第228話 死神ちゃんと救済者②

  死神ちゃんは地図上の〈担当のパーティーターゲット〉の位置を頼りに三階のゾンビ部屋へとやって来た。何の気なしにゾンビ部屋へと入ろうとした死神ちゃんだったが、慌てて室外へと後退した。

 死神ちゃんが出ていってすぐ、部屋の中は神聖な雷光で満たされ、ゾンビたちがここそこで断末魔の呻きを上げた。



「あっぶな……。危うく怪我するところだった……」



 死神ちゃんは恐る恐る部屋を覗き見ると、げっそりとした顔でゾンビの行く末を見守った。そしてふと、首を傾げた。――なんかこれ、懐かしいな。

 死神ちゃんは満ち満ちている神聖な光が落ち着いてから、そっと部屋の中へと入った。そして、部屋中が再び光で満ちぬ前にと慌ててターゲットを目指した。ターゲットの僧侶は迫り来る死神ちゃんに気がつくと、慌てて杖を構え、神聖な魔法を打ち放った。しかし死神ちゃんはそれを巧みにかわし、得意げにニヤリと笑うと僧侶の額をひと叩きした。僧侶は愕然とした表情を浮かべると、膝をついて盛大にうなだれた。



「不覚にも、またもや死神にとり憑かれてしまった……っ!」


「お前、〈赦し〉を謳うなら無駄な抵抗なんてせずに、腕を広げて〈受け入れる姿勢〉でいてくれてもよかったんだせ?」


「わざわざ罠にハマるのと、〈赦し〉は違いますから!」



 死神ちゃんは鼻で笑いながら、膝をついたままこちらを見上げてくる僧侶――モンスター堕ちしたジャパニーズな僧侶(住職のレプリカ)を悪の道から救おうと活動している〈救済者〉を見下ろした。彼はため息をつくと、のろのろと立ち上がった。膝を払い、再びため息をつくと荷物をまとめ始めた。



「お、何だ、俺を祓いに帰るのか?」


「いえ、ウォーミングアップはここまでにして、本題に入ろうと思います」


「何だよ、まだ坊さんを追いかけ回してるのか、お前」



 死神ちゃんが呆れ気味に眉根を寄せると、彼は「今日は違います」と答えた。今日はと言う辺り、どうやらいまだに坊主を追いかけているらしい。死神ちゃんが首を傾げると、彼は至極真面目な表情を浮かべて声を潜めた。



「このダンジョンには、触れ合えるゴーストがいるらしいんです」


「何だそりゃ、わけが分からないんだが」


「ですから、触れ合えるゴーストがいるらしいんです」


「ゴーストが触れ合えるわけないだろうが」



 死神ちゃんが怪訝な表情でそう言うと、彼はムッとした表情で「いるんです!」と強い口調で主張した。

 何でも、このダンジョン内に出現する一部のゴーストは実態がほんのりとあるらしく、物理攻撃が効くものがいるのだそうだ。そんな稀有な存在を、捕獲して金儲けに利用しようと考えている輩がいると救済者は耳にしたそうだ。

 救済者は「何か理由があって死後にモンスター化したであろう悲しい存在である彼らが、そのような下賤な輩に利用されて更に悲しみを重ねる必要はない」と考えたという。



「巷で悪銭を稼いでいると言われている祓魔師や、金の亡者どもの手に堕ちて光の届かぬ場所へと彼らが連れて行かれてしまう前に、私が赦しを与え救いの手を差し伸べようと思いまして」


「いやでも、実態のあるゴーストって言われてもなあ。それ、ゾンビとどう違うんだよ」


「宙を漂うように浮いてて、背景が微妙に透けて見えて、それなりにゴーストらしいですよ?」


「ほんのりとかそれなりとか、さっきから表現が曖昧でふわっとしてるなあ」



 死神ちゃんは顔をしかめると、ハンと息をついた。救済者は苦笑いを浮かべると「さ、行きましょう」と言ってゾンビ部屋をあとにした。


 四階に降りて、ほの暗い道を進んでいった先で忍者が何かと戦闘しているところに出くわした。彼はふよふよと浮かぶ紫色の何かと攻防を繰り広げたのちに、その何かの首を切り落として戦闘を終えた。

 ドグシュッという激しい斬撃音とともに首を飛ばされて姿を消していくモンスターを指差すと、救済者は興奮で頬を上気させた。



「あれです! あれが噂に聞く〈触れ合えるゴースト〉です!」


「ええええ、あれ!? 今、生々しい音を立てて首が落ちたよな!? 何かの間違いじゃあないのか!?」


「いえ、噂で聞いていた特徴そのままです! あれで間違いありません!」



 ギョッとして声を張り上げた死神ちゃんに救済者が必死に訴えるのを、忍者が不審げな表情で遠巻きからじっと見つめていた。死神ちゃんと救済者が申し訳なさそうに頭をかきながら忍者に会釈をすると、忍者はアイテムを拾い上げてそそくさとその場から去っていった。

