第295話 じんわりほかほか★ソフィア歓迎会

「ああああああああ、念願のアイドル天使が私のお膝にッ!」


「まるで、叔父さんやお姉ちゃんみたいだわ」



 ソフィアが苦笑いを浮かべると、彼女を腕の中に収めて嬉しそうにしていたケイティーが愕然とした表情を浮かべた。死神ちゃんは呆れ返ってじっとりと目を細めると、抑揚無く淡々と言った。



「いや、お前、本当にそっくりだから」


「あそこまでひどくないでしょう!?」



 死神ちゃんがヘッと鼻を鳴らすと、ケイティーは泣き真似をしながら「小花おはながいじめる!」と再びソフィアに頬ずりをした。




   **********




 先日、菓子折りを持ったソフィアが天狐に伴われて第三死神寮にやって来た。〈お引っ越しのご挨拶〉という単語を口にした彼女に、死神ちゃんだけでなくその場にいた全員が度肝を抜かれた。何でも、彼女は先日死神ちゃんたちに〈芝居をして欲しい〉と依頼をした際、死神ちゃんが「この教会はソフィアさえいれば安泰なんじゃあないか」と呟いたのをばっちりと聞いていたという。そしてそれを良案だと思った彼女は、さっそく行動に移した。

 冒険者としてこの街に滞在している彼女の叔父と叔母は一緒に住みたがったそうなのだが、から〈ソフィアの安全が第一〉というお達しがあったらしい。また、彼女はの世界を楽園だと思っており、是非ともその楽園に直接住んで〈楽園の作り方〉を学びたいと思ったのだとか。そんな様々な思惑が重なり、ソフィアは〈修行の一環〉としての世界に住みつつダンジョン内教会で奉仕をするという生活を始めることとなった。


 ついこの前、ソフィアのホームステイ先である天狐の城に招かれた死神ちゃんは、天狐とソフィアとの三人でちょっとした歓迎会を行った。その時に、天狐が〈死神ちゃんのお家によく泊まりに行く〉という話をしたところ、ソフィアも行きたいと目を輝かせた。そんなこんなで、本日は第三死神寮にて改めて彼女の歓迎会を行うこととなっていた。

 ソフィアは寮にやって来ると、荷物を置くためにさっそく死神ちゃんの部屋に向かった。そして部屋に足を踏み入れると、「わあ」と感心するように声を上げた。しかし、その声はみるみるとしぼんでいった。そして静かに口を噤むと、彼女は死神ちゃんを振り返って悲しそうな表情を浮かべた。



「小花さん、苦労しているのね……」



 死神ちゃんは勤務中には黒頭巾ちゃんスタイルだが、普段はでき得る限り男モノの服を着用している。見た目は幼女とはいえ、中身はおっさんなのだ。女児用のキャピキャピとした服には、非常に抵抗があった。しかし、部屋は魔道士が用意した可愛らしさ満載の総ピンクのままだった。十分使えるものを処分するのは忍びなく、また天狐やケイティーなどが喜ぶため、そのまま使い続けていたからだ。

 聡明なソフィアは、死神ちゃんの服装と部屋の対比から何かを察したらしい。死神ちゃんはうつろな目で薄っすらと笑みを浮かべると、呟くように「ああ、まあな」と返した。


 荷物を置くと、二人で第一死神寮に遊びに行った。待ち構えていたケイティーは、ソフィアを見るなり狂喜乱舞して抱きついた。リビングに通されても、ケイティーはソフィアにべったりだった。思わず、ソフィアは「まるで、叔父さんやお姉ちゃんみたいだわ」と苦笑いでこぼした。

 ケイティーはしぶしぶソフィアを解放してやると、うさ吉を手招きして呼んだ。ソフィアは、ダンジョン内では有名な首刎ねうさぎが生々しい姿へと変化することなく抱っこできることに、いたく感動したようだった。心ゆくまでうさ吉をもふもふした辺りで、〈お勉強〉を終えた天狐がやって来て合流した。死神ちゃん、ソフィアと天狐、ケイティーの四人は連れ立って第三死神寮へと移動した。


 お夕飯ができるまでの間、死神ちゃんたちはリビングでボードゲームを楽しんだ。初めてのゲームに目を輝かせながら、ソフィアは第三のメンバーとも打ち解けまったりとした時間を堪能した。しばらくすると、お料理倶楽部の面々が「はいはい、ゲームは片付けて」と言いながら料理を運んできた。

