第120話 迷探偵もふのデバガメ★大作戦!

 死神ちゃんは天狐の城下町にある、何かよく分からないオブジェの前に来ていた。ここは待ち合わせスポットとして有名なのか、時計を眺めてそわそわしながら立っている者だらけだった。

 死神ちゃんはオブジェにもたれかかり、ぼんやりと町の様子を見渡していた。すると、遠くの方から天狐が手を振りながら笑顔で駆けてきた。その様子に、死神ちゃんは思わずギョッとした。



「お花ー! 待たせてしまったかの!?」


「いや、時間通りだし、別に……」


「おお、わらわの〈お願い〉通り、きちんと〈目立たない格好〉をしてきてくれているのう! 帽子の下の編みこみ、とても可愛らしいのじゃ! マッコがやってくれたのかえ?」



 みんなでお花見をした、あの日。天狐から貰った招待状には〈そうだんごと。おみつにはないしょ〉と書かれており、死神ちゃんはその宴会の最中に彼女から〈△月◇日◯時、オブジェ前。目立たない格好で〉と耳打ちされた。

 彼女の要望に応えるためには、髪を纏め上げて帽子で隠す必要があった。死神ちゃんのピンク色の髪は、遠目からでも目立つからだ。しかし、いつも髪を結ってくれているマッコイは、夜勤明けのため現在絶賛就寝中だった。なので、よく死神ちゃんの髪をおもちゃにしたがる同居人女性にお願いをした。そしたら、別に気合いを入れなくてもいいだろうに、こだわりにこだわって編みこんでくれたのである。

 そのようなことをしどろもどろに説明しながら、死神ちゃんはなおも視線を泳がせた。天狐が不思議そうに首を傾げると、死神ちゃんは顔をしかめて唸るように言った。



「いやだって、お前のその格好は一体何なんだよ」



 天狐はきょとんとした顔で二、三度目をパチクリとさせると、一転してニヤリとした笑みを浮かべた。そして、彼女は不敵に笑いながら両手を腰に当てて得意気に胸を張った。



「ふふふん、お花は分かっておらぬのう。尾行といったら、これじゃろう!?」


「いや、まあ、この町の雰囲気から考えたら間違いじゃあないとは思うがな? ちょっとそれは、古いっていうかズレているっていうか、逆に目立つというか……」



 死神ちゃんは頬を引きつらせてガックリと肩を落とすと、岡っ引きスタイルの天狐をじっとりと見つめた。髪の毛もご丁寧にちょんまげ風に纏められていて、耳と耳の間にエクレアのような形に纏めて置かれた髪の毛先がぴょろんと反り返っていた。



「その髪、誰が纏めたんだ?」


「決まっておろう、おみつなのじゃ!」


「……で、何。さっき〈尾行〉がどうのと言っていたが、今日は誰かの後でもつけるのか」


「うむ! おみつを徹底追跡するのじゃ!」



 死神ちゃんは「あ、始まる前から終わってた」と心の中で呟いた。尾行相手に尾行のための準備を手伝わせるとは、本末転倒もいいところである。それに、おみつはクノイチの嗜みで読心術を会得しているそうだから、尾行しようと企てた時点でバレている可能性がある。

 死神ちゃんは溜め息をつきつつも、どうして尾行をしようと思ったのかを尋ねてみた。すると、天狐は難しそうな顔で口を尖らせて「最近、おみつの様子が変なのじゃ」と話し始めた。


 何でも、おみつは一、二ヶ月ほど前から、ふとした瞬間にボーッとしていたり、誰かとメールのやり取りをこそこそとするようになったのだそうだ。どうやら、本日はそのメール相手とおみつが会う約束をしているそうで、天狐としてはここ最近おみつをずっと虜にしているお相手が誰なのか、是非とも突き止めたいのだという。



「えっと、つまり、おみつさんのデートをデバガメしようってことか」


「デバガメとは品がないのう。これは追跡調査! 追跡調査なのじゃ!」



 死神ちゃんは呆れ顔で首筋を揉みながら、適当に相槌を打った。俄然やる気の天狐は両手を握りこむと、キリッとした顔でフンと鼻を鳴らした。

 かくして、天狐の〈おみつ追跡大作戦〉が開始された。おみつは待ち合わせ場所らしきお茶屋さんでグリーンティーを頂きつつ、読書をしながらお相手を待っているようだった。着物や忍び装束でいることが多い彼女には珍しく、女性らしいふんわりとしたワンピースにカーディガンという出で立ちで、テートのために気合いを入れているというのが見て取れた。



