第116話 死神ちゃんとライバル農家③

「お花ちゃーん! 助けてー!」



 出勤するなり、死神ちゃんは泣き顔のサーシャに抱きつかれた。いきなりの出来事に、死神ちゃんは戸惑いつつ柔らかな感触に心なしか頬を緩めた。すると、周囲から羨望と非難の入り混じった視線が集まってきた。サーシャの胸に埋もれていた死神ちゃんは慌ててそこから脱出すると、彼女をなだめながら「どうしたんだ」と尋ねた。

 スンスンと鼻を鳴らすサーシャに代わって、少し離れたところにいたマッコイが苦い顔で〈アレを見て〉とでも言いたげにモニターを一瞥した。――そこには、畑作業に精を出すライバル農家が映し出されていた。



「は……? あの角がやらかしてから、〈ダンジョン内を耕すべからず〉ってギルドの規則にもなったはずだよな?」


「農家というものは、所構わず耕したくなる性分なんじゃないの? こっそり畑を破壊してもめげない上に、やめて欲しいって声かけに行くと大量の野菜を持たされて帰されるんですって。やむを得ず襲いかかってもみたそうなんですけど、彼、あの角よりも強いそうなのよ」



 言いながら、マッコイはコンピューターを淡々と操作した。そして説明し終えるのと同時に、コンソールのキーをタンと強く弾いた。直後、出動要請板に死神ちゃんの社員番号と〈二階へ〉という指示が表示され、死神ちゃんは深い溜め息をつきながらダンジョンへと降りていった。




   **********




「やあ、死神ちゃん! 野菜、食べているかい?」



 ライバル農家は白い歯を剥きだして快活に笑うと、ポーチの中からブロッコリーを取り出した。そしてそれを死神ちゃんに手渡しながら「生でも食えるぞ」と言った。



「えっ、ブロッコリーって、生でも食えるのか!?」


「ああ、新鮮なものはイケるな。それは俺の畑で今朝収穫したものだから、全然イケるぞ。食べてみてくれ」



 死神ちゃんは房をひとつもいで口に放り込んだ。そして驚き目を見開くと、感嘆の声を上げた。



「甘い! ブロッコリーってこんなに甘いものなの!?」



 ライバル農家は力強く頷くと、ブロッコリーのうんちくを得意げに語り出した。生のブロッコリーが如何に栄養豊富であるかだの、茎や葉も貴重な栄養源だから是非捨てずに食して欲しいだのということを延々と捲し立てた。

 死神ちゃんは貰ったブロッコリーの花蕾を、ポップコーンよろしく千切っては口に放りなげていた。もくもくとブロッコリーを頬張りながら、死神ちゃんは彼の話の隙をついて口を挟んだ。



「で、結局、何を一番伝えたいわけ」


「つまりだな、そのブロッコリーを美味しく頂いて欲しいんだ」


「おう、美味いよ。凄まじく」



 もりもりとブロッコリーを口に運び続ける死神ちゃんを、彼は嬉しそうに眺めて満足気に頷いた。

 死神ちゃんが花蕾の部分を全て食べ終えると、彼は例のごとく手を差し出してきた。どうやら、茎の部分は煮込み料理にでもするらしい。死神ちゃんは茎を彼に渡しながら、申し訳なさげに眉根を寄せた。



「あのさ、できたら今回も……。可能なら、ちょっと多めに……」


「おお、もちろんだとも! しかし、どうしたんだ、一体?」



 死神ちゃんは質問に答えることなく苦笑いを浮かべると、不甲斐なさげに頭を掻いた。ライバル農家は不思議そうに首を捻りながらも、ブロッコリーや玉ねぎ、キャベツなど旬の野菜を大量に分けてくれた。

 死神ちゃんは貰った野菜をポーチに詰め込みながら、彼に尋ねた。



「ところでさ、〈ダンジョン内を耕すべからず〉ってルール、知っているか?」


「おう、知っているとも。しかしながら、研究や早期収穫には持って来いだと銀賞のあの子から聞いてな。やむを得ず、開墾させてもらった。ギルド職員の方々にはきちんと、場所代代わりに野菜を持ち帰ってもらっているぞ」