 どんどんと机に並べられていく料理の数々の中にはハンバーグもあった。ハンバーグが大好きな天狐は、キラキラとした大きな瞳で一心に見つめた。



「今日のハンバーグは誰が作ったのじゃ?」



 お料理倶楽部メンバーが「今日はマコ寮長だよ」と答えると、天狐の尻尾はピンと張り詰め小刻みに揺れだした。



「ふおおおおお! ソッフィ! マッコのハンバーグは格別なのじゃ! 楽しみにすると良いのじゃ!」



 頬を上気させ大はしゃぎしながらよだれが垂れそうになっている天狐に、ソフィアはクスクスと笑みを漏らした。

 食事が始まると、ソフィアは何かを口に運ぶたびに目を丸くし、にこにこと笑みを浮かべた。そしてハンバーグを食べた際には天狐のほうを向き「本当に美味しいわね」と笑いかけた。

 食後、お茶を頂きながら、ソフィアは先ほどの食事も含め「で初めて見るもの・触れるものに、いかに驚き感動するか」を熱く語った。この世界は今まで体験したことのないもので溢れており、全てが新鮮で、全てが尊く、そして全て学びに繋がると言い、彼女は感謝の祈りを捧げた。死神ちゃんたちはこの純粋無垢な聖女のことを「愛おしいな」と思い、ほっこりとした気持ちで満たされた。


 念願のアイドル天使と一緒にお風呂に入れてご満悦だったケイティーは、夜勤の時間が近付いてくると見るからに元気がなくなっていった。死神ちゃんは呆れ返ると「これからは天狐の城にいるんだから、いつだって会いにいけるだろうが」と宥めた。彼女は〈これからは可愛らしいのが常にダブル。死神ちゃんを入れればトリプルで、いつでも楽園に浸ることができる〉という現実に活路を見出すと、ルンルン気分で出勤していった。


 もうそろそろ就寝というころ、マッコイが自室から布団を持って死神ちゃんの部屋へとやって来た。ソフィアのたっての希望で、〈おやすみの時間は、マッコイも一緒に〉ということになったからだ。ソフィアは彼がやって来ると、手伝いましょうかと言って立ち上がった。彼はにっこりと笑うと、大丈夫よと返しながら布団を広げた。

 布団が敷き終わると、ソフィアはさっそくそこに潜り込んだ。マッコイはきょとんとした顔を浮かべると、不思議そうに尋ねた。



「あら、かおるちゃんと天狐ちゃんと、三人一緒でなくていいの?」


「ソフィア、今日はマコさんとがいい」



 ソフィアがふにゃりと頬を緩めると、マッコイは照れくさそうに笑いながら布団に入った。すると、ソフィアがもじもじとしながらぽつぽつと話し始めた。



「あのね、ソフィアね、今日、とても楽しかったわ。それに、みなさんに歓迎してもらえてとても嬉しかったの。本当にありがとう」


「いいえ、こちらこそ。良かったら、また遊びにいらっしゃいね」



 ええ、と笑顔で返すと、ソフィアはぼんやりとした口調で話を続けた。



は、本当に楽園のようだわ。様々な種族のたちが、みんな楽しそうに生活していて。とても幸せそうで。ソフィアの世界では、同じ種族同士なのに喧嘩ばかりしていたり、ギスギスしていることが多いのよ。どうしたら、この楽園のようにできるのかしら。この世界とソフィアの世界の違いって、何なのかしら」


「そうねえ……。強いて言えば〈愛で溢れている〉とか?」



 ソフィアはマッコイを見上げると、不思議そうに目をしばたかせた。マッコイは苦笑いを浮かべると、悩み悩み言葉を選びながら話しだした。



「喧嘩なく、仲良くいるためにはお互いに理解しようとしなくてはいけないでしょう? 理解しようと歩み寄る気持ち、思いやりなんていう優しさってある種の愛よね。感謝したり、素直に非を認めて謝罪したり、困っている人に手を差し伸べたり。そういう〈思いやり〉って、愛あればこそなんじゃあないかしら」


「そうね、そうかもしれないわ」


「それから、〈どうしても受け入れ難い、理解できないものはスルーする〉というのも――」


「えっ、それも!?」



 ソフィアは素っ頓狂な声を上げると、たちまち不安そうな表情を浮かべた。そして悲しそうに眉根を寄せると「それは違うと思う」と呟くように言った。



「お互いに理解しようとしない、できないだなんて悲しいわ。だから、それは違うと思うわ」



 マッコイは困ったように笑うと、ソフィアの頭を撫でた。そして、たどたどしく話を続けた。



「これは、実体験なんだけれども。アタシって、ほら、普通じゃあないでしょう? だからね、たくさんの攻撃を受けたわ。普通な人からは嫌悪されたし、同じような人からも訳あって妬まれたりしてね。もちろん、アタシのことを理解して受け入れてくれた人もたくさんいるわ。でも、やっぱり〈理解云々以前に、生理的に無理〉という人も、少なからずいるのよ」


