第237話 死神ちゃんとかわいこちゃん④

 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めて五階に降りてきた。それと思しき冒険者を見つけた死神ちゃんは、その女性戦士の姿をした者が顔見知りであることに気がつくと、背後から普通に声をかけた。モンスターにバレないようにと身を潜めていたは突如声をかけられたことに驚くと、野太い声で悲鳴を上げた。

 そのせいなのか、〈姿くらまし〉の術を使っていたようなのだが、その効力が途絶えてしまった。



「うっそ! まだ〈姿くらまし〉かけ直せないんだけど!」



 彼は頬を引きつらせてそう叫ぶと、モンスターから逃れるために走りだした。まだとり憑きを行っていなかった死神ちゃんは、必死に彼のあとを追いかけた。そして彼の頭にくっつくと、死神ちゃんはにこやかな笑みを浮かべて言った。



「おーおー、女装青年よ。生き残りたければ、頑張って走れよー」


「うざっ! だったら人の頭に捕まってないで降りろよ!」


「俺としては、このまま死んでくれたら手早く仕事が済むからな。それはちょっと」


「はあ!? マジでうざっ! 重い! 走りづれえ!」



 可愛い自分を追求するあまり女装家となった彼――かわいこちゃんは、可愛らしい顔を醜く歪めて悪態をつきながらも必死に走った。そして何とか〈姿くらまし〉の術を使い直すことが出来るようになるまでモンスターから逃げ惑うと、彼は慌てて姿くらましをした。

 すぐ背後にまで迫ってきていたモンスターが掴みかかろうとするのを、彼はすんでのところで回避した。術が完全に効果を発揮すると、モンスターは今まで必死になって冒険者を追跡していたのも忘れたかのように、すごすごと何処かへと去っていった。



「逃げ切ったか。残念だな」


「残念だなじゃねえよ! ふざけんなよ、死神ちゃん!」



 死神ちゃんが落胆してため息をつくと、かわいこちゃんは声を潜めながらも怒りを露わにした。彼がおかんむりなことを気にもとめず、死神ちゃんは目をパチクリとさせた。



「それにしても、すごいな。単独でここまで来るだなんて」


「前に一度来たときに、丁寧に地図を作ってあったからな。だから、〈姿くらまし〉して時間かければ、なら何とかな。――でも、時間がかかるせいで死神罠が発動してたら世話ないよな。しかも死神には〈姿くらまし〉が効かないだなんて。勘弁して欲しいぜ」



 かわいこちゃんは苦虫を噛み潰したような顔でブチブチとそう言いながら、元来た道をこそこそと戻った。どこに向かっているのかと死神ちゃんが尋ねると、彼はうきうきとした表情で答えた。



「もちろん、マッサージサロンさ」


「お前、初来店時にアルデンタスさんに説教されて追い出されてたよな」



 死神ちゃんが顔をしかめると、かわいこちゃんは得意気に胸を張った。



「しかしだね、死神ちゃんよ。それも今となっては昔の話。今、俺、あのサロンの常連なんだぜ」



 へえ、と死神ちゃんが相槌を打つと彼は「今日はどんな施術をしてもらおうかな」と言いながら楽しそうに笑った。そしてモンスターの姿の見えない場所で定期的に立ち止まっては〈姿くらまし〉をかけ直し、少しずつ丁寧にダンジョンの奥へと進んでいき、とうとう彼はマッサージサロンに到着した。



「アル姉さん、また来たぜー!」


「あら、かわいこちゃん。いらっしゃい。――あら、あんたも一緒なの」



 かわいこちゃんを笑顔で出迎えたアルデンタスは、彼の傍らにいた死神ちゃんを見てきょとんとした顔をした。彼はかわいこちゃんを更衣室へと案内すると、死神ちゃんに「あんたはどうする?」と聞いていた。



「いや、どうすると言われても」


「あの子の施術、フルコースだから結構かかるわよ。終わったら起こしてあげるから、ユメちゃん抱えてお昼寝する? それとも、足湯でもしながらおしゃべり楽しむ? もちろん、お値段は社員価格よ」


「いつも思うんだが、こういうとき、経費で落としてくれたらいいのにな……」



 死神ちゃんは目を細めて頬を引きつらせると、小さくため息をついた。そして足湯をオーダーすると、死神ちゃんはソファーに座って靴を脱ぎだした。すると、準備のできたかわいこちゃんが更衣室から出てきて、もぞもぞと靴を脱ぐ死神ちゃんを見てぎょっとした。



