第213話 死神ちゃんとお嬢様③

 死神ちゃんは四階のアイテム掘りスポットで必死にモノ集めに勤しんでいる集団を見つけると、周りに他の冒険者がいるかどうかを確かめた。そして彼ら以外には誰もいないと分かると、死神ちゃんは地面へと解けて消えた。

 彼らに倒されたモンスターは宝箱に変化したのだが、大人もすっぽりと入れるのではというくらいの大きさがあった。



「こんなに大きいんですもの、きっと良いものが入っているに決まっているわ!」


「お嬢様、開けますので少々お下がりください。そこにいらっしゃっては、うっかり罠が発動してしまった時に巻き込まれます」


「ああ、そうね。――ねえ、もう開いたかしら!?」



 お嬢様と呼ばれた女騎士は、盗賊の指示に従ってその場から離れたが、待ちきれなかったのかすぐさま戻ってきた。そして盗賊の肩越しに箱を覗き込むと、ゲッと呻いて顔をしかめた。箱の中ではピンク髪の幼女が寝そべり、足をパタパタと動かしていたのだ。

 死神ちゃんは箱が開いたことに気がつくと、寝そべった姿勢のまま女性を見上げた。そして死神ちゃんはにっこりと笑うと、爽やかな声で「やあ、どうも」と挨拶をした。女性はしかめっ面のまま宝箱の蓋に手をかけると、そっとそれを閉じた。

 死神ちゃんは蓋をすり抜けて上半身だけを出すと、なおも宝箱の上に置かれていた女性の手に自身の手を重ねるようにポンポンと触れた。



「そうやって見なかったことにしたって、現実は変わらないわけですよ。諦めてください」


「ああもう、またあなたはそうやって、私達の懐事情が厳しい時に限ってお財布にダイレクトアタックしに来て! ――これも、出て行けジジイに請求してやるわ!」



 お嬢様は死神ちゃんの手を払いのけると、ポーチに手を乱暴に突っ込んだ。そしてメモ紙に何やら書き殴って、ふと首をひねった。



「今、箱の中に何も入っていなかったわよね? あなた、どこかに隠してはいないわよね?」


「んなわけ無いだろう」


「――そう。じゃあ、それについての精神的被害については、さすがに請求できないかしら? ……まあ、いいわ。一応書いておきましょう」



 彼女は再びペンを走らせて鼻を鳴らすと、気が済んだとでもいうかのようなスッキリとした表情で優雅にメモをしまった。死神ちゃんは宝箱から這い出ると、彼女を不憫そうに見上げた。



「ていうか、お前ら、また金欠なのか?」


「そうよ、悪い? ヨハンにぴったりの装備があったから購入したのよ。ちょっと無理をして予定外の出費をしたから、今はまた、すっからかんなのよね」



 そう言って、お嬢様はちらりと僧侶に視線を送った。それに釣られて死神ちゃんが僧侶のほうを向くと、彼は照れくさそうに頭を掻いてペコリとお辞儀をした。何でも〈使用する回復魔法の、回復量がアップする〉という特殊な祝福効果が付いた鎧を購入したそうで、これを着用すれば〈彼の魔力を回復するために行う小休止〉の回数を減らせるのではと考えたらしい。



「少しでも早く回復するように、彼には率先して食事をしてもらっているの。――ほら、体力も魔力も、寝たり食べたりしたほうが回復が早いでしょう? だから、その小休止が減らせるなら、その分食費も浮くから、長い目で見たら節約になるんじゃないかしらと思って」



 死神ちゃんは相槌を打ちながら、他のお供たちにも視線を投げた。前回遭遇した時と比べると、彼らの装備はまあまあ整っていた。

 彼らは六階の繁華街をとりまとめる組合長に〈怪しいやつめ〉された際に身ぐるみを剥がされて、大金を注ぎ込んで整えた装備の数々を失ってしまった。貴族の出である彼女は実家を頼ろうとしたが、実家の両親は〈支援をしない〉という結論を出した。何故なら、〈可愛い娘が身を危険に晒す必要はない。我が家と同じく王家から権力を奪い取ろうと考えている家と縁組をして、その者にダンジョン探索をさせよう〉というスタンスだったからだ。

 しかし縁組が嫌で仕方のなかった彼女は、冒険者として〈無一文の状態から這い上がっていく〉ということを決意した。――彼女だけではなく従者たちの装備も着々と整っていっているということは、彼女の這い上がり計画は着実に実を結んでいるようだ。


 今までいかに苦労したかということと、〈出て行けジジイに絶対に損害請求してやる〉という一心でここまで頑張ってこられたということを熱弁するお嬢様に、死神ちゃんは苦笑いを浮かべた。そして死神ちゃんは、一言「本当に、逞しくなったな」とだけポツリと彼女に返した。

 お嬢様たちは荷物をまとめると、何処かへと向かって歩き出した。死神祓いに行くのかと死神ちゃんが尋ねると、彼女は首を横に振った。死神ちゃんが不思議そうに眉間にしわを寄せると、彼女はしたたかな笑みを浮かべて言った。



