第313話 死神ちゃんと死にたがり⑥

 死神ちゃんがダンジョンに降り立ったのと同時に、ズドンという派手な発砲音が辺りに響いた。すぐ近くで銃弾を受けたモンスターがグラリと身を揺らしたかと思うと、再びズドンという音がこだました。弾の飛んできたほうに目を向けてみると、笠に毛皮のマントというマタギのような出で立ちの女性が火縄銃を構えていた。彼女は構えを解いて顔を上げると、パアと明るい笑顔を浮かべて死神ちゃんに駆け寄り抱きついてきた。



「うわあ、死神ちゃん! お久しぶり~!」


「えっ、くっころ!? お前、狩人ハンターにでも転職したのか!?」


「ううん、違うよー。これは、師匠の真似して用意した衣装なの。ファッションリングでそう見せてるだけで、きちんと騎士の鎧を着てるよー!」



 ほらね、と言いながら彼女は左小指の小さな指輪をピンと指で弾いた。すると、彼女は女マタギから一転して女騎士へと姿を変えた。


 彼女は「くっ、殺せ!」が口癖の女騎士、通称・くっころだ。なお、この口癖は「何となく騎士っぽくて格好いいから」という理由で言っているだけであって、本当に死にたがっているわけでは決してない。

 彼女は普段は会社勤めをしている週末冒険者で、日頃の鬱憤を晴らしにモンスターを殴り倒しにダンジョンに来ることが多い。また、最悪な労働環境から逃れるべく絶賛婚活中なのだが、活動が上手くいかずに心が「くっ、殺せ!」な状態になってもダンジョンにやって来る。そんな哀れな彼女の本日のダンジョン来訪目的だが、鬱憤晴らしでも八つ当たりでもなく〈獲物を追って〉ということだった。



「は? 獲物を追って?」


「そう。そうなの。この前死神ちゃんと会ったときに、私、ダイヤモンドリングを拾ったでしょう? それで、恋の狩人と契約して恋愛マスターになるって言ったの、覚えてる? だからさっきは、師匠に倣ってあんな格好をしていたんだけども」


「お前、結構〈形から入るタイプ〉だもんな……。ていうか、あれは贔屓目に見ても恋愛マスターじゃあないだろう」



 死神ちゃんが呆れ気味に目を細めると、くっころは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。そしてコテンと首を折ると、気まずそうに頬を引きつらせた。



「そうなの。私ってば、うっかり〈恋の狩人〉ではなくて〈ガチ狩人〉と契約しちゃってね……。このような凡ミス、勤務時にもしないというのに。これはまさしく、騎士の名折れ! くっ、殺せッ!」


「名折れとか言うわりに、しっかり狩人してるじゃあないか。どうしてなんだよ」


「いやあ、最近巷では〈狩りガール〉というのが流行っているんでしょう? だから、ちょっと流行に乗ってみたのよ。でね、体験型合コンで狩りコンっていうのがあってね。さっきまで、それに参加してたの」



 死神ちゃんがぼんやりとした相槌を打つと、くっころは眉根を寄せて口を尖らせた。どうやら、先ほどまで参加していたという〈狩りコン〉で騒動があったらしい。

 その狩りコンとやらは、ここからすぐ近くの村の農家さんが持っている山をお借りして催されたそうだ。彼女は爽やかながら勇猛な若者と、アハハウフフと笑いながら狩りの時間を楽しんでいたという。あそこに綺麗な花が咲いているけど、君のほうが断然美しいよなどと言われて彼女の心は良い意味で〈くっ、殺せ!〉だったそうだ。しかし、昼休憩をとろうというときに悲劇が起きたそうだ。



「私ね、お料理教室で磨いてきた渾身の調理スキルで仕上げた〈女子力高い感じの完璧なお弁当〉を持っていったのよ。ペアを組んだ彼も、とても美味しそうだと言ってくれたんだよ!」


