第272話 死神ちゃんとお薬屋さん④

 死神ちゃんはダンジョンに降り立つと〈担当のパーティーターゲット〉目指して〈小さな森〉へと向かった。森に分け入ってすぐ、死神ちゃんはモンスターたちの陽気な歌声を耳にした。その歌は、死神ちゃんもすっかり聞き馴染んだ歌だった。

 レプリカには学習プログラムが組み込まれているため、多種多様な冒険者と相対するのに必要な情報は少しずつコンピューターに蓄積していく。どうやら、〈小さな森〉を管理するコンピューターは前回死神ちゃんが延々と歌っていたのを聞いたことで、このコマーシャルソングのメロディーを〈重要事項〉として覚えてしまったようだ。


 死神ちゃんは中毒性のあるメロディーに侵されまいと抗いながら、森の奥へと進んでいった。すると、ムイムイヒギイと楽しそうに歌う切り株お化け達に囲まれたドワーフのおっさんが芋虫型モンスターを相手にベーべべしている場面に遭遇した。



「やっぱりお前かよ。ここそこでCMソングが聞こえてくるから、そうだろうなとは思っていたけどさ」


「おお、お嬢さん。〈お薬屋さん〉にようこそ!」


「いやいや、ようこそって。お前、今日は開店すらしていないじゃあないか」



 薬屋と名乗ったドワーフは芋虫の糸をくるくると棒で絡め取りながら〈そう言えばそうだった〉とでも言いたげな顔を浮かべると、糸取りを途中で切り上げた。彼は近くに置いてあった駅弁売りのような肩提げの箱の紐をいそいそと首にかけると、改めて「ようこそ」と言った。



「お嬢さん、ついているね。本日は〈雨の日サービス〉を行っているんだよ」


「えっ、今日、雨の予報なんて出ていたっけか? 俺、今日、折り畳み持ってきてないのに」



 死神ちゃんは驚嘆して目を丸くすると、直後しょんぼりと肩を落とした。死神ちゃんの住む〈裏世界〉はダンジョンの外の世界の天候と同期している。つまり、今外で雨が降っているということは、裏でも雨が降っているということだ。

 薬屋は首を傾げると「折り畳み?」と目をしばたかせた。



「それは、傘のことかね? 折り畳みのできる傘なんて、この世に存在するのかね!? そりゃあすごい。そういうものがあったら持ち運びに便利だから、きっと飛ぶように売れるだろうな。――残念ながら、ごく普通の傘と合羽しか、我が〈第二十八号店〉では取り扱っていないのだが。どうするかね、買うかね?」


「お前、アルバイトでも雇ってここそこで行商始めたのかよ!? ていうか、どうして元祖のお前が一号店ではないんだよ」



 思わず、死神ちゃんはギョッとした。すると薬屋はニヤリと笑って声を潜めた。



「ここだけの話、まだ私のこの店しか動いてはいないんだ。店舗数を盛っておいたほうが〈繁盛している、良い店〉だと思わせられるだろう?」


「それ、詐欺って言わないか? ――まあ、いいや。とりあえず、傘も合羽もいらないよ。帰るころには、きっとどうにかなってるだろうし」


「そうかね。それは残念だ。では、本日はどうするかね? プロテインに新作が出たんだが……」



 薬屋がポーチに視線を移して中を漁り始めると、死神ちゃんの目は燦々さんさんと輝いた。薬屋はプロテインを取り出しながら、苦笑いを浮かべた。



「お嬢さんは本当に、筋肉にまつわるものが好きなんだなあ。――ほら、これがそうだ。今までは豆で作っていたんだがな、今度は家畜の乳を魔法でアレコレして素材を抽出してみたんだ。それだけ労力がかかっているから、値段も今までの品の倍はしてしまうのだがね。ちなみに、せっかく魔法でアレコレしているので、フレーバーもつけているよ」


「おお、そいつはすごいな! じゃあ、ひとつもらおうかな。――それって、スタンプで交換の対象になるか?」



 死神ちゃんがわくわくとした表情でスタンプが満タンになったカードを差し出すと、薬屋は申し訳なさそうに笑った。



「すまないね、そのカード一枚で無料交換できるのは値段が千以下のものだけなんだよ。千以上の商品を交換したかったら、カードが二枚必要だ。ちなみに、雨の日サービスとの併用はできないよ」


「あ、そう言えば雨の日サービスもあったんだよな。どんな内容なんだ?」


「値段が五百以下の品を、どれでもひとつサービスで差し上げているよ」



 死神ちゃんは眉根を寄せて腕を組むと、ウンウンと唸り声をあげて必死に悩んだ。悩んだすえ、満タンカードは次回のためにとっておくことに決めた。

 死神ちゃんはお目当てのプロテインを予定通り購入し、サービスで季節限定のアロマキャンドルをもらった。もちろん今回もおっさん臭く〈もったいない精神を出すことによって、結果的に無駄なものを買う〉ということをしてスタンプを四つ押してもらい、試供品をいろいろと頂いた。