「今手に入れたものを売り払って、果たしてお祓い料を賄えるか分からないし。だったらもう少し、金銭を稼いでおきたいし。――それにね、聞いたのよ。非常食にもなる、素敵なステッキがあるんですって!」


「たしかにアレの種別は杖だから、ステッキに間違いはないが……。その駄洒落はどうかと思うぞ」


「何でよ。語感が良くて、とてもハイセンスでしょう?」


「ていうか、アレ、全部刈り取られて無くなったんじゃなかったかなあ?」



 たしか、あのネギはビット所長とアディが全てはずだ。――そんなことを考えながら、死神ちゃんは顎に手を当てると首を捻った。すると、お嬢様は不服そうに口を尖らせた。



「ネギって、切り取っても生えてくるんでしょう? 私、知っているんだから。ダンジョン食の師匠であるノームの農婦さんが、そう教えてくれたもの」


「その杖が杖というよりもネギだっていう認識は、一応あるんだな。ていうか、あいつを師匠として崇めるのもどうかと思うぞ」



 死神ちゃんが呆れて目を細めると、お嬢様はフンと鼻を鳴らしてポーチに手を伸ばした。そして「怒ったら、小腹がすいたわ」と言って何かをポリポリと食べ始めた。死神ちゃんがじっと見上げてきていることに気がついた彼女は、きょとんとした顔で首を傾げた。



「あなたも食べる? ――虫の足」


「は!? それ、虫の足だったのかよ! お前、どこまで逞しくなるつもりなわけ!?」


「師匠がね、教えてくれたのよ。〈虫の足はおやつ〉だって。私も最初は〈冗談にも程がある〉って思ったんですけれど、高タンパクでヘルシーで、それに油で揚げたらサクサクしてて美味しくてね。しかも、元手タダだし。むしろ経験値やらお金やら手に入ってプラスだし」


「たしかに、昆虫食は体に良いけどさあ……。ていうか、それって――」


「ええ、そうよ。これも、ダンジョンで手に入る食材なの」



 死神ちゃんは、思わずゲエと呻いた。きっとまた四天王のうちの誰かの気まぐれで〈そうしたら面白い〉ということで、そういう調整がなされたのだろう。どこぞの覗き魔がインキュバスからペニスケースを入手した辺りから、〈モンスターが身につけているものが、ドロップ品としてそのままその場に残る〉ということが起こるようになった。どうやらその一環で、虫型モンスターの亡骸全てや一部が入手可能になったうえに、食することも可能らしい。

 しかし、あの巨大な虫はどうみても、ご家庭の台所に湧いてはご婦人を狂戦士へと変貌させるアレに姿形が似ているのだ。アレの親戚には食用にできるものもいるとはいえ、死神ちゃんは〈それだけは、ちょっと食べたくないなあ〉と思った。



「〈小さな森〉で度々見かけるカンガルーもね、どうやら食べられるらしいのよ。濃厚な風味で柔らかく、しかも素晴らしく栄養価が高いそうなのよね。いつか食べてみたいわ……」


「お前、本当に逞しくなったな。――いろんな意味で」



 死神ちゃんがため息混じりにそう言うと、お嬢様は何故か照れくさそうに頭を掻いた。

 そうこうするうちに、一行は〈小さな森〉に辿り着いた。しかし、いくら探してもネギを見つけることはできなかった。代わりに、彼女たちは小さな南瓜を見つけた。これも食べられるだろうか、と言いながら期待に胸を膨らませたお嬢様が南瓜に手をかけた途端、大爆発が起きた。

 死神ちゃんは、プスプスと黒焦げに焦げた先からパサパサと灰になって散っていく彼女を呆然と見つめた。そしてゆっくりと従者たちのほうを振り返ると、「じゃあ、お疲れ様です」と会釈して死神ちゃんはスウと消えたのだった。




   **********




 死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、不思議そうに顔をしかめて首を捻った。すると、グレゴリーがそれを察するかのようにあっけらかんと言った。



「ほら、去年、どこぞの角が爆発スイカを作ってただろ。それに触発されて研究していたビット所長が、元からジャック・オ・ランタン湧き用に設置していた南瓜に手心を加えたんだよ。一石二鳥でいいだろってことで。もちろん、中には爆発せずに食えるものもあるらしいぞ」


「はあ、そうですか……」


「ちなみに、あのネギもどこかしらの草に紛れて生やすことにしたらしいぞ。見つけられたらラッキー的な感じで。――な、面白いだろ?」



 死神ちゃんは言葉を失い頬を引きつらせたが、グレゴリーはそれに気づくこともなく「あのジャック・オ・南瓜は甘いのかな」と呟きながらうっとりと目を細めた。死神ちゃんは今こそ〈食べ物で遊んではいけない〉という言葉を言うべきなのではと思いつつ、モヤモヤとした気持ちとともにそれを飲み込んだのだった。





 ――――食べられるものは美味しく頂き、使えるものはありがたく使用し、節制をしつつも使うべき場所ではガツンと使う。そうでなくては、立派で逞しい冒険者にはなれないのDEATH。

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