第104話 死神ちゃんとガンスミス

「このコインが地面と接したとき。それが合図だ。――いいな」



 そう言って、男は銃を腰のホルスターに収めた。死神ちゃんはそれを、固唾を呑んで見守った。握りこんだ手のひらにはじっとりと汗が浮いていた。




   **********




「なあ、お前はもう〈俺〉と遭遇したか?」



 死神ちゃんがマッコイを見上げると、彼は不思議そうに目をしばたかせた。そして含みのある笑顔を浮かべると、両頬に手をあてがい、恥ずかしがる素振りを見せた。



「ええ、今、まさに」



 死神ちゃんが顔をしかめると、マッコイは「冗談に決っているでしょう」と言って笑った。

 急な使用人職の実装によるアイテム実装ラッシュも落ち着いたため、先日とうとう〈十三レプリカ〉とともに銃が実装された。マッコイが既に〈十三レプリカ〉とは遭遇済みだということを伝えると、死神ちゃんが心なしかしょんぼりと肩を落とした。何故なら、死神ちゃんはいまだダンジョン内でを目撃してはいなかったのである。

 出動回数の多い死神ちゃんがいまだ遭遇せずなことを知ったマッコイは、驚いて目を見開いた。



「あら、もうとっくに目撃してると思ってた」


「だって人間ヒューマン型のモンスターって結構レアだろ? だから、〈お前〉や〈ケイティー〉を目撃したのだって、数える程度しかないし。――なあ、〈俺〉ってどんな感じだった? テストの時は適当にシャツとズボンを着せられてたけど、実装時はそれっぽい格好をしているんだろう?」


「ええ、とても素敵だったわよ」



 マッコイはニコリと微笑むと、レプリカがどのような格好をしているのかを教えてくれた。それによると、ハットに短めのマントを身につけたウエスタンだそうで、顔は下半分を布で覆い隠しているのだとか。

 死神ちゃんはまだ見ぬ〈自分〉を想像し瞳を輝かせたが、一転して眉根を寄せた。そして不服そうに口を尖らせた。



「でも、いくら格好良くっても、結局は冒険者に蹂躙されるんだもんな。なんだかなあ……」



 死神ちゃんがフンと鼻を鳴らすと、マッコイは苦笑いを浮かべた。するとちょうど、死神ちゃんに出動要請がかかった。死神ちゃんはガシガシと頭を掻くと、ダンジョンへと降りていった。




   **********




 〈担当のパーティーターゲット〉と思しき冒険者を発見した死神ちゃんは首を傾げた。目の前の彼は、冒険者というよりも〈武器屋の亭主〉という出で立ちだったからだ。よくよく観察してみると、彼は腰に銃を下げていた。

 死神ちゃんは瞳をキラキラと輝かせると、冒険者に走り寄った。



「おおお、凄いな! グリップのところの、この彫刻! すごく、美しいよ!」


「おう、お嬢ちゃん。この良さが、お嬢ちゃんには分かるのかい? ――フレームや銃身にも施してあるんだ。見るかい?」



 そう言って、彼はホルスターから銃を抜いて見せてくれた。死神ちゃんはまじまじと見つめながら「フリントロックか」と呟いた。すると、彼は不思議そうに首を捻った。



「ふりんとろっく?」


「銃の種類だよ。これは、フリントロック。――そう言えば、前に賊が持っていたやつもフリントロックだったなあ」



 冒険者は適当に相槌を打ちながら、銃を腰に戻した。それを名残惜しそうに眺めながら、死神ちゃんは〈ダンジョンに来た理由〉を彼に尋ねた。すると、彼は「研究のためだ」と答えた。



「研究のため?」


「そう、研究のためだ。――俺はこう見えて、この国で一、二を争う腕のガンスミスなんだ。この銃も、彫刻も含めて、全て俺が作ったんだぜ」



 彼は得意気にそう言いながら、腕を組んで胸を張った。


 彼は、王都近くの小さな町に工房を構える銃専門の職人なのだそうだ。〈最近になって、ダンジョンで銃が産出されるようになった〉という噂を聞き、やって来たのだという。

 ダンジョンの不思議な魔力を有しているからなのか、ダンジョン産のアイテムは職人達が作るものよりも性能が良いことが多い。また、未知の技術で作られているものも稀に存在する。そのため、自分の作品をより良いものにするための研究と称して、ダンジョンでアイテム掘りを行っている職人は昔からそこそこいるのだとか。そして、このたび銃がお目見えしたということで、彼もとうとう〈アイテム掘り〉デビューを果たしたのだそうだ。



「俺らの作る銃は正直モンスターには効かなくて、対賊用の護身アイテムとしてくらいしか役に立ってないみたいだけどよ。でも、ダンジョン外ではかなり強力な武器なんだぜ。魔法も剣も得意でないヤツらの、一番の味方として重宝されてるんだ。でも、重宝されてるからって、それにただ甘んじちまうのは、そんなのは職人じゃあない。俺は職人として、もっと高みを目指したいんだよ」



 格好いいなと言って死神ちゃんが笑うと、ガンスミスは照れくさそうに鼻の下を指で擦った。死神ちゃんはそんな彼の様子を見てにこにこと笑っていたが、ふと苦い顔をした。――現状、〈彼がダンジョンで銃を手に入れる〉ということは、イコール〈自分のレプリカが倒される〉ということではないのかと気づいたのだ。