「何、お前も何か施術受けんの!?」


「だって、ここ、セーフティーゾーンだろ? だから、お前が施術受け終えるまで大人しく待ってるしか、やれることなんてないし」



 死神ちゃんが顔をしかめると、かわいこちゃんは笑いながらベッドに俯せになった。



「それにしても、お前、足繁く通えるほどの金をよく持ってるな」


「四階でアイテム掘りしてるだろ? あれがかなりいい金になるんだよ。おかげさまで、俺の可愛らしさはさらに磨きがかかってる! ああもう、自分で自分に惚れそう!」



 そんなことを言いながら、彼は時折至福の息を漏らした。施術を受けながら、彼はアルデンタスに何やら相談をしていた。可愛らしさに一層磨きをかけるために、遠い国で流行っているという整形手術なるものに興味があるのだそうだ。アルデンタスは眉根を寄せると、あまりオススメしないと答えた。



「それであんたが何かからならいいけれど、そうでないならやめなさいな。やりだしたらキリがないわよ。それに、あちこち体をいじられると、今みたいに施術してあげられなくなる可能性があるのよ」


「えええ、アル姉さんの施術が受けらんなくなるのは嫌だなあ」


「それに、あたしの神の手にかかれば、整形なんかしなくても〈その人本来の美しさ〉を引き出すことができるから」



 彼はアルデンタスの言葉に頷き返しながら、さらに別の相談をし始めた。彼は女装家ではあるものの、恋愛対象は女性である。しかしながら、自分が可愛らしすぎるばかりに、女性と上手くいかず恋愛に発展しないらしい。



「自分より可愛らしい男の人とは付き合えないって言われるんだ……。最近は恋愛だけじゃあなくて、パーティー組むのも大変で。相手が女性の場合、嫌がられるんだよ」


「自分の見た目に自信がなさすぎるのか、もしくは自信があるからこそプライドが傷つけられるんでしょう。そのうち、見た目なんか気にしないっていう人が現れるわよ。――ねえ?」



 突然、アルデンタスは死神ちゃんのほうを向いた。死神ちゃんが同意を求められたことに驚いていると、彼は何故だかニヤニヤとした笑みを浮かべだした。死神ちゃんは心なしか不機嫌になると「そうだな」と答えた。

 施術が終わると、気前のいいかわいこちゃんは死神ちゃんの分も支払いを持ってくれた。礼を述べると、彼はニヤリと笑って言った。



「じゃあ、無事に一階に辿り着くまで、静かにしていてくれよな。俺、生きて戻りたいからさ」


「いやあ、支払ってもらっておいて悪いんだけど、冒険者を贔屓することはできないんだよな」


「うわっ、ケチくせっ!」



 盛大に顔をしかめたかわいこちゃんに死神ちゃんが苦笑いを返すと、かわいこちゃんはアルデンタスに「また来るよ」と挨拶し、死神ちゃんを伴ってサロンをあとにした。




   **********




 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、ピエロが思案顔でモニターを眺めていた。死神ちゃんに気がつくと、真剣な面持ちで首をひねった。



「せっかく施術を受けて最高のボディーラインになったのにさ、ぐっちゃぐちゃに潰れて死んじゃったけど。あれって生き返ったときにはきちんと最高のボディーラインは維持されてるの? それとも、ナシになるの?」


「いわゆる〈特殊効果バフ付与状態〉として扱われるなら、元通りだろうな。でも、実際どうなんだろ。――あんた、知ってる?」



 ピエロの隣でピエロと同じように首を傾げたケイティーは、マッコイを見つめて眉根を寄せた。マッコイは彼女達からスッと目を逸らすと、とても残念そうにボソリと言った。



「マッサージで〈いい状態〉にするっていうのは、そもそもが〈バフ付与〉みたいなものじゃない」


「ああ、まあ、そうだよな。その〈いい状態〉が普通の状態であるようになるには、何度も施術を受けて体に覚え込ませないといけないしな」



 ケイティーが苦笑いを浮かべると、何故かピエロがニヤニヤとした笑みを浮かべた。一同が訝しげにピエロを見つめると、彼女は胸を張って得意気に言った。



「つまり、マッサージとか整形で〈美の追求〉をしている限りは、あちしには敵わないってことだね!」


「はあ? じゃあ、お前の〈美の秘訣〉って何なんだよ」



 死神ちゃんが眉根を寄せると、ピエロはニイと笑い、もったいぶるかのような口調で言った。



「えっとねえ、お水に炭素、アンモニアに石灰。それから――」


「人体錬成かよ。思いっきり〈作り物〉じゃないか。整形とどう違いがあるっていうんだよ、それ」



 死神ちゃんが呆れてため息をつくと、ピエロがプリプリと頬を膨らませながらダンジョンへと出動していった。頭をボリボリと掻くと、死神ちゃんもまた出動していったのだった。





 ――――美しさを保つというのは、一朝一夕には出来ない。涙ぐましい努力が必要なのDEATH。

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