第206話 死神ちゃんと王国兵

「隊長、本当に、もう無理です! 今年限りで辞めさせてください……!」


「今年限りと言ったら、もうあと一ヶ月もないではないか!」


「その一ヶ月も、できたら有給消化で出勤せず終えたいのですが!」



 切迫した様子で言い合いを繰り広げる上司と部下を、死神ちゃんはぼんやりと見つめた。そして「俺の職場はこうでなくて、本当に良かった」と心底思ったのだった。




   **********




 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めて四階を彷徨さまよっていた。すると、四階で活動を行う冒険者にしては装備が貧相な集団を前方に発見した。彼らはヘロヘロになりながら何とか戦闘を終えたところだった。死神ちゃんは彼らを驚かそうと目にも留まらぬ速さで急接近したのだが、リーダーと思しきおっさんに力強く抱きとめられた。



「おおお、君、もしや、入団希望かね!?」



* 戦士の 信頼度は 3 下がったよ! *



 おっさんはステータス妖精さんが飛び出してきたことを気にする様子もなく、嬉々とした表情で死神ちゃんに頬ずりをした。無精髭をぞりぞりとされ、死神ちゃんは顔を歪めて必死に拒絶した。部下と思しき若者たちはつかの間呆然と眺めると、そのうちのひとりがおずおずと「そろそろ止めてあげてください」と止めに入ってくれた。

 おっさんは死神ちゃんを抱きかかえたまま、不服そうに眉根を寄せた。



「何故だ。慌てて懐に飛び込んでくるくらい、今すぐにでも入団したいと思ってくれている〈やる気のある者〉を歓迎して、何が悪いというのだ」


「いや、多分その小人族コビートは、そういう目的で飛び込んできたわけではないかと……。このダンジョンには小人族の物盗り団もいるらしいですし、もしかしたらそういう可能性もあるわけでして」



 おっさんはきょとんとした顔で目をしばたかせると、「まあ、よい」と言ってニッと笑った。そして彼は若者たちを見渡しながら、休憩をしようと声をかけた。

 休憩をするのにちょうどよい、少し拓けた場所にやって来ると、彼らは手分けして休息の準備を始めた。死神ちゃんは差し出されたお茶と食べ物を受け取ると、その質素さに驚いた。すると、おっさんが心なしか恥じ入るように頭を掻いた。



「我が王国軍所属ダンジョン攻略隊は、常にジリ貧なのだ」


「お前ら、王国兵なのかよ。それにしてはジリ貧すぎるだろう。他の冒険者たちは、軽食だってもっといいものを食べているぞ」



 死神ちゃんが呆れ口調でそう言うと、若者たちから「やっぱりか」という声が上がったような気がした。おっさんはそれを咳払いでかき消すと、おもむろに〈王国軍所属ダンジョン攻略隊〉の歴史について話しだした。

 灰色の魔道士の怒りを買って呪いを受けたこの国の王室は、一応〈何もしていない〉というわけではなかった。彼らは王国軍の中にダンジョン攻略特化の部隊を設け、ダンジョン制覇をするよう命じていたのだ。



「俺の親父の代に、王国が〈三階まで制覇することができたら、騎士の称号を与える〉と御触れを出してな。それに釣られて、多くの国民が攻略隊に志願したものよ」



 騎士の称号は、軍のトップにまで上りつめないことには得られない。それが、指定された目標をクリアーすれば与えられ、その後の生活が保証されるのだ。国民は諸手を挙げて攻略隊に参加したそうだ。

 攻略隊は〈ただ攻略をすればよい〉というわけでなく、各フロアを完全制覇して地図を作成し、ギルドと協力して祝福の像を設置することを任務としていた。その任務の達成に大きく貢献した者に、騎士の称号を与えるという条件だった。攻略隊に参加すれば末端とはいえ軍属となるため、最低限の装備や手当も支給される。そのため、国民たちは当然、フリーで冒険活動をするよりは軍属になったほうがよいと考えた。しかし、三階に祝福の像が設置されて久しい現在、攻略隊の活動を通じて騎士の称号を与えられた者は、どうやらいないらしい。



「それ、騙されているんじゃあないのか」



 死神ちゃんが顔をしかめると、おっさんは「先延ばしにされただけよ」と言って快活に笑った。呪いのせいで財政も乏しいため、今すぐ騎士の称号を賜った者の生活を保証するということが難しいというのが理由らしい。死神ちゃんが眉間のしわを一層深めると、おっさんは不思議そうに首を捻った。



「ただそれだけだと言うのに、ボロボロと辞めていく者が絶えなくてなあ。親父の背中を追って入隊した私が、今ではここの総隊長よ」


「総隊長と言っても、王国の攻略隊はもう、この隊しか残っていないんですけどもね」



 若者のひとりがため息混じりにそう言うと、隊長を名乗ったおっさんは瞳に懐古の色をにじませた。どうやら、王国の攻略隊が盛んだったころを懐かしみ、辞めていった同期たちは今どうしているのかなどと思いを馳せているようだった。

