然と去っていくおしゃべりさんの背中を睨みつけながら「誰が二度と会うものか」と吐き捨てた。死神ちゃんは口をあんぐりと開けると、盛大に顔をしかめた。



「お前かよ……!」


「何がだ」


「お前、知らないのか!? 今、教会の名を騙って〈辻蘇生魔法〉をかけては冒険者に迷惑をかける者がいるって、ダンジョン内で悪評が立ってるってことをさあ!」


「何だそれは。そんな迷惑千万な輩がいるのか。許しがたいな」


「だから、お前のことだろう!?」



 おしゃべりさんは〈解せぬ〉と言いたげな顔で口を閉ざした。そして不思議そうに首をひねると、彼は曇りのない目で死神ちゃんを見つめた。



「もしや、布施を頂いているのがよろしくないのか」


「お前、あれは〈お布施を頂いている〉つもりだったのかよ! 思いっきり恐喝だったよな!? そもそも、奉仕っていうのは無償とか無私にやるものだろうが。それだってのに、お前、教会がお布施として頂いてる金額よりも多く巻き上げていたよな!?」


「魔力も体力も有限なのだ。経費をいただくのは致し方ないだろう」


「だから、経費にしても多いし、もらい方に問題があるって言ってるんだよ!」



 死神ちゃんが声を苛立たせてそう言っても、彼は〈解せぬ〉という表情を浮かべるばかりだった。

 再び、彼は仲間が死亡して困っている一団と遭遇した。先ほどと同じように金をせびり蘇生魔法を施したものの、残念ながら失敗に終わってしまった。しかし、彼は悪びれることもせず、せびった金を一部でも返そうという殊勝な態度を見せることもなかった。



「おい、司教さんよ! 何が『おっと、灰になった』だよ! 大船に乗ったつもりで任せろっつったから、教会に運ばずにあんたに頼んだってのに!」


「こればかりは致し方ない。蘇生魔法は、そもそもが非常にナイーブで扱いが難しいのだ。だから、このような魔の蔓延はびこる場所で行えば、失敗することも当然あるのだ」


「知ってるよ! だから『教会に運ぶから良いです』って断ったんだろうが!」



 おしゃべりさんはにっこりと微笑むと、その場から脱兎のごとく逃げ出した。少しして、彼はまた別の冒険者たちと遭遇した。彼はあろうことか、まだ何も求められてはおらず、そして自らも何の働きかけをする前から詠唱し始め、勝手に蘇生魔法をかけた。

 度重なるおしゃべりさんの愚行に、死神ちゃんは頭を抱えた。すると、先ほど言い合いになった冒険者が憤怒の表情で走ってきて、金を返せと叫びながら斬りかかってきた。大船に乗ったつもりが泥舟だったがために、彼らは灰化した仲間を教会で蘇生してもらうための金すら失ってしまっていたのだ。

 自業自得の最期を遂げたおしゃべりさんの変わり果てた姿を眺めて深いため息をつくと、死神ちゃんは気まずそうにその場から姿を消したのだった。




   **********




「小花、よくやった! 今、アリサに頼んで大司祭様に連絡を取ってもらってるから。あとはアリサに任せよう」



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、満足げな表情のケイティーが「ひとまず祝杯をあげよう」とオレンジジュースを差し出してきた。どうやら彼女は犯人がおしゃべりさんだと分かった直後に、課長やウィンチをすっ飛ばしてアリサに直で連絡を入れたらしい。健気で可愛らしいソフィアが事実を知って傷つくことがないように、彼女の母でありおしゃべりさんの姉である〈教会の大司祭〉に先回りして対処をしてもらおうということだそうだ。



「あー、それにしても。事件解決後の一杯は美味しいね! これが酒だったら、さらに良しなんだけどな」


「全くである。しかしながら、ぬしらは勤務中であろう。なので、我が代わりにビールを堪能しておくぞ」


「うわっ、出た! ケツあご!」



 ケイティーは顔を歪めると、いつの間にか隣にいてビールジョッキを手にしているケツあごのおっさんから距離をとった。おっさんは苦笑いを浮かべると、自らの信徒が起こした粗相を謝罪した。



「大司祭が転移魔法でこちらに来るのを待っては遅いからな。我が対応した」


「神様にそんなお手を煩わせてしまって、申し訳ないですよ」



 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、おっさんは〈気にするな〉と言うかのように首を横に振った。



「ソフィアちゃんは我の〈希望の星〉であるからな。ソフィアちゃんが悲しむのは、我も本意ではないのだ。――して、ぬしらよ」



 死神ちゃんとケイティーは、不意に呼びかけられてきょとんとした。おっさんは愛に溢れた笑みを浮かべながら快活に述べた。



「本日のこれは、ぬしらのために尽力したことにもなるな。礼は〈筋肉神就任〉で良いぞ」


「……さーて、小花、仕事に戻ろうか」


「おう、そうだな」



 死神ちゃんとケイティーは、ケツあごを無視して業務に戻った。ケツあごはビールを飲み、周囲にいた死神課メンバーとの交流をひとしきり楽しんでから姿を消したという。





 ――――親切の押し売りはまだ許容できるけど。それでさらに対価を求めるのは、もはやただの迷惑。そもそも、親切とは相手を思いやるところから始まるのだから、もう少しその〈やり方〉を考えたいものなのDEATH。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る