第101話 死神ちゃんとライバル農家②
死神ちゃんは四階の奥地にやって来ると、〈
「やあ、野菜、食べているかい!?」
「お前、ついこの前、冒険者デビューしたばかりじゃあなかったか? 何でもう四階まで降りてきてるんだよ。熟練冒険者にでも引っ張ってきてもらったのか?」
死神ちゃんは顔をしかめてライバル農家を見上げた。すると、彼はポーチから葉付きの人参を取り出した。
「いいや、自力でここまで降りてきた。さすがにここまで降りてくると、うちの畑に出没するイノシシよりは強いな。大体、裏山から度々やって来る謎の毛玉と同じくらいの強さかなあ?」
「は!? お前ん
「ほう、あれはムークというのか。――さあ、これは今朝うちの畑で採れた人参だ。泥は綺麗に落としてある。生でも食えるぞ。是非、食べて欲しい」
驚愕の表情を浮かべる死神ちゃんの目前に、ライバル農家はズイッと人参を突きつけた。死神ちゃんは戸惑いながらもそれを受け取ると、豪快にボリッとかじりついた。彼は死神ちゃんがかじりついたのを見てウンウンと頷くと「旬の人参は甘みも増し、栄養価も高くなると知っているかい?」と言って、人参の豆知識を饒舌に話し始めた。死神ちゃんは延々と続く〈人参講座〉を聞き流しながら、表情もなく人参をかじっていた。
ボリボリと人参を頬張りながら、死神ちゃんは彼の話の隙をついて口を挟んだ。
「で、結局、何を一番伝えたいわけ」
「つまりだな、その人参を美味しく頂いて欲しいんだ」
「おう、美味いよ。凄まじく」
死神ちゃんはなおも無表情で、しかしながらモリモリと人参を食べ続けた。その様子を見て、彼は「そうか、よかった」と言って嬉しそうな笑顔を浮かべた。死神ちゃんは頬を緩めると「これ、本当に甘いな」と呟いた。それをしっかりと聞いていたライバル農家は瞳を輝かせると、甘さの秘密について語ろうとした。死神ちゃんは眉根を寄せると、彼の言葉を遮った。
「それはもういいから。――お前、今度は何しに来たんだよ」
「実はな。うちの実家は冬が旬の野菜も育てているから、この時期もそれなりに忙しいんだが――」
言いながら、彼は面倒くさそうに渋い顔をした。何でも、彼の親戚の家では酪農を行っているそうで、この時期は初夏のうちに刈り取った羊毛を〈春用〉に仕立てて春に向けての製品作りを行うのだそうだ。そして果菜農家である彼の家はこの時期、他の季節と比べて比較的暇となるため、この親戚の作業の手伝いをさせられるのだという。
死神ちゃんは彼を見上げると、不思議そうに首を捻った。
「羊毛でも足りなくなって、ダンジョンに獲りに来たとかか? 羊のモンスターなんて、ダンジョン内にはいないだろう」
「いや、いるだろう。羊の角の生えた、赤くてデカいのが」
死神ちゃんは思わず、苦々しげな表情を浮かべた。すると彼はボリボリと頭を掻きながら、困惑顔で話を続けた。
「あの銀賞の子がモンスターの糸を使って、あれこれ作ってみているというのをうちの親戚が耳にしたらしくて。〈モンスターの羊毛を使えば、より丈夫で素晴らしい製品が作れるかもしれない〉とか言い出してな。――先日、俺が冒険者登録したのをいいことに、〈モンスターの羊毛を獲ってこい〉と頼んできてなあ。俺は果菜専門だから家畜に詳しくないんだし、そういうことは自分でやればいいだろうに」
「はあ、そう……。ていうか、レッサーさんは毛なんて生えて無かった気がするんだが」
「それは本当か!? 何故だ、全身脱毛でもしているのか!?」
「美意識の問題なわけがないだろう!」
死神ちゃんは呆れ返って声を怒らせると、ライバル農家に人参の葉っぱ部分を投げつけた。彼はしょんぼり顔でキャッチすると、それを丁重にポーチにしまいながら「じゃあ、品種の問題か」と呟いた。――しまい込んだ葉っぱは、今晩、天ぷらにするらしい。