「お相手はまだ来ないようだのう……。――ぬ? 来た! 来たのじゃ! 来たのじゃが、顔が見えぬ! おみつの座っている位置的に、お相手の顔が見えぬ! ぬうううううう!」



 同じお茶屋さんに入りあんみつを食べながら、死神ちゃんと天狐はおみつウォッチングをしていた。そこにようやくお相手がやってきたのだが、どう頑張ってもお相手の顔は拝めなかった。

 おみつ達の「待った?」「いいえ、全然」などという月並みな会話を聞きながら、そして目の前で悔しそうに悶絶しつつも白玉をもちもちと食べている天狐を眺めながら、死神ちゃんは無言でソフトクリームを口に運んだ。


 その後、おみつ達は店を出ると芝居小屋へと入っていった。演目は歌舞伎の白浪物で、天狐は尾行中だということを忘れて、きらびやかに舞台上を舞い駆け巡る役者達を見つめて感嘆の声を漏らしていた。

 上演が終わり、おみつ達が小屋を後にすると、天狐達もこそこそと後を追った。偶然なのか、はたまたおみつ達が巧妙に〈天狐から相手の顔が見えない立ち位置、ルート〉を選んでいるのか、やはりお相手の殿方の顔を拝むことは叶わなかった。


 悔しそうに顔を歪めながらもおみつの後を追う天狐と、「あれ、お館様じゃない?」「お館様だわ」とひそひそ話をする町民達を交互に眺めながら、そしてどんなに頑張っても相手の顔が見えないという不自然さから、死神ちゃんは「これ、やっぱりバレているよな」と思い、溜め息をついた。

 お昼は洋食にしましょうかなどと話しながら、おみつ達は環境保全部門の社員の居住区へと移動した。天狐の城下町はどのお店もジャパニーズなものが多いため、洋のものが多い保全部の区画へと足を伸ばしたのだ。

 ワインを嗜みながら楽しそうにイタリアンのコース料理を頂く彼らを眺めながら、死神ちゃん達もパスタを頂いた。やはりお相手の顔は拝めなくて、天狐はミートソースでべちゃべちゃに汚した頬を不服げに膨らませた。



「一体、あの男子おのこは誰なのじゃ……! ぬううううう!」



 ぎりぎりと歯噛みしながら、天狐はデザートのジェラートアイスにザクザクとスプーンを刺し続けた。

 実は、死神ちゃんは〈デートのお相手〉のことを最初から知っていた。何故なら、死神ちゃんは定期的に参加している男子会にて、本人からおみつとのことを聞いていたからだ。しかし、調査活動に熱を入れている天狐に水を差すのもなと思い、死神ちゃんは黙ってティラミスを食べ続けた。


 店を出て、ウィンドウショッピングを楽しみながら、おみつ達は他愛無い会話を続けていた。途中、男が「そう言えば」と声を上げた。



「普段、天狐ちゃんとはどんな感じで過ごしているんだ?」



 突如自分の名前が出てきたことに、天狐はムッとして耳をピクピクとさせた。おみつはクスクスと笑いながら、楽しそうに天狐との日常を話しだした。おみつが天狐をあれこれと褒めそやすと、天狐はそれを照れくさそうに尻尾をふりふりしながら聞いた。しかし、おみつは「でもね」と言って溜め息をつくと、今度はほんの少しだけ愚痴をこぼした。それを聞いた天狐は、バツが悪そうにぺたりと耳を垂れた。

 男は苦笑すると「ちなみに今日は、天狐ちゃんはどうしているんだ?」とおみつに尋ねた。おみつは朗らかな声で彼に答えた。



「今週はお習い事もお勉強も、たくさん宿題が出ていて。だから、今日はそれを片付けているはずね。きっと一生懸命頑張っていらっしゃるはずだから、お土産を買って帰ろうかしら」


「でも、抜け出しグセがあるんだろう? 今日もこっそり、どこかへ遊びに行っていたらどうするんだ?」


「そんなこと、あるはずがないわ。だって今日は大人しく、きちんと宿題を頑張るって約束してくださったもの。『だから、安心して出かけてくるといい』って言ってくださったのよ。――でも、そうね……。もしそんなことがあったら、今月の第三死神寮へのお泊りはナシかしらね」