 救済者は忍者のいた場所に陣取ると、ここで待っていればまたゴーストが現れるかもと言って荷を下ろした。どうやらゴーストが現れるまで、のんびりと待機するつもりらしい。

 荷物を漁って死神ちゃんにおやつを与え、簡易キャンプの準備を始めた彼だったが、その合間にお目当てのゴーストがゆらりと現れた。彼は目を輝かせると、もくもくとマフィンを頬張る死神ちゃんを必死に呼びつけた。



「ほら! ほら! 見てくださいよ! さっそく、現れましたよ!」


「うーん、ゴーストと言われたらゴーストなんだろうが、なんだか釈然としないなあ」



 死神ちゃんはゴーストを見上げると、首を捻って唸った。

 人のような形をした幽霊の下半身は実態無く揺らめいていたが、上半身はまるでゾンビのように骨や臓器がむき出しになっている部分があった。それは腐臭が漂ってきそうなほどのリアルさを有していていたが、しかし、だからといってしっかりと実態があるというわけでもなさそうで、目を凝らして見てみると背後の景色がなんとなく透けて見えた。

 死神ちゃんがなおも訝しげにそれを眺めていると、救済者は喜々としてゴーストに走り寄った。そしてそれをペタペタと触りながら、死神ちゃんに向かって感嘆の声を上げた。



「ほら! ほら!! 触れますよ! ゴーストなのに! すごい!! あなたもほら、触ってみてくださいよ!」



 死神ちゃんは最初は断ったものの、彼の熱意に押されて渋々触ってみることにした。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、小さく声をわななかせた。



「うわ、なんかムニムニする……。見た目通りのヌチャッと感はないけど、これはこれで嫌なものが……。下半身の揺らめいて見える部分は、完全に物質透過するんだな」



 嫌そうにしながらもゴーストをムニムニし続ける死神ちゃんに頷きながら、救済者が目を輝かせていた。死神ちゃんは彼を睨みつけると、ムニムニを継続しながらボソリと言った。



「お前、何でそんな嬉しそうなんだよ。赦しを与えに来たんじゃあないのか。これじゃあまるで、お前も〈下賤の者〉と変わりがないだろう」


「おっと、そうだった。知的好奇心が勝ってしまい、本来の目的を忘れるところでした」



 救済者はハッと我に返ると、メイスを握り直して居住まいを正した。すると、死神ちゃんにムニられ続けていたゴーストがふるふると震えだし、口から何やら面妖な霧を吐き出した。救済者が驚き戸惑いながらむせ返っていると、ゴーストは瞬きの速度で姿を消したり現したりしだした。救済者が一層の戸惑いを見せると、ゴーストは突然彼の目の前に現れ、そして大きな声でいた。



「えっ、意外といい声――」



 思わぬところで虚を突かれた救済者がぽかんとしていると、褒められたことが嬉しかったのかゴーストは渾身のハグを救済者にお見舞した。救済者はヒッと小さく悲鳴を上げると、顔を青ざめさせカチコチに石化した。そのままボロボロと灰に変わって崩れ落ちていく彼を見つめてため息をつくと、死神ちゃんは壁の中へと姿を消したのだった。




   **********




 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、ピエロがニヤニヤと笑いながらモニターを眺めていた。



「触れ合えるゴーストだって、おっかしー! 小花おはなっち、触感どうだった? どうだった!? どのくらいムニムニだったの!? 誰のお胸が近い感じ!?」


「何で誰かの胸に例えるんだよ。そもそも、人様の胸の感触を俺が知っているわけないだろうが」


「何で? よく埋もれてるんでしょ? この前のOPI騒ぎのときだって、誰のOPIに近いのかって聞かれてたじゃん」



 ニタリと意地悪く笑みを浮かべたまま首を傾げるピエロを睨みつけると、死神ちゃんは顔を真っ赤にして肩を怒らせた。



「その話題、面倒くさいから掘り起こさないでもらえないかな!? そもそも不可抗力ですし、そのことを望んでも喜んでもおりませんので!」



 死神ちゃんが怒鳴り散らすのを、ピエロはなおもおもしろおかしそうにニヤニヤと笑って見つめていた。死神ちゃんは不機嫌に鼻を鳴らすと、ゴーストの感触を「人体で例えるなら、靴擦れとかで出来た水ぶくれの感触に近いかもしれない」と答えた。ピエロは顔をしかめつつも「あれ、意外と触りたくなるよね。治り悪くなるから、ホントは駄目だけど」と返した。

 死神ちゃんは深くため息をつくと、眉根を寄せて目を細めた。



「それにしても、何で中途半端にゴーストを実体化させているんだか」


「決まってるだろう。そりゃあ、そのほうがおもしろいからだ」



 近くにいたグレゴリーがあっけらかんと答えるのを、死神ちゃんは目を丸くして聞いた。そして再び苦虫を噛み潰したような顔をするとポツリとこぼした。



「このダンジョンって、あらゆる判断の基本が〈おもしろいか否か〉ですよね」


「おう、だからお前も幼女に変えられたまま、元に戻されずにここに来たんだろうが」


「……そういやあ、そうだった」



 死神ちゃんは迷惑そうに顔を歪めると、背中を丸めてお昼休憩に向かったのだった。





 ――――おもしろいということは大事だろうけど、たまにこだわりポイントが間違っていると思うことがあるのDEATH。

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