「ほう、そいつは良かったな」


「良くない! だって、食べてもらえなかったんだから!」



 彼女によると、どのペアもお弁当を広げてさあ頂きますというときに〈珍妙な乱入者〉があったそうだ。ここそこで悲鳴が上がったかと思うと、お弁当が次から次へと消えていったのだという。何が起こったのかと辺りを見回したくっころは、赤茶の毛玉とそうだ。そして「もしやあいつが犯人か」と思い睨みつけている間に、くっころの渾身の高女子力弁当も奪われてしまったのだという。



「もちろん、狩りコンは中止を余儀なくされたわ。まだポイントに移動しただけで、狩りなんて行ってなかったのに。お世辞でも綺麗だよとか言ってもらえて、お弁当も褒めてもらえて嬉しかったけど、ここからが本番だったのに。私が〈材料調達から行えちゃう凄腕女子〉だというのをまざまざと見せつけて、勇猛男子の心をがっちりロックオンする予定だったのに! ――って、どうしたの? そんな、頭なんか抱えちゃって」



 怒りに任せて捲し立てていたくっころは、死神ちゃんが額に片手をつき静かに俯いているのを見て心配そうに肩を落とした。死神ちゃんは頬を引きつらせると、小さくポツリと言った。



「いや、その毛玉に心当たりがありすぎてだな……」


「えっ!? 死神ちゃんが心当たりがあるってことは、あの毛玉はモンスターか冒険者だっていうの!? 実はね、下山してお開きになってすぐくらいに、その毛玉をまた目撃したのよ! それで、私の渾身のお弁当を持ってカサカサ動いていたから、せめてお弁当箱だけでも取り返そうと思って追いかけてきたんだよね。合コンだからって、気合い入れて〈高価だけど大人女子らしい〉って感じのやつを買ったものだからさ」


「はあ、そう……。ところで、それでどうして火縄銃で攻撃していたんだ? いくら狩りに行っていたからってさ、冒険者装備もきっちり用意してるなら剣のほうが効率いいだろう」



 死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、くっころはニヤリと笑った。



「遠い国のブショーっていう騎士は、カッチューという鎧を着て馬にまたがった状態で銃を構えるそうよ。頭に六枚の小銭をくくりつけて『ヌカリナクマイラレヨー』っていう呪文を唱えながら、敵をなぎ倒していくんですって。しかもね、こちらが劣勢だとしても勇猛果敢に突っ込んでいくそうなの。――これは、私の大好きな騎士道精神にも通ずるところがあると思って!」


「お前の〈くっ、殺せ〉は、もう負けが確定しているときの台詞だけどな」


「確かにそうかもしれない。でも、今日は絶対に負けられない。あの毛玉に、私は絶対に勝つ! ――さあ、死神ちゃん。ご一緒に、ヌカリナクマイラレ~ヨ~」



 くっころは鬨の声を上げると、銃を手にダンジョンの奥へと進んでいった。途中、それらしいモサッとしたものを見つけては銃を構え、彼女は問答無用で引き金を引いた。しかしタンタアーンとやっても、くるくる回ってどたっと倒れるということは起きなかった。ヤツは、すんでのところで上手く弾を避けるのだ。

 いたちごっこを繰り返し、ようやく弾が当たったかと思えばボヨンと弾き返された。くっころは愕然として目を見開くと、わなわなと身を震わせた。



「ねえ、死神ちゃん……。あれって、モンスターだよね? 冒険者じゃあないよね?」


「それが、残念なことに、冒険者なんだよなあ……」


「冒険者なの!? だって、今、弾を弾き返したよ!? もう一発、確認のために―― ……あああっ、装填作業をしている間にまた消えた!」



 銃口に洗い矢を差し込んだ状態のまま、くっころは地団駄を踏んだ。埒が明かないと思った彼女は銃をしまって普段使いの剣を手に取ると、慌てて毛玉の行方を追った。

 しばらくして、くっころはとうとう毛玉を追い詰めた。刃をギラつかせると、彼女は「弁当箱を返せ」と詰め寄った。毛玉はゲフウとはしたなく息をつくとどこからともなく弁当箱を取り出して抑揚無く言った。