 どうやら、彼は大量の野菜を渡したことで契約成立していると思っているようだった。また、畑を取り壊したり作業中に襲われたりというのも、単に〈賊に襲われただけ〉としか思っていないようだった。

 それにしても、やむを得ない事情とは一体何なのか。――死神ちゃんがそのことについて質問してみると、彼は神妙な面持ちで口を開いた。



「もうすぐ、新年度だな」


「はあ」


「つまり、新たに冒険者となる人間が増える時期だ。職業として冒険者を選択する者もいれば、新たに始まる生活からくるストレス解消で週末冒険者を始める者もいるだろう。――まあ、とにかく、そんな感じで冒険者が増える時期だ」


「それのどこに、やむを得ない事情があるんだよ」


「今年度はダンジョン創設以来の大変革があったそうじゃあないか。〈しゃべる死神の出現〉に〈冒険者職:使用人の実装〉、今まで産出しなかった調理器具や工具、銃などが産出するようになったり……。だから、今まで以上に冒険者の数が増えるだろうということで、魔法薬の原材料である植物の需要が拡大しているんだ」



 死神ちゃんは「俺のせいかよ」と思いながら、心なしか頬を引きつらせた。想定外の回答に言葉を失った死神ちゃんは、一瞬間を置いてから、もったりとした口調で相槌を打ちつつ続きを話すよう促した。ライバル農家は小さく頷くと、困惑顔を浮かべて口を開いた。


 何でも、原材料となる植物の需要が増え、薬師の工房などから〈もっと卸して欲しい〉と要望があったのだそうだ。しかしながら、畑のキャパや作付け時期などの関係から、〈今からの増産〉というのは無理に等しかった。どうしたものかと悩んでいたところ、あの角農婦から「ダンジョンで育てるといいよ」とアドバイスをもらったのだそうだ。

 早速そのアドバイス通りにダンジョンに植えてみたところ、たしかに育ちが異様に早く、収穫できたものの成分を調べてみたら従来のものよりも非常に濃いものを作ることができた。これなら、多く納品出来なかったとしても、顧客に十分満足してもらえるだろうと彼は思ったそうだ。だが、おかしいことに、収穫できたのは植えたものの五分の一にも満たない量なのだそうだ。



「この程度の収穫量じゃあ、ダンジョンに植える意味が無くてな。少々、困っていたところなんだよ。一体、どうしたものか……」



 溜め息をつく彼に、漠然と思い当たるものがあった死神ちゃんは生返事を返した。

 気を取り直して笑顔を取り繕うと、死神ちゃんは何を育てているのかを尋ねながら、彼の背後に植わっている植物をひょいと覗き見た。そして、見たことのあるそれに嗚呼と声を上げた。



「アスフォデルか」


「お、知っているのか?」



 ライバル農家が意外だとでも言いたげに目を見開くと、死神ちゃんは腕を組んで頷きながら得意げに話し出した。



「ああ。ほら、女ってさ、植物園とか好きだったりするだろう? で、デートで連れて行ってこの花が咲いてるのを見せながら、花言葉を言ってやると女が喜ぶんだよ」


「ああ、たしか〈私は君のもの〉だったか?」


「そうそう。白地にピンクの筋が入っているのが、また綺麗だからさ。『君と同じで美しいね』とか言って。そうすると、百合に似たこの花を見ながら、まんざらでもない顔をするんだよ」


「たしかに綺麗だが、つぼみがぞろりと連なっていて〈気味が悪い〉と言う人もいるのになあ」


「そうなんだよ。でも、甘い言葉ひとつで、そんなのどうでも良くなるらしいぜ。――だけど、この花、冥府へ通じる死の道に咲き乱れているっていう逸話があって、香りも死臭ってほどではないが臭いだろう? だから『君と同じで美しいね』と言いつつ内心『美しさじゃなくて、臭いが同じに、これからなるんだがな』と思いながら、この女をいつどう始末しようか考えて……」



 にこやかに語る死神ちゃんを、ライバル農家はドン引き顔でじっとりと見つめていた。死神ちゃんはハッと息を飲んで口を噤むと、〈完全にやらかした〉と言わんばかりに顔をくしゃくしゃにし、額に手を当て俯いた。