 死神ちゃんはほくほく顔で購入物をポーチにしまい込みながら〈本日の目的〉を尋ねた。すると薬屋は神妙な面持ちで口を開いた。



「先日、ピラミッドでいろいろな化物と遭遇しただろう? その中に、包帯でぐるぐる巻きのモンスターがいたんだが」


「ああ、マミーっていうゾンビの類か。それがどうした?」


「あいつら、攻撃のために、包帯を勢いよく、そしてどこまでも伸ばして来ただろう? ――ああいう包帯を、私は作りたい」


「は? 攻撃に使える包帯ってことか?」



 死神ちゃんが訝しげに顔をしかめると、彼は快活に笑って首を横に振った。



「いやいや、そうではなくて。どこまでも伸びるのであれば、ダンジョン内で手当を行う際にうっかりと〈包帯切れ〉を起こすことも無いと思うんだよ」


「でもそれじゃあ、お前の商売があがったりになるだろう」


「もちろん、それ相応のお代は頂くさ。伸びるのが無理なら、繰り返し使っても清潔感がずっと保たれるとか、巻いてるだけで傷が治るとかな。回復魔法の代用になるくらいのものでないと売れないだろうから、どのように作ったらいいものか……。とりあえず、伸縮性があって丈夫な布を手に入れるべく、採集に来たというわけさ。いやあ、ずっと腕を動かしていたからね、腕ばかり鍛えられて鉄腕になりそうだよ」


「大元まで遡って、その素材からまずは手に入れようってのはすごい労力だな。ていうか、お前の腕が逞しいのは元からだろう。だって、お前、ドワーフなんだし」



 口をあんぐりとさせる死神ちゃんに、薬屋はおもしろおかしいと言わんばかりに豪快に笑った。

 さらに少しばかり糸の採取を行ったあと、彼はマミーの包帯も入手したいと言いだした。研究の参考にするために、どうしても欲しいというのだ。あのピラミッドにまた行くのかと辟易とした表情を浮かべつつも、死神ちゃんは彼のあとをついていった。



「今度は闇雲に走り回って迷子になんかならないでくれよ」


「大丈夫。付き合わせてしまって、悪いね。――たしか、この前はここら辺でマミーを見たんだが」



 ピラミッドに到着した薬屋は、ピラミッド内のとある部屋の前に到着すると室内をこっそりと覗き込んだ。そして彼は小さく「ヒッ」と声を上げると、顔を真っ青にして怯え、慌ててどこかへと走り去った。死神ちゃんは追いかけて行こうとしたのだが、走り出す前に〈灰化達成〉の知らせを受けた。どうやら彼は、前回同様にパニックを起こし、うっかり罠にハマるかモンスターの群れにでも突っ込んでしまったらしい。

 死神ちゃんは、彼が見た〈気持ちの立て直しが出来ないほど動揺するもの〉が一体何なのかが気になって部屋の中を覗いてみた。すると、死神ちゃんもよく知っているたちがほぼ素手でモンスターを薙ぎ倒していた。たちは血塗れとなっていたが、それはモンスターの血らしい。彼女たちは怪我もなく、ケロッとした顔でを楽しんでいた。

 彼女たちのうちの一人などは、〈悪魔と人間のハーフデビリッシュ〉というよりはもはや悪魔そのものな、元ヤンというよりは現役ヤンキーという感じの極悪な笑みを浮かべて拳を振るっていた。



「ああ、こりゃあ一般人が見たら取り乱すのも無理はないわな……」



 死神ちゃんは頬を引きつらせると、最強にして最凶の一般人である彼女たちに見つかる前にと慌てて姿を消したのだった。




   **********




 退勤手続きを終えた死神ちゃんは、〈会社〉の外へと出てがっくりと肩を落とした。「予報では雨ではなかったのだから、きっと通り雨に違いない」と思っていたのだが、その思いも虚しく雨はザンザンと降っていたからだ。

 門から寮まではそう距離もないからと思い、死神ちゃんは広場を駆け抜けていこうとした。すると、背後から呼び止められた。



「あら、かおるちゃん。傘、持ってないの?」


「お、マコ。今日は少し残業とか言ってなかったか?」


「意外と早く終わったのよ。――はい、これ持って」



 マッコイはニコニコと笑いながら、死神ちゃんに何かを手渡した。手渡されたものが折りたたみ傘であると分かると、死神ちゃんは不思議そうに小首を傾げた。すると、死神ちゃんが何かを言う前に、マッコイは死神ちゃんを抱き上げた。



「さ、傘を開いて。こうすれば、小さな折り畳み傘でも、二人とも濡れずに入れるでしょう?」



 死神ちゃんはパッと表情を明るくすると、上機嫌に傘を差した。後日、死神ちゃんはケイティーから〈私が早番の日は折り畳み傘の携帯を禁ずる〉という指示を出された。また、てるてる坊主を逆さまに吊るケイティーの姿が、第一死神寮でたびたび目撃されたという。





 ――――なお、言われた通りにしたところ、〈可愛いのと一緒の傘に収まれた喜び〉でテンションの上がったケイティーは夕飯までご馳走してくれたのDEATH。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る