「大変美味しかったですよ。しかしながら、嫁さんの手料理には負けますけれども」



 くっころの心はピシリと音を立てた。そして彼女が膝から崩れ落ちるのと一緒に、心の中の何やらもガラガラと崩れていった。



「うえーん! こんな毛玉ですら、既婚者だよー! 女子のプライド、ズタボロだよー! 誰か! 誰かマイラレ~ヨ~! 騎士の名折れだよ、殺してよー!」


「一体、この女子は何を悲観して泣いているのですか」



 毛玉は不思議そうにぐにゃりと体を捩った。死神ちゃんは目の前の毛玉――いつもやって来るヤツの義兄――に、事の経緯を説明した。すると、彼は伸び縮みしながら不満を漏らした。



「それもこれも、みんな、あの農家のせいです。少しばかり南瓜を頂いただけで、彼は大激怒したのですよ。〈タイセツナショウヒンガー〉とか言っておりましたね」


「お前もかよ! 先日、ほんの少しだけ義弟が賢くなったから、お前も〈世の中について〉を教えてもらえ!」


「何だか面倒ですね。とりあえず、まず先に、目の前の面倒事をなくしましょう」



 そう言って、毛玉はギョッと目を見開いた。そしてさらにギュッと体の形を変えて〈均整のとれたソフトマッチョ体型〉となった。すると、くっころの冒険者の腕輪からポンと小鳥が飛び出し、彼女の頭上を飛び回りだした。



「あああああん、素敵な殿方! 私を、思う存分殺してッ! もちろん、ベッドのう・え・で❤」



 魅了魔法の餌食となったくっころは、恍惚の表情でしなを作った。そんな彼女に、毛玉は空気を読むこと無く「嫁さんが」と口にした。もちろん、それは〈『妻に子供ができたから別れて』と切り出されて、そこで初めて彼が既婚者だと知った〉という暗い過去を持つくっころには大ダメージだった。彼女は悔しそうに顔を歪めて「くっ、殺せ!」と叫ぶと、精神ダメージの大きさに耐えかねてサラサラと灰になっていったのだった。




   **********




「いやあ、婚活子とやらは大変だね。あんな、心に闇まで抱えちゃってさ」



 待機室に戻ってきた途端、死神ちゃんは一班クリスに抱きかかえられた。頬ずりしながらそういう彼女に死神ちゃんが「離せ」と顔をしかめると、彼女は一層ギュウとしがみついてきた。少し離れたところでは、三班クリスが口惜しそうな表情でギリギリと歯ぎしりしていた。



「いい加減、離してくれませんかね」


「クリストスの反応がおもしろいからヤダ」



 彼女の豊満な肉まんに押しつぶされていると、そこにピエロやにゃんこやケイティーが加わった。四方八方からギュムギュムと抱きつかれる死神ちゃんを眺めながら、同僚の一人が不服そうに口を尖らせた。



「薫ちゃん、お輿入れのご予定があるっていうのに、まだハーレム築いているわけ? それとも、やっぱりお相手は〈全員〉で、嬉し恥ずかしハーレム生活開始なわけ?」



 押しつぶされて声を発することもできない死神ちゃんが息苦しさでプルプルと震えていると、同僚は「一人くらい分けてくれても」とこぼした。死神ちゃんにしがみついていた彼女たちは同僚に向かって「いやだね!」とニヤリと笑うと、さらにギュウギュウと身を寄せた。楽しそうに死神ちゃんを取り合う彼女たちの隙間からは、死神ちゃんの「ぐるじい、助けて」というか細い声が聞こえてきたのだった。





 ――――婚活に必死にならなければならないのもつらいけれど、変に懐かれすぎモテすぎなのも辛いものがあるのDEATH。

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