 個人的に、研究熱心な彼のことは応援したいと死神ちゃんは思った。しかし、実装後初めて見る〈自分のレプリカ〉の姿が血生臭くて残念なものというのは、正直、御免被りたいとも思った。


 不思議そうに見つめてくるガンスミスに、死神ちゃんは苦笑いを向けた。そして、何でもないということを取り繕うと、死神ちゃんは「自分もその銃を是非とも見てみたい」と言って、同行することを宣言した。


 ガンスミスの冒険者としての職が何だかは分からなかったが、彼は盗賊の〈姿くらまし〉の技を習得していた。職人仲間に〈安全に探索したいなら、覚えておいて損はない〉と教えてもらい、覚えてきたらしい。その術を駆使して、彼はモンスターを回避しながらギルドで地図が売っている範囲の場所をくまなく歩き回った。――何故なら、五階のような特殊な階層や〈小さな森〉などの変わり種エリアに出現するものは別として、大抵のモンスターはどの階層でも出会えるからだ。ただし階層によって、モンスターの強さや、そのモンスターが持っている装備品は違うが。


 しばらくして、ガンスミスはしょんぼりと肩を落とした。



「これだけ隅々まで見て回ったのに、銃を持っていそうなモンスターはいなかったなあ。それとも、手当たり次第に倒してみたほうが良かったかなあ?」



 そう言って、彼は死神ちゃんを見下ろした。すると、死神ちゃんが驚愕顔でダンジョンの奥を見つめていること気づき、彼は慌てて奥に視線をやった。――そこには、モンスター堕ちした人間特有の禍々しい〈血のような赤〉の瞳を光らせたガンマンが闇にまぎれて立っていた。

 ガンスミスが死神ちゃんを再度見やると、死神ちゃんは驚きの表情から一転して興奮気味にほっぺたを真っ赤にして目を輝かせていた。彼はゴクリと唾を飲み込むと、静かにゆっくりと口を開いた。



「もしかして、あいつが銃を持っているモンスターなのか」



 死神ちゃんは何も答えなかったが、彼は「そうか、そうなんだな」と言って再び唾を飲んだ。彼がゆっくりとガンマンに近づいていくと、それに気づいたガンマンは攻撃を仕掛けようとした。ガンスミスは〈待った〉のジェスチャーをとると、ガンマンに向かって言った。



「お前さん、見たこともない形の銃を持っているな。俺はどうしても、その銃が欲しい。しかし、銃を扱う者同士、戦うなら正々堂々と戦いたい。――このコインが地面と接した時。それが合図だ。いいな?」



 言いながら、ガンスミスはポケットからコインを取り出してガンマンに見せ、手にしていた銃をホルスターに収めた。ガンマンは――〈十三レプリカ〉は他のレアモンスター同様にある程度の知識がプログラムされているのか、ガンスミスが話すのを静かに聞き、そして彼に倣って銃をホルスターに収めた。

 死神ちゃんは低階層に出没したレプリカの割に頭のいい〈自分〉に感動するとともに、「ガンスミスには申し訳ないが、どうか死んでくれるな」と祈った。


 じっとりと汗ばんだ手のひらを握りこみ、「死ぬな、死んでくれるなよ」と心の中でひたすらに繰り返しながら、死神ちゃんは相対する二人を見つめた。

 ピンとコインが跳ね飛ばされ落下していくのが、死神ちゃんにはまるでスローモーションのように感じられた。そして、自分の心臓の音がバクバクとうるさく感じ、それ以外の音は何も聞こえなかった。

 チャリンという微かな音のすぐ直後に、バウンという乾いた音がダンジョン内に響いた。――死神ちゃんは目を大きく見開くと、頬を一層真っ赤に染め、そして勝鬨を上げるとともに力強くガッツポーズした。




   **********




「やばい。凄く格好良かった。去り方もとてもスマートで、何て言うかもう、パーフェクトだった。低階層で出てきたから、もっと知能指数低くて下賤の輩って感じにされてるのかと思ったんだが。ああもう、俺、自分で自分に惚れそう……」



 ほうと甘ったるい息をついた死神ちゃんを、マッコイは呆れ眼で見つめた。



かおるちゃん、たしか前に〈俺はナルシストじゃない!〉って否定していた気がするけど、やっぱりナルシストじゃない。それとも、今まさに目覚めちゃったの?」


「んなわけないだろ。――だって、ああも理想通りに格好良くされてたら、誰だって惚れ惚れするだろ? なあ?」



 不服そうに口を尖らせて、死神ちゃんはマッコイを見つめた。そして、周りにいた〈第三〉の仲間達を見渡した。すると、彼らはにっこりと笑い、口を揃えて言った。



「薫ちゃんは、可愛くなくちゃ〈薫ちゃん〉じゃないかな」



 死神ちゃんは大いに憤った。彼らは苦笑すると「見た目の話じゃない」と言って死神ちゃんをなだめた。しかし、納得のいかない死神ちゃんのご機嫌は、しばらく〈斜め〉のままだったのだった。





 ――――その後、夕飯を奢ってもらったことにより、死神ちゃんの機嫌はコロッと直りました。そんな〈意外とチョロい〉ところも可愛らしい死神ちゃんを見て、みんなは「やっぱり死神ちゃんはこうでなくちゃ」と思ったそうDEATH。

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