 若者たちは〈僅かながらでも手当が出る〉〈衣食住が無料になる〉〈ギルドが現在開設しているカルチャースクールで習うようなことをタダで教えてもらい、実践に出ても大丈夫なレベルに達してから安全にダンジョンデビューをすることができる〉というようなことに釣られて、職業冒険者や週末冒険者ではなく軍属を選んだという。しかし、まさかここまで軍がジリ貧だとは思いもしなかったようで、職業冒険者の道を選択した友人のほうが稼ぎがいいという現実に嫌気が差しているようだった。



「ダンジョンを探索して運良く希少アイテムをゲットできた日には、小田舎に一軒家が買えるくらいのお金を手に入れる可能性だってあるからね。実際、それでさっさと冒険者を引退して、田舎暮らしを満喫している知り合いもいるんだよね」



 ダンジョン産の装備品を手に入れるためには、相応の金が必要となる。それが希少であれはあるほど、値段は跳ね上がる。つまり、冒険者を続けるには経験だけでなく金もかかるというわけだ。

 大抵の冒険者が不用品を売るなどして稼いだ金に〈現在使用中の装備を売った金〉を足して購入するか、アイテム堀りをして買うことなく入手するかのどちらかで装備を新調している。なので冒険者というものは、手持ちの金がなく貧乏暮しをしている者でさえ、結構な財産を有していると言える。――もちろん、装備の整っていないような新米冒険者や、身の丈に合っていない装備をローンを組んでまで購入しているような者は別ではあるが。

 だから、希少品を売り払って一財産築くことができるというのは〈無い話〉ではないし、きちんとやりくりしていけば生活が成り立ち、引退後も安定した暮らしを送れるくらいは稼げるため、職業冒険者を選択する者がいるというわけだ。



「ギルドへ登録した際に支給される粗末な装備品を手に、丁寧に経験を積んでいって、無駄使いせずにやりくりしていれば、どんなに極貧で装備を自分で整えるのが難しい人でさえも、ゆくゆくはそこそこな暮らしができるようになるなら。そりゃあ、みんな冒険者になるよね。堅実に暮らしていきたい人だったら、片手間の週末冒険者で十分だし。攻略に興味がなくてアイテム掘りだけを楽しみたいっていうご婦人が、買い物ついでに来るのだって頷けるよ。いい小遣い稼ぎになるもの。――衣食住や訓練費がタダという言葉に釣られたのが間違いだった。タダより怖いものって、ないよ」


「私には、そこがいまいち理解できぬのよな。国民として王室に忠義を立て、王室のために働くというだけでも大儀であるし、美しいことではないか。こればかりは金には変えられぬだろう。それに、いつかは必ず騎士に取り立ててくださると王家はおっしゃっているのだし」



 若者が愚痴を垂れてため息をつくと、隊長が不服そうに眉根を寄せた。そんな隊長に、若者は再度ため息をついた。一番の問題は、王家が財政難を理由に公約を守らないことにあると死神ちゃんは思った。そして同じ理由で、王家は公僕をいいように扱っているのだろう。だから退職者があとを絶たず、在籍者の士気も上がらず、ダンジョン創設から三十年ほど経った現在もなお彼らの攻略が進んでいないのだろう。

 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、ぼんやりと心の中で呟いた。



(むしろ、そんな王家だから、女神さんの怒りを買うようなことを平気でやらかしたのかもな。こりゃあ、呪いが無事解けても、再興は無理だろうなあ)



 休憩を終え、彼らは探索を再開させた。冒険者というものは〈自分にとって必要な部分だけ〉を地図として起こしている者が多く、また、個人の利益が減ってしまうのを恐れて情報共有を積極的には行わない。そのため、この攻略隊は現在〈四階の地図の完全版を作成すること〉を主眼として活動していた。

 兵士が居つかないがために凄まじく活動に遅れが出ているそうなのだが、もうじきその作業も終わるという。それが済んだあとは、でき上がった地図を頼りにギルドと協議を行い、祝福の像の設置作業に移るそうだ。なお、像の設置作業もかなりの時間を要するため、五階の地図作成は当分先となるだろうということだ。



「でき上がった地図はギルドに販売を委託する。その売上が、我々の活動資金となるのだ」



 嬉しそうにそう語る隊長と面倒くさそうにそれに付き従う兵士達の目の前に、突如モンスターが立ちふさがった。彼らは整っていない装備で必死になって応戦し、何とかモンスターを打ち倒した。

 モンスターがドロップしたアイテムは、結構レアな代物だった。そのまま装備すれば格段に戦力アップとなることが安易に想像できるのだが、どうやらそういうわけにもいかないようだった。隊長はニヤリと笑うと「ダイスの準備はいいか」と部下に声をかけた。死神ちゃんは思わず首を傾げて「ダイス?」と声を上げた。