 いつもよりもフランクな口調でそう言いながら、おみつはコロコロと笑った。死神ちゃんの横では、天狐が〈まずい。バレたらどうしよう〉とでも言いたげに顔を青ざめさせていた。それを知ってか知らずか、前方を歩くおみつ達はぴたりと足を止めた。天狐と死神ちゃんが慌てて建物の物陰に隠れると、おみつが笑い止んだ。



「まさか、そんな。ねえ? 私との約束を破って、こんなところにお館様がいらっしゃるだなんて、あるわけがないですよねえ……?」



 ゆっくりと振り返ったおみつと目が合った天狐はキャアと叫ぶと、死神ちゃんを置いて全速力で逃げていった。小さくなっていくその背中を死神ちゃんが呆然と見つめていると、おみつが苦笑いを浮かべながら近づいてきた。



小花おはな様、貴重なお休みをこのようなことに使わせてしまい、本当に申し訳ございませんでした」


「いや、あいつも楽しそうにしていたし、それは全然。それよりも、デート、ぶち壊しちまったよな。そっちのほうが申し訳ないよ」



 死神ちゃんが申し訳無さそうに笑うと、おみつはフッと笑みを漏らした。やはり尾行計画を企てた時点でバレており、それも織り込み済みでデートしていただけでなく、先ほどのやり取りもわざわざ台本を用意していたのだという。

 おみつは「この埋め合わせはいずれ必ず」とデートのお相手に言いながら、申し訳なさそうに去っていった。そんなおみつに手を振りながら、死神ちゃんはしょんぼりと男を見上げた。



「何て言うか、ごめんな……」


かおるちゃんが謝ることじゃねえだろう。むしろ、薫ちゃんも巻き込まれたんだろ? お疲れ様。――まだ飯食うには早い時間だし、茶でも飲みながら話そう」



 お相手の男性――住職は死神ちゃんを見下ろすとニッコリと笑ってそう言った。




   **********




 鬼と化した転生前むかしの住職を調伏したのは、なんとおみつなのだそうだ。

 名のある大妖怪である天狐の父母は地主神としても祀られており、おみつの家はそのおやしろに仕える一族のうちのひとつだそうだ。彼女は物心ついたころから天狐に仕えてこちらの世界に来ていたそうなのだが、一時期、修行のためにと里帰りしていた。その里帰りの最中に、彼女と住職は出会った。

 おのが力に溺れて破戒僧となり、さらには鬼にまでその身を堕していた住職は、悪逆非道の限りを尽くしていた。しかし、力を振るうことに飽きてきていた彼は、酒と女にうつつを抜かす毎日を送っていた。――そんな彼の前に現れたのが、まだうら若い年頃のおみつだった。



「あまりにも可愛らしかったから、もうすっかり心奪われてな。もちろん、彼女は一切なびかなかったよ。どうしても彼女を手に入れたかった俺は、寝込みを襲おうとした。――でも、首を掻かれたのは俺のほうだったというわけさ」



 その後、彼は女神の赦しを得て鬼と化す前の姿に戻され、この世界で死神として生きることとなったというわけである。しかしまさか、生まれ変わった先で彼女と再会するとは思わず、彼は大変驚いたという。そして殺された恨みよりも、彼女に焦がれる気持ちのほうが圧倒的に強かった彼は、彼女を手に入れるために再び奮闘したのだとか。



「最初は声をかけても返事すら返してはくれなかったよ。でも、少しずつ会話してくれるようになって、それで、何回目かの告白のときに〈班長になれたら考えても良い〉って返事をもらったんだ。――班長に選ばれるってことは、それだけ真面目で、他人を纏められるだけの〈人の良さ〉と力量があるってことだから」



 死神ちゃんは心なしか眉根を寄せると、手にしていたカップを置きながら言った。



「じゃあ、もとから〈第三〉に住んでいたわけではないマッコイが選ばれたときには、相当恨んだだろう」



 住職は苦笑交じりに頷いてすぐ、「でも」と言った。情けない笑顔を浮かべると彼は心なしか肩を落とした。



「マッコイは当時、マイノリティーであることを気にしていただけでなく〈他の寮に住んでいた自分が選ばれた〉ということを申し訳なく感じていたみたいで、すごく肩身が狭そうにしていたよ。そして、一日でも早く俺らに受け入れてもらえるようにとでも思ったのか、誰に頼ること無く、寮の仕事の全てを一人で必死に回してたんだ」


