第143話 死神ちゃんと中二病②

「我が最終秘奥義、受けてみるがよい……!」



 そう言って、彼はまばゆい光に包まれた。燦然と輝きを放つ彼を、一同は眩しそうに目を細めて見つめた。死神ちゃんだけは、その光景を目にしてげっそりとしていたのだった。



   **********



 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉と思しき冒険者達の様子を窺っていた。魔法使いが二人いるパーティーなのだが、そのうちの一人が何故か戦闘の際にどうしても前に出たがっているのだ。

 あの危なっかしい魔法使いにとり憑いたら手早く仕事を終えられそうだ。前衛に出たがる後衛職だなんて、死ぬ率も高いだろうし。――そんなことを考えた死神ちゃんはそろりそろりと近づいていくと、いちいち前に出たがる魔法使いの背中めがけて降下した。



* 魔法使いの 信頼度が 4 下がったよ! *



 ちょうど、死神ちゃんがとり憑いたのと同時に魔法使いは闇属性の魔法をモンスターめがけて放った。力を開放したのと同時に訪れた重みに混乱したのか、彼は苦しそうに前かがみになると身震いしながら喚きだした。



「おおお……ッ! これはまるで、邪悪な闇の力がわれに流入し続けているようだ……。いきなり、身体が重くなったぁ……ッ!」


「いや、お前、物理的にのしかかられているから。だから、重くなったのは当然だから。――まあ、邪悪な何かが云々っていうのは、あながち間違いではないだろうけど」



 呆れ顔で仲間達は彼を見下ろした。魔法使いは、仲間達の言葉に「何っ!?」と驚きの声を上げると、勢い良く立ち上がった。死神ちゃんを背中にくっつけたままキョロキョロと辺りを見回す彼にため息をつくと、仲間のうちの一人が彼の背中から死神ちゃんを引き剥がした。

 脇の下に手を入れられ、持ち上げられた状態のまま、死神ちゃんは魔法使いと対面した。じっとりとした呆れ眼で彼を見つめると、死神ちゃんはため息まじりに言った。



「お前、順調に中二病をこじらせているようだな。一人称まで侵食されて、大丈夫か?」


「くっ、またもや死を司りし幼女が我の背に宿ったというのか……」


「ああ、大丈夫じゃあ無かったみたいだな。ご愁傷様」



 魔法使いの彼――中二病な忍者彼は、順調に中二病をこじらせているどころか悪化させているようだった。〈俺〉だった一人称が〈我〉となり、そして口調も何だかまどろっこしくなっていた。彼の仲間達は相変わらず彼の中二患いを面白いと思っているようで、彼が死神ちゃんに向かって何か言うたびに笑いを堪えていた。死神ちゃんは疲れた顔に青筋を立てると、「うるさい、黙れ」と言いながら中二病を殴りつけた。


 前回遭遇したとき、彼らはパーティー全体のレベルが低かったため、経験値稼ぎをしながらの探索を行っていた。その際、特出した強さを有していた中二病は、周りの彼らに合わせて力をセーブした状態で戦っていた。今回、彼が魔法使いに転職しているのは、仲間達がある程度強くなり、中二病の力に頼らずとも何とか戦えるほどになったからだそうだ。



「もちろん、あれからまだ三ヶ月ほどしか経っていないから、俺らの全員が劇的に強くなったってわけではないんだけど。中二病のおかげで戦闘経験もたくさん積めて地力も上がってきたし、パーティー間での連携なんかにも慣れてきたしね。――だから、中二病が転職しても支えていけるだろうと思って」



 どうやら、中二病は前回魔法攻撃にやられて死亡したのが悔しかったらしい。そのため、一度魔法使いに転職して魔法に対する防御力の底上げを図りたいと思ったそうだ。また、ついでに魔法攻撃力のほうも強くしようと考えたらしい。

 それなりに戦えるようになった彼らは、中二病の転職願望を叶えてやることにしたそうだ。そうしたら、何故か彼は中二患いに拍車がかかったのだという。――そのように仲間の一人が説明するのを、死神ちゃんは苦笑いを浮かべながら聞いていた。そして中二病の方を向くと、死神ちゃんは彼にいたわりの言葉をかけた。



「へえ。中二病、お前、いい仲間と出会えてよかったな」



 中二病は返事をする代わりに、目深に被ったローブの奥底から目を光らせてニヤリと笑った。死神ちゃんは乾いた笑みを浮かべると、疲れとともに小さなため息を吐き出した。


 一行は死神祓いをすべく一階を目指して出発したのだが、幾度かモンスターと遭遇した。その都度、中二病は前衛で戦っていた時のクセで前に出ていこうとし、今は後衛であるということを思い出してはもぞもぞとしていた。

