第192話 死神ちゃんと転職マニア

 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉の位置を地図で確認して目を丸くした。ターゲットは〈動く銅像〉のところで留まり続けていたからだ。死神ちゃんは地図をしまうと、早速ターゲットのもとに向かった。

 〈動く銅像〉のある二階は人通りが激しい。そのため、死神ちゃんはたくさんの冒険者とすれ違った。ターゲット以外の冒険者の恐怖も煽るためという理由で、死神は〈ダンジョン出現後は扉以外のもは〈すり抜け〉せずに移動する〉ということを基本とされている。それに倣って死神ちゃんもダンジョン内を彷徨さまよっているわけだが、どの冒険者もふよふよと漂う死神ちゃんを見て驚き恐怖するということはなかった。超能力を使う小人族コビートとでも思われているのか、誰もが死神ちゃんの存在を気になどしてはいなかった。むしろ、その可愛らしさに癒やされている者もいるくらいだった。

 死神ちゃんにとっては最早いつものことではあるのだが、本来は冒険者に恐怖してもらわねばならぬのだ。死神ちゃんは「自分の場合は、いっそのこと、壁抜けさせてもらったほうが恐怖を煽れるんじゃなかろうか」と眉根を寄せた。


 そうこうしているうちに、死神ちゃんは目的地に到着した。隠し扉に上半身だけをすり抜けさせて中の様子を窺ってみると、ターゲットと思しきエルフの男性がキャンプを張って小休止していた。彼は〈隠し扉と合体している幼女〉をつかの間ぽかんと見つめると、サアと顔を青ざめさせて悲鳴を上げた。

 エルフが腰を抜かしたのを見て、死神ちゃんはニヤリと笑った。ゆっくりと扉をすり抜けたあと、死神ちゃんはブローチにしていた魂刈を元のサイズに戻し、極悪な表情を浮かべて鎌を構えた。死神ちゃんはガタガタと震えたまま動かない彼に近づいていき、鎌を振り下ろす動作をとった。すると彼は目をぎゅっとつぶって小さく悲鳴を上げた。

 死神ちゃんが斬りつける代わりにデコピンをお見舞すると、彼は間抜けな声を上げて目をパチクリとさせた。死神ちゃんは必死に笑いを堪えていたのだが、耐えきれずに腹を抱えて笑いだした。



「久々に冒険者がしっかりとビビってくれたよ! ああ、楽しい!」


「へっ!? 何!? 何なんですか!?」



 目に涙を浮かべてうろたえる彼に死神ちゃんが「死神です」と名乗ると、彼は困り果てたと言いたげに顔をクシャクシャにして取り乱し始めた。



「あああ、やっぱり! そろそろそんな時間かなって思っていたら! でも、え? 久々にってどういうこと?」


「ああ、俺、こんな見た目だから、よく冒険者とか迷子に間違われるんだよ」


「ああ、なるほど……」



 エルフは落ち着きを取り戻すと、同情の色を見せた。死神ちゃんはムッとしながらも「何でこんなところに?」と尋ねた。すると彼は苦笑いを浮かべながら「経験値稼ぎ中だ」と答えた。死神ちゃんは首を傾げると、怪訝な表情を浮かべて言った。



「それだったら、三階や四階に降りていけばいいだろうに。何でまた、こんな経験値稼ぎポイントとしても忘れられたようなところなんかに」


「人が来ないからこそ、のんびりとできるんじゃあないか。それに、俺、しょっちゅう地上に帰るから、ここのほうが便利でいいんだ。――ていうか、むしろ、三階の探索はほとんど行っていないんだよね」


「何だ、もしかして新米冒険者なのか?」



 彼は首を横に振ると「かれこれ三年はここに篭っている」と答えた。死神ちゃんは目を剥くと思わず声をひっくり返した。



「は!? お前、俺が入社する前からここに篭ってんの!?」


「入社? 君、さっき死神って言ってたけど、このダンジョンの死神ではなくて、何かそういうサービス業の人とかなの?」



 死神ちゃんは苦笑いでごまかした。不思議そうに首をひねる彼に、死神ちゃんは〈三年も篭っている理由〉について尋ねた。すると彼は、転職を繰り返していると答えた。

 何でも、彼は〈お勉強〉が大好きなのだそうで、覚えられる技や呪文は手当たり次第何でも覚えたいのだという。全てを網羅することは難しく、また冒険者としてのレベルが上がれば上がるほど〈冒険者の腕輪で管理されている数値化された経験値〉を溜めるのが難しくなるため、彼はある程度のレベルに達すると別の職業へと転職するのだそうだ。



「経験値を溜めていくと、ソウルが満たされるんだ。ソウルが満たされれば満たされるほど、冒険者としても人としても成長していけると言われていてね」


「まあ、そうだろうな。数値的なあれこれ抜きにしても、人ってものは経験を積んで成長していくものだからな」


「でね、その成長度合いによって〈覚えておける技や呪文の数〉が増えるんだよ」


「習熟度によって、そりゃあ変わるだろうよ。――ていうか、一般的な人生論とかと何ら変わりないじゃあないか。腕輪がどうのとか関係なくさ」



 死神ちゃんが顔をしかめると、彼はしょんぼりと肩を落とした。

 以前、どこぞの残念が魔法使いに一旦転職をして盗賊に戻ってきた際に「覚えたものを全て覚えてなんていられない。小さい頃に学校で習ったこと、全部が全部覚えてなんていないだろう? それと同じだ」と言っていた。つまり、数値化された経験値がということは抜きにしても、ごく普通の人の記憶力の問題的に〈覚えておける技や呪文の数〉というのは当然ながら限られてくる。それはこの転職マニアな彼も承知しているようで、だからこそせっかく覚えたものを忘れないようにと日々鍛練を怠らないのだそうだ。