「全て!?」


「ああ、全てだよ。みんなで当番制にしている風呂掃除とか、そういうのも含めて全部。俺らはそれを知りながら、無関心に毎日を過ごしていた。むしろ、意識的に無視すらしていたんだ。――結果、あいつ、ぶっ倒れたんだよ」


「班を仕切る仕事だけでも大変なのに寮の仕事も全部抱え込んだら、そりゃあそうなって当然だろう」


「そうなんだよな。でもまさか、そんなことになるとは誰も思ってなかったんだ」



 その日はたまたま、マッコイの休日の日だったそうだ。「今日一日休めば大丈夫だから、お願いだから大事にしないで」と懇願した彼は、謝罪の言葉を繰り返しながら自身の不甲斐なさに落ち込んでいたという。そんな事態が起きて初めて、〈第三〉の住人達は〈無関心であることの罪〉に気がついた。そして「至らない自分達のせいなのに、本当に不甲斐ないのは自分達だというのに、万が一にもマッコイが処分を受けるということがあっては申し訳が立たない」と思い、彼が倒れてしまったことを上に報告はせず内々でなんとかしたそうだ。

 この一件以降、住人達は自発的に〈甘えるべきときには、きちんと甘える〉というルールを寮内に設け、同じ寮に住む住人としてきちんと共存するようになった。そうやってお互いを思い合い、支え合うようになったからこそ、現在の〈家族のような仲の良さの漂う寮〉となったのだそうだ。



「陽気で気のいいお前らからは想像もできないな……」


「俺らが〈今の陽気な俺ら〉になれたのはマッコイのおかげだよ。あいつがいなかったら、俺らは今も性根の腐ったしみったれたヤツらだっただろうな。――俺たちはせっかく生き直すチャンスを与えられたっていうのに、生前の荒んだ何かしらをどこかで引きずったまま、変わろうとすることもなく自分の殻の中に篭って、自分のことだけを考えて過ごしてしまっていたんだよ。対して、あいつはこの世界に来てからずっと他人の目を気にして過ごしてきた分、他人のことを考えて行動できるようにもなっていた」


「第二のヤツらって元々集団行動が得意なヤツらが多いだろう。その中で過ごしていたから、他人に対して心砕けるようになったってのもあるかもな」


「たしかに、それもあるかもしれないな。――あのときの俺らは他人のことなんかこれっぽっちも考えられなかったけど、あいつにはそれができた。誰かに頼りたいときに言い出せないっていうのも〈上に立つ者〉としては結構な欠点だとは思うけれど、俺らと比べたら、あいつは選ばれて当然だったんだ。〈第三〉の長なんだから、そこに住む俺らの中から順当に誰かが選ばれるだろうと思って、漫然と日々を過ごしていたのが本当に恥ずかしいよ。だから、それに気づかせてくれて、変わるきっかけをくれたあいつには本当に感謝しているよ。おかげで班長は無理だったけど、来年度からは晴れて副寮長さ。任されるのは寮の管理業務の一部代行だけだけど、それでもおみつは認めてくれたし、付き合い始めることができて幸せなことこの上ないね」



 住職は肩をすくめると、フッと笑みを漏らした。そして、彼は一転してしょんぼりとうなだれると、溜め息をついた。



「そんなわけで、新年度からはいつでも気兼ねなく寮を空けるってことができなくなるからさ、その前にお泊りデートしようってことで、今回のデートに漕ぎ着けたのに。まさか、ランチしてすぐに解散になるだなんて……」


「本当に、ごめんな……」


「いや、だから、薫ちゃんは何も悪くねえだろう。――でもさ、ホント、恋をするっていいな。どんどん、新しい自分に会えるし。何より、心がふわふわしてて世界が眩しく感じられるよ。……薫ちゃんも、毎日がそんな感じだろう?」



 最後の一言に、死神ちゃんは仰天してコーヒーを吹き出した。ゴホゴホとむせ返る死神ちゃんにおしぼりを渡してやりながら、住職が不思議そうに眉根を寄せた。



「てっきり、薫ちゃんは俺と同じ〈悩める男子〉だと思ってたんだが……。違うのか?」



 死神ちゃんはこれでもかというほど鋭く住職を睨みつけると、彼に向かって力いっぱいおしぼりを投げ返したのだった。





 ――――慌ててお城に逃げ帰った天狐は、おみつが帰ってくる前に勉強机にかじりつき、必死になって宿題に取り組んだという。その様子に満足したおみつは、お咎め無しにしてあげたそうDEATH。

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