第278話 死神ちゃんとお育て屋さん②
待機室にて。死神ちゃんが出動待ちをしていると、ダンジョンから戻ってきた同僚が不思議そうに首をひねった。どうしたのかと尋ねると、彼はぼんやりとした表情を浮かべて言った。
「いやあ、火炎地区でさ、タモ網持った冒険者がいてさ」
「もしかして、釣り人か? でも、火炎地区で釣りのできる場所なんてあったか?」
「いや、そいつじゃあなかったよ。しかも、一人じゃあなくて集団だったんだ。ありゃあ一体、何なんだろうなあ?」
死神ちゃんがぼんやりとした相槌を返すと、ちょうど出動要請が発せられた。死神ちゃんは小首を傾げながら、のんびりとダンジョン内へと向かった。
ダンジョンに降り立つと、そこは火炎地区だった。もしや先ほどの会話に出てきた冒険者たちがターゲットかと思い、地図を頼りに現場に向かってみると、案の定そこにはタモ網を持った集団がたむろしていた。死神ちゃんは静かに彼らの元へと近づいていくと、そのうちの一人の頭に伸し掛かった。
「なあ、こんなところでタモ網なんか持って、何に使うっていうんだ?」
「ぎゃあああああああ!」
* 戦士の 信頼度が 3 下がったよ! *
その場にいた一同は、何かがいきなり頭に伸し掛かってきたことでパニックを起こした戦士をギョッとした表情で見つめた。そして「おい、落ち着けよ! 静かにしろ!」などと言いながら、慌てて彼を黙らせようとした。しかし、その努力もむなしく、遠くの方にいたモンスターがこちらのほうに来てしまった。彼らは小さく悲鳴を上げると、タモ網を投げ捨てて武器を手に取った。すると、モンスターを追いかけるように
「ちょっと、みなさん! あれだけ〈待機中は静かにしていてくださいね〉ってお願いしておりましたのに! 何でわざわざ、自分たちで敵を呼んじゃうんですか! それは私のお仕事でしょう!?」
文句を言ったのもつかの間、彼女は冒険者たちがへっぴり腰で剣を握り危なっかしく戦うのを見て、困り顔でデコイを設置した。デコイが置かれたおかげで、冒険者たちを襲っていたモンスターの集団はぞろぞろとデコイの方へと向かっていった。盗賊の彼女はため息をつくと、怯え戸惑う冒険者たちを見渡して言った。
「こうなってはもう誘導は困難ですから、倒しちゃいましょ。今なら、背中側から叩けるから、お客さんたちでも倒せるはずですよ。私がサポートしますから。――まさか、経験値までガッポリ手に入るだなんて思いもしなかったですねえ。良かった良かった。そういうことにしときましょう。さ、ほら。早く。デコイが壊れる前に」
冒険者たちは必死にうなずくと、盗賊に促されるままモンスターの背後に回って一方的な戦闘をし始めた。どうやら彼らは冒険者としてのレベルが足りないようで、一方的に試合を運べる状態にもかかわらず手際があまり良いとは言えなかった。そのため、デコイが壊れる前にモンスターを倒しきるということができなかった。仕方なく、盗賊は罠をここそこに設置してモンスターが罠にハマるように誘導を行った。そしてようやく敵を片付け終えたころ、盗賊は顔をしかめて首をひねった。
「あら、何だか一人多いわね」
「お前、また新しいビジネスを始めたのか……」
「ん? そのセリフ、前にもどこかで……。――あー! あなた、たしか、虫溜まりやドレイク嵌めのときに遭遇した死神よね!」
盗賊は死神ちゃんを指差して驚嘆顔で声をひっくり返したが、すぐさま〈新たに出現したモンスター〉の気配を察知して冒険者たちに「持ち場に戻って」と指示して何処かへと姿を消した。
このダンジョンの中で得た経験などは〈冒険者の腕輪〉を通して数値化されている。ゲームでいうところの詳細なステータス表示なるものが冒険者に開示されているということはないが、冒険者としてどのくらい熟練度が増したかをレベル表示で知ることができる。その数値は教会で治療や蘇生を受ける際の代金の計算や、利用レベル制限のあるアイテムの使用可否の判断などに使用されている。
この〈腕輪で管理されている、数値的な経験値〉はパーティーを組み、ある程度近い場所でパーティーメンバーが戦闘を行っていれば、例え自身が戦闘に不参加でも得られるようになっている。また、教会への寄付金の額によって付与してもらうということもできる。つまり単純な、数値的なレベルの向上だけであれば、人の手を借りて行うことができるのだ。しかしながら、それはすなわち〈数値的なレベルと、実際の熟練度〉に剥離が起きるということになる。なので、他人や金の力で強くなった者というのは、実際には大して強くないというのが実情だ。だが、〈自分の実力では入手も扱うことも困難な武器や魔法を、背伸びしてでも手に入れたい〉という者は少なからずいる。――この盗賊の彼女は、そういう者をターゲットに〈お育て屋さん〉というビジネスを行っていた。