「よく分からないが、死神ちゃんがれっきとした死神であるということはよく理解できたよ……」


「いや、うん、そうなんだけど……。うん……。――あの、悪い。さっきたくさん貰っておいてなんなんだけど、もう少し、野菜分けてくれないかな?」



 だりだりと汗をかきながら苦笑いを浮かべる死神ちゃんに、ライバル農家は首を傾げさせた。死神ちゃんが頬を強張らせて一言ポツリと「いろいろと、あるんだよ……」と言って目を伏せると、彼は何となく同情の言葉をかけながら野菜を追加で渡してくれた。

 その傍らで、アスフォデルが突如光に包まれた。ライバル農家と死神ちゃんがギョッとしてそれを見つめていると、光の中のアスフォデルの影が人の形を成し始めた。


 死神ちゃん達の目の前には、どこぞの根菜と同じくらいのサイズの女性が立っていた。彼女はキャリアウーマン風の、ピンクのストライプがアクセントで入った白スーツに身を包んでいた。そしてオールバックにした緑の髪の、結び目から先にはアスフォデルの蕾がみっちりと連なっており、髪留めには、既に花開いているアスフォデルが一輪飾られていた。

 死神ちゃんは目の前の〈アスフォデルらしき女性〉を呆然と見つめると、ぼんやりとした口調で言った。



「やっぱり、そういうことなんじゃないかと思ってたよ……」



 戸惑うライバル農家に、死神ちゃんは〈根菜誕生秘話〉を話してやった。そして溜め息をつくと、諭すような口調で続けた。



「まあ、そんなわけで。ご覧の通り収穫は見込めないし、もうダンジョン内を耕すのはやめることだな」



 再び死神ちゃんが溜め息をつくと、アスフォデルは華やかな笑顔を浮かべてライバル農家に抱きついた。なおも戸惑う彼に、アスフォデルは声を弾ませた。



「お兄様! 育ててくれてありが―― あっ」



 彼女は、見た目通りの〈仕事のデキる女〉だった。誕生できたことの喜びで興奮しすぎた彼女は髪留めから花粉を盛大に撒き散らしたのだが、それにてられたライバル農家が冥府へといざなわれてしまったのだ。こちらの世界では本来、アスフォデルの球根の粉末は強力な睡眠薬となり、量によっては相手を殺すこともできるほどなのだそうだ。だが、彼女は花粉ひと散らしでそれが可能のようだ。

 うっかり仕事をこなしてしまった彼女が足元に降り積もった灰を見つめて顔を青ざめさせる後ろで、彼女の兄弟姉妹が続々と目覚めていくのを見なかったことにしながら、死神ちゃんはそそくさとその場から去ったのだった。




   **********




 事の顛末を報告し、根菜の時同様にアレの存在を認めるか否かの判断を上に投げる作業を頼み終え、さらにはサーシャが笑顔で去っていった後で、死神ちゃんはマッコイにブロッコリーを差し出した。

 彼は嬉しそうに一房もいで試食すると、その甘さに舌鼓し頬を緩ませた。夕飯の献立を楽しそうに思案し始めた彼の様子に死神ちゃんがホッと胸を撫で下ろすと、彼は一転して冷めた目をして小さな声でポツリと呟いた。



「それにしても、〈私は君のもの〉ねえ……」


「いや、あの、生前の任務中の話ですし……。ねえ……?」



 脂汗を掻きながら、死神ちゃんはたどたどしく弁解をした。しかし、マッコイはどこを見ることもなくハンと鼻で小さくわらうだけだった。

 彼のご機嫌斜め具合に肝を冷やしながら、お土産程度では〈やらかし〉を挽回できなかったことに死神ちゃんは頭を悩ませた。そして死神ちゃんはそのまま、逃げるようにダンジョンへ出動していったのだった。





 ――――自分ではどうしうようもないことも含め、〈やらかし〉が自身にも周りにも蔓延する日ってありますよね。ヒヤリ・ハット、ひいては大惨事に至る前に、どうにか落ち着いて回避していきたいものDEATH。

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