彼は深く溜め息をつくと、とりあえず探索を再開させた。赤くてデカいアイツを、とりあえずこの目で確認しようとのことだった。
ライバル農家はレッサーを探しながら、先日出会った根菜の素晴らしさを語りだした。死神ちゃんはそれを適当に聞き流しつつ、先日頂いたりんごの美味しさを思い出していた。それを彼に伝えると、彼は嬉しそうにポーチからりんごを取り出した。先日のりんごとは違う品種だが、こちらもとてもジューシーで美味しいと言いながら、彼は死神ちゃんにりんごを差し出した。死神ちゃんが嬉しそうにりんごをポーチにしまうのを見ると、喜んだ彼はさらに人参も数本分けてくれた。
そして今回のりんごの品種について彼は語りだしたのだが、突如顔を強張らせると、歩みを止めて押し黙った。死神ちゃんが不思議そうに彼を見上げると、彼はちょいちょいと指で何かを指し示した。――そこには、お目当ての赤いアイツが静かに立っていた。
ライバル農家は神妙な面持ちでポーチの中から人参を取り出すと、それを剣のように構えながらじりじりとレッサーに近づいていった。何をする気なのだろうと、死神ちゃんは固唾を呑んで見守った。すると、彼はフェンシングよろしく人参で宙を突き出した。
「ほーら、レッサーちゃーん。べーべべべべべ」
「お前もかよ! ていうか、そんなんでレッサーが懐いたら苦労しな――はあ!? 何で懐いてるんだよ!?」
死神ちゃんの目の前では、赤いアイツが大きな身体を一生懸命に小さく折りたたんでライバル農家に撫でられていた。彼は擦り寄ってくるレッサーをしげしげと見ながら、しょんぼりと肩を落とした。
「本当だ。全く毛がないな。全身ツルツルじゃないか」
「……お前、実は酪農向いてるんじゃないか?」
依然レッサーを撫でている彼に、死神ちゃんは表情もなくそう言った。彼が首を捻って「そうかなあ」と返すと、それと同時に撫でられていたレッサーが鳴き声を上げた。すると、どこからともなくレッサーが現れて、やはりソイツもライバル農家に擦り寄っていった。
「おお、新たにやってきたヤツも懐いてくれたぞ。何なんだろうな。俺、死神ちゃんの言う通り、酪農向きなのかなあ?」
ライバル農家が照れくさそうに相好を崩すと、レッサーが再びブモッと鳴いた。すると、彼に懐く赤いのが三体になった。その後もどんどこ赤いアイツは増えていき、ライバル農家は赤いのから熱烈なハグを受け続けた。そしてそのまま、彼は増えすぎたアイツに押しつぶされて、敢えなく灰と化したのだった。
**********
「まあ、立派な人参。りんごも、すごく香りがいいわね。――早速、この人参を使ってお夕飯作りましょうか。材料、買い足しに行きましょう」
勤務が明けての帰り道。〈お土産〉に喜ぶマッコイを見て、死神ちゃんは嬉しそうに頷いた。そしてふと、レッサーのその後が気になり、死神ちゃんは彼に尋ねてみた。すると彼は、苦笑いを浮かべて言った。
「〈あろけーしょんせんたー〉が処理したわよ。あのまま放置して、世界が揺らぐほどの大惨事が起きてしまったら大変ですものね」
「え、その噂、本当だったのかよ」
死神ちゃんがぎょっと目を剥くと、マッコイは何も言わずにただ肩を竦めさせた。死神ちゃんは「人をからかうな」と憤ったが、彼ははぐらかすばかりであったのだった。
――――結局、〈赤いアイツが増えすぎると、世界が停止する〉という噂が真実であるか否かは、分からずじまいだそうDEATH。
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