ようやく、何処かへと消えたはずのお育て屋さんが帰ってきた。しかし、彼女は何やらモンスターに追われているようだった。死神ちゃんは物陰に隠れて身を潜めている冒険者たちに「助けに行かないのか?」と尋ねた。すると、彼らは「見ていれば分かる」と言ってお育て屋さんのいる方に向かってあごをしゃくった。
言われた通り、死神ちゃんは静かに様子を伺っていた。すると、お育て屋さんは絶妙なタイミングで溶岩の川をひょいと飛び越えた。追いかけてきていたモンスターはというと、飛び越えたり迂回する余裕もなく溶岩流の中に落ち溶けていった。直後、お育て屋さんが隠れている彼らに向かって合図した。彼らはタモ網を手に慌てて外へと出ていった。
彼らはタモを容赦なく溶岩の中に突っ込んだ。死神ちゃんは怪訝な表情を浮かべると「何してるんだよ」と呆れ声を上げた。
「溶岩流に網を突っ込んだって溶けるだけだろうが」
「ところがどっこい。この位置に立ってこの角度からタモを差し入れると、ほら! 何故か不思議と溶けないんですよねえ!」
見てみると、たしかにタモは溶けることなく形を保っていた。意気揚々とタモを動かす彼らを唖然として眺めていると、急に彼らのうちの一人が何やら苦しそうな表情を浮かべた。どうやら、網の中に重たいものが何か入ったらしい。やっとの思いで引き上げた網の中には、堅牢そうな鎧が入っていた。死神ちゃんがさらに驚いたような顔を浮かべると、お育て屋さんが得意気に胸を張った。
「ついこの前、ここいらでモンスターに襲われたときに偶然このポイントを見つけてね。溶岩流に落ちたモンスターがアイテムに変化して、溶けずに残っててびっくりしたのよ。それでこのビジネスを思いついたってわけ。経験値は稼げないみたいなんだけれど、でも、トレジャーハントは容易にできるから」
「でも、これだったら誰にでもできるだろう」
「タモを差し入れる場所はもちろんなんだけれど、川を飛び越える場所とタイミングがとても重要なのよ。だから、これは現状、私にしかできないことよ。ドレイク嵌めのときはビジネスが軌道に乗る前に頓挫してしまったからね、今度こそ狙っていきたいわね!」
彼女は逞しく笑うと、持ち場に戻っていった。冒険者たちもまた、それを合図に物陰へと戻っていった。彼女たちはその後何度か同じことを繰り返した。死神ちゃんはぼんやりとそれを眺めながら〈帰ったら不具合報告を入れよう〉などと考えた。
異変はすぐに起きた。まず、お育て屋さんが川を飛び越えても、モンスターがそのまま落ちていくということがなくなったのだ。次に、モンスターが溶岩流に落ちてしまってもアイテムを網で
「無傷で安全にレアアイテム堀りができると聞いて利用したのに。これじゃあ〈広告に偽りあり〉なんじゃあないのか?」
冒険者たちに詰め寄られ、お育て屋さんは戸惑った。すると、溶岩の川の中から何やら巨大なものが現れた。誰しもが悲鳴を上げ、そして誰かが「マグマゴーレムだ!」と叫んだ。彼らは必死に逃げ回ったが、マグマゴーレムの飛ばした焼け石を食らったり溶岩ブレスに焼かれたりして呆気なく全滅した。
死神ちゃんが呆然としていると、最後の一人を
「
ゴーレムはまだ何か話していたのだが、ゴボゴボという音を立てて言葉の途中で消えていった。
後日聞いたところによると、溶岩流などに落ちてモンスターが死んだ場合、アイテムに姿を変えないようにシステムが組まれているということを死神ちゃんは知った。せっかく生産したアイテムが燃え尽きるだけのために変換されるというのは、非常に意味がなく勿体無いだけだからだ。それが何故か姿を変えて無駄になっているらしいということで、近々〈あろけーしょんせんたー〉と〈修復課〉が合同で点検作業をしようということになっていたらしい。
「それがまさか、こんなことになっていただなんて。壊れた箇所を直して回るので手一杯だからって点検を怠っていたから、こういうことになるんだね……。ドブ浚いだけじゃあ綺麗にしきれなさそうだったから、わざわざ溶岩流を止めて大掃除したんだよ」
紅茶をすすりながら、サーシャが疲労の混じったため息をついた。死神ちゃんは労いの言葉をかけると、美味しいケーキを彼女のために追加注文したのだった。
――――常日頃から、点検とお掃除をするというのは大事なことなのDEATH。
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