「アイテムを入手する権利は、平等でなければならない。よって我が隊では、ダイスを振って一番出目の良いものがアイテムを入手できるという決まりにしているのだ」


「……とは言っても、鑑定してみてすごく良い品だった場合には〈活動資金にする〉って言って取り上げられて、薄謝程度の報奨金を与えられてお終いなんだけれども」


「売却して得たお金って、一体どうなっているんだろうな。噂によると、王家のステーキ代になって消えていて、活動資金になんてなってないらしいけれども」


「すごく良い品でなくても、全員分揃うまでは使用しないとか言って倉庫にしまわれたりするし。結局、ダイスを振る意味なんてないんだよな……」


「貴様ら、文句が多いぞ! ほらほら、ダイスの準備をするのだ!」



 深いため息をつきながらポケットをまさぐる若者を見て、死神ちゃんは〈ブラックな職場だなあ〉と思った。そして、自分の勤め先がホワイトな職場でよかったと心底思った。

 死神ちゃんは、おもしろいからとか可愛いからというよく分からない理由でネタにされ、よく分からない単発仕事を任されることがある。しかしそれでも、対価はきちんと支払われるし、本当に嫌な場合は断ることだってできる。それに、大抵の場合は上長であるマッコイが守ってくれる。だが、この王国兵たちには対価もなければ〈守ってくれる上司〉も不在なのだ。


 ダイスでの決着はついたようだが、〈結局は自身の懐に入ってくることはまずない〉ということがあるからか、権利を手にした若者はあまり嬉しそうではなかった。耳をそばだてても聞き取れるかどうかくらいの小さな声で、彼がアイテムをポーチにしまい込みながら「これ持って、トンズラしてしまおうか」と呟いているのを死神ちゃんは耳にした。その哀愁漂う背中を見つめながら、死神ちゃんは彼を心なしか不憫に思った。


 ほら行くぞと隊長が声をかけてすぐ、彼らはまたモンスターと遭遇した。何とか倒すことができたのはいいものの、隊長が再び「ダイス」と口にした途端、若者のひとりが辞職したいと申し出た。それを皮切りに他の若者たちも我も我もと辞職を口にして、彼らは隊長と言い合いになった。死神ちゃんはその光景を目にして、心の底から「俺の職場はこうでなくて、本当に良かった」と思った。

 言い合いをしていても埒が明かないと思ったのか、若者のひとりが腕輪を操作して〈パーティー脱退〉を行い、踵を返して走り出した。戦線離脱をした仲間に続いて、他の者も去っていった。隊長は彼らを必死に呼び止め、追いかけた。



「何故だ! 何故なん――フグッ」



 隊長はタイミング悪く、振り子の罠に押しつぶされた。誰も、そんな隊長の元に戻ることなく、今がチャンスとばかりにそのまま去っていった。死神ちゃんはため息をつくと、壁の中へと消えていった。




   **********




「いやあ、ホント、クリーンな職場に勤めることができるって、ありがたいことだよなあ」



 編み物サークルの活動の最中、死神ちゃんは先日遭遇した王国兵たちの話をして苦笑いを浮かべた。アリサはにっこりと笑顔を浮かべると、作業の手を止めて胸を張った。



「殺伐とした業務の多い会社ではあるけれど、だからと言って社員にまでそれを押し付けたくはないし。〈いかに幸福な毎日を送りながら、笑顔で働けるか〉を常に考えて運営するようにと、先代からも魔道士様からも言われているから。そこのところ、大事にしているつもりよ」


「おう、それはすごく感じるよ。頑張れ、社長さん」



 アリサは照れくさそうに笑って頷いた。そして彼女はすぐさま、ビジネススマイルを浮かべて「ところで、ジューゾー」と口を開いた。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、彼女はニッコリと微笑んだ。



「多くの社員たちから〈ニューイヤーかおるちゃんコンサート〉を開いて欲しいという要望が上がっているのよ」


「その〈多くの社員〉って絶対に、お前とケイティーが主だろう。ていうか、こんな年末になってから言うことじゃあないだろう。――もしかして」



 死神ちゃんはみるみる顔を歪めると、アリサをきつく睨んだ。アリサが頷いて「スケジュールは確保済みです」と笑うと、死神ちゃんはため息をついた。



「――で、ギャランティーはいかほど?」


「あなたのそういうビジネスライクなところ、好きよ」


「ギャラと内容が見合っていれば、お仕事は謹んでお受けするというのが俺のポリシーなんで」



 死神ちゃんはニヤリと笑うと、編み物を再開させたのだった。





 ――――忠義だけではお仕事はできない。〈主従が互いに契約を守る〉ということと〈環境がきちんと整っている〉というのは、とても大切だと思うのDEATH。

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