 そして、ここぞというところで彼は魔法を放つのだが、その様子は何とも中二かぶれなものであった。



「我が拳に宿りし紅蓮の炎よ! 悪しき魂を焼きつくせ!」



 台詞はとても格好良く、そして中二臭いのだが、放った技はごく一般的な、魔法職のものならば最初から覚えているような初級の火炎魔法だった。死神ちゃんは顔をしかめると、ポツリと呟いた。



「あれ、呪文のつもりか? 随分と〈本来〉とはかけ離れた文言だな……」


「ああ、彼の呪文はみんなああいう感じだよ」



 死神ちゃんの独り言に対して、魔法使いがにこやかに答えた。死神ちゃんが苦みばしった顔をすると、魔法使いは「何て言うか、すごいよね」と言って目を輝かせた。


 この世界の魔法は理解度、そして熟練度が高ければ、呪文を用いず〈想う〉だけでも発動させることが出来る。だから〈習得用の巻物〉などという代物が売っているレベルの超初級の魔法については、魔法に明るい者の大抵が無言のまま放つことが出来る。

 また、この世界においての〈魔法〉というものを発見したのは、古の時代のエルフ族だ。そのため、呪文というのは大抵が古代エルフ語なのだ。もちろん、古代語なので現代に生きるエルフですらきちんと話せる者はいない。しかし、言葉というものはとても大切なものだと思うのだが、この〈世界〉はそこら辺は結構寛容らしく、元の言葉の意味やそのものの本質さえきちんと理解していれば、現代語訳されていようが他種族の訛りが入っていようが魔法は発動してくれる。

 もちろん、したうえで流麗な古代エルフ語を用いれば、それが一番なので魔法の威力も増す。また、がなく熟練度も低い状態であるにも関わらず呪文を改変すれば、魔法が発動しないどころか術者がしっぺ返しを食らうことだってあるのだ。



「だからさ、彼は大魔法ですらきちんと理解しているから、呪文とは違う言葉を口にしていても〈想う〉だけで放てる。もしくは、彼の中二言語はもはや方言の一種として〈世界〉に認められているっていうことでしょう? どちらにしても、すごいことだよね……」



 羨望の眼差しで中二病の背中を見つめていた魔法使いは、そう言って感嘆の息を漏らすと、仲間達を支援すべく戦闘へと戻っていった。言葉を失った死神ちゃんは、響き渡る中二ワードを聞き流しながら呆然と彼らの様子を眺めた。


 幾度目かの戦闘で、一行は強敵と出くわした。傷つき膝をつく仲間達の姿を目にした中二病は悔しそうに顔を歪めると、意を決したように深く息を吐いて頷いた。そしてモンスターと仲間達の間に割って入ると、敵に向かって声を張り上げた。



「我が最終秘奥義、受けてみるがよい……!」



 そして彼はフンと唸り声を上げるとともに体中に力を込めた。彼は長ったらしい中二な呪文を唱え始めて彼の身体が煌々とした光を放ち出したのだが、彼がひとセンテンス唱え終えるたびにその光はまばゆさを募らせた。

 一同は手でひさしを作って眩しそうに目を細めると、痛々しいまでに中二な言葉を吐き光に包まれながら一歩一歩モンスターへとゆっくり近づいていく中二病のことを興味深げに、そして期待に満ちた眼差しで見つめた。死神ちゃんだけは、事の顛末が簡単に予想出来てげっそりとした顔を浮かべていた。



究極爆撃ウルティメイトダイナマイト! これで、決めるイエス、ロックンロール!」



 一度立ち止まりそう叫ぶと、中二病はモンスターに向かって駆け出した。そして彼は、見事なまでに爆発四散した。

 大爆発を起こした彼は灰になるのと同時に粉じん爆発を巻き起こし、それによって全てのモンスターを一掃した。彼の仲間達は〈灰を拾い集めるのが大変だというのに、何故爆発した〉だとか〈命を張ってまで自分達を守ってくれるとは、何とも申し訳ない〉ということよりも、彼が最後まで中二を貫いたということに感銘を受けたようだ。そして、それは彼らの笑いのツボもガッツリと刺激したようだった。



「やっぱ面白いよ、お前! 最高だよ!!」



 粉じん爆発に巻き込まれて要らぬ深手を負ったということも厭わず、彼の仲間達は中二病の散りざまに腹を抱えて笑い出した。そして笑い疲れたことで、彼らは最後の力を使い果たし力尽きた。

 死神ちゃんは頭を抱えながら、無言で壁の中へと消えていったのだった。





 ――――朱に交われば赤く染まるとはよく言ったもの。中二病を〈最高だ〉と思い始めてしまった仲間達が、中二という暗黒世界ダークサイドに堕ちる日は近そうDEATH……?

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