 死神ちゃんは〈忘れないための苦労〉を懇々と語りだした転職マニアの言葉を遮ると、苦い顔を浮かべてポツリと言った。



「ていうか、キリの良いところでいいにして、いい加減ダンジョン探索しろよ。三年も篭っているならさ。お前、一応冒険者なんだろう? 勉強ばかりしてないで実践しろよ」


「そうなんだけれどもね、でもね、覚えられるだけ覚えてから先に進みたいじゃない!?」



 死神ちゃんは額に手を当て首を横に振りながらため息をつくと、今までに覚えた技について尋ねた。すると彼は嬉々とした表情でポーチを漁りだした。

 死神ちゃんは彼の取り出したものを見てぎょっとした。それは、辞書ほどの厚さにまで達したメモ帳だった。



「何だ、それは」


「各職業が何を覚えられるのかを調査してまとめた資料と、俺が実際に覚えた技術と、覚えたものを忘れないようにと独自に要点をまとめた指南書的なものと――」


「お前、冒険者やめてカルチャースクールの先生にでもなったら!?」



 死神ちゃんが素っ頓狂な声を上げると、彼は照れくさそうに頭を掻きながら「俺なんて、まだまだだよ」と言った。



「いやいや、絶対なれるって! ていうか、むしろ、その指南書を本としてきちんとまとめて売り出したらベストセラー間違いなしなんじゃあないか?」


「それはないでしょ。どこに需要あるんだよ」


「いや、いくらでも需要あるだろう。――とりあえず、せっかくだから何か〈覚えたもの〉を見せてくれよ」



 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、彼は喜々として「じゃあ、つい先日覚えたものを」と言った。そして彼は深呼吸をひとつして真剣な表情を浮かべると、魅了チャームと叫んでお色気ポーズをとった。



「ほら、どう!? 魅了されるだろう!?」


「それ、魅了魔法のつもりか? お前が美女だったら効いたかもな。男にそんな、だっちゅーのポーズされてもなあ」


「ダッチュノ? 何それ? ――まあ、ほらほら! 早く俺に魅了されちゃいなって!」



 死神ちゃんが頬を引きつらせるのもお構いなしに、彼は様々なお色気ポーズをとった。すると唐突に、隠し扉が音を立てて開いた。死神ちゃんがそちらのほうを振り向いてみると、そこには興奮気味に頬を上気させたが立っていた。

 転職マニアは怪訝な表情で「誰ですか、あなたは」と言った。しかしはそれに答えることなく転職マニアに向かって突き進んでいくと、好きだと叫んで彼に抱きついた。



「ぎゃああああ! ホント、何なんですか! 誰なんですか、あなたは!」


「好きだ! 尖り耳! 愛しているぞおおおおおお!」


「男に告白されても嬉しくないいいいいい!」



 実践で経験を積まずに来たからか、狙った相手に技を仕掛けるということが上手くできなかったのだろう。転職マニアの魅了魔法は、どうやら近くを徘徊していた尖り耳狂にかかってしまったようだった。彼はエルフはエルフでも男性には興味がないはずだったのだが、魔法のせいで見境がなくなっているようだった。

 転職マニアは尖り耳狂の熱い抱擁から何とか脱すると、彼の猛攻から逃げ惑い、〈動く銅像〉の間へと入っていった。しばらくして、転職マニアと尖り耳狂ふたりの絶叫が聞こえてきて、それに遅れて灰化達成の知らせが上がってきた。死神ちゃんは呆れ返って頭をボリボリと掻きながら、壁の中へと姿を消したのだった。




   **********




 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、マッコイとクリスが心なしか冷ややかな目で遠巻きから死神ちゃんを見ていた。死神ちゃんが「何だよ」と顔をしかめると、彼らは声を揃えて「破廉恥」と言った。



「わけが分からないんだが」


「だって、かおるのだっちゅーのポーズでメロメロになるんでしょう?」


「そんなの、例え話だろ。別に俺は、そこまで外見重視じゃあないし。そんなもんよりも、一緒にいて落ち着ける相手のほうが、俺は好きだね。だから、あんな〈教科書通りの代物〉になんて惑わされない」



 死神ちゃんがニヤリと笑うと、クリスがムスッとした顔で「本当に?」と言い、マッコイが心なしか顔を赤らめてプイッとそっぽを向いた。死神ちゃんがおかしそうにクックと笑うと、ニヤニヤとした笑みを浮かべてピエロが近づいてきた。彼女はセクシーポーズをキメながらウインクをすると、得意気に口を開いた。



「ねえ、小花おはなっち! どう? どう!? 美少女のセクシーショット! これならときめく? ときめく!?」



 死神ちゃんはにっこりと笑うと、「うわあ、素敵だなあ。ドキドキするよ」と抑揚無く言った。そしてピエロから本体ぬいぐるみをもぎ取ると、それを手当たり次第に揉みしだいた。



「えひゃひゃひゃひゃひゃ! 小花っち、やめて! ――あんッ! ひゃひゃひゃひゃ!」


「もう、好きすぎて止まらないわ。ほら、お前も嬉しいだろう?」


「えひゃひゃひゃ! ごめっ! ごめん、調子に乗りすぎ―― ひゃひゃひゃひゃ! ――あんッ! やだ、そこは駄目……えひゃひゃひゃひゃひゃ!」



 黙々とぬいぐるみを揉みしだく幼女と、揉みしだかれて時おり喘ぎ声のような声を漏らしながらも爆笑するを呆然と見つめながら、同僚たちは「あのぬいぐるみ、感覚あったの!?」と動揺したという。





 ――――知識ばかり詰め込んでも役には立たない。実践を経てこそ、その知識は使い物になるのDEATH。

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