「それは、とても悲しいことだわ」


「そうね。でも、そういう悲しいことはどこの世界にも存在するのよ。そしてね、攻撃をしてくる人というのは、残念ながら〈自分が理解できないものには何の権利もない。だから、攻撃しても良い〉と思っている人が多いのよね。全ての人は、おしなべて幸せになる権利があるわ。でも、そういう悲しい人たちは自分の権利を特権にすげ替えて、理解できない相手を一方的に痛めつけたり〈私の考えに合せなさい〉と無理強いしてきたりするのよ。――でもそれって、相手を犠牲にして自分が幸せになっているようで、実は〈相手に対しての不満〉を抱き続けているわけだから、結果的に自らの幸せも手放しているのよね。そんな、自分も周りも幸せになれないことをするくらいだったら、理解できない部分に固執するのではなくて、スルーしたほうがお互いに幸せじゃない? そう考えると、〈スルーする〉ということは一種の愛なのよ。いがみ合って傷つけあって、怒りや哀しみを連鎖させていくよりはよっぽど愛があると思わない? ……もちろん、理解し合える可能性が少しでもあるのなら、相手が理解できるようにきちんと伝えて、お互いに歩み寄る努力をしたほうがより幸せだとは思うけれど」



 ソフィアは静かにうなずいた。マッコイは目を細めて、優しく笑った。



「愛には、いろんな形がある。そんな、多種多様な愛と光で満たされているから、この世界は優しくて温かいのかもしれないと、アタシは思うわ」



 ソフィアは思案顔で「いろんな愛、たくさんの愛」と反芻するように呟いた。そして満面の笑みを浮かべると、彼女はマッコイに身を寄せてギュウと抱きついた。



「ソフィア、いつか、世界中を満たせるように頑張るわ。そしたらきっと、魔道士様がお怒りになったようなことが、再び起きることもないだろうし。笑顔が増えて、悲しいことが減るだろうし。その先に、楽園もあると思うから。そのためにも、いっぱい学んでいっぱい考える」



 マッコイは抱きしめ返すと、再び頭を撫でてやった。すると、ソフィアが透き通るような目で見上げてきて「マコさんは、今、幸せ?」と尋ねてきた。うなずき返してもなお、彼女は真摯に見つめてきた。マッコイは苦笑いを浮かべると、さらなる返答をした。



「今でも、心無い攻撃に遭うことは、残念ながらあるわ。この世界にもね、多少なりとも残念なことはあるのよ。これだけ、たくさんの種族、たくさんの人が集まっているからどうしてもね……。でも、傷ついて落ち込んでいるのは馬鹿らしいから、改善しようなく起こる悲しいことはどんどんスルーしていっているの。もちろん、最初からそんな図太くはなれなかったわ。でもね、アタシには〈攻撃してくる人〉以上に〈受け入れてくれる人〉がいるから。みんながアタシを愛と光で満たしてくれるから、アタシは暖かい気持ちで、とても幸せな毎日を送っているわ。――もちろん、ソフィアちゃんも〈アタシに愛を与えてくれる人〉の一人よ」



 ソフィアは嬉しそうに小さく笑った。天狐は死神ちゃんのベッドから抜け出すと、マッコイの布団に潜り込んだ。そして、ソフィアとは反対のほうから彼に抱きついた。彼は仰向けに寝返りながら天狐を抱き寄せると「天狐ちゃんもね」と言いながらクスクスと笑った。


 死神ちゃんはぼんやりと「この世界に来て、彼らと出会えて本当に良かった」と思った。歪み荒み殺伐とした前世では、暖かな気持ちも幸せも知らなかった。でも、この世界に来て知ることができた。そして、幼女姿にされてしまったというアクシデントがありはしたが、それが無ければ天狐とソフィアのどちらとも知り合いにはならなかっただろうし、ケイティーやサーシャ他、現在仲良くしている面々とも顔なじみ程度で終わっていただろう。

 死神ちゃんは機会を与えてもらったことに感謝し、「この愛おしい人々を、これからも大切にしていきたい」と思った。そして幸せそうに笑うと「灯り、そろそろ消すぞ」と言ってお休みの挨拶をしたのだった。





 ――――死神ちゃんは〈満たし、満たされることの幸せ〉とやらを、改めて知